意外にも呆気なく衛宮士郎を奪還できた遠坂凛、セイバー、アーチャーは衛宮士郎を含めた4人でアインツベルンの城を突き進んでいた。
そして、4人は開けた場所…エントランスへと辿り着いた。
「ここは……」
「出口よ、どうやら間に合ったみたいね。」
明かりの灯るエントランスに人の気配はなく、ただ不気味な静寂が広がっているだけだった。
「出口って言っても、ここって正面入口だろ?一番目立つっていうか、大胆っていうか。」
「相手が留守にしてるんだから最短距離を一気に行ったほうがいいでしょ?ほら、行くわよ」
確かに、そういう考え方もあるだろうが、それを実行する遠坂の胆力には驚くよ
と内心呟く士郎は、階段を降り始めた凛に続き降りていく。
しかし、出口に向かう途中…丁度階段を降り終わった所で足音がエントランスに響いた。
「なんだ、もう帰っちゃうの?せっかく来たのに残念ね」
その声は、確かに留守にしていたはずのイリヤスフィールの声だった。
それを聞いた士郎達は足を止め、声の方向…エントランスの階段の上へと視線を向けた。
「イリヤ…スフィール」
冷や汗を流す凛は、確かめるようにその名を呟く。自分たちはイリヤスフィールが城の外へ出る所を見た筈だ。戻ってくるにしては早過ぎる
そう思いつつ、警戒心を高めていく凛に対し、イリヤスフィールは不敵な笑みを浮かべて士郎たちを見た
「こんばんわ。貴方の方から来てくれて嬉しいわ、リン。」
「……」
「……?どうしたの?黙っていたらつまらないわ、折角時間を上げているんだから遺言くらいは残したほうがいいと思うな」
その言葉に更に冷や汗を流す。イリヤスフィールが一人ならば特に問題はなかった。しかしそれはありえない
イリヤスフィールの近くには必ず、サーヴァントであるバーサーカーがいるのだから
「そう…じゃあ一つ聞いてあげる」
相手に内心を知られぬように去勢を張る。そうでもしないと恐怖心に負けてしまうかもしれないから…逃げるチャンスを失うだろうから…
「イリヤスフィール。あんたが戻ってきた気配は無かったけど、もしかしてずっと隠れていたのかしら?」
精一杯の不敵な笑みを浮かべてそう答える。思い出すのは教会の神父、大嫌いな人物を思い出しつつ去勢を張る凛に対しイリヤスフィールは特に挑発に乗ったりもせずに答えた。
「そうよ。私はどこにも行ってないわ。ここから貴方達の道化を眺めていただけ。」
ここまで聞かされたのならば嫌でもわかる。士郎たちはまんまと罠にかけられたのだ。
「外に行ったのは偽物なわけね」
「ええ。私はこの城の主なんだから、おもてなしをしなきゃ」
そして、その場を支配する威圧感。数日前に味わったその感覚に士郎たちは気付く
「お客様に」
バーサーカーがやってくるのだと……
バーサーカーは降ってくるように現れた。その片目を赤く光らせて唸り声をあげる巨体に士郎たちはたじろぐ。
「もう話すことはないかしら?」
今にも突っ込んできそうなバーサーカーの様子に自ずとその口を閉じいつでも動けるようにする。
そんな士郎たちの様子を見て、イリヤスフィールは、無いみたいね。と呟くと不敵な笑みを浮かべて右手を顔の横まで上げた。
「誓うわ、今日は一人も逃さない。」
あの右手を下ろせばたちまち鎖に繋がれた猛獣は解き放たれ、自分たちへと向かってくるだろう。
セイバーはせめて士郎に逃げるよう伝え、自身が足止めをすると付け足した。しかし、魔力供給を受けることも出来ず、先日のバーサーカーの一撃で手負いとなっているセイバーは、その痛みに苦悶の表情を浮かべる
「そんなこと、出来るわけがないだろう。」
「しかし……」
そんな二人の様子を見た凛は視線をバーサーカーに向けながらアーチャーへと話しかけた。
「アーチャー、聞こえる?少しでいいわ、一人であいつの足止めをして」
「遠坂…!」
「馬鹿な!正気ですか!?凛。アーチャー一人でバーサーカーの相手など」
言われなくてもそれくらいは承知している。そう内心呟いた凛は自分たちはその隙に逃げると付け足した。
その様子を見ていたイリヤスフィールは、少し笑い声を上げた後に言い放った
「言ったじゃない。誰一人も逃さないって。貴方達4人は勿論。あと2人もね?」
あと2人?一体誰が…士郎の頭に疑問がよぎった時だった。
「.....なんだい?全く。少し散歩をしてたらこんな大勢に出くわすなんてね」
入り口を開けて一人の男が入ってきた。
その顔には粘着性のある笑みを浮かべ、手はポケットに入れ、カツンカツンと足音を立てて士郎たちの方へ歩いてくる。
