ゴミ漁りの女の子がロボットに乗って、宝物を見つける話。

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私が見つけた宝物

 ゴミ漁りをしていたら美少女を拾った。しかも最新の人型機動兵器付きで。

 

 思いがけない幸運に山田は小躍りしたい気分だった。探索用機体の狭苦しいコックピットの中でなければ、陽気にスキップでもしていただろう。

 

 何しろスカベンジャー(ゴミ漁り)の仕事で見つかるものといえば、旧時代の古臭い火薬兵器だったり、建設重機に無理やり手足をくっつけたような機動兵器のプロトタイプ、あるいはその残骸がせいぜい。換金すれば生活の糧にはなるが、山田にとっては等しくゴミだ。

 

 その点、今回見つけたのは女の子だ。スクラップの中から宝石でも掘り出したような快感があり、これこそスカベンジャーの醍醐味と山田は機嫌を良くしつつ、女の子と機動兵器を検分した。

 

 女の子は鉄くずだらけの地面に力なく横たわっている。駐機姿勢の兵器のコックピットが開いているから、そこから落下したのだろう。汚染から身を守るパイロットスーツとヘルメットを身に着けており、顔は見えないが、なんとなくかわいい予感がした。

 

 機動兵器──VF(Versatile Frame)は洗練されたデザインの最新型だ。山田の乗り回すスクラップから組み上げたそれとは一線を画した機能美がある。激しい戦火をくぐり抜けたと見え、左腕が欠損し全身の装甲に弾痕と爆発痕が散在しているが、所属を示すエンブレムはくっきりと右肩の装甲に残っていた。

 

 玖号。九番目を意味する二文字の毛筆。

 

 それを見るや否や、山田はお宝の正体を察し、有頂天になった。

 

「この瞬間のためにスカベンジャーやってんだよね! ヘリ寄せて、機体載せるよ」

 

 輸送ヘリを呼び寄せ、機体回収の手はずを整える。

 

 続いて探索用機体のマニピュレーターを器用に動かして、女の子を持ち上げた。普段は鉄の塊や瓦礫ばかり扱っているためおっかなびっくりだったが、案外できるものだ。

 

 思いがけない拾い物。これがあれば長年の夢が叶うかもしれない。晴れやかな未来を夢想してモニター越しの空を見上げる。

 

 空には鈍色の雲と塵埃が澱んでいて、希望の欠片も見えなかった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 山田は生まれも育ちも大型輸送ヘリだった。母親が古戦場や汚染区域から拾ってくる鉄くずの山に囲まれて暮らしてきた。母親が風邪をこじらせて亡くなってからは、支援AIの助けを借りながら、一人で操縦、維持、スカベンジャーの仕事をこなして生計を立てている。たくましい少女だった。

 

「えー、こんな感じか?」

 

 とはいえ、傷ついた女の子の手当てをするのは初めてだった。

 

 回収した女の子をベンチに寝かせてヘルメットを外すと、どこかにぶつけたのか頭から流血しており、血をふき取ってやや大げさに包帯を巻きつけていく。

 

 これだけ巻けばどんな傷でも大丈夫だろう、と満足するまで巻いて、意識のない少女の顔を覗き込む。

 

 きれいな顔立ちだった。まつげが長く鼻筋がしゅっとしている。やや血色は薄いが唇は桜色だ。灰のような銀髪は腰のあたりまで伸び、先端はベンチからはみ出て垂れている。

 

 生地の薄いパイロットスーツは華奢な体の線を浮き立たせており、控えめな胸のふくらみに目が惹かれた。年は山田と同じく十代半ばに見えるが、身長は山田よりも頭一つ分大きい。

 

 規則的に上下する胸。その向こうに佇む十メートルの巨人に視線を移した。

 

 汎用人型機動兵器、VF。少女が乗っていたと思しきそれは、少女よりも激しく損傷している。

 

 こちらの修理も追々していくとして、さしあたり今必要なのは少女と話をつけることだ。

 

 そう思い、もう一度少女に視線を戻すと、少女は目を開けていた。小さな口からうめき声が漏れる。

 

「う……」

「おはよう。頭の他に痛いところは?」

 

 格納庫の明かりに目を瞬いて、少女が眠たげな目を向ける。色素の薄い、灰色の瞳だ。

 

「あなた、誰?」

「ケガをした君を拾って手当てしてあげた、親切なスカベンジャーだよ。山田と呼んで。で、痛いところは?」

「……大丈夫」

 

 少女は気だるげに上体を起こす。

 

「助けてくれて、ありがとう。私は、九番と呼ばれている」

「それって特戦群の九番? ○○王国の?」

 

 少女、キューが目を丸くしたので、後ろの損傷したVFを指さす。九と刻まれた機体を見て得心いったのか、キューは「うん」と首肯した。

 

 鉄くずだらけの世の中で、ゴミを漁るばかりが生業ではない。数少ない綺麗な土地や貴重な資源を独占するため、様々な勢力が争い、またゴミを生み出している。

 

 そんな争いの渦中にある勢力の一つが○○王国だ。正確には『だった』と表するのが正しい。

 

「こないだ××帝国と派手にやりあって、主戦力の特戦群は壊滅、首脳陣は軒並み処刑されたんだよね」

「そうなんだ」

 

 確認するように言うと、キューは他人事のようにつぶやいた。表情は眠たげな無表情のまま動かない。

 

「君は汚染区域に機体ごと漂着していた。負け戦を生き残ったってことでいいんだよね」

「たぶんそう」

 

 なんだか受け答えがぽやぽやしているが、山田にとってはここからが重要なことだ。

 

「君は帰る場所がない。元居た勢力はもう併呑された」

「ふーん」

「だけど君には力がある。だって特戦群は精鋭だもの。機体も修理すればまだ使える」

「はぁ」

 

 キューが首を傾げた。山田の意図を図りかねているようだ。およそ故郷も仲間も失った敗残兵とは思えない平坦さだが、山田は気にせず続けた。

 

「だから、君には宝探しに付き合ってもらう! 助けてやった恩を返すのだ!」

「いいよ」

「言うことを聞かないなら、今頃血眼になってる××帝国に君を売ることも……え、いいの?」

「いいよ」

 

 思わず聞き返すも、返ってくるのは丸きり同じ言葉だった。

 

 唖然とする山田を見かね、キューが申し訳程度に付け足す。

 

「あなたの言う通り、私はすべてを失った。帰る場所も、やるべきことも。恩返し、宝探し。よく分からないけれど、望まれたなら付き合おう」

「もうちょっと自分を持って!?」

 

 徹底して受動的な態度に思わず苦言が漏れる。これに対してもキューは「自分を? 分かった、努力する」といかにも分かってなさそうに首肯する始末だ。

 

 王国の特別作戦群──通称特戦群はえりすぐりのVFパイロット集団であり、物心つく前から拷問に近い過酷な訓練をしていると聞く。どんな戦闘狂かと想像していたが、これではまるで人形だ。

 

「まあいいけどさぁ」

 

 が、山田にとっては問題ではない。

 

 山田には夢がある。鉄くずまみれの世界に眠る、本当のお宝を探し出す。そのためには圧倒的な力が必要不可欠であり、だからこそ、音に聞く凄腕のパイロットと最新の機体を活用しない手はない。パイロットの人間性が多少欠けていようと、その力さえ利用できればいいのだ。

 

 こうして夢見るゴミ漁りと、空っぽの敗残兵が出会い、宝探しが始まった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 夢いっぱいの宝探しをするにも、先立つものは必要だ。日々の生活費、生活拠点である輸送機の維持費、それからキューと一緒に拾った最新鋭のVF、『ハガクレ』の修理費。

 

 これらを稼ぐのにはキューが大いに役立った。

 

「言われた通り回収してきた」

「有能すぎか」

 

 たとえばかつての高層ビル群にて。輸送機が近づけないほど入り組んだ地形の廃墟に、出力の低い探索用VFで入り込み、山田なら迂回路を探すしかない壁をひょいひょいと駆け上がったり、狭い隙間に機体をねじ込んで強引に通過したり。手足の延長のように機体を操り、瞬く間に目的のゴミを回収してきた。

 

 キューは王国最強と名高い特戦群に名を連ねていた腕利きのパイロットだ。ゴミ漁りを任せればより効率的な動きができるのではと期待していたのだが、結果は想像以上だった。山田が丸一日かけて慎重にやるような探索も、キューなら数時間でこなしてしまう。

 

 そうしていくつもの汚染区域を回り、価値のありそうなゴミを漁って回っていると、輸送機のスペースはすぐにいっぱいになった。

 

「このゴミが宝?」

 

 格納庫にて、鉄くずにしか見えない回収物を前に、キューは首を傾げた。

 

 山田は探索用機体のメンテナンスに区切りをつけ、キューの隣に並ぶ。

 

「そうだよ。私の探してるものじゃないけど、お金になる」

「こんなの、誰が欲しがるの」

 

