帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d036: 実証機械 6

「やーっとわかりましたよ……」

 

長椅子に倒れ込んだケレメンを、論文から目を上げたノヴァーク博士が見た。

 

「それで、何が問題だった?」

 

「配線の短絡」

 

「なんだ、工学的な問題か」

 

そう言ってノヴァーク博士はまた視線を論文に戻した。

 

「……それは?」

 

「スタインドラーの論文だ。私が知っていた以上にこの分野は進んでいる」

 

ノヴァーク博士が読んでいたのは昨年執筆された反応器(リアクター)に関する数値計算の文書だった。

 

「……数式が、多いですね」

 

「ただの表記の問題だ、単語を並べてもいいがそれだと冗長で全体の形が見えないから数式を取っているだけだ。それに、実際に計算する式はこの定数の一つ一つに具体的な値が入る」

 

「……値の精度は、どれぐらいですか?」

 

「良くて四桁、悪くて三桁。最終的な計算結果は二桁出せれば十分だろう」

 

「……思ったよりも、大まかなんですね」

 

「さすがに倍の大きさの反応器(リアクター)を作るのは困難でも、一割余裕を持って作ることはできる。必要な演算という点では、改良された実証機械(ベムタトーゲープ)一号は十分な性能を持っていると言えるだろう」

 

「わかりました」

 

「ところで、さっき来ていた技術者……ライヒマンだったか、彼はどうだ?」

 

無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)で大型記憶管(ムネモトロン)は開発中だそうです。これについてはどうしても高くなりますが、安定性が取れるなら元は取れると思います」

 

「よろしい」

 

満足そうにノヴァーク博士は言って、背筋を伸ばした。

 

「明確な目標ができたのはいいことだ。計算機械は実用性を重視するわけだから、それに合わせて多少は構成を調整するべきだろう」

 

「それで、追加の装置の構成はできました?」

 

「それが思ったより難しい」

 

ノヴァーク博士が作ろうとしていたのは、乱択的に0あるいは1を出力するような装置であった。実際にはある程度の数をまとめて使うため、例えば周期(チークロ)信号が出るたびに切り替わるものであれば望ましい。

 

「今のところ、一番簡単そうなものは発出性(エマナティヴィターシュ)を持つ物質を使うことでね、出てきた粒子の数を数えて、偶数か奇数かで判定する」

 

「……悪くないように思えますが」

 

高速の計数は熱電子管回路の得意とするところであった。その偶奇のみであれば検出回路を組み合わせて作ることはそう難しくない内容に思われた。

 

「速度の問題だよ。それと、実際には完全な無作為性が必要なわけでもない。最初にある程度の乱数を用意しておいて、それを『種』にしても構わない。あるいは特殊な関数を作ってもいいのだが……それが具体的にどれだけ有用かを評価しようとすると思ったより面白い問題になってね」

 

「また脇道に逸れてますよ……」

 

ケレメンは呆れたように言ったが、実のところここまで意欲的に論文を出し、あるいは思考を回せるノヴァーク博士への畏怖は深まっていた。ケレメンの知識が技術寄りに傾いていることを差し引いたとしても、ノヴァーク博士の発想の中にはどうすればそれが思いつくのかわからないものも多かった。

 

「たかだか十個や百個であればいいのだがね、実際には相当な量を使うことになる。一万回に一回起こるような稀な例でも見つけられるようにするとなるとどうしても複雑になるのさ」

 

「……具体的には、どうするんですか?」

 

「簡単な例を挙げよう。7の倍数で正のものを、小さい順に」

 

「……7、14、21、28、ということですか?」

 

「続けて」

 

「35、42、49、56、63、70、77」

 

「もういい。さて、この一の位の数を取れば7、4、1、8……となるが、これを使うというもの」

 

「……途中で繰り返してしまうのでは?」

 

「だから簡単な例だと言っただろう。数を足していって余りを取るのでよければ、今回使った7と10という組み合わせをもっと大きいものにすればいい」

 

「確かに数字をいくつか作る、という意味では十分なように思いますが」

 

「ただこれはどうしてもある種の……模様ができるんだよ」

 

「模様、ですか?」

 

「機械式の織機が作る布みたいなものだ、局所的には乱雑に見えても遠くから見ると規則的な模様が生まれる。このあたりを議論するには合同演算であったり因子群論のあたりを持ってくる必要があるのだが……」

 

「何を言っているかわかりません」

 

「知っているよ、これは純粋に数学の世界の問題だ。ケレメン君は一部を知っていればいい」

 

「専門分野の分業ってやつですね」

 

こういう言い方をしている時、ノヴァーク博士は少し露悪的に語る癖があることをケレメンはよく理解していた。ただ、それは別に自分が恨みを買うことを覚悟しているというわけではなくそういう語り方が彼女の性にあっているからだろう、という認識だった。

 

「さて、これについてはおそらく併用式のほうがいいだろう。ある程度の『種』になる数を用意しておいて、それをもとに数学的に数をいくつか生成する。このあたりは大党国のあたりが得意なはずだ」

 

「なぜです?」

 

「規則性のない数列を作るのが暗号技術に重要だから」

 

そう言われて、ケレメンは市場のかなりの割合を占めている暗号機「謎々(レーツェル)」を思い出していた。戦後すぐに発売されて以降、今日まで根本的解読の噂すら流れないという傑作機械である。

 

「……あれ、そうすると計算機械って暗号の作成に使えますか?」

 

「暗号の特徴にもよる。もし十分な暗号化がされていれば、解読結果が無数に存在することになる。『あの会社の株を買え』も『あの会社の株を買うな』もその中にはあるだろうし、どれも同じ程度には信用できる」

 

「……実際はそうではありませんよ、鍵になる単語を単純なものにしてしまったという話は定期的に聞きますし、そうでなくとも不手際で暗号が破られるという話はよく聞きます」

 

「なるほど。……ところで、その暗号機の図面は手に入らないか?」

 

「特殊な機構で専用の工具を使わないで開けたら壊れるようになっているんですよ、そのぐらいは想定されています」

 

「そうか……透過放出線を使えば中を見れないかな……」

 

「その手の試みは色々とされていますが、それでも突破されていないんです」

 

ケレメンはこのままでは暗号解読に手を出しかねないノヴァーク博士にため息を吐いたが、確かに高速の処理で片端から可能性を試していくというのは悪い手段ではないのかもしれないなとは考えていた。

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