髪はワカメのようにゆらゆらと動いているその人物は、まごうことなき慎二だった。
「慎二、来てくれたの?」
「勘違いするなよ?僕はたまたま散歩をしていて、たまたまサーヴァントの気配を感じたからここに来たんだ」
見え透いた嘘を言う慎二に凛は苦笑し、それ以上は言及しない。
慎二が意地っ張りだと言うのは既に理解しているのだ。今更とやかく言うべきではないと考えた凛は、再度バーサーカーへ視線を向けた。
「でも、正直あんたが来た所で戦況は変わらない。あんたにとって、とっとと逃げたほうが良かったかもね」
慎二は深く、深くため息を吐いた。
そして頭を掻いて、視線をバーサーカーへと向ける。
「何勘違いしてるんだよ。僕はお前たちと共闘しに来たわけじゃない。ただバーサーカーを倒しに来ただけだから」
「慎二、今は意地を張っている場合じゃ!」
そう叫ぶ士郎を見て鬱陶しそうに顔を歪めた後にこう言い捨てた
「正直お前たち邪魔なんだよね。とっととどっか行ってくれない?」
それを聞いた凛は少し顔をしかめた後、士郎の手を引いて走りだす。
「遠坂!」
「行くわよ!衛宮君!」
セイバーはすぐさま2人の後を追い、走りだす。
慎二は彼らを見送った後、その場に残ったアーチャーへと視線を向けた。
「お前もとっとと行ってくれないかな?ここにいられると正直やりにくいんだけど」
アーチャーはその言葉に少し驚愕した後に、皮肉めいた笑みを浮かべその口を開いた。
「餞別だ、聞くといい」
アーチャーは視線を鋭くさせ、バーサーカーの上の天井へと剣を投げた。
剣は天井にささり、天井は瓦礫となってバーサーカーの目の前に降り注ぐ。
バーサーカーはそれを気にも止めずに慎二を、いや、その隣に佇む存在へと視線を向けていた。
「あのバーサーカーの真命はヘラクレス。十二の試練という名の宝具で身を守られている。生半可な攻撃が効かない上に、回数に制限はあるが、蘇生する。」
自身の記憶のそこにある情報を風変わりなかつての友へと告げたアーチャーは瓦礫が崩れ落ち切る前にその姿を消した。
慎二は特に感謝するわけでもなく、ただ邪魔者がいなくなったと理解し、眼前の敵へと視線を向けた。
「くだらない茶番は終わったかしら?なら早く殺されてくれる?凛達を仕留めなきゃいけないから」
バーサーカーの威圧感に内心はビビりまくってもいる。だがしかし、それでも慎二は冷や汗を流す事もなく、ただ漠然とした態度でイリヤスフィールと相対する。
ここに来る前に決めていたことが一つある。自身のサーヴァントと決めたことだ
「正直、お前みたいな化け物を相手にする気は無かったんだけどね」
「そう?ならどうしてのこのことやってきたのかしら?」
「簡単な話だよ。お前と僕は聖杯戦争でおける敵なんだ。敵を倒すために来ただけだよ。僕は」
「へぇ、士郎たちを助けに来たわけでもなく?」
「あいつらがどうなろうと知ったことじゃないね。ただ僕は、偶然出会った化け物を倒しに来たんだから。」
「……さっきから化け物化け物って…」
両者の様子は間逆だ。片方は絶大な力を持ち、内心余裕を持っているが怒りを顔に出し
もう片方は異端な力を持ち、内心恐怖心と不安感を持っているが、それを表に出さない。
慎二は馬鹿にするような笑みを浮かべて言い放った
「お前、今回の聖杯の器なんだろ?知ってるよ」
「な!!」
驚愕。先ほどまでの余裕は露と消え、あるのは驚きと怒り。
イリヤスフィールは感情の荒波を激しくさせながら、慎二へと問う
「どこでそのことを?」
「少し物知りな王様に教えてもらってね」
慎二は真面目に答えていない。そう感じてしまうイリヤスフィールは既に冷静ではない。
慎二は真実を述べたのだ。ただ、イリヤスフィールにはそれがわからないだけで…
「わかったわ。貴方はどうしても死にたいようね。バーサーカー!!」
イリヤスフィールの声に反応して、その眼光を鋭くさせて慎二を睨みつけるそれに、慎二はため息を吐いて、あるトリガーをセットする。
「簡単に挑発に乗ってくれるのはありがたいけど、切れやすい女子は怖いな」
「やりなさい!バーサーカー!!」
バーサーカーが慎二へと迫る。
それはあまりにも早くて、慎二の命を刈り取ろうと…
「告げる。」
しかし、バーサーカーの動きが止まった。
言い知れぬ違和感を感じたバーサーカーが攻撃を止めてしまったのだ。
それは間違いで、バーサーカーは違和感を気にもせずに攻撃すべきだった。
「令呪を持って命ずる。その宝具を----」
----開帳せよ
今、トリガーが引かれた。