 おや、とキューの顔を見上げる。相変わらず無表情で声も平坦なものの、唯々諾々とゴミ漁りの毎日を送った成果だろう、少しの興味がうかがえる。

 

「色んな人が。昔、大きな戦争があったのは知ってる?」

「知らない」

「さては君、戦い以外に何も知らない?」

「知らない」

 

 特戦群は幼少の頃から戦闘訓練に明け暮れるため、他の何も知らないと噂されてはいるが、その通りらしい。わずかに芽生えた好奇心に応えるべく、山田はざっくり答えていく。

 

 世界が鉄くずと戦乱に塗れるずっと前の時代、とても便利な資源が見つかった。その資源はあまりに有用で、多くの人々がそれのために狂い、大きな戦争が起き、あまりに長く続いた戦禍によって文明が断絶された。

 

「私たちが今乗ってる輸送機とか、着てる服とか昨日食べたごはんとか。燃えてゴミになった文明を調べて再現したものなんだ。ほら、君が今日回収したこれとか、大戦以前に作られてた航空機のエンジンだって。昨日回収したのは記録媒体の残骸。APエンジンの旧型まである。そういうのを調べてまた便利なものを再現していくわけ」

 

 断絶された文明の再興事業。その一端を担うのがスカベンジャーだと、山田はまとめた。

 

 キューは「ふうん」と気のない風に返す。

 

 せっかく興味をもってくれたので、活動初期には偽情報に踊らされたり本物のゴミと危険しかない地域に侵入してしまったりといったスカベンジャー苦労話を披露しようとするが、腹の虫が鳴った。キューのものである。

 

「お腹空いた。今日は何?」

「チキン南蛮とサラダ」

「ダメ、昨日もチキンだった。今日は牛肉の缶詰にする」

「図太いやつめ」

 

 戦い以外に何も知らないのは本当のようで、キューは遠慮を知らない。牛肉は割と貴重品だ。

 

 とはいえキューの働きのおかげで数倍の稼ぎが得られたのは事実。徐々に人らしくなっていく微笑ましさもあって、山田もつい甘やかしてしまうのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 回収したゴミを大事に抱え込むスカベンジャーはいない。ゴミは買い取り業者を介して主に技術者、たまに好事家の手に渡り、文明の再現の糧とされる。再現された技術は戦争に供され、時にスカベンジャーのゴミ漁りに還元される。

 

 このサイクルに参加するため、すべてのスカベンジャーは『組合』に属する。スカベンジャーと買い取り業者を結ぶほか、情報交換、物資補給の場として機能する。輸送機にぎっしり詰まったゴミを売り払うため、山田はこの組合へ機首を向けた。

 

 組合は非汚染区域にあり、外観は大小様々な輸送機が並ぶ広大な空港だ。

 

 その一画に駐機する山田の輸送機から、回収したゴミが次々に運び出されていく。

 

 ゴミを運んでいくのはパワーに優れた作業用VFだ。改装すれば重機から探索、戦闘までこなせる互換性がVFの強みである。

 

 その足元で、山田はタブレット端末片手に買い取り業者と話し込んでいた。

 

「この短期間でこれほどの成果とは感服しました。何か秘訣でもあるのでしょうか」

 

 業者はおだてながら探るような視線を送ってくる。穴場でも見つけたなら情報を買い取らせてほしい、という意図が透けて見える。

 

「今回はたまたま運が良かったんですよー。それより注文した部品はどのくらいで用意できます?」

「明日の朝には。ですがモノがモノですから、手数料含めますとこのくらいに……」

 

 業者がタブレットをタップすると、中々にしぶい金額が表示される。今回のゴミの売却額から、輸送機の整備と物資の補給、加えてハガクレの修理用資材の費用を差し引いた金額だ。最新鋭の機体だけあってハガクレの占める割合が大きい。かつてない稼ぎがほとんど収支トントンになっている。

 

 が、山田には夢がある。ちまちましたゴミ漁りよりもずっと遠大で途方もない夢が。そのための投資なら惜しくはない。タブレット画面をタップして取引を承認すると、業者は「ありがとうございます」と胡散臭い笑みを浮かべた。

 

 少しぼられた感覚がしたので、世間話ついでに情報をねだる。

 

「そういえば西の方はどうなりました?」

「帝国は旧王都に臨時政府をおいて体制構築を図っているようですが、まだ地盤づくりの段階のようです。残党狩りの方は順調のようで、おかげさまで先ほどのようなお取引ができました」

「……んえ?」

 

 残党狩りと取引になんの関係があるのか。きょとんとしていると、業者は意外そうに目を丸くした。

 

「ご存じなかったのですか」

「何がです?」

「王国の特戦群の話です。十人いるうちの九人はすでに死亡が確認されているそうです。だからこそ、特別仕様機『ハガクレ』のパーツを今回のような価格でご提供できたのですよ」

 

 横流し品だったようだ。言われてみれば、最新型のパーツを一日で用意できるのは奇妙だった。

 

「その筋の話によると、相当な激戦だったそうですよ。あの帝国最強と名高い親衛隊も、特戦群との戦いで半数以上が死亡したとか」

「ふーん。特戦群は一人だけ生き残ったの?」

「特戦群の九番目が生死不明なようですね。指名手配の情報がつい最近回ってきました、こちらです」

「ひぇ」

 

 タブレット端末の写真を見た途端変な声が出た。涼し気な目元が特徴的な銀髪の少女。今まさに輸送機の中で待たせているキューその人だ。生死問わずの文言と共に莫大な金額が表示されている。情報提供だけでも数か月は豪遊できる額が払われるようだ。

 

「機体の残骸さえ見つかっていないそうで、ひょっとすると汚染区域のどこかに機体ごと逃げ落ちているかもしれませんね」

「あはは、まさかぁ」

「あはは」

 

 あははうふふと談笑を交わし、取引を終えて機内に戻る。

 

 ひんやりした格納庫に入ると、背筋を滝のように流れる冷汗の冷たさが身に染みた。ぺたん、とその場に座り込む。

 

 帝国と王国の戦争があり、王国が負け、王族と主戦力のほとんどは処刑された。戦力の筆頭だったキューが命を狙われるのは至極当然だったが、指名手配情報を見たことで、やっと理解できた。すさまじいリスクを抱え込んでいる現実を。

 

「顔色が悪いね。何かあった?」

 

 先ほど見たばかりの顔がにゅっと視界に入り込む。座り込む山田の顔をキューが覗き込んでいる。きらきらした丸い緑眼と目が合った。

 

 今更だが、この少女はすべてを失っている。仲間も、帰る場所も。最初から仲間のいない山田にはピンとこなかったが、きっとそれは悲しいことなのではないかと、やっと分かった。

 

 山田が何も言えなくなっていると、キューは少し考え、「はい」と何かを差し出す。

 

「……これは?」

「牛肉の大和煮。甘くておいしい。あげる」

 

 あげると言っても、その缶詰はもう半分以上なくなっている。食べかけだ。付け加えると今は食事の時間ではない。

 

「盗み食いじゃん」

「だってお腹すいた。山田もそう。なら食べよう」

 

 空腹で落ち込んでいると思われているらしい。盗人猛々しいとはこのことだが、なんだか憎めない。

 

 ひったくるように缶詰とスプーンを受け取って肉を口に運ぶと、甘辛く味付けされた肉のうま味が口いっぱいに広がった。もう一口と思ってもすでに缶は空だ。

 

「キュー、指名手配されてる。危ないから外出ないでね」

「分かった、必要ないなら出ない。そんなことより」

「何?」

「おいしかった?」

 

 そんなことで済ましていいことではないだろ。

 

 と反駁しかけたものの、キューの真剣な目つきに毒気を抜かれ、「おいしかった」と素直に応える。

 

「そっか」

 

 人形のような無表情なのに、そこに秘められた感情がなんとなく分かったような、そんな気がした。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 キューのVFの修理はつつがなく進んだ。元より山田は探索用機体の整備を自前で行っており、最新型とはいえ互換性に優れたVFの修理とあらば、資材さえあえれば問題ないのだ。欠けた装甲の各部を溶接し、駆動部の部品を取り換え、格納庫備え付けのクレーンで全損した腕など大物を補修していく。

 

 そうして最後の工程が完了したのは、修理を初めて四日目の夜のことだ。

 

「よーし終了! 疲れた!」

「山田は器用。すごい、天才」

「もうちょい感情込めて言えやポンコツ」

 

 暇そうに壁にもたれかかりながら、ぱちぱちと手を叩くキューにジト目を向ける。

 

「ったく、なんでパイロットのくせにねじの一つすら締められないんだよ」

 

 山田が修理にかかりきりだった間、キューは何一つ貢献しなかった。機体に関する知識がまるでなかったのだ。それどころか、常識レベルの工具の名前も知らず、ネジやボルトなどを触らせると必ず取り落として紛失する。探索用機体を生身のごとく滑らかに操っていたとは思えないほどのポンコツぶりだった。キューに初めから何も任せなければ、おそらく一日は工程を縮められただろう。

 

