帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0b029: 電子数値計算機 9

調整された印刷電信機(テレスクリヴェンテ)が、招待状用の紙に文字を叩きつけていた。

 

「……確かに正しい使い方だと思いますが」

 

改造を施したケレメンは、少し呆れながら言った。

 

「無限作業も容易に実装できる」

 

「だた穿孔紙帯(リュバン・パフォレ)を輪にしただけですけどね」

 

招待状の宛先は、ノヴァーク博士が知る人物を片端から入れていた。もし全員が来ることになれば小さな計数研究所の建物には入り切らなくなるだろうが、そんなことはないだろうと客観視できる程度にはノヴァーク博士も変わっていた。

 

「数表の自動印刷までできれば完璧なのだが、それをするためには手間がかかりそうだ」

 

「改行や紙の移動などは実用上は穿孔紙帯(リュバン・パフォレ)を使うといいと思いますが、問題は第三者が見たときのものですね」

 

この頃のケレメンは一旦計算機械の組立を停止し、その見た目について考えるようになっていた。

 

ケレメンは技師である。舞台の裏で働く機械がどのような状態にあるかはよく知っている。

 

ただ、この電子数値計算機は見世物という側面が強かった。どれほど高速で計算できるかを招待者に見せつけ、次の計画のための予算と計数研究所の設置期間の延長を狙うもの。

 

「つまり演出だよ、見るからに凄い機械だとわかればいい」

 

「裏に大量の電磁継電器仕込んで音を立てさせますか?」

 

「それはいい、それと表示灯もあちこちにつけて計算途中で高速で光るようにしよう」

 

「別回路のほうが良いですよ。あれは光らせるためにそれなりの電圧が必要ですし、なにより計算が早くて放電が追いつきません」

 

「なるほど……」

 

そう言って、ノヴァーク博士は組み立てられつつある外装を見た。

 

軽銀板を切って折って穴を開けただけの構造でも、細部にしっかりと気を配れば外見だけは上等になる。交換しやすいように整列した熱電子管は、奇遇にもぼんやりと光って幻想的な雰囲気を醸し出す一役を担っていた。

 

ノヴァーク博士から見れば、今完成している時点でのこの機械の能力は求めているものとは程遠かった。元の設計ですら記憶装置の少なさをどうするか苦労していたというのに、実演までに完成しそうな部分はかなり少ない数の記憶装置のみである。

 

さらに演算装置の半分が未完成であり、二進数-十進数変換装置の欠如もあって、ノヴァーク博士とケレメンはある()()()()()()に手を染める覚悟をしていた。

 

あえて言うのであれば、性能の偽装である。

 

例えば実演で行う計算は、特に処理が高速になるよう選んだものに限った。一見複雑に見える処理で、手作業で行うのも面倒ではあるが、ちょうど完成している演算装置と電子回路が実現する高速の計算があれば実現可能という問題を選んだのである。

 

とはいえ、ノヴァーク博士にとってみれば一見困難な問題を別観点から扱うことで容易に解けるようにするという手法自体は当然のものだったし、ケレメンのほうもこのような展示においては多少のごまかしが含まれることはわかっていた。

 

ただ直接に予算を決定する人はその分野を理解しないだろうし、理解できる人はその根幹にある発想自体は評価するだろう、というのが二人の読みだった。

 

「ああそれと、帝立大学理学部の皆様の案内はケレメン君にお願いするよ」

 

「……所長ですよね、あなた」

 

ノヴァーク博士が理学部の教授陣と関係が悪かったことから一般的な教授の席を与えられなかったことをケレメンは知っていたが、それはそれとして無責任にも思える態度には辟易していた。

 

「私の理論の基礎は君も理解しているが、具体的な設計については私は説明できない。とはいえ、どういう計算ができるかの具体的な話には対応できる。役割の分担ではないか?」

 

「細々とした雑用を学生に押し付けていた指導教官の言葉とは思えませんね、責任者は責任者らしいことをするべきでは?」

 

「押し付けていたとは失敬な、私はただ報酬と引き替えに依頼を出しただけだよ」

 

昼食を奢るという話は、どうしても吝嗇な性格のケレメンにとっては断れない話であった。それをわかっていて思索に集中するべく諸事をケレメンに任せていた、となれば問題は経済的格差である。

 

最近読んでいた人民主義国の論文や技術書の端に滲む思想にわずかながら染まっていたケレメンは、いかにしてこの体制を打破するべきかなどと考えていたがそのことはノヴァーク博士には伝わらないようだった。

 

そうしている時に、電鈴の澄んだ音が部屋に響いた。

 

「終わったようです」

 

そう言ってケレメンは出力装置に近づき、印刷された紙をまとめて取り出した。

 

「あとはノヴァーク博士がこれに全部一筆署名を入れればいいだけですね、宛先は僕がやりますが」

 

「……そこまで自動でやってくれる機械があってもいいだろうに」

 

「記憶させるためにはたいてい書くより手間がかかるんですよ、紳士録をまるごと読み取ることができれば話は別ですが」

 

「光学的電子素子をうまく使えば文字の読み取りが……いや、どうやって処理させればいい?」

 

「現実逃避ですか?」

 

「いや、これは今後の計算機械の発達に重要な要素だよ。本にすることは今でもできるが、本を読むことができれば、計算機械の能力は大幅に増加する」

 

「……本一冊をまるごと記録して、電子計算機械に必要な速度で読み取ることのできる大容量の記憶装置が存在すればですけど」

 

ケレメンはこの機械の問題の一つを呟いた。どれだけ計算速度が早かろうとも、その記憶に限界があれば速度を完全に活かすことは出来ないのだ。

 

ノヴァーク博士の思考能力は、その処理の速度や様々な発想を結びつける能力はもちろんだが、膨大かつ多分野の記憶に支えられていることをケレメンは理解していた。計算機械がノヴァーク博士を越えようとするのであれば、どうしても記憶装置の改良は不可欠となる。

 

なにかいい方法はないものか、と息を吐きながら、まずは今できることをやるべきだろうとケレメンは立ち上がった。

 

「何の作業を今からするんだい?」

 

「筐体の導線をはんだ付けする作業ですよ、何回確認しても誤配線があるので」

 

そう言うケレメンにノヴァーク博士は頷いて、まだ署名がされていない紙束を見て息を吐いて、二階の部屋へと戻っていった。

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