帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d019: 万能計算機械 9

「……作るべき計算機械の構成と、基本的な問題がやっとまとまりました」

 

ケレメンは印字機(シュライプマシーナ)で打たれた紙の束をノヴァーク博士に渡した。

 

「ほう」

 

「少なくとも論文で示された構成で計算機械を作ることは、事実上不可能と言っていいと思われます」

 

「理由は?」

 

「熱電子管の寿命と組立の複雑さですね。代替案はいくつかありますが、それでも完全な解決は無理かと……」

 

「聞かせてくれたまえ」

 

ノヴァーク博士はケレメンの会話を聞きながら書類に目を通し終わっていたが、改めて傾聴の姿勢を取った。

 

「一つ。ノヴァーク博士は(サクレーニ)模型を基本に組み立てています。中央の処理装置に入力、出力、そして記憶装置が繋がる形ですね」

 

「そうだ」

 

「……命令をわざわざ記憶装置にいれる必要、どれぐらいあるんですか?」

 

もちろん、ケレメンにはそれが可能であることは理解できた。今まで触ってきた模型の中で数値も命令もどうように紙帯(リュバン)の上の文字として、あるいは(サクレーニ)の中の整数として扱ってきたのだ。

 

なにより、電線の中では全て電圧値に一旦変換される。高速の処理のためには命令も高速で処理する必要があるのは明確だったし、そのためにある程度は毎秒数千周数(チークロ)の切り替えのできる素子が必要だった。

 

そうなれば機械的な部品は採用できないし、何らかの電子的仕掛けに頼るほかない。

 

「命令を命令によって書き換えることができるし、より単純な構造の設計になる」

 

「それが必要な問題がどれぐらいあるか、を聞いているのです」

 

そうケレメンに聞かれたノヴァーク博士は、少しだけ顎に手を当てて考え込んだ。

 

「……自己改良型計算模型。あるいは圧縮手続きの部分的復号による記憶量の削減」

 

「僕たちがひとまず解くべき問題に、それらはたぶん必要ないんですよ。それをみて計算機械の利点を理解する人は、何も言わなくても博士の発案を評価します」

 

「なるほど、言葉を選ばずに言えば馬鹿でもわかる成果のためには、私の設計は冗長で無駄が多いと?」

 

ノヴァーク博士の言葉に、ケレメンは静かに頷いた。

 

「なるほど、実務担当の意見は重要だ」

 

「博士のやりたいことを理解しないわけではありません。ですが、限られた期間でそれなりの成果を出し、計数研究所を存続させるためには何らかの明らかな成果が必要です」

 

ケレメンがそう言うと、ノヴァーク博士は驚いたように目を見開いた。

 

「そういえば、そんなものもあったね」

 

「博士の頭蓋骨の中にある記憶素子の特性を考えると、教授にしなかった理学部の教授陣は実に正しかったと言わざるを得ないかと」

 

「……なら、君はこの設計なら作れると思うのかね?」

 

ノヴァーク博士はケレメンが先程渡した紙を指で弾いた。

 

「複数種類の記憶装置、これはいい。配線による定数回路の実装。これも実用性はありそうだ。設計の簡略化と規格化……これは、どうなんだい?」

 

「幸いにも僕の指導教官はこの種の計算が得意そうなので」

 

「……君もふてぶてしくなったね」

 

「生徒は教師から常に学ぶものですから」

 

「ここで私は感涙にむせぶべきかい?」

 

ノヴァーク博士の声を無視して、ケレメンは机の上にあった熱電子管を取った。

 

「再設計をお願いします。高速記憶装置を最小限にし、低速記憶装置と定数回路を活用することで熱電子管を削減したものであれば、なんとか一時間に一つという故障率にまで持っていけるかもしれません」

 

ケレメンは当初ノヴァーク博士が要求した論理素子の、そして熱電子管の個数の要求の多くが記憶装置のために使われていたことを確認していた。もしそれをもっと別の方法で置き換えることができれば、熱電子管の使用量は──楽観的な見込みであるが、二、三千個にまで抑えられるのではないかというのがケレメンの概算だった。

 

「そうすると命令の設計も厄介になるね。実用を考えれば定数積や二数の積が欲しいのはよく理解できるが、その分汎用性は犠牲にならないかい?」

 

「そのあたりはノヴァーク博士が解くべき問題をまず選定して、そこから必要な要素を作り出せばいいと思います。命令数を減らす手品(ビューヴィーセト)はお手の物でしょう?」

 

「いいね」

 

ノヴァーク博士は挑発的な笑みを浮かべた。

 

「多少命令数や手順が増えることは問題ではありません。なにせこの機械は一秒間に千回の計算をこなせる。計算手が表と機械を手に格闘して数分かけて解くようなものを、ですよ」

 

そしてケレメンの推測では、この速度はもっと上げることができるように思われた。理論的限界は熱電子管の反応速度であり、そこまでは周期(チークロ)信号の刻みを短くしていけば対応できる。

 

「あとこれについて、少し電話分野をやっている知人に話してもいいですか?」

 

ケレメンの言葉に、ノヴァーク博士は首を傾げた。

 

「処理装置をどの記憶装置と繋ぐかを電子的に制御するというのは、電話切替装置と基本的にやっていることが同じなんですよ」

 

「ああ、確かに」

 

もちろん、その共通点はあくまで概念的なものに過ぎなかった。当時の電話の多くは脈のように断続的な信号を送ることで切り替え装置を物理的に操作するものだった。ただ、これをより静的に行うことができないかという研究は進められてはいた。

 

ケレメンは大学付きの技師として扱われていたが郵便局に知り合いは多くいたし、その中には電話分野の研究を担当している人もいた。国営事業として郵便、電信、電話が郵便局によって一体的に管理されていたというのも、ケレメンの知識の幅を広げるものだった。

 

「かつて交換手が職を追いやられたように、我々も計算手を追いやるのか」

 

少しだけ間が開いて、ノヴァーク博士は呟いた。

 

「……どうですかね、僕にはそこまで急激な変化は起きないように思います」

 

「理由は?」

 

「この計算機はどうしても大型です。僕一人で扱えるかも怪しい。確かに今のような計算手は減るかもしれませんが、計算手という名前は装置の操作者として残ると思います」

 

「私個人としては、機械が『計算手』という名前自体を奪うのではないかと危惧しているがね」

 

ノヴァーク博士の口調は軽いものであったが表情は真剣であったし、ケレメンもそれを冗談の類であると受け取ることはできなかった。

 

「それと、計算機械はあくまで手段に過ぎません。歯車でも、電磁継電器でも、熱電子管でも、あるいは他のものでも構いません。重要なのはそれが何でできていているかではなく、どう動くかですよ」

 

「……技師がそれを言うのかい?」

 

理論寄りであると自負していたノヴァーク博士は、そう言ってケレメンと視線を合わせた。

 

「ええ、だから技師っていうのは時代遅れにならないようにあらゆる方面の知識が必要なんですよ」

 

実務担当を担う覚悟を決めたケレメンは、そう言ってノヴァーク博士を見た。

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