 非難がましい山田の目に、しかしキューは悪びれない。

 

「そんなことは教えられてない。私たちは動かす専門」

 

 分業にも限度があるだろと呆れるが、続く言葉で閉口せざるを得なかった。

 

「王国特別作戦群は、生きる歯車。難しいことは知らなくていい、考えなくていい」

 

 分別のつかない年頃の子供を生体部品として鍛え、思考能力を奪い使いつぶす。まことしやかに囁かれていた王国特戦群の噂はどうやら本当だったらしい。あれほどの操縦技能のためなら、人間らしさなど安い代償という考え方も分からなくはないが、少なくとも山田の好みではない。

 

「じゃあ今から知って、考えろ。たとえばこれの動く原理とか」

「原理って?」

「三十トン弱ある金属の塊が、半永久的に飛んだり跳ねたりできる。その動力はどこから来ると思う?」

 

 キューは修理が済んだ機体を見上げてしばし考え込み、心なしかキリっとして答えた。

 

「私の気合」

「正解──なわけねえだろなんでちょっと誇らしげなんだ」

 

 真面目に考えた末の答えがこれなのだからお話にならない。これから夢を叶えるために協力してもらう立場としては、常識程度の知識は身に着けておいてもらいたい。

 

 こうして何も知らないパイロットのため、可能な限りかみ砕いた常識講座を開催した。

 

「VFの動力源は、アズール粒子っていう不思議物質。大抵APって呼ばれてる」

 

 APはわずかな電圧でたやすく電離し莫大なエネルギーを生む。そのエネルギー効率は他の化石資源とは比較にならないほど高く、お手軽核融合とも言われる。

 

「すごーい」

「そう、超すごい。だからみんな欲しがって戦争が起こった、ていうのは前も話したかな」

 

 APの発見当時、従来の化石資源の枯渇が間近に迫っていたこともあり、夢の新資源として人は欲望のままにAPを追い求め、結果として世界は今のようになった。ゴミと争いと、致命的な汚染に塗れた世界に。

 

「汚染って?」

「それ知らないでよく生きてきたな……APは人体にめっちゃ有害なんだよ」

 

 アズール粒子はエネルギーの放出を終えると、不可視の毒性物質として大気中に長期間残留する。大昔頻繁に取りざたされていた放射能と似たようなものだ。

 

 が、人類が粒子の抱えるリスクに気づいたときにはもう遅かった。すでに汚染によって数百万人が死亡し、生存可能な領域はほとんど残されていない。わずかな生き残りは限られた資源に目がくらみ、争いは更に激化。無数の共同体が興っては滅び、戦火のサイクルは今なお続いている。キューの故郷である王国が滅んだのもその一環だ。

 

「……」

 

 ざっくりした講座を終えると、キューは放心したように口を開けていた。情報量が多すぎたのかもしれない。

 

 目の前で何度か手を振るとようやく我に返り、首を傾げた。

 

「だったらこの機体、すごく危ない?」

「お、いい質問。気を付けて使ってれば大丈夫だよ」

 

 その疑問が出てくるなら、理解はできたのだろう。説明したかいがあった。

 

 キューの乗機、ハガクレはAP動力の機動兵器だ。もちろん動かすたび汚染物質が発生するが、最新型の高いエネルギー効率によってごく微量の汚染に留まることと、専用のフィルターで吸着するためパイロットと環境に影響はない。

 

「なるほど、完全に理解した」

「えらいぞ。よーし前提知識が終わったところで、私の夢のことも語っておこうか」

 

 そもそも夢を叶えるために、指名手配された敗残兵とかいう厄ネタポンコツ少女をここに置いているのだ。主戦力の修理も終わり、本格的に動くときが近づいている。

 

 山田が勢いのまま長年の夢を語ろうとすると、

 

「ふわぁ……」

 

 キューのあくびに出鼻をくじかれる。確かにヘリの外はすでに星明りの一つもない暗黒だ。

 

「なんだよ話これからなのに……風呂入った?」

「入った」

「歯磨いた?」

「まだ」

「しっかり磨け。医者は高いんだから。そんで寝ろ」

「ふぁい……」

 

 そう言ってキューを送り出すが、ふらふらと頼りない足取りで今にも転びそうだ。

 

 夢を叶える大事な戦力にケガをされては困る。仕方なく寝室まで手を引き、歯を磨いてやってベッドに放り込んだのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 修理完了から程なくして、数件のゴミ漁りをこなした。目的は夢に向かう前の最後の資金稼ぎと、ハガクレの試運転だ。

 

 亡国の最新鋭VF、ハガクレの性能は圧倒的だった。さすがに勢力争いの最前線を張っていただけあって基礎スペックからして高く、そこにキューの技量も加わるものだから、崩落寸前の廃墟を風のように駆け抜けて最高効率でゴミを回収していった。

 

 とはいえ、回収効率だけなら探索機に乗った場合とほとんど変わらない。ゴミ漁りにおいては必要なスペックの上限があり、それを超える性能は宝の持ち腐れになってしまう。ハガクレの本領はあくまで火力、つまり戦闘にあり、それこそ山田の期待するところだった。

 

「というわけで今度から戦ってもらいます」

「分かった」

 

 操縦席に隣接する仮眠室。質のいい家具を揃え寝室として使っているそこで、山田は予定を伝えた。

 

 キューは我が物顔でふかふかベッドを占領しながら、そっけない返事。しまいにはシーツと絡んでゴロゴロし始めたので、山田はため息をついた。この女、従順だが食べるか寝るかにしか興味がないのか。

 

「あのさー、何と戦うのかとか気にならん?」

「戦いは、敵を殺すか壊すか。ゴミ漁りよりずっと単純。それよりごはんまだ?」

「さっき食べたろ。ちょっ、ゴロゴロすんのやめて埃たつじゃん」

 

 苦情を言われたキューはしぶしぶ起き上がる。さらさらの長い銀髪が寝ぐせだらけだった。

 

 見苦しいので鏡台の前に座らせ、櫛で整える。仕上げに赤と白のチェック柄のリボンで一つ結びにした。冷然とした雰囲気とポップな色合いが絶望的に似合わず、山田はにやついた。

 

 当のキューは鏡を一瞥しただけで気にした風もない。

 

「いつどこで、何と戦う?」

 

 かと思いきや、ほんのわずかに声が弾んでいた。意外にもアクセサリーが好きなのだろうか。

 

 なんにせよ話を聞く姿勢になったのはいいことだ。亡き母以外に夢を語って聞かせる、山田にとって初めての経験なのだから。

 

「三日後、未踏領域で無人機と。夢いっぱいの宝探しを始めるよ」

「宝探し? 初めて会った日に言ってたこと?」

「そう!」

 

 まさか覚えているとは思わず、前のめりになって首肯する。

 

 宝探し。戦禍と鉄くずにまみれた世界に眠る、夢と希望でいっぱいのお宝。

 

「お宝の名前は、恒星間航行船『エクソダス』。これを見つけたい」

 

 この世界に望みはない、とかつての人類は考えた。夢のある新資源を見つけたにもかかわらず、その利権を巡り枯渇寸前の資源を使いつぶして殺し合い、戦火ばかりが広がっていく。希望が見いだせるはずもない。

 

 だから夢のある人たちは、宇宙を目指した。莫大なエネルギーを生むAPによって数世紀にわたり稼働する、大型宇宙船の建造を始めた。

 

 しかし完成間近になり、建造の出資者、責任者の多くが戦乱に巻き込まれ死亡。宇宙船はその巨体に大量のAP資源を秘めたままどこかに放置されている。

 

 キューは首をかしげた。

 

「そんなにすごいもの、あればとっくに誰かが見つけてる」

 

 指摘はもっともだった。長期間の宇宙航行にたえうる量のAPだけでなく、船体には戦前の技術の粋が詰まっている。資源的、技術的価値は凄まじく、当然数多の勢力が血眼になった。しかし見つかるのは開発計画書や設計図の断片だけで、肝心の場所は杳として知れず、結局今日に至るまで見つかっていない。

 

 が、今このタイミングなら話は別だ。

 

「今の今まで、どうしても捜索の手が及ばなかった領域がある。そこが怪しいと私は見てる」

 

 いわゆる未踏領域。王国や帝国のような居住領域ではなく、スカベンジャーの住まう汚染領域でもない。誰一人立ち入らないからこそ、宝の見込みがある。

 

 その領域が長らく未踏である原因は二つあり、一つは汚染だ。通常の汚染領域の数十倍のAP汚染により、生き物は近づいただけで即死、機械も瞬く間に腐食してしまう。が、経年によってこの汚染は許容レベルまで落ち着いていると見られている。

 

 そしてもう一つの原因は、無人機だ。AP動力による無数の無人兵器が跋扈しており、よしんば汚染をやり過ごしても無人機に囲まれて死ぬ。大戦末期のものと思われる無人機は強力で、少なくともスカベンジャーの探索機ではどうあがいても敵わない。実際、まだ見ぬ宝を夢見てそこへ踏み込んだスカベンジャーたちは、一人として帰還していない。

