帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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実証機械
0d031: 実証機械 1


実証機械(ベムタトーゲープ)一号という文字を軽銀製の銘板に打刻し、ケレメンは息を吐いた。

 

「……あと二日、か」

 

眼の前に並ぶ装置は、見栄えだけは綺麗に整えられていた。

 

整然と並ぶ熱電子管。束ねられて伸びる配線。計算結果を示す表示灯と印刷電信機(テレスクリヴェンテ)

 

起動のためにかかる長い時間と熱による故障を防ぐためにしばらく電源は入れられていなかったが、十分満足に動くだろうとケレメンは読んでいた。

 

もちろん、その中身はいい加減なものだ。本来演算装置が入るべき場所の半分は空になっているし、記憶装置の棚も見た目だけだ。とはいえ、今後の拡張のために必要な準備を今できたと思えば悪いものではなかった。

 

「満足そうだね」

 

疲れた顔をしたノヴァーク博士が階段を降り、ケレメンに声をかけた。

 

「僕にできる準備はしました」

 

「……機械については、だろう」

 

そう言ってノヴァーク博士は持っていた手紙の束をばさりとそこにあった台の上に置いた。

 

「……思ったより来ますよね」

 

「そうだな」

 

暮州(オクシダ)の五大国全てから来訪者がやってくることがこの時点でわかっていた。大学街の宿泊施設が埋まるというほどではないが、ちょっとした催し物として近くの屋台の売上が増えるだろうということぐらいは予想されるだけの人数であった。

 

なおノヴァーク博士は全ての国の言葉を多少の訛りはあるものの流暢に話せるが、ケレメンにできるのはちょっとした挨拶と道案内、そして技術用語での説明ぐらいのものであった。このあたりはノヴァーク博士が指導教官の責任として個人教授をした部分が多分にある。

 

こうなった背景には、かなり大きな二人の誤算があった。

 

一つ目は、ヤンカ・ノヴァークという研究者についての認識。

 

帝立大学理学部と確執のある彼女本人は、あくまで一研究者として知られていると思っていた。論文を書いてはいたもののかつてのように指導教官に連れられて会合に出ることもなく、多くは研究所にこもり、自分の論文への質問や送られてきた後続研究を読むことはあったものの、それは人間関係の把握ではなかった。

 

ケレメンも指導教官であるノヴァーク博士を同年代の天才以上のものとしては見ていなかった。むしろ、彼は休学時代に多くの大学関係者を直接目で見てきたゆえにその評価がどうしても人間的要素を重視するものになっていたのだろう。

 

とはいえ、学生時代からヤンカ・ノヴァークという人物は高く評価されていた。かつて数学および物理学において行っていたいくつかの考察は彼女がまだ博士号も持っていないことを疑わせるような出来栄えであったし、計数研究所所長名義で出した論文も同業界の研究者を巻き込んで計算機械科学という分野を確立しつつあった。

 

二つ目は、計数研究所という組織への認識。

 

帝立大学計数研究所は、それなりに注目を集めている組織であった。

 

若き才媛、ヤンカ・ノヴァークを所長とする機関を帝立大学が特別に設置したことは他大学や諸外国から帝冠諸邦の計算機械への注力を示している、と判断されたのだった。

 

ただ、ここでもノヴァーク博士やケレメンの知識が邪魔をした。そもそも帝立大学はその名前に反して帝冠諸邦内ではそこまで権威のある学術研究機関だとは見做されていない。戦前に行われた帝冠への権力集中の流れの一つとして作られた各地の小規模大学を寄せ集めた組織であり、他地方にある数百年の歴史を持つ大学からすればその格は一段か二段劣るものと見做されていた。

 

また、学位や教授資格の審査が甘い──奇しくもトラルフ・ヘルブランドやヤンカ・ノヴァークといった天才が近年相次いで存在してたためにこの評価が固まってしまった──という見方もあって、帝立大学内部の人間も帝立大学を高く評価してはいなかった。

 

とはいえ、そのような事情を詳しく知らない他国にとってすれば国が威信をかけている大学がヤンカ・ノヴァークに賭けをした、ということになる。

 

では、その賭けの結果を見に行こうではないか、というのも当然の流れだった。

 

結果としてあまり来ないだろうと楽観視して乱発した招待状の返事として丁寧な手紙が多く返ってくることになり、特に定員を設けず参加自由としたこともあって招待状を送っていないところからも人が来ようとしていた。

 

「人手について、僕が頼れる伝手は使いました。暇な大学生が案内はしてくれるでしょうが、説明は一切できないと思いますよ」

 

「十分だよ」

 

「あとは明日この部屋を磨き上げるように掃除して、明後日に備えるだけですね」

 

「……そう、か」

 

ノヴァーク博士はケレメンが見たとこのない憔悴した表情を浮かべていた。

 

「……何が問題なのですか?」

 

「私の指導教官まで丁寧な返答をしてくれたんだ、それが社交辞令だとはわかっているとも、だから……」

 

「ならこちらも社交辞令で返しましょうよ、せめて表面的には丁寧な応対で」

 

「……そう、だな」

 

「それと、あまり僕はこの種の礼儀だの作法だのに詳しくないのでその点はよろしくお願いします」

 

「それについては、まあ、問題ないはずだよ」

 

そう言ってノヴァーク博士は計算機械を見た。

 

「……ついに、これがお披露目か」

 

「完成はしていないですけどね」

 

「理論上は、万能計算機械と言えるだけの能力はある」

 

「再帰分岐のあたりで相当無茶な事しないといけないじゃないですか」

 

構造上繰り返し処理のための制御装置が不完全であるため、ちょっとした荒業を使って無理に作業を行う必要があった。幸いにも、このような問題については発表会の中で行う予定はなかった。

 

「しかし、それは可能だよ」

 

「……確かにそうかもしれませんけど」

 

「嘘を吐くべきではないが、夢を示すのは良いことだよ」

 

「……そうですね」

 

計算させる内容については、既にノヴァーク博士が準備を終えていた。ケレメンも、数日前にそれらの計算全てが問題なく行えることを確認していた。

 

「それと、明日の服は大丈夫かい?」

 

「僕は一介の技師ですよ、そんな上等な服を持っていると思いますか?」

 

「まあ、私も所長だがそんなに良いものを持っていないからな」

 

そう言ってノヴァーク博士は笑ったが、ケレメンは以前見た正装が少し高価──少なくともケレメンにとって半月分の給与という額は高価だった──であることを知っていたため、息を吐くしかできなかった。

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