帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d016: 万能計算機械 6

「それで、もう一つの証明というのは?」

 

少し落ち着いて珈琲を飲みながら、ケレメンが聞いた。

 

「……無限の概念に触れる必要がある。例えば、正の整数と正の偶数ではどちらが多いと思う?」

 

「整数では?」

 

そう直感的に答えたケレメンに、ノヴァーク博士は無言で白墨を渡した。

 

1 2 3 4 5 6 7 8 ...

2 4 6 8 ...

 

 

正の整数は偶数か奇数かにわけられるのだ。そうなれば偶数のほうが少なくなるのは道理だろう。

 

「そういう考え方もできる。ただ、数学的には同じだと考えることもできて、こちらのほうが色々と都合がいいこともある」

 

「そういう事が、あるのですか」

 

「ある。さて、ここで『多い』という言葉は曖昧なので定義をしよう。二つの集まりがあったときに、それぞれの要素を全て一対一で対応させることができる時、二つの集まりは同じ大きさだとする」

 

「……具体例をお願いできますか?」

 

「具体例と言ってもね……例えば釘が入った箱があったとする。どちらが多く入っているかはわからないが、両方から一本づつ取り出していって、どちらかが空になれば、先に無くなかった方が少なく入っていたのだとわかるのはいいかい?」

 

ケレメンはその作業を軽く想像し、小さく頷いた。

 

「では、この定義によって正の整数と正の偶数が同じ数……この言い方は良くないな。専門用語で言うなら、同じ量度(サーモシャーグ)を持つことを証明しよう」

 

そう言ってノヴァーク博士はケレメンの書いた偶数の行を消し、詰めて書き直した。

 

1 2 3 4 5 6 7 8 ...

2 4 6 8 10 12 14 16 ...

 

「どの正の整数にもどれかしらの正の偶数が対応しているし、その逆も然りだ」

 

「それを言ったら、無限は全て同じだけの……ええと、何でしたっけ。量度(サーモシャーグ)を持つことになりますよね」

 

「そう。そう思われていたのだが戦前に『無限論争』というものがあってね、異なる量度(サーモシャーグ)を持つ無限があるということで今の数学界では合意が取れている。哲学だの神学のほうではどうだか知らないがね」

 

そう吐き捨てるように言うノヴァーク博士を見て、ケレメンはああ、そうとうこの人はその手の分野がお気に召さないらしいなと少し納得した。

 

「実数というものの定義を覚えているかい?」

 

「……有理数でないものと有理数を合わせたもの、でしたっけ」

 

「雑な理解だが、まあいい。有理数だけだと間が生まれてしまう数直線を埋めるための作業みたいなものの結果生まれる、と言ってもいいだろう。こうしないとある範囲の連続関数に最大値と最小値を持つ、なんてことが言えなくなってしまう」

 

「……成り立たない体系で、物理学をやりたくはないですね」

 

「そう。厳密にどうかはともかくとして、我々が物理学の言語である数式で世界を表現する時には実数という概念があることが望ましい。さもなければ平方根を取ることすらままならない」

 

有理数が二つの数の比で表せる数だ、ということをケレメンはきちんと覚えていた。そして2の平方根が有理数ではないというのは、背理法を使った基礎的な証明を用いて示すことができる。

 

「……それで、今回はどういう証明をするんですか。また背理法ですか?」

 

「そうだ、知っていたのか?」

 

「勘です」

 

ああいうひねくれた方法はノヴァーク博士の好むところだろうなと思うケレメンに、彼はなにか失礼なことでも考えているんじゃないかと察したノヴァーク博士は息を吐いた。

 

「適切な方法をつかえば、あらゆる有限の紙帯(リュバン)の上の0と1の羅列は正の整数に変換できるのはいいかね?」

 

「ええ、単純に二進数として読んだりすればいいわけですよね」

 

ノヴァーク博士は頷いた。

 

「実際はもう少し複雑だから空白も入れた三進法あたりを使うのが適切かもしれないがね。そして、0と1の羅列は機械としても、あるいは仮想的な紙帯(リュバン)としても扱える」

 