 

 が、キューがいれば話は別だ。亡国の腕利きパイロットであるキューと、最新のVFも健在であれば、無人機の脅威は問題にならない。

 

 必要戦力だけなら帝国も保有しているだろうが、帝国は併呑した王国の統治に忙しく、言い伝えに近い宇宙船を探す余裕はない。

 

 つまり今こそ好機なのだ。汚染が落ち着き、戦力が整い、競合のいない今をおいて、これよりふさわしい機はない。

 

「私が探索するから、キューには護衛をやってほしい。邪魔する無人機をぶっ倒して」

「分かった。私が戦い、山田が探す──ところで」

「ん?」

「宇宙船を見つけた後はどうする?」

 

 山田は肝心なことを伝え忘れていた。

 

 山田の夢は宇宙船を探し出すことではない。それは過程でしかなかった。胸を張って答える。

 

「もちろん宇宙に行くんだよ。その後は……宇宙人でも探そうか」

 

 この世界にはゴミと戦争しかない。宇宙がそれよりマシな保証はないが、ここよりもひどいとは思えない。だから山田は宇宙に行きたい。行った後のことはそのときにまた考えればいい。

 

 キューは「そっか」とつぶやくと、目を伏せてじっと動かなくなった。エメラルド色の瞳は虚空を見つめて放心しているようにも、深い思案に暮れているようにも見える。

 

 輸送機はすでに未踏領域の一つに向けて自動航行中であり、山田は手持無沙汰だ。キューの無駄に長い銀髪と先ほどのリボンをおもちゃに、ヘアアレンジで時間を潰すのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 深緑の装甲をまとう巨人が腕を振るう。プラズマ化した粒子の刃が半月状の軌跡を残し、迫りくる無人機を薙ぎ払った。それを最後に廃墟には静寂が満ちる。

 

「敵影なし、戦闘終了」

「お疲れ、相変わらず頼りになるわ。じゃあささっと見て回ろうか」

 

 深緑の機体、ハガクレを駆るキューが無感動に報告すると、姿勢を低くしていたもう一機が立ち上がる。武骨な角ばったシルエットのそれは、スカベンジャーが好んで使う探索用VFだ。パイロットの山田は、危険のなくなった廃墟の探索を再開した。

 

 未踏領域の探索を初めて一か月。キューが護衛、山田が探索を担当し順調に探索が進んでいるが、めぼしい成果はいまだない。宇宙船の陰どころか痕跡さえなく、見つかるのは多少価値のあるゴミ──旧世代の遺物ばかりだ。

 

 とはいえ、この程度の不作は想定済みだった。未踏領域は世界中に飛び石のごとく点在しており、その一つ一つが広大だ。しらみつぶしにするには年単位の時間が見込まれており、まだまだ焦る必要はない。

 

 それに何より、キューの戦力が予想以上に高く、探索は普段一人でやるよりも随分気楽だった。

 

 未踏領域にはたいてい、前時代の無人機が眠っている。これらは領域内に味方識別のない機影をとらえると起動し、排除にかかる。一体だけでも並みのVFを凌駕する火力と反応速度を発揮する化け物が、徒党を組んで襲い掛かってくるのだ。

 

 が、キューの前には何の脅威にもならなかった。

 

「無人機は、学習する前に一発で倒せばいいって教わった」

 

 こともなげにうそぶいて、両腕に内臓されたプラズマブレードを振り回し、一振りで二体三体とまとめて両断していく。ハガクレは空を自在に飛び、跳ね回り、見ている方が気持ち悪くなるようなえげつない機動で無人機を翻弄し、ただの一度も被弾しない。学習機能を積んだAIもこれにはお手上げのようで、戦いしか教わらないで育つとこんなになるんだ、怖、と山田は思った。

 

 未踏領域には無人機だけではなく、先人の姿もあった。ただし、物言わぬ残骸として。

 

「なむあみだぶつ……」

「何それ?」

「死んだ人へのお祈り。お母さんがよく言ってた」

 

 山田が乗る機体とは世代の異なる探索機が、未踏領域のそこここで塵埃に埋もれていた。彼らもまた宝物の夢を見て、無謀にもここへ足を踏み入れたのだろう。他人とは思えず、意味もよく分かっていないお祈りを捧げていく。

 

 そんなこんなで探索を続け、四件目の未踏領域にて。旧世代の研究所と思しき施設から、興味深い情報を入手した。

 

 ファイル名は『居住可能惑星候補座標目録』。名前の通り人の住める環境の惑星をまとめたリストだ。先人たちが宇宙を夢見ていた証拠であり、脱出計画の存在を示唆している。直接目的にかかわる内容ではないものの、初めて見つけた手がかりに山田は奮い立つ思いだった。

 

 一方、戦うだけのキューもまた探索の収穫を得ていた。

 

「キュー、これあげる」

「なにこれ」

 

 ある日山田が与えたのは、未踏領域の一つで回収したタブレット端末だ。バッテリーを取り換え、破損したデータは修復してある。画面には彩豊かな絵がずらりと並んでいた。

 

 いずれかの絵をタップするよう言うと、キューはおっかなびっくり画面に触れ、連続した画像データが展開される。

 

「それ、マンガ。他にアニメと小説も入ってた。旧世代にめちゃくちゃ流行った娯楽だよ」

「ゴラクって何?」

「楽しい気分になれるやつのこと。寝ると食べる以外にも、楽しいことがあっていいだろ」

 

 旧世代の娯楽はスカベンジャー間で高く取引されている。タブレットごと売り払えば一か月分の食料にはなるだろう。キューに渡したのは日ごろの感謝の気持ちだ。夢のために飛び回る今があるのは、間違いなくキューのおかげだから。

 

 そう考えてのプレゼントだったが、これはひょっとすると失敗だったかもしれない。

 

「ちょっ、キュー!? 死ぬ死ぬ死んじゃう、助けてー!」

「あ、ごめん」

 

 未踏領域での戦闘中、取りこぼした無人機が狙いを山田に向けることが増えた。呼べばすぐに対処してくれるが、心臓に悪い。

 

「前はこんなことなかったのに。体調悪いの?」

「むしろ超絶いい。この世にこれほど楽しいものがあるとは知らなかった。知ってる? 旧世代では巨大ロボに乗って戦うのはロマンだった。つまり私はとてもロマンある女。宝探しもロマンの定番だから山田もそう。素晴らしき啓蒙を授けてくれた多くの神作品に感謝していたら、つい気が散ってしまった」

「すんごいしゃべるじゃんびっくりしたぁ!」

 

 平坦な声音のまま力説するキューの言をまとめると、娯楽にはまりすぎて戦闘がいい加減になっているらしい。

 

 山田はタブレット端末に使用時間の制限をつけた。時間を超過すると日付が変わるまで起動できなくなる。

 

 すると、キューは小賢しい手に出た。

 

「うるうる」

「……」

「ぐすん」

 

 一体何の作品で覚えたのか、涙目の上目遣いで、いかにも哀れみを誘うように媚びを売りに来たのだ。食いしん坊の戦闘マシンとはいえ外見は銀髪美少女なので、そこそこ破壊力がある。

 

 が、山田はなびかない。娯楽に熱中しすぎてうっかり死にましたなんて、あまりにしょうもない。制限の解除はしない。

 

「いじわる」

 

 すん、と涙をひっこめたキューは、とぼとぼと自室へ戻っていった。束ねられた銀髪が揺れ、似合わない派手なリボンが目につく。結び方が下手なのか、リボンは斜めに傾いている。

 

「……しかたないなー」

 

 キューはいつも頑張ってくれているし、娯楽を勧めたのは山田自身だ。命にかかわることは別として、少しは譲歩してもいいだろう。

 

 そうして山田は、輸送機の機首を組合へと向けた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 組合が管理している空港を中心にして、スカベンジャーたちの運営する小さな市場がある。廃材を組み合わせた掘っ建て小屋の寄せ集めだが、扱う商品は食料、衣類、情報、保険・金融商品、それから娯楽物と中々に幅広い。

 

 ちょうど消耗品の補充も必要なので、山田はキューをこの市場に連れ出した。指名手配の件は発行から時間も経っているし、念のためフードを目深にかぶらせておけば問題ないだろう。

 

 物珍しそうに周囲を見回すキューの手を引き、目的の店に向かった。

 

 その店は市場の外れにひっそりとたたずんでいる。扉代わりのぼろ布をくぐって中へ入ると、紙とインクの独特な匂いが鼻についた。さび塗れのスチールラックに旧世代の紙媒体がぎっしり詰まっており、ただでさえ狭く薄暗い店内を圧迫している。

 

「よーし着いた」

「ここは?」

「本屋。買い取ったデータを印刷して売ってんの」

 

 ぴんと来ていないようなので、近場の本を一冊棚から抜いて、キューに手渡す。

 

 キューは本をしばらく矯めつ眇めつしてから、やっと開く。見慣れた絵と吹き出しを見つけたのかびくりと肩を震わせ、厳かな顔つきで店内を見渡す。

 

