帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d034: 実証機械 4

「ライヒマンです、無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)の技術研究所で働いています」

 

飲み込めていなさそうなノヴァーク博士の横で、ケレメンは頭を下げた。暮州(オクシダ)をはじめ世界中に販路を伸ばす国際的な無線通信機製造企業であり、世界で最初に映像無線通信を実用化させた技術者集団を抱える組織であった。

 

映像無線通信は高価であったが次第に広まっており、大きな街角のみならず喫茶店のような場所にも次第に導入されるようになっていた。

 

「それで……無線通信の会社が、計算機械に興味を?」

 

ノヴァーク博士の言葉に、ライヒマンと名乗った彼は大きく頷いた。

 

「特にその記憶装置にですね。あの回路、双安定式のものでしょう?」

 

「見ただけでわかるものですか?」

 

「抵抗値の値と少し見えた配線からの推察ですよ、外れてはいなかったでしょう?」

 

頷くケレメンに、ノヴァーク博士は少し思考の速度を上げるべく集中した。

 

「おそらく現状では相当の数の熱電子管を使うことになる。しかし、それを一つの管で実現できたらどうです?」

 

ライヒマンの言葉に、ケレメンは少し考え込んだ。そのような技術の可能性について今まで考えてこなかったからだ。基本素子の組み合わせで記憶装置を作れるというノヴァーク博士の理論先行の発想に縛られすぎていたからかもしれない、と反省しながらではどうやって、と思考を回していった。

 

「……悩んでいるようですね、別に謎掛けをしたいわけではないのですが」

 

そう言うライヒマンだったが、口ぶりは楽しそうだった。

 

「映像蛍光管の応用、ですか?」

 

「近いところです。まず二次放出と呼ばれる現象をご存知ですか?」

 

「映像蛍光管の加速電圧を高めると出る『後光』の原因ですよね」

 

「ええ。映像蛍光管では加速された電子が蛍光物質に当たることで光を出すわけですが、十分高い電圧ですと当たった場所からさらに電子が出る。これのせいでぼやけて見えてしまうこともあるのですが、同時にこの現象は微小な光を増幅するためにも使えます」

 

「光による電子放出と併用するわけか。その点では単純な増幅というよりは、検知可能な水準を下げるというべきか?」

 

「お詳しいですね」

 

口を挟んだノヴァーク博士にライヒマンは感心したように言った。

 

「このあたりは物理学のあたりで触ってね。それで、二次放出をどうやって利用する?」

 

「二次放出される電子の量は、もとの電子線の速度がある一定の値を超えると急激に増加します。こうすると、もしその場所が帯電していたとしても電荷が急速に放出されてしまい、結局電荷が消えてしまうわけです」

 

ケレメンは脳裏に流し台の下に置いた皿を思い浮かべていた。ゆっくりと水を注げば皿には水が溜まっていくが、蛇口から出す水が十分な速度を持っていれば皿の中の水を注いだ水が吹き飛ばし、周囲を水浸しにしてしまうと同時に皿の中から水をなくすことができる。

 

「……だいたい、見当はつきましたよ」

 

ケレメンはそう言って、ライヒマンを見た。

 

「記憶の定着と想起で別の電子加速装置を使う。定着に使うのは一般的な低電圧のもので、これで蛍光部に電荷の偏りとして記録を行う」

 

「その通り」

 

満足気に言うライヒマン。

 

「そして想起のために、ある程度高い電圧で加速させた電子線を使う。帯電している場所かどうかによって二次放出される電子の量が変化するわけですか」

 

「まさしく。とはいえこの電荷は数秒で失われてしまうので、再書き込みのための機構が必要になるのですが」

 

「それでケレメン君。この装置は実際には使えそうなのかね?」

 

「相当複雑になるでしょうが、熱電子管をただ並べるよりは安定する可能性が高いかと」

 

ノヴァーク博士の言葉に、ケレメンは答えた。

 

「実際のところ、無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)の技術研究所も一時的な画像保存に使えないかと色々試行錯誤して結局使えそうにないと判断したものなのですが、今回のような電子式の計算機械には適切ではないかと思いまして」

 

「……なるほど」

 

ケレメンは、一応納得はした。もちろん売り込みであるライヒマンの言うことを完全に信じるほどではなかったが、その言いたいことは概ね合理的だと考えることはできた。

 

「あくまで研究所の職員でしかないので正式な契約ができるわけではありませんが、来週中には担当の者と一緒に伺えればと。空いている日などはございますか?」

 

手帳を開いて言うライヒマンの対応は、ノヴァーク博士が行った。とはいえ基本的に計数研究所は暇であり、ケレメンとノヴァーク博士にはさしたる予定も入っていなかったので問題なく話は進んだ。

 

「あと、うちの機械はメウッチ社の熱電子管を使ってますけど、無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)としてはそのあたり大丈夫なのでしょうか?」

 

「メウッチ、いいですよね。うちの研究所も予算が潤沢というわけでもないのでけっこうお世話になってます」

 

「ああ、そういう感じですか……」

 

「直接売上が関係しているわけではないですからね、全部我が社のものに変えろとかそういうのは言いませんよ。こう言っては何ですけど無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)の熱電子管は高いんですよ、過剰品質であるとまでは言えませんが」

 

「言えませんよね……」

 

「ただ、やはり記憶装置は速度を重視する以上電子の速度で動く機構が必要だと思います。代替案があればご連絡していただければ場合によっては特注しますよ」

 

技師同士で通じ合うものがあるのか、仲の良さそうに話すケレメンとライヒマンからノヴァーク博士は目を逸らして息を吐いた。

 

「……ところで、無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)のほうではこういう機械そのものに興味はないのかね?」

 

ノヴァーク博士の言葉に、ライヒマンは首を振った。

 

「いえ、もしこれを作るとしたら新事業となるわけです。今はただでさえ多色映像無線通信のあたりで人が取られていますし、他社でも熱電子管製造をやっているところはあまりこの種の装置には手を出さないと思いますよ」

 

「……そうか」

 

「メウッチは色々と手を出すところなので別かもしれませんが。ああ、これは会社としてではなく社長のほうです」

 

その言葉を聞いて、ノヴァーク博士は頭の中に作っていた今後電子式の計算機械を作る可能性のある団体の一覧からいくつかを線で消した。

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