「……そうですね」

 

さっきまでやってきたことだ、とケレメンは考えた。

 

「では、表を作ろう。変換した正の整数が小さい順に、0と1の羅列を並べていって、また数を振り直す。この時に機械の種類も、あるいは仮想的な紙帯(リュバン)が取ることのできる状態の数も、正の整数と同じ量度(サーモシャーグ)を持つのはいいかい?」

 

「ある数を与えられたら、それに対応する機械か紙帯(リュバン)を示すことができるし、その逆も可能だから、でいいでしょうか」

 

「その通り」

 

ノヴァーク博士の同意に、ケレメンは安堵した。

 

「では仮定をしよう。予言者(ラートノク)機械は存在する」

 

「背理法ですね」

 

「そう。そして、こういう表を作ろう」

 

|() 1 2 3 4 5 6

---+-------------

1 |() 0 1 1 0 1 0

2 |() 1 1 1 1 0 1

3 |() 0 1 0 0 1 1

4 |() 1 0 1 1 0 1

5 |() 0 0 1 0 1 1

6 |() 1 1 0 0 1 1

 

「これは?」

 

「例えば機械1に紙帯(リュバン)1、2、3……を入れた時に停止するなら1を、停止しないなら0を対応する場所に書いていく」

 

「ああ、左の縦の列が機械の番号で、上の横の行が紙帯(リュバン)の番号ですか」

 

「そうだ。実際に停止するかしないかは適当に書いたが、こういう表が作れることには同意してくれるかい?」

 

ケレメンは頷いた。

 

「では、もし予言者(ラートノク)機械が存在するなら、この列のどこかにその出力があるはずだ。その機械は変換すれば正の整数になるわけだから」

 

「この表は下にも右にもずっと続くんですね」

 

「そうだ」

 

ノヴァーク博士はそう言って、対角線に相当する場所に線を引いた。

 

「では、性格の悪い予言者(ラートノク)機械を作ろう。これは与えられた紙帯(リュバン)を正の整数に変換し、それをまた機械へと変換して、そうやって作った機械にもとの紙帯(リュバン)を読み取らせ、その上で出力を反転させる」

 

「厄介なことをしますね」

 

「しかし、予言者(ラートノク)機械と万能計算機械が作れるならこれをやるのは不可能ではないのさ。証明は省略するがね」

 

「たぶん言われても機械の動作を追いかけるだけで精一杯ですよ」

 

そう言うケレメンに、ノヴァーク博士は対角線以外の部分を消した表を作った。

 

|() 1 2 3 4 5 6

---+-------------

1 |() 0

2 |() 1

3 |() 0

4 |() 1

5 |() 1

6 |() 1

0 1 0 1 1 1

1 0 1 0 0 0

 

「この機械は紙帯(リュバン)1を与えられたら1を、紙帯(リュバン)2なら0を、紙帯(リュバン)3なら1を……と出力していく。さて、この機械を正の整数へ変換したら、一体いくつになるかね?」

 

「そんな機械は存在し得ない、という結論ですよね」

 

「証明は?」

 

「仮にそういう機械が20番目にあったとします。でも、それに紙帯(リュバン)20を読み込ませた結果は矛盾してしまう。そうならないためには、そういう機械の番号はこの表に乗ってない必要がある」

 

ケレメンの説明に、ノヴァーク博士は小さな拍手をした。

 

「実際のところ、私がまず示したのは出力されるべき状態の量度(サーモシャーグ)と機械の量度(サーモシャーグ)を比較することだったんだがね。前者は無限の数の列ということで実数と同じ量度(サーモシャーグ)を持つが、後者は正の整数と同じ量度(サーモシャーグ)を持つ」

 

「つまり、出力に比べて機械のほうが少なすぎる、と?」

 

「そう。ここからどんな紙帯(リュバン)式の計算機械でも吐き出せない出力が存在することが示されるんだが……これはヘルブランド教授の手口とだいたい一緒なんだよな」

 

まだ嫌われているらしいヘルブランド教授に少しの同情を覚えながら、ケレメンは作るべき機械のできることは案外限られているのだなと考えていた。

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