「この店は私が頂いた」

「頂かねーよ?」

 

 無表情で強盗めいた発言をしているが、喜んでいるらしい。

 

 この店は旧世代の娯楽物のデータを買い取り、わざわざ紙媒体にして販売する奇特な商売をやっている。文字でも絵でも節操なく買い取ってくれるので、山田含む多くのスカベンジャー御用達の店だ。店頭に並ぶものの他にも多くのデータを保管しており、注文があれば印刷してくれる。

 

「かさばるから買いはしないけど、見るだけならいいでしょ。私は買い物してくるからゆっくりしてな」

「立ち読みは万死と、この前読んだ本にあった」

「え、そういうもんなの? おーい店主ー」

 

 店主のやせこけた老人に確認を取ると、「立ち読みはかまわん、殺すのは万引きだけだ」とのこと。

 

 許可を得たとたん、キューは「じゃあ読む」と本に目を落とす。すぐさま熱中するキューを置いて、山田は予定通り物資の買い出しに向かった。

 

「よう、最近景気がいいみてえじゃねえか。いい仕事でも見つけたか?」

 

 買い出しの途中、顔見知りの同業者に声をかけられる。未踏領域から見つかる旧世代の遺物は価値が高く、最近は山田が組合に来るたび市場が騒がしくなっていた。

 

「未踏領域を漁ってるんですよ。無人機に対処できるようになったので」

「冗談言うんじゃねえ、あんなバケモンどもとかくれんぼでもしてるってのかよ」

 

 強いていえばだるまさんが転んだだろうか。見敵必殺的な意味で。

 

 同業者との雑談を無難にやり過ごしつつ、遺物の売却と物資の補充を済ませる。

 

 輸送機への積み込みの段取りまで整えて店に戻ったのは、三時間後になった。さすがに退屈しているかと思いきや、キューはまだ同じ姿勢で貪るように作品を読みふけっていた。

 

「帰るよ」

「ん……分かった」

 

 名残惜しそうに本を閉じ、大人しく店を出る。フードの下にのぞくきれいな鉄面皮には、わずかな喜色が感じられる。うまくご機嫌を取れたらしい。

 

「楽しかったみたいだね」

「とても。紙媒体は手中に物語を収めている感覚がいい。楽しいものが手に触れられるものとしてそこにある感覚。全周囲を未知の楽しい物語に囲まれている店のレイアウト。すごくいい時間だった」

「そっかー。また来たい?」

「来たい」

「いい子にしてたらまた来よう。なんなら一二冊程度なら買ってもいい」

「いい子にする」

「よし、言ったな」

 

 それからというもの、キューはタブレットの制限に文句をつけることはなくなり、戦闘中に注意散漫になることもなくなった。

 

 ただ、補給のため組合に戻ると、山田を置いて古本屋に駆け込んでいく。そして迎えに行くまで夢中で読みふけり、この本買ってと言いたげに上目遣いを送ってくる。

 

 最初に買ってもいいと言った手前無視するわけにはいかない。仕方なく数冊買ってやるとなんだかアホらしくなり、あらかじめお小遣いを渡しておくことにした。すると、その次からはお小遣いをすべて使い切るまで買い込むようになり、キューが私室にする小さな貨物室が、徐々に本で埋まってきた。

 

 山田には分からない。娯楽が楽しいのは認めるが、それだけだ。何がそこまでキューを引き付けるのか理解できなかった。

 

 気になった山田はある日、山田のベッドの上でマンガを熟読するキューに直接聞いてみた。すると返ってきたのは、

 

「ここではないどこかで、自分ではない誰かになれる。それはとっても夢がある。だから楽しい」

 

 と、分かるような分からないような意見だった。

 

 首を捻る山田にキューは本を閉じ、おもむろに山田を抱きしめる。互いの体の隙間から空気をすべて絞り出すような熱い抱擁だ。山田は目を白黒させた。

 

「ちょっ、な、えっ?」

「知らないこともたくさん学べる。抱き合って互いの鼓動を感じると、落ち着いて安心できるらしい。でも……」

 

 体を離し、キューは不思議そうに問う。

 

「心配になるくらいの心拍。山田、大丈夫?」

「あ、うん、だいじょぶ。びっくりしただけ」

「そう」

 

 キューはまた山田を抱きしめた。懐かしい、全身が優しさと温かさに包まれるような感覚。密着する互いの乳房を通して伝わってくる鼓動を感じていると、驚きと動揺が洗い流されていく。

 

「確かに、落ち着いて安心する」

 

 味をしめたのか、キューはそれから隙あらば山田を抱くようになった。悪い気はしないが、探索を終え機体から降りた直後に抱き着いてくるのだけはやめてほしかった。

 

「山田の匂いがする」

「やめろ、吸うな、離せ、離して!」

 

 いくら守られているといっても未踏領域での調査は緊張感を伴うものだ。終わった後は結構汗ばんでいる。にもかかわらず、キューはむしろ嬉々ととして抱き着いてくる。このときばかりは安心よりも恥ずかしさが勝る。戦闘を経たキューの方は汗一つかかず余裕綽々なので、余計気になるのだ。

 

 そうして探索と補給を繰り返し、二人の宝探しが始まってから半年が経った頃。

 

 キューが行方不明になった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 キューが消えたのは補給のため組合に戻った日のことだ。

 

 すっかり市場に慣れたキューは、一人で輸送機から店に向かい、時間を潰している間に山田が買い出しを済ませ、本屋までキューを迎えに行って二人で輸送機に帰る。これがいつもの流れだった。

 

 しかしその日、買い出しの終わった山田が本屋に行ってもキューの姿がない。

 

 店主に尋ねてみると、

 

「来て数分で出て行ったぞ。随分慌てた様子だった。あれは忘れ物を思い出したか、落とし物に気付いたかのどちらかだな」

 

 お小遣いを輸送機に忘れ、取りに戻ったのだろうか。そう考えて姿を探しながら輸送機に戻るも、キューはいない。少しずつ募る不安を押し殺して一時間待ったところで限界が来た。

 

 山田は輸送機を飛び出した。さびれた市場の路地を見て回り、薄暗い路地をがむしゃらに走り回りながら、脳裏には嫌な可能性が浮かぶ。

 

 キューは亡国の敗残兵として指名手配されている身だ。世間の関心は薄まっているし、フードの着用は徹底していることもあり油断していた。

 

 市場の治安は悪くない。流血沙汰など年に数回あるかないかだ。ただしこの平和はあくまで暗黙の了解であって、正当な理由のある暴力は黙認される。たとえば生死不問の指名手配犯を見つけたとしたら、暴力の理由には十分だろう。

 

 物言わぬ肉塊となったキューを、誰かが引きずって運んでいく。想像から逃げるように山田は市場を駆けずり回った。喉が痛くなるほど息を切らし、転んで擦り傷だらけになっても、不安な気持ちは晴れてくれない。時折住人たちや同業者から怪訝な目を向けられ、指名手配書を片手にこんな子を見なかったかと聞いて回りたい衝動に駆られる。

 

 母親が死んだときも、この日のように唐突だった。少し体調を悪くしたと思ったら急速に悪化して、医者に見せる前にあっさり死んでしまった。エンジンの唸りに満たされた機内で一人、ぽつねんと過ごす日々が頭をよぎる。

 

 いくら焦燥に駆られていても体力には限界があった。足がもつれ、薄暗い路地に倒れ込む。

 

 痛みと疲れで急速に頭が冷え、何もできない現実を理解する。身体を引きずるようにして輸送機へ足を向けた。

 

 夜通し走り回ったためか、東の空が鈍色にぼやけている。市場の大通りの粗末な電灯を頼りに、未明の道を歩く。

 

 もしかするとキューは輸送機に戻っているかもしれない。いや、キューはもう二度と戻らない。相反する感情に挟まれて、それでも帰らないわけにはいかない。

 

「おかえり」

 

 はたしてキューはそこにいた。輸送機の乗り入れ口を入ってすぐのところで山田を出迎える。

 

「はぁ……」

「大丈夫?」

 

 山田はへたりこんだ。文句を言う気力もない。

 

 心配そうに顔を覗きこんでくるキューは、どこもケガなく無事のようだ。それだけ確認できればもう十分である。

 

 山田には宝探しの夢がある。そのためにはキューの戦力がどうしようもなく必要だから。

 

「ったくもー、店にいないからどこ行ったかと……」

「ごめんなさい」

「いいよもう、結局バカらしいすれ違いだったんでしょ。誰も悪くない」

「それもだけど、えっと」

 

 キューはやけに歯切れが悪い。

 

 指をお腹の前で組んでもじもじしている。あけすけで図太いキューには似合わない態度だが、もう一つ違和感があるのに気づく。

 

「あれ、その髪どうしたの?」

 

 いつもは似合わないこと甚だしい派手なリボンで一つにまとめている銀髪がほどけている。

 

 指摘すると、キューはびくりと肩を震わせた。

 

