帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0b027: 電子数値計算機 7

「はい、わかりました。……ありがとうございます」

 

そこまでうるさくならないように調整しておいた作業場の電話を切って、ケレメンは息を吐いた。

 

「誰からだい?」

 

二階から降りていたノヴァーク博士は、作業着のケレメンに聞いた。

 

「メウッチ社の海外販売担当者です。前に博士が話していた内容が気になって、色々と調べてみたら面白いことがわかりまして」

 

ケレメンは熱電子管を生産している統一都市同盟の企業の名前を言った。

 

「……まずは結論を」

 

「少し特殊な型になりますが、必要な熱電子管が市場価格の六割で手に入りそうです。これに伴う回路設計のやり直しは最小限で済むかと」

 

「……どういう手品を使ったんだい?」

 

驚いた顔をしたノヴァーク博士に、ケレメンは指導教官譲りの悪い笑顔で答えた。

 

「大党国へ高品質な熱電子管が輸出されていないのかを聞いたんですよ、郵便局時代の知り合いや大学の卒業者とか、色々と使いましたが」

 

「なるほど」

 

ノヴァーク博士は理解したかのように頷いた。

 

「つまり、大党国の軍部……かどうかはわからないが、どこかが高品質で特殊な熱電子管を注文した。そして、その試験に弾かれたものが返品された、と」

 

「その通りです。注文していたのは数学技術評議会(マテマティッシュ・テヒニッシャー・ラート)という組織でしたが、母体となる組織がなかったり構成員がいいかげんなあたり、実態はないそうで。それと返品されたものは品質的には十分実用の範囲内なのですが、特殊なものだというのと量が微妙なので売り先もなくて在庫になっていたと」

 

「メウッチ社の担当者の計算が甘かった、と。怪しい相手に売ってしまって、契約的にもどうしようもなかったわけか」

 

「おかげで安く手に入りました。あと、この評議会のほうもそれなりの額で買っていたので、金銭的には問題なかったそうです。倉庫を圧迫しないようにするための在庫処分に近いですね」

 

ケレメンの説明に、ノヴァーク博士は納得したようだった。

 

「それで、どういうものなんだい?設計の変更が少なくて済むというのなら、私はあまり深い技術的問題に立ち入らないほうがいいかもしれないが」

 

双三極管(ドッピド・トリオド)というものです。繊条(フィラメント)を共用している二つの三極管が一つの硝子管の中に入っている形になりますね」

 

「ああ、そうすると配線も少なくて済む……のか?」

 

「ええ、幸いに二つの三極管の仕様自体はもともと使おうとしていたものと同じでした。それと、これなら印刷基板がかなり便利になります」

 

「……そうか、二つの三極管を一組として扱えば、その間を接続を最小限に抑えられるから配線が混み合わずに済む、と」

 

ノヴァーク博士の理解の速さに、ケレメンは頷くしかなかった。

 

「ところで、印刷基板のほうはどうなりましたか?」

 

「作るための設備を考えた場合、注文したほうがいい。そのあたりの経理については数学模型を作ったから問題ない」

 

頼んでいたものと違う方向に進んでいた話題に、ケレメンは息を吐いた。

 

「何をやっているんですか?」

 

「ある種の極値を求める問題になる。各要素が線形で十分に近似されるし、なにより先行研究があった。人民主義国のカントロヴィチ教授が資源配分のあたりで使っていたものを参考にさせてもらった」

 

「……やはり実用方面ですと、あの国は力を入れていますね」

 

「一応は人民主義は科学的な思想、ということらしい。科学とは何かという哲学的な話は私はしないが。それと不動点理論のあたりを拡張すると相互作用のある系においてはある種の均衡があることが示されるのも軽く示せたから少し論文を書いておいた」

 

いきなり専門用語をノヴァーク博士は並べたが、ケレメンはもう慣れていて聞き取れた単語から内容を推測することはできるようになっていた。

 

「……計算機械とは、あまり関係ない話では?」

 

「一応不動点理論は計算機械科学でも扱えるはず、理論上は自身を出力するような命令体型が構築可能だから。とはいえこれはヴェラツァニカ連合州のクレイニーというやつが証明していたからそこまで新規性はないんだよな……」

 

「ヴェラツァニカ……」

 

ケレメンはそう呟いて、西の海を超えた先にある大陸を思い浮かべていた。連合州は民主共和国の前身であった王国の植民地であったものの戦争を経て独立し、地域大国としての地位を保っている。

 

とはいえ大陸にはある程度の規模を持つ大国だけでも森林共同体(マルクランド)新暮総督国(アルマグレブ・アルジャディード)長屋連合(ホゥディノショニ)三府連合帝国(イェーシュカーン・トラットーローヤーン)、あるいはさらに西のほうにある海岸に面した東洲公司(トンチュー・コンス)や南の四州同盟(タワンティンスユ)といった様々な国家があり、これらに加えて関係が複雑な小国家が戦争を繰り広げているのもあって帝冠諸邦のある暮州(オクシダ)と比べれば不安定な状態であった。

 

「あまりそちらの方には興味がない、か」

 

思考がまとまっていなさそうなケレメンにノヴァーク博士は言った。

 

「あそこのあたり戦争ですぐ国境が変わるじゃないですか、こっちぐらい単純ならいいのですけれども」

 

「こちらのほうも大陸戦の時に血で引いた線だ。あまりそういう事を他で言うものではないよ」

 

「わかってますよ」

 

少し言い過ぎたな、とケレメンは考えて思考を計算機械の設計へと切り替えた。

 

石炭酸樹脂と金属膜を利用した印刷基板は、同じものを大量に作ることができ、かつ複雑な配線も一度に構築することができるという利点がある。

 

これが最も有用なのは記憶装置の部分である、ということはケレメンにもわかっていた。熱電子管を使うものなら八組、電磁継電器によるものは四十組があるため、多少手間がかかろうとも元は取れると考えたのである。

 

熱電子管にかかわる素子については、一度できてしまえばある程度調整が効くことがわかったために品質が安定している範囲で安いものを選ぶようにするつもりであった。電磁継電器については、郵便局側で使用しているものを参考にする方針が固まっていた。

 

「ともかく実際の組立が一番大変なんだろうが、それには近づいていると考えていいのかい?」

 

「ええ。とはいえ、きちんと設計がされているなら組立はそう難しくないんですよ」

 

「……実際のところ、きちんと設計をするのはむずかしいんじゃないのかい?」

 

「ええ、僕もかつてひどい図面に苦しめられました。大半はその図面の作成者がユージェフ・ケレメンというやつだったんですけどね」

 

ケレメンはそう言って息を吐いたが、ノヴァーク博士はその冗談がなかなか面白かったらしくしばらく笑い続けていた。

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