偉い人は言いました。
「神はサイコロを振らない」
言葉だけ知っていた。その意味が何なのかは終ぞわからなかった。
俺はケネフ・チャフト。皆からはケネフと呼ばれている。転生者だ。一番初めの死因は今時ありきたりだが見知らぬ少女をトラックからかばって、トラックに轢かれたらしい。トラックに轢かれるなんて初体験だったが、今なら確信できる。あんなのに轢かれて異世界に行こうというやつは頭のねじが数本はいかれているだろう。轢かれる瞬間は即死できると思ったんだが、案外、人生はうまくいかないようだ。轢かれてしまった後、死ぬこともできずのたうち回るのは、あの少女を助けたことを後悔するには十分すぎる時間だった。享年二十七、独身。
ーー次があれば自分のために生きようーー
そう思いながら瞼を閉じた。燃えるような紅い瞳を見た気がした。
次があった。そのことを知ったときは、生まれて初めておそらく前世も含めてだが、敬虔な信徒のごとく神に感謝した。残念ながら神には逢えずじまいだったが、次を与えてくれた慈悲深い神様として感謝するには、十分だった。
次の人生では魔法の存在する中世ヨーロッパ風のいかにもな転生先で、王都と呼ばれる都市のそこそこ有名な学校で、教師として子供に物を教えているようだった。そんな柄じゃないんだけどなと苦笑しながら必死に努力した。なんで最初からじゃないんだとか元の人格はどうなったんだと疑問に思うこともあったが、すぐにどうでもいいかと思い直し、自分の役割を全うした。その甲斐あって仕事には慣れ、同僚たちとも比較的良い関係を築けていた。
「よお」
ふと、声をかけられたのにはっとした。
「ハバンじゃないか。元気にしてるか?」
こいつはハバン、仕事の同僚で教師仲間だ。
「ったりめーよ。お前こそ元気してるか?どうも最近、問題児が来たみてーじゃねえか」
「彼女のことそんな風に言わないでくれよハバン。別に問題行動をとるような子じゃねえし物静かでとってもかわいらしいんだぞ」
「驚いた、まさか生徒に欲情するとは、お前さんにそういう性癖があるなんて知らなかったぜ。」
「…………」
心外だ、そんなことをいわれるとはと無言の抗議をしていると
「冗談だよ冗談。全く、お前は堅物だな、次の授業も近いんじゃないか?ほら、行った行った。」
急かされてしまい、やむなく次の授業の洋紙の束を持った。
自分の担当するクラスは一クラスだけらしい。多くのクラスを掛け持ちしている先生が多いながら不思議に思っていたが、関係ないことかとすぐに前を向いた。
「皆さん、今日もよろしくお願います。」
現代日本で培った薄っぺらい敬語が教室中に響く。同僚は公私を分けるタイプがいないため、ある程度この敬語は不評になっているが、それでも自分は公私を混同したくなくこの習慣が続いていた。
「今日は何の授業をするんですかー?」
「今日は魔獣についてです。魔獣は凶暴な生態で起源として五百年前の魔神侵攻の時に生み出されました。彼らは……」
抑揚のない声があたりに響く、生徒たちはほとんどが眠そうに授業を聞いているが、それも仕方ないだろう。ここで話す内容は、王都に通う優秀な生徒たちにとって幼いころから言われ続けたことで、何より、社会人時代に身についてしまった無機質な声のせいでもある。直そうとは努力しているが、これだけはどうしても直らなかった。
そんな中、驚くほどまっすぐにこちらを見つめる美しくまとめられた金髪に赤い目をした少女が目に入る。彼女の名はリーブというらしく魔力測定で判別不能という前代未聞を生み出した問題児だ。しかし、今の彼女を見ているととても問題児とは言えない勤勉さがあった。こんなにいい子なのに報われないなんてなと神様は偏愛らしいとらしくないことを考えていると声がかかる。