「気づいたらなかった。落としたと思って探したけど見つからない。山田にもらった大切なものを失くした。ごめんなさい」

「……」

 

 絶句した。呆れや驚き、罪悪感。多くの感情がないまぜになって言葉にならない。

 

 あのリボンはゴミ漁りの最中にたまたま見かけ、なんとなく取っていただけのもの。どこで拾ったかも定かではない。何一つ思い入れのないものを、いたずら心でなんとなくキューの髪にくっつけただけだ。

 

 そんなもののために、と口をついて出かけたのを呑み込む。

 

「……そういえば、結び方が下手だったもんな。まあ仕方ないよ。探し回って疲れたでしょ、部屋戻って休みな」

「うん」

 

 よほど大切だったのだろう、すっかり肩を落として機内へ消えていく。

 

 安心して力の抜けた山田は壁によりかかり、深くため息をつく。今日は体も心もくたびれた。もう一日は休養した方がいいかもしれない。

 

「山田、ごめんなさい」

「うわっ、何」

 

 キューがいつの間にか戻ってきていた。

 

 何事かと振り返り、目を丸くする。キューの手には、キューにはとても似合わない派手な紅白チェック柄のリボン、すなわち今回の騒動の元凶がある。

 

「マンガの下に埋もれてた。うっかり」

「……」

 

 再び絶句。キューの部屋は、買い込んだマンガと本で散らばりつつある。部屋でリボンがほどけ、そのまま埋もれてしまったのだろう。

 

 山田は大きく息を吸って、吠えた。

 

「ちゃんと片付けしなさいバカタレ!」

「はい……」

 

 灯台下暗し、失くしたものはすぐそばに。そんな教訓にするにはあまりに馬鹿らしい顛末に、山田は思わず笑みをもらして、それに釣られたキューの顔にもほんの少しの微笑みが浮かんだ、ように見えた。

 

 ただ、この騒動は笑い話では終わらない。

 

 壮大な夢を終わらせるきっかけだったと知れるのは、宇宙を目指す道程のもっと後のことである。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 ある日、探索中の出来事だった。

 

 いつものようにキューが無人機を殲滅し、山田が悠々と物資と情報を漁っていると、キューは不意に「あっ」と何かに気付いたように声を上げた。

 

「敵がいる。無人機じゃない、人」

 

 山田も慌てて周囲に視線を走らせるが、コックピットのモニターに映るのは瓦礫の山と入り組んだ廃墟、先ほど撃破した無人機の残骸だけだ。人の気配はない。そもそもここは無人機の脅威と軽度の汚染に満たされた未踏領域であり、山田とキューのような変わり者でばければスカベンジャーでも入ってこないはずだ。

 

 気のせいだろうと山田が気を抜きかけたそのとき、

 

「山田、隠れて」

 

 モニターが青く光った。キューがプラズマブレードを一閃したのだ。

 

 一体何を斬ったのかは、直後に明らかになった。遠雷のような音が轟く。もう一度キューがブレードを振るい、また遠雷。

 

 山田たちは狙撃を受けている。キューは飛来する弾丸を切り裂いているようだ。大口径弾頭に対抗するためか、ブレードの青い刀身は普段よりも太く分厚い高出力モードになっている。

 

「見つけた。山田はそこの建物に隠れて。すぐ仕留めてくる」

「わ、分かった」

 

 言われるがまま、山田は廃ビルの陰に機体を滑り込ませた。すかさずキューはハガクレのブースターを噴かし、弾き飛ばされるような加速で飛び去っていった。

 

 一人になった山田は、コックピットの中で大きく深呼吸。逸る鼓動を落ち着かせていく。

 

 スカベンジャー間で命のやり取りが発生することは稀だ。法や治安はなくとも、誰かを殺して奪うほどの活力がない。ゴミ漁りの現場で鉢合わせると互いに見て見ぬふりをするのが暗黙の了解になっている。

 

 だからだろう。明確に殺意を向けられ、一人にされた今、山田は身がすくむほどの心細さに襲われる。キューは無事だろうか。

 

「戻った」

 

 もちろん無事だった。一分と経たず戻ってきたキューのハガクレには損傷一つ見られない。むしろ、身の丈を超える全長十五メートルほどの狙撃銃を抱えており、消耗するどころか荷物が増えている。

 

「お、おかえり。どうなった……?」

「殺した」

 

 予想はできていた。殺し合いを日常とする生活を送っていたキューが、敵に容赦するはずもない。

 

「情報は聞き出した。私の賞金目当ての傭兵だった。この前リボンを探してたとき、どこかで顔を見られたみたい」

 

 まさか敵が素直に話してくれたはずもないだろうに、あの短時間でどうやって聞き出したのだろう。

 

 気にはなったが、それよりも重要なのはキューの生存が露見したことだ。亡国の敗残兵、主戦力のうち唯一の生き残りであるキューは、支配を盤石にしたい帝国にとって無視できない。今回のような傭兵だけでなく、より厄介な追手が差し向けられるかもしれない。

 

「ごめんなさい、私のせいで……この銃あげる」

 

 バツが悪そうに言って、キューは戦利品の狙撃銃を差し出してきた。露骨な媚びに苦笑する。

 

「いいよ。キューのおかげで探索できてるんだし。もう敵いない?」

「いない」

「……そういやなんで敵がいるって分かったの? その機体レーダーとかないよね?」

「敵がいるとピリってくる」

「ピリっとかぁ」

 

 そんなふわふわした謎感覚で狙撃を防がれたら、狙う側はたまったもんじゃないだろう。

 

 続けて狙撃を斬り裂いた件について、「撃たれる前にビリビリくるからタイミング合わせてブレード振れば簡単に防げる」と回答したので、多少の追手なら気にする必要はないかもしれない。

 

 この日の探索を皮切りに、夢の旅路にはキューをつけ狙う傭兵の類が現れるようになった。当初は山田も身構えたものの、キューの力が思った以上に強く、大した負担にはならない。二人はゆっくりと探索を進め、時に戦いながら、確実に夢の終わりへ向かっていくのだった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 未踏査地区の探査を初めて一年。傭兵たちの襲撃は半年ほどで止まった。肝心の宝探しについては、断片的な情報がいくつも見つかるだけで決定的な発見はなく、少し停滞気味だ。

 

 そんな折、二人はついに大きな手掛かりを得る。

 

「これは何?」

 

 タブレット端末に表示されるその情報群は、キューの目にはただの文字と数字の羅列にしか見えない。一方、山田はその意味を読み取り震える声で答えた。

 

「宝の地図、かな」

 

 それはとある施設から回収された物資の輸送記録である。大がかりな電子機器や大量の部品のほか、数百トンものアズール粒子が輸送されている。

 

 アズール粒子は旧世代から今に至るまで貴重な品だ。ほんの数グラムで戦略兵器一ダース分のエネルギーは賄える。これほどの量が一つどころに集積される記録は前例がなく、比類のない大喰らいの存在がうかがえる。たとえば、数世紀にわたる宇宙の旅を想定された宇宙船などだ。

 

 記録の中に宇宙船や脱出計画への言及はないが、これまでに集めた計画を示唆するようなデータとあわせて考えると、粒子の運び込まれた施設に宝物が眠っている公算は大きい。

 

 というわけで、ヘリの機首を施設へ向ける。

 

 まさか宇宙船がむき出しで置いてあるわけはないから、地下に隠されているのだろう。となると探索機で乗り込むのは難しいかもしれない。いや、作業用VFの運用を前提とした施設なら動線は広く取られているはずだ。宇宙船を見つけたらすぐにでも宇宙に旅立ちたいけれど、動かし方は分かるだろうか、そもそもたった二人で動かせるような代物なのか──

 

「あっ」

 

 期待と想像で頭がいっぱいだったからだろう。

 

 操縦席の後ろ、キューの何かに勘付いたような声に、山田は反応できなかった。

 

 キューは操縦席に駆け込み、操縦桿をひったくる。輸送ヘリが急旋回し、山田の腰にベルトが食い込んだ。

 

「ちょっと、何を──」

「避けきれない、落ちる」

 

 キューが断言すると同時、轟音が二人を打ち据えた。

 

 落雷が間近に落ちたような衝撃を受け、、山田の視界に火花が散る。コックピットの外の世界がぐるぐると回り、すさまじい遠心力で身動きがとれない。何かに被弾し、きりもみ回転しながら墜落しているのだ。冷静に状況を受け止められたのは、キューが山田を庇うように抱きしめていたからだ。

 

 そうして数秒後、体が吹っ飛ぶような振動と轟音に襲われる。

 

 口の中には鉄の味、どこかから焦げ臭い匂いもする。

 

「山田、しっかり。すぐ出ないと」

「う、うん」

 

 息つく暇もなく、キューが山田の手を引いて格納庫へ向かう。

 

 しっかり固定していたおかげで、キューのハガクレは傾いた床面に垂直に立っていた。損傷はない。山田の探索機は横倒しになっていたものの、ダメージは軽く、背面の乗り入れ口も無事だった。

