0b021: 電子数値計算機 1
「改めて、設計を整理しました」
ケレメンはそう言って、ここ数日作ってきていた図面を広げた。几帳面な文字と多くの線は、必要に応じて青図にできるよう透写紙に乗せられていた。
「現在の試算では熱電子管合計三千八百七十二本、電磁継電器二千百四十八個、抵抗機八千百七十九本、蓄電器九百二十七個、電源装置三つ。入力には
全体の構成図の端にある表を見ながらケレメンは説明を始める。ただ、一個単位で計算をしていたとはいえ実際の計画のためには予備も含めてもっと必要だろうし、計算の過程を外部から観測するための機構についてはまだ設計していなかった。
「演算装置は?」
「加算、減算、乗算を基本として、論理計算として
ケレメンが指すのは構成図の中央。多くの配線が他の装置へと伸びる、計算機械の重要な部分である。
「除算は処理が複雑になりそうだから、専用に搭載するよりは開平などのように基本命令の組み合わせと定数の使用で対応する。記憶装置は?」
「基本は二進数で二十四桁。純粋な整数として扱うのであれば十進数換算で精度が七桁程度出せる計算ですが……」
「精度の不足は処理の工夫で補うつもりだ。そのあたりの分析はある程度は進めてある」
ノヴァーク博士の言葉に、ケレメンは頷いた。
「熱電子管による高速記憶装置が八組、電磁継電器による低速記憶装置が四十組、
「
「命令も六桁で設計してあるので、二十四桁では最大で三つまでの
「
全体の機構を同期させる信号の出力源を示す四角形に指を置いてノヴァーク博士が聞く。
「理論上は一秒間に十万回ぐらいは行けそうですが、実際は素早く安定する命令のみに絞っても一秒に一万回には届かないと思います。千回できれば満足してください」
「入力と出力」
「入力となる数値と命令の記録についてですが、扱いやすさの観点から
「出力に使うのは『
「ええ。こちらについてはさんざん触ったことがあります。丁寧に扱わないと故障しやすいとはいえこの手の機械はどれもそうですし、改造も慣れています」
帝冠諸邦の技術力は、正直に言えば他国に比べて遅れていた。本来はもっと遅れていた人民主義国にさえ、戦後追いつき、既に追い越されている点も少なくないとケレメンは感じていた。
その点で、部品ならまだしも入力と出力に使う複雑な機械製品を国内のもので済ませるのは無理だというのがケレメンの判断だった。多少は高くつくし関税もかかるが、予算を使い果たすとまでは行かないだろうとの見込みである。何より、輸出を前提に作られているために全体の生産台数が多く、修理用部品の入手が容易であるというのは重要だった。
「……よし」
ノヴァーク博士は設計図全体を確認し、頷いた。作らなければわからないことも多かったが、ケレメンはある程度確実だろうという方法で全体を構成していたので動く可能性が高いだろうという判断だった。
「実際のところ、この通りに作れる可能性は?」
「百に五、六程度はあるかと」
「かなり楽観的だな」
「そういう博士は、例えば数学の問題を見たときにどれぐらいの確率で最初の方針のまま成功しますか?」
「百に七、八は行ける」
「博士でそれなら、僕には十分な数字ではないでしょうか」
ケレメンの自嘲するような口調に、ノヴァーク博士は小さく笑った。
「さて、では具体的な作業の計画に移ろう。工程管理はする必要があるかい?」
「僕がやります。ただ、そのために博士に予定を押し付ける可能性がありますが……」
「構わない。実際の作成では君を尊重する」
「……ありがとうございます」
ノヴァーク博士の断言を、ケレメンは信じきれずにいた。とはいえこれは二人の間の信頼関係が弱かったというよりも、ケレメンが技術者として人間を信頼しないようにしていたことの表れであると考えたほうがいいだろう。
通電するなと書いた張り紙が無視されたことが三回。禁止したはずの行為がされたために修理が必要となったことが十回以上。説明されたことと現場が異なり、そのせいで苦労したことは数え切れない。
だから、技師としてのケレメンは己自身も含めてできるだけ何も信じないのだ。それはそうと、一度得た言質はしっかりと使い尽くすつもりであった。
「とはいえ、この設計には改良の余地は十分にあると思います。設計や部品点数の計算の間違いも。それに、特に既製品の改造については元の製品に詳しい人の協力が得られると嬉しいですね」
「なら、来月だな」
ノヴァーク博士は一瞬だけ目の焦点をずらしてからケレメンを見て言った。
「何がですか?」
「人民主義国で輸出業者向けの装置展示会があるはずだ。必要ならシェーンフィンケル教授にこの手の機械に詳しい知り合いがいないか連絡を取ろう」
ノヴァーク博士は自身と類似の内容を研究している人民主義国の研究者の名前を口にした。
「……何で知っているんですか?」
「先週の新聞に載っていたからさ。申し込みはなくても行けるものなのかは知らないが、幸いにも私の肩書はなかなかのものだ。断られることもないだろう」
そう言って少し胸を張るノヴァーク博士は、一応は帝冠諸邦の帝立大学に付属する計数研究所の所長であった。
「……そうでしたね」
「それで、話せるかい?」
ノヴァーク博士の質問に、ケレメンは小さく首を振った。
『技術用語と取引に限ってになるが、少し集中的にやるか。文献をなんとか読める程度には基礎知識はあるそうだし、後は詰め込めばそれなりにはなるだろう』
いきなり言葉を切り替えたノヴァーク博士に、ケレメンはのその判断が平凡な自分の能力をきちんと考慮に入れているだろうか、と少し不安になりながらなんとか返事をした。