「…せ…先……先生、大丈夫ですか?」
「ああ…ごめんごめん」
どうやら見惚れていたようだ、これじゃハバンの言っていることを否定できないななんて思いながら授業を再開した。
あれから一か月が経った。日々は変わらず流れていったが、今日は一大イベントの実習訓練がある。この日だけはどんな生徒も己の力を試すべく張り切る日なのだ。といっても近くの森に入るだけで、実際のところ危険は全くなく、訓練の域を出ないものだった。
「なんだよ、緊張してんのか?」
驚いて振り返る。
「なんだ、ハバンか。驚かすなよ。」
「なんだってお前なー、せっかく先輩として緊張をほぐそうとしたのによー」
「悪かったって」
「それよりも最近、森の中で魔力の高まりが確認されているらしいぜ。なんでも中止の話が出たらしいがお貴族様がどうしてもって圧力をかけたみたいだ。お前の監督する生徒にも伝えておけよ。」
ハバンはいうことだけ言ってすぐに監督に戻っていった。
なんともまあ怖い話だと思いながら、自分の生徒たちにも注意を促す。まあでも王都の先生ともあればこの近くの魔獣を犬歯にもかけないので、大丈夫かと思い直し、疑問に思った。自分は魔法を使えるのかと、そもそも元の人格の人間はーーそこまで考えたところで赤い瞳がこちらを見ていることに気づき瞼が重くなった。
「…せ…先…先生」
声が聞こえた。意識が覚める、リーブに言われていた。
「ああ…ごめんごめん」
何の話だっけーー
「森の魔獣の話です。魔力の高まりで、危険な魔獣が現れるかもしれない…ですよね。」
「そうだった、いや、そうでしたね。すみません取り乱してしまいました。皆さんも気を付けてください。」
一呼吸おいて、自分の気持ちを切り替えるように言った。
「では、実習訓練を始めます。」
その後、自分は魔法が使えないので、徒歩で待機ポイントまで歩いていると、悲鳴が聞こえた。すぐに分かった。リーブの声だった。幸いなことに近くで聞こえたため、全力で走った。なぜ、このあたりに自分しか配属されていないのか、守るための魔法も使えないことも分かっていた。なぜ、今更ーーそう思ったが、体は無意識に走り出していた。
「リーブ!!」
普段の口調も忘れて走ったその先には、人を一口で丸飲みにできそうな毛むくじゃらの狼ーー魔獣に食われてしまいそうなリーブの姿があった。とっさに制服の襟をつかんで、位置を入れ替える。深淵の入り口のような黒が目の前に迫ってきて、初めて引き返せないと実感した。最後に交錯した顔はよくわからなかった。
ーー次があれば自分のために生きようーー
なんて言ったくせに、人は案外変われないらしいという人生最後の教訓を得て俺は死んだ。
彼の匂いがする。生命を散らした私の英雄、その姿は頭をかみ砕かれて肩まで粉砕している。間違いなく私のために死んでしまった。その姿を見て、私は悲しむでも憎悪でもなく歓喜だった。
魔獣が寄ってくるーー嬉しくてたまらない。
魔獣が口を開けるーーあなたは勇敢だった。
魔獣の歯が頭皮に食い込むーー私だけの英雄。
瞬間、魔獣の体は粉砕した。歯から胴体足へと崩壊が伝わる。リーブの周囲は発光し、赤く輝く。太陽よりも紅く深淵よりも暗い。頭からは光輪が、その姿は、王都に伝わる空想上の女神そっくりだった。
「ああ、私だけのケネフ、あなたは、今回も私を救ってくれた。前回だって!あなたの記憶を消しても変わらない魂はすばらしいわ!次はどんな舞台を彩ろうかしら、どんな世界でも創造して見せるわ。どんな役も演じ切って見せる。だから、箱庭の世界の中で輝いて」
神はサイコロを振らない。彼は必ず助けてくれる。
魂を追っかけるタイプのヤンデレ誰か書いて欲しい(切実)