 

 ヘリの外は粒子で汚染されている。機内に充満する焦げ臭さに急かされ、二人はそれぞれの機体に搭乗し、脱出した。

 

 外は灰色の荒野だ。見通しはよく、左右を低い丘陵に挟まれている。

 

「……」

 

 山田は唇を噛み、燃え盛る輸送ヘリを見つめた。育ての親から受け継ぎ、家であり足でもあった大切な機体を失ってしまった。

 

 しかし感傷に浸る暇はない。左右の稜線から、計四機のVFが現れ、山田とキューを包囲する。

 

『しぶとい連中だ。次善に備えていて正解だった』

 

 オープンチャンネルから聞こえてきたのは、どこか粘性のある男の声だった。

 

 四機のうち三機は同じ意匠の量産機。標準的なエネルギーブレード、実弾ライフル、シールドを装備している。

 

 もう一機は、洗練された曲面装甲とモノアイが特徴的な黒い機体。肩の装甲には交差した両手剣を象るエンブレム──帝国最強のVF戦力、親衛隊の証だった。

 

『無駄な手間を取らせるな』

 

 親衛隊の黒い機体は、抱えていた狙撃銃を投げ捨て、他の三機がそれぞれ武装を構える。狙撃で終われば最善、こうして四体で確実に仕留めるのが次善というわけだ。

 

『待って。狙いは私でしょ』

『だったらどうした、人形』

 

 キューの制止に、意外にも親衛隊は応じた。余裕綽々の体である。

 

 キューは指名手配されている身だが、その手配をしたのが帝国だ。傭兵では相手にならないと見て、手ずから仕留めに来たのだろう。あふれ出る余裕は自信の表れだ。

 

『山田はただのスカベンジャー。見逃してほしい』

『ほう……』

 

 親衛隊のモノアイが山田の探索機に向く。それだけで、山田の頬に冷や汗が伝った。嗜虐的な男の笑みが目に浮かび、鳥肌が立つ。

 

『あの特戦群の人形が、連れの命乞いとはな。面白いものを見せてもらった』

『面白かった? じゃあ見逃して』

『それもいい。しかし感動させてもらったお礼には足りない。そこのゴミ拾い、いいことを教えてやる』

 

 山田の返答を待たず、親衛隊が告げる。

 

『宇宙船は存在しない。すべて帝国の流した偽情報だ』

『……は?』

 

 呆けた声を返すのが精いっぱいだった。理解が追いつかない。

 

 宇宙船。このゴミと戦争だらけの終わった世界から脱出するための、夢いっぱいの宝物。それが最初からなかった?

 

『貴様はどこの誰から宇宙船のことを聞いた? 知り合いのゴミ漁りか、育ての親か。であればお前に教えたそいつらは、情報の出どころを知っていたか?』

『いや、でも……』

 

 山田が教わったのは死んだ母親だ。たしかに彼女も情報の出どころを知らず、スカベンジャーの間でまことしやかに伝わる半ば伝説のような響きだった。

 

『で、でも、旧世代の施設から、宇宙船の存在を示す記録が──』

『我々の仕込みだ。未踏領域の汚染が減衰すると、我々の工作員が送り込まれる。そして夢見るバカ共に向けた欺瞞をばらまく。お前が手に入れたその記録とやらの中に、宇宙船の具体的なスペックや運用について言及しているものはあったか?』

 

 なかった。すべて曖昧で間接的な、宇宙船の存在をほのめかす程度の情報量しか持たない。

 

 呼吸が浅くなっていく。胃のあたりがきゅっと締まる。

 

 まさか本当に、この男の言う通り……いや、まだデタラメの可能性はあるはずだ。

 

 希望的観測に縋る山田を、男は容赦なく打ち据える。

 

『証拠がない、と言いたいか? この状況が何よりの証拠だ。大量のアズール粒子が輸送された記録は迫真だったろう。必ず喜び勇んで飛んでくると思っていた。だから進路上で待ち伏せできたのだ』

 

 アズール粒子の輸送記録。宇宙船の所在地を示していたその情報は、山田とキューしか知らないはず。にもかかわらず男が知っていて、二人の進路上に先回りしていたということは──

 

「ウソ、ウソだ……だって、そんな、何のために」

 

『山田、聞かなくていい』

『貴様らスカベンジャーのためだ』

 

 自分の体を抱いて震える山田に、男は続ける。

 

『旧世代の遺物から得られる技術的資源の価値は計り知れない。我々のVFもゴミ漁りがなければ開発はできなかった。しかし貴重な帝国臣民をゴミ漁りに従事させるわけにはいかない。宇宙船は、その分の不足を補うためのエサだ。夢見がちなカス共はありもしない幻想を求め、危険を顧みず汚染領域に突っ込んでいく。血眼で宇宙船を探しながら、有用な過去の遺物を持ち帰り、その成果は我々に還元される』

 

 否定しようにも否定できる要素がなく、山田は開きかけた口を閉じるしかできなかった。

 

 たしかに、宇宙船を追う夢があったからこそ、山田は未踏領域に足を踏み入れた。その結果いくつもの遺物を見つけ、市場に流している。

 

 それこそが帝国の狙いだった。夢追い人を焚きつけ、無人機と汚染のある場所に突っ込ませ、資源を持ち帰らせる。欺瞞の種は旧世代の遺物として結実し、帝国はその恩恵を享受する。

 

 追い求めていたものは、幻想だった。

 

 このゴミと戦火と欺瞞に満ちた世界から出て行くことなんて、不可能だったのだ。

 

『さて、どんな気持ちだ? 我々帝国の手のひらの上で踊らされていた気分は? 手がかりを一つ得るたび一喜一憂していたんだろう? その時を振り返ってみて感想は?』

 

 もう何も聞きたくない。

 

 山田は耳を塞ぎ、赤子のように体を丸めた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 操縦を完全に放棄したことで、山田の探索機の動きが固まった。

 

 それを見た親衛隊の男は、一転して冷たい声で指示を下す。

 

『ゴミ漁りを狙え。私は人形をやる』

『な……っ』

 

 三体の量産機が一斉に山田機を狙う。同時にキューのハガクレには親衛隊の機体が、機体の全長を超える大剣を手に迫ってくる。

 

 キューは右腕のブレードで親衛隊の刃を受け止めつつ、左腕のブレードを射撃モードへ変更。量産機の三体をけん制し、山田を守る。

 

 的確な射撃に山田機から距離を取り、量産機はライフルをめくら撃ちした。

 

 すかさずキューは親衛隊の刃を受け流し、機体を中空へ翻す。山田機の頭上を飛び越え様、自身と山田機に命中する弾道のみを見極め、弾体を切り払った。

 

 あまりにも高速の剣閃は、山田機を囲う青い光の瞬きのよう。凄まじい離れ業を見せつけられ、量産機の動きが一瞬鈍る。

 

『怯むな、続けろ』

 

 しかし親衛隊の男の一声により、すぐさま攻撃を再開した。親衛隊の大剣が再び迫り、キューは山田を守りながら防戦一方を強いられる。

 

 親衛隊の男の思惑通りだった。標的が機体に乗る前に仕留めるのが叶わなかった場合、数の力で押し殺す手はずだった。そこに現れたのがちょうどいい足手まといの山田だ。

 

 残党処理の任を帯びた親衛隊にとって、山田の生死はどちらでもいい。が、キューが山田の助命を願ったことで話は変わった。山田を優先して狙うことで、キューに守りながらの四対一の状況を強いる。長々と帝国の機密を披露したのは、山田の心を追い詰め動きを鈍らせるためだ。

 

 目論見はうまくいった。先の大戦を生き抜いた九番目の人形が、反撃の一つもなくただ守りに徹している。このまま有利を維持し続ければ任務の成功は揺らがないだろう。

 

 親衛隊の男は決して焦らず狡猾に、踏み込み過ぎない程度に大剣の連撃を繰り出す。キューはそれをブレード一本で捌きつつ、もう片方の腕で量産機三体を相手取る。何度も中空で身を捻り、全身各部のブースターから青い炎を吹かして飛び回る様は、局地的な無重力空間を泳いでいるかのようだ。

 

 呼吸をするように繰り返される神業の連発。

 

 その迫力に押されてか、量産機の一体がついに均衡を崩した。

 

 キューの放ったけん制射撃が、量産機のライフルに命中。

 

 その機体は怯むことなくエネルギーブレードを抜き放ち、キューに肉迫した。

 

『馬鹿野郎下がれっ!』

 

 親衛隊の怒号もむなしく、量産機がキューの間合いに入る、

 

 キューは親衛隊の大剣をブレードで受け止め、意図的に機体をふらつかせ隙を見せる。量産機はその機を逃さずコックピットを抉るような突きを繰り出した。

 

 想定通りの攻撃である。キューはブレードを脇を通すように躱し、前腕部のエネルギー射出口をそっと敵機のコックピットに添えた。瞬間、青い閃光が瞬き、量産機の胴体が消し飛ぶ。

