帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d017: 万能計算機械 7

「ところで、この機械をそのまま作るのは無理がありますよね?」

 

ケレメンはやっと少しは読めるようになったノヴァーク博士の博士論文である「計算機械の等価性と限界」から目を上げて言った。

 

「技師としての意見を聞きたい。どう評価した?」

 

ノヴァーク博士の問いかけに、ケレメンは少し考えてから口を開いた。

 

「大きくわけて計算時間と記録すべき内容の三つが問題です。模型では紙帯(リュバン)を使っていましたけど、実際の紙帯(リュバン)は一度穴を開けたら戻すことはできない」

 

「必要であれば複数の紙帯(リュバン)を使って、穴を開けるだけのものも作れると思うけど……」

 

「穴を開ける速度の問題もあります。熱電子管を使うなら、それ相応の速度を持って読み込みと書き込みができますが、一体どれだけの本数が必要になることやら……」

 

既にケレメンはいくつかの記憶回路と論理素子に相当するものを作っていたが、それだけでも数本の定電位線を要求する面倒な配線機構となっていた。

 

「とはいえ、等価な機構であれば万能性は担保できる。いくつかの計算模型は私の作った万能計算機械と同じ問題を解ける」

 

「つまり万能計算機械が最高の計算能力をもつというよりも、最高の計算能力という基準が一つどこかにあって、紙帯(リュバン)式の機械はそこに到達するための手法の一つに過ぎないわけですか?」

 

「そのようなものかな。黒板と白墨を使おうが、歯車と軸を使おうが、電気と熱電子管を使おうが、おそらく脳神経であっても、同じようなことをすることができる」

 

目的のための手段が多くある、というのは技師としてのケレメンにも頷けるものだった。情報を伝えるためには手紙でも、電話でも、電信でもいい。別に古い手段が悪いわけではないが、新しい手段はそれまでできなかったことを実現できたから採用されているのだ。

 

今回作ろうとしている計算機械であれば、その利点というのは速度になるだろう。今までの百倍か千倍といった速度を作るためには、機械全体を高速に動かせるようにしなければならない。

 

「だから、計算機械が実用的であるためには大抵のことができる必要がある。そして大抵のことは、紙帯(リュバン)式の万能計算機械を模倣できればいい。別に他の模型でもいいがね」

 

「他の模型、というのは?」

 

「例えば人民主義国のほうではシェーンフィンケル教授が組合せ論理(コンビナトリクシュ ・ ロギカ)の方面で似たことをしている。『狐雁模型』を使っている人もいたな」

 

「狐と雁ってあれですか、子供が遊ぶやつ」

 

「それだ。形としては道路で白墨を持って遊ぶ二人の子供に近い。最初にいくつか丸か三角か四角かを並べておいて、狐役と雁役を配置する」

 

ケレメンは頭の中で想像をしようとしたが、白墨が使えるような舗装道路は彼の地元にはなかったのでどうしても舞台を騒がしい大学街にするしかなかった。

 

「狐が一歩進むと、踏んだ図形に従って雁が自分の前に図形を描いて、進んだり進まなかったりする。ちなみにこの模型を少し複雑にすると、狐が雁を捕まえられるかどうかを調べる手続きがないことも示せる」

 

「やり方は先程の予言者(ラートノク)機械と同じですか」

 

「概ねそうだ。あるいは、理論的な熱電子管でも作れはする」

 

「実際の熱電子管で作れるかは、また別問題ですけどね」

 

「実際の構築で起きる問題は君の専門だろう?」

 

「図面作るところからやるのはまだあまり慣れていないんですよ」

 

ケレメンはこの時点ではそこまで実際の機械の制作に取り掛かっていたわけではなかった。ではなにをしていたかと言えば、既存の機械の分析と使う部品の選定だった。

 

できれば整った特性を持った部品を使いたいが、そのような部品は安くはない。電信の増幅のために使われる熱電子管機構でどのように寿命を延ばして故障を検知しているかという実際の話や、人民主義国で改造されている作表機(タビュリャータ)の手法などをまとめていたのだ。

 

「まあ、このあたりはまだ時間がある。少し私の方でも試しているのだが、配線と熱電子管を減らすために面白い数学的模型が作れそうだ」

 

「……実用的であることを祈ります」

 

ノヴァーク博士はケレメンの言葉に苦笑した。

 

「ともかく、計算機械としての実用性を考えるのであれば加算、減算、乗算はする必要があります」

 

「減算については少し工夫すれば加算だけでいいはずだ。加算については?」

 

「最低限の模型はできましたが、あれを数十個繋げてきちんと動くかは不明です。もうすこしきちんと設計を整えてから作らないと、結果的な無駄は多いかと」

 

「そうか」

 

「……ところで」

 

ケレメンは自分の机の上から図面を取ってノヴァーク博士の前に広げた。

 

「これは?」

 

「博士の論文をもとにした大まかな構成です」

 

ノヴァーク博士の「機械による計算の実装」はかなり抽象的であったが、その基礎理念はわかりやすいものだった。数を保存しておく機構を作り、命令に応じて保存してある数を処理し、また保存する。

 

その繰り返しを行えば、幅広い計算を行うことができる。処理の結果に応じて次の処理を分岐させれば、相当な計算ができることはケレメンにも理解できた。

 

「……余計な配線が多くないか?」

 

「実はですね、熱電子管というものは相当付属部品が必要なんですよ。抵抗と電圧で論理素子を構築している部分もあるので消費電力を考えるとどうしても複雑になります」

 

「……専用の送電線を、ここに引くべきかな」

 

「大学で契約しているのでそのあたりの手続きも必要ですね」

 

「作り出す頃になったら具体的な見積もりをしてほしい」

 

「わかりました。ところで、質問をしても?」

 

「今なら構わないよ」

 

「この設計で、万能計算機械が再現できるのですか?もちろんあれは模型で、実用上は無限を何処かに保管できるだけの機構が必要なのはわかりますが、概念としてです」

 

「そう難しいものではないよ」

 

ノヴァーク博士はそう言って、手元にあった「機械による計算の実装」を取った。

 

「基本的な作業命令はそう必要ない。そうだな、『ある記録に1を足せ』『ある記録から1を引け、ただしある記録が0であれば進む命令を変えよ』の二つができれば十分だ」

 

「……そこまで単純化できるのですか?」

 

この場合は文字通りの()()機械だな、とケレメンは考えた。足し算も掛け算も今までやってきたようには行けるのだろうが、それ以上が可能かどうかはわからなかった。

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