帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d037: 実証機械 7

実のところ、ケレメンが一番苦労していたのは制御装置と呼ぶべき部分である。

 

読み取った記憶に従い、命令を実行する部分の機構はかなり複雑だ。まずは一旦命令を保存し、それを解読する。それが演