 

 それだけでは終わらない。量産機の手から離れたエネルギーブレードを掴み、体の向きを変えないまま背面撃ちの要領で真後ろに投げ飛ばす。もう一機の量産機のコックピットに直撃し、二対一となる。

 

『化け物が……!』

 

 しかし味方を二機も落とされ、黙っている男ではない。

 

 悪態をつきながらなりふり構わず大剣を振り回す。舞い散る木の葉のようにキューは連撃を躱し、カウンターの斬撃をコックピットに叩きこむ。

 

 無駄のない、コックピット狙いの一撃必殺。読み通りだが想定よりもはるかに動作が速い。上体を逸らして回避するものの、機体の胴体を浅く斬り裂かれる。

 

 モニターとコンソールが消失し、ぱっくり抉れた装甲から外界が直接見える。男の目の前には、ブレードを振り切ったばかりの標的がいる。

 

 操作系統が吹っ飛んだことで、細かな操縦はもうできない。ペダルを踏み込み、標的の機体を押し倒した。

 

『俺ごとやれェ!』

 

 ハガクレは装甲を犠牲に高い機動力を発揮している。大剣を振り回す親衛隊の質量を押し返す馬力はなく、量産機のブレードを受け止める装甲もない。親衛隊の男もろともブレードで仕留められるはずだ。

 

 もみ合う二つの機体に、生き残りの量産機がためらいなくブレードを振りかざし接近する。勝利を確信し、口元を歪める男。

 

 が、量産機は途中で転倒した。

 

 操縦ミスなどではない。量産機の背中に何かが組み付いている。

 

 四角い箱に円柱のような手足をくっつけた、武骨な外観のそれは、先ほどまでキューの枷になっていた機体。山田の探索機だった。

 

『は?』

 

 思わぬ反撃に、親衛隊の男とキューの声が重なった。

 

 量産機と探索機がもみくちゃになり、灰色の荒野をごろごろと転がる。

 

 やがて上になったのはやはり量産機だった。ブレードを振り上げ、コックピットを収めた四角い胴体に容赦なく突き入れる。数千度に熱せられたエネルギーの刃により、探索機は火を噴いた。

 

 同時、キューが動く。

 

 機体を器用に捻り、前腕部の射出口を親衛隊のコックピットに押し付ける、男は視界が白く染まったのを最後に、欠片も残さず蒸発した。

 

 もっとも強力な親衛隊が沈黙した今、キューに敵う戦力は存在しない。最後に残った量産機は健気にブレード一本で向かってきたものの、すれ違いざまに両断され、その場に残ったのはキューのハガクレだけだった。

 

『山田……?』

 

 炎上する山田の探索機に歩み寄る。胴体部は溶解し、黒煙を上げて火を吹いている。

 

 火の中に、ハガクレの手を差し入れた。溶けた金属と火の粉がマニピュレーターに付着する。機体温度上昇のアラートが鳴り響く。

 

 山田は死んだ。跡形もなく蒸発した。親衛隊の男と同じように。

 

「山田」

 

 信じられなかった。疲れた目で笑いながら、熱に浮かされたように熱く夢を語っていた少女。知らないことをたくさん教えてくれて、温かいベッドや食事、かわいいリボン、マンガやアニメ、いろいろな楽しい、嬉しいを教えてくれたあの少女が、消えてしまった。

 

 キューはコックピットを解放する。灰色の大地を踏みしめ、燃える探索機へふらふらと近づいた。

 

「や、まだ……」

 

 いくら呼んでも山田は答えてくれない。死んだ人間が口を聞くことはない。

 

 恐ろしい喪失感がキューを襲う。仲間と帰る場所をすべて失ったときよりも、はるかに虚しい。本当の意味で何かを失ったのは、これが初めてだった。

 

 鼻先が熱く、胸が苦しい。熱い液体がとめどなく目から零れ落ちていく。

 

「山田ぁ……!」

「呼んだ?」

「うぇ?」

 

 その場にうずくまって泣いていると、ひどく気楽な声が返ってきた。

 

 山田である。足を引きずってはいるが、五体満足でこちらへ近づいてくる。

 

「さすがに死ぬかと思った。あっぶねー」

「なん、で……」

「生きてるかって? 簡単だよ」

 

 山田はよいしょ、とキューの隣に腰を下ろし、何があったかを語る。

 

 といっても本当に単純だ。キューのピンチを見るや我に返り、機体を全速前進。衝突の間際にコックピットを開放し脱出したのだ。量産機が刺し貫いたのは無人のコックピットである。

 

「脱出したとき足ぐねっちゃったけど、まあ必要経費だよね。キューの方はケガは……わぁ」

「やーまーだぁー……」

「よ、よしよし」

 

 号泣しながら山田の胸にぐりぐり頭を押し付けるキュー。

 

 かつてないほど感情豊かな様子なのでしばらくされるがままになっていたが、さすがに三〇分も経つとうんざりしてきた。

 

「……えぇーい! いつまでやっとんじゃ!」

「ずっと」

「永住しろと!? こんな何もない荒野で!?」

「うん」

「ふざけてないで移動するよ。連中の仲間に見つかったら面倒だし」

「山田が行くなら、私も行く」

 

 二人はハガクレのコックピットに乗り込んだ。二人とも小柄とはいえ一人用座席のため、かなり窮屈だ。キューの膝の上に、山田が横抱きに近い体勢で座る。

 

「えへ、山田が近い」

「嬉しそうだね」

「嬉しい。山田好き、大好き」

「……なんか一皮むけた感あるな」

 

 表情は薄いものの、キューの声音には抑えきれない感情が滲んでいる。その純粋さに山田は顔が熱くなる。

 

 しかしほのぼのしている場合ではない。組合へ逃げ込もうにも、帝国が本腰を入れているなら道中は封鎖されているだろう。最大の資産だった輸送ヘリを失った今、新しい生活拠点を探さなければならない。

 

 幸い、帝国や組合には及ばずとも、小さな共同体なら無数にある。山田のスカベンジャーとしての実績と、キューの武力を売り込めば、一時的に身を寄せる場所を得ることは可能だろう。

 

 生き延びる算段を整え、キューに進行方向を指示すると、ハガクレは進路を北へ向けた。

 

 道中、キューはおずおずと尋ねる。

 

「山田は、悲しい? 宝物がウソだったこと」

「すっごく悲しい。お母さんが死んだときと同じくらい」

 

 宝探しは山田の心のよりどころだった。ゴミと戦火と欺瞞で満ちた世界から抜け出す方法を探す。その夢があったからこそ、母を失った孤独の中でも生きていくことができた。すべてが帝国の策略だったと知らされ、夢も希望もないこの世界に絶望した。

 

「だけど、今はもう平気」

「どうして?」

「うーん……」

 

 思い返すのはついさっき、押し倒されたハガクレに、敵機がとどめを刺しにいくのを後ろから眺めていたときのことだ。

 

 このままではキューが殺される。そう理解したとたん、狂おしい焦燥と恐怖に駆り立てられ、気づけば体が動いていた。

 

 あの焦燥と恐怖の意味を、一言でまとめるなら。

 

「宝物が見つかったから、かな」

 

 キューの白い頬に口づけする。

 

 きょとんとした顔で見返され、山田は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた──直後、顎をぐいと掴まれて、唇が柔らかな感触に包まれる。驚いて身を引こうにも狭い空間では逃げることはできず、貪るような口づけを受け入れるしかなかった。

 

 たっぷり一分は経った頃、ようやく解放される。山田の体は甘い痺れるような快感に包まれていた。キューは互いの唇をつなぐ銀の糸をペロリと舐めとって、微笑む。

 

「キスはこうやる。もっと本を読んで勉強するべき」

「……」

 

 言い返す余裕はない。ちょっとしたイタズラに思わぬ反撃があったことへの戸惑いはあるが、それよりも、こうまでされて少しの嫌悪感も抱かない自分への驚きが大きい。

 

 意識し始めたとたん、キューの作り物めいた精巧な顔立ちが、一層美しくきらめいて見える。宝石のような瞳を直視できない。桜色の唇と赤い舌に目を奪われ、鼓動が激しくなっていく。

 

「もっとする?」

「……後で。よそ見運転はダメ」

「でも物欲しそうな目をしてる」

「気のせい」

 

 じっと見つめ合い、気恥ずかしさのあまり目を逸らしたくなるのを意地でこらえていると、キューが何かを思い出したように言った。

 

「ところで、宝物って何?」

 

 心底不思議そうな顔にからかいの色はない。言わせんなの意をこめて胸をぺしぺし叩くと、キューは視線を正面に戻す。

 

 その横顔を眺めながら、山田は改めて確信した。

 

 宇宙船は見つからなかった。命を狙われ、住む場所を失い、気が滅入る真実を知る羽目になった。生活の再建、事業の立て直しは非常に手間だろう。

 

 それでも後悔はしていない。

 

 夢も希望もないお先真っ暗な世界の中に、宝物は確かにあったから。


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