帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0b023: 電子数値計算機 3

音を立てて飲み込まれていく穿孔紙(ピェルフォカルタ)。ケレメンは頭の中で十秒を数え、その間に十二枚ほどが処理されていたのを確認した。

 

『皆様もご存知のように、この種の機械は様々な統計に用いることができます。内部の機構で合計、平均、最大、最小などの重要な情報を抽出することができ、適切に設定を行えばより複雑な情報や計算も……』

 

そう語る青年は、ケレメンやノヴァーク博士から見て自分たちと比べて一つか二つ上に思われた。

 

『なにか質問があればどうぞ?通訳はあちらに』

 

「ええと、それではいいですか?」

 

おずおずと手を挙げたケレメンに、少ないながらも説明を聞いていた周囲からの視線が飛んだ。

 

『構いません』

 

上等な背広服を纏う通訳の言葉を聞き取った作表機(タビュリャータ)の前に立つ青年は、そう言ってケレメンを見た。

 

「使用電圧と消費電力の増減についてお伺いできればと。専用の電源装置を使用すべきですか?」

 

少し身構えていた青年は途端に上がっていた肩を下げ、具体的な内容について話し始めた。技術的内容だったのもあって、ノヴァーク博士との修行を終えていたケレメンには通訳がなくともなんとか聞き取れるものであった。

 

『……ですので、動作にもよりますね。どのような仕様を想定しています?』

 

「少し改造を入れようかと思っていて。『統計機械十一号(スタトム・アジンナツァチ)』をできれば入手したいと考えています」

 

『あれはいいものですよ、私も少しだけ関わったのですが、今展示してある十三号(トゥリナーツァチ)だって基本的に読み込み部分は十一号(アジンナツァチ)と変わりないわけで』

 

「となれば、どちらの導入が……」

 

白熱した議論を続けようとしたケレメンの襟が後ろから引かれ、言葉が止められた。

 

『すまないね、通訳さんは他の方に対応したいようだ』

 

そう言うノヴァーク博士に、通訳はほっとしたような顔を浮かべて別の担当者と紳士との会話に入っていった。

 

『……ありがとうございます。こういう場所は不慣れなもので』

 

青年はそう言って、小さく頭を下げた。

 

『いいさ。それと君がラメーエフ君だね?』

 

ノヴァーク博士の言葉を聞いて、ケレメンとラメーエフは顔を見合わせた。

 

『いや、種明かしをすると君たちが楽しく話している間にシェーンフィンケル教授を捕まえられてね』

 

そう語るノヴァーク博士の隣には、白混じりの髭を蓄えた男性がいた。

 

「始めまして、ケレメン君」

 

帽子を少し浮かせて流暢な帝冠諸邦語で挨拶をするシェーンフィンケル教授に、慌ててケレメンも頭を下げた。

 

「二人の会話を邪魔するつもりはないよ、私はしばらくノヴァーク博士と話させてもらう」

 

その言葉を聞いて目を開き、驚いたような顔をしたラメーエフにノヴァーク博士は悪戯が成功したときのような笑みを浮かべた。

 

『……ありがとうございます』

 

なんとか叩き込んだ定型文を返し、ケレメンはノヴァーク博士についての質問を投げかけてくる技師のラメーエフとともに作表機(タビュリャータ)の方へ向かった。

 

「改めましてノヴァーク博士、こうやって会話する日を楽しみにしておりましたが……まさか、ここまでお若いとは」

 

「年齢と能力は関係ないさ。それに彼だって若いだろう」

 

そう言ってノヴァーク博士は熱心に作表機(タビュリャータ)の中を覗き込みながら会話をする二人の技師を見た。

 

「まあ、そういう才能に負けないのは老人の矜持ではありますがな。ところで、本当に計算機械の作成を?」

 

「理論分野はシェーンフィンケル教授のような方に任せて、私は俗世のために動こうかと思いまして」

 

「……同業者としては、惜しくはありますな。あなたが純粋数学に注力すれば、とも思いますよ」

 

「意外だったのは教授が農業統計局(アグロスタトコム)と繋がりがあったことですよ、あそこは一応はかなり独立色の強い政府機関でしょう?」

 

農業生産に重点を置く人民主義国の産業構造ゆえに、体制変換ではどうしても農村集落(オプシーナ)の構造をある程度維持する必要があった。もちろん長らくその地域に根ざした知的階級の、文字通りに命をかけた忍耐強い努力は半世紀をかけて実りつつあったが、それでも中央政府による統制はあまりできていなかった。その中で、農業統計局(アグロスタトコム)は数少ない信頼されている中央政府の機関であった。

 

皇帝の夭逝によって設立された臨時政府が帝政を廃止すべきか、あるいは権力を削いで残すべきかの議論を進める横で、初代の局長は帝政時代の資料をかき集め、そしてその資料が碌なものではないことを指摘した。

 

まともな収穫量の調査もなく、各所が曖昧な勘に頼って集めた農作物が、表裏様々な経路で税と市場に流れ、そして汚職と腐敗へと消えていた。この事実は理想主義を持っていた臨時政府の担当者を実務重視の構成に切り替えるほどには衝撃を持って受け止められたのである。

 

また、この過程で虚偽の報告を起こさないように農業統計局(アグロスタトコム)には高い独立性が付与された。しかし「人民評議会の宮廷道化師(ショト・ナロードナヴァ・ソヴィエタ)」と呼ばれるまでに都合の悪い情報を叩きつけていた農業統計局(アグロスタトコム)も、人民主義国の政権が安定し指導者が代替わりする頃には着実な農業生産高の向上を報告するようになった。

 

その農業統計局(アグロスタトコム)が改良を進めていたのが作表機(タビュリャータ)である。もともと国勢調査などのために使われていた機械を、より汎用性の高い、そして使いやすい機械とし、各地に使用方法を学ばせた専門家とともに送り出したのだ。

 

地域別の農業の特徴を踏まえながらも、測定値のゆらぎの中から傾向を見出すことのできる作表機(タビュリャータ)はそこまで諸外国には興味を持たれなかったものの、農業統計局(アグロスタトコム)にとって、そして人民主義国にとって重要な装置であった。

 

作表機(タビュリャータ)のさらなる改良、という方向の話が出ていてね」

 

シェーンフィンケル教授は静かに口を開いた。

 

「どうやらかなり単純な方法で汎用計算機械が作れるらしい、という報告を誰かが書いていてね。今はそれを翻訳中だ。それとあそこのラメーエフ君は理論の飲み込みが良くてね、そう遠くないうちに()()は作られるだろう」

 

「……電動機(モトレ・エレットリコ)と歯車で、ですか」

 

「統計処理の延長線上としてはそれで十分だろう、というのが彼とその上司たちの判断だそうで」

 

「正しいと思いますよ、こちらは熱電子管二つの回路で大苦戦だ」

 

そう言ってノヴァーク博士は笑ったが、その目は冷たく作表機(タビュリャータ)の方を向いていた。

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