一人がけのソファーに、それはいた。
改めて対峙してわかる存在感。溢れ出すカリスマ性はとんでもなく、思わず跪いてしまいそうな錯覚になる。それを振り払い、眼前の存在へと目を向ける。
かつては逆立てていた金髪をおろし、あの金色の鎧ではなく洋服に身を包んだそれはわずかに顔を伏せ、何かを考えているかのような素振りをみせている。それに酷く緊張する。相手は刹那で僕をなぶり殺すことの出来る存在だ。もし失敗すれば殺されるのは明白……本当にやってらんない
「……」
沈黙が部屋を支配する。テレビはついているが、その音がさらに僕の緊張を強くする。部屋を包む空気に耐え切れず、飾られた様々な車やバイクの模型に目をやり、少し緊張を和らげ、再度相手を見る。
相も変わらずに顔は伏せたままだが、そこから何も読み取れる事が出来ないというのは些か悔しいね。でもいつまでもこんな状態ではいけない。何よりも僕が緊張で押しつぶされそうだから
覚悟を決めて僕は口を開く。まずどうすべきだ?挨拶をする?名前を名乗る?
ダメだ、考えてた言葉すら頭から消え失せてしまっている。どうにも上手い言葉がみつからない。
「……久しいと言うべきか?」
僕が頭のなかで葛藤していると、向こうが口を開いてきた。
久しい?おかしいな、この世界の僕はこいつにあっていない筈なんだけど……
「初対面だと思うんだけど」
「何を言っている、シンジ。賢しいとは言ってもやはり阿呆は阿呆か」
相変わらずの罵倒。ただその口ぶりはかつてあいつの傍らにいたギルガメッシュにそっくりで…
「まさか、ムーンセルでの記憶が……」
「我を誰だと思っている?そう何人もこの英雄王がいてたまるか」
どうやら、僕以外にもあの世界の記憶を持つものがいたらしい。随分と早くに見つかったが、それはおいておくとしてだ。これで、少しだけ生存率は上がった。話をする前に殺される可能性もあった。その懸念は無くなったと言ってもいい。
「して貴様はいったいどういった了見でここに来た?我が許可する。答えてみよ」
こいつの機嫌を損ねるのは悪手だ。あいつが言っていたとおりに、こいつが聞いてきて、こっちが答えるとしていれば、少なくとも殺される心配は少ないはず
「……桜を、間桐桜を助ける手を貸してくれ」
「……」
あーあ、言っちゃった。少ないと言っても、無いわけではない。そのまま僕の首が飛ぶことすらありえる。本当にいつからこうなったんだろうね。僕は……
「…貴様は人助けをする人間だったとは記憶していないが?」
「はっ、英雄王ともあろうあんたが、気付かないなんてね。」
口調は強がり。今の僕は不敵に笑えているだろうか。震えてくる足を必死にとめて、なんとか気持ちだけは強くあろうとする
「……間桐桜…か。見えたぞ、貴様の目的が」
「……」
「大方、あの者が存在しないこの世界であの者に成ろうとでも言うのだろう?」
「違う!」
大声を上げて否定する。なんで僕があいつにならなくちゃいけないんだ?そんなの願い下げだよ。あんな命知らずになるなんて考えたくもない。まあ、最近の僕もあいつくらい馬鹿みたいだけどさ
「ほう?」
興味がわいたように目を細めてこっちを見てくる。本当にムカつく奴だな。あいつもサーヴァントも。こっちは内心震えてるってのにそんなもの気にもとめずに見てくる。本当に嫌なやつだ
「興が乗った。手を貸してやらん事もない。だがその前に貴様がらしくない行動をしようとする理由を述べてみろ」
「あいつは、僕が存在していた証だ。でもこの世界であいつがいたっていう証なんてない。だから、今度は僕が証明するんだ。あいつが…岸波白野は存在していたって!」
「……それは友の為か?」
「笑いたければ笑えよ。僕だってこんなキャラじゃないのはわかってるけどさ。初めての友達だったんだ。そいつが存在しないなんて認められるわけないだろ」
本当に僕は何を言っているのだろうか。ただ、僕がしようとした事は単純なことなんだ。ただ、あいつがいたって言うことを覚えるために。あいつの所業を残す。ただそれだけなんだ
「あいつは桜を助けようとしてたんだろ?例え違う桜でもさ。たった一人の友達の願いを叶えてやる程度簡単にこなさないと、僕らしくない」
「......貴様を見ているとあいつを思い出すな」
ふと、英雄王は僕から視線を外してそう呟いた。その顔は少し笑ってあり、彼もまた一人の人物なのだと証明しているようにそれは美しかった。僕が「あいつ?」と聞き返すと「戯言だ」と口をあけ、英雄王は腰をあげた
「さて、では行くとするぞシンジ。先に表で待っていろ」
そう僕に告げて英雄王は部屋から出て行く。僕はそれに一瞬思考を止めたが、戦力の確保に成功したのだと理解し、改めて僕の優秀さに戦慄し意気揚々と外へ向かった。
◇
教会の外へ出てから5分位してそれは現れた。
黄色のバイクを引っ張り出してきたあいつは僕に後ろに座るように言うとそのまま自身もバイクに跨ってアクセルをふかす
「ちょ、ちょっとまてよ。ヘルメットはどうしたんだよ!」
「はっ!我にそんなものなど不要!」
「交通違反だろ、それ!」
「我がルールだ!そんな物は知らん!振り落とされたくなければしっかり掴まっていろ!」
そう言い捨て発進した。8歳児になんて無茶を言うのだこのサーヴァントは。本当に破天荒であるそれに、あいつが英雄王ではなくAU王だと嘆いていたのが理解できる。こんな奴が人類最古の王など、なんて嘆かわしいんだ
こいつがギアを上げる度に加速していく中、流れていく景色を見る余裕もなく必死にしがみつく。
優に法定速度を超えているであろうそれに、恐怖すら感じなくなった時辺りだった。普通ならバイクの音で聞こえないであろう筈の声が何故か聞こえたのは
「ようはあの蟲共を滅すればよいのだろう?」
嫌な予感がする。身体は英雄王にしがみつきながらも、顔だけを後ろに向けた
何百という武器が波紋とともに見えた。それはこの速度と同じ速度で追従してくる。
「ちょ!魔術は秘匿にしないと!」
「そんな物は知らん!射出!」
背後から光の筋が飛んで行く。それを見て軽く現実逃避してしまう僕を誰が悪く言うのだろうか
【その日、昼間だというのに流星群が冬木市でみれたという噂を聞いたのは、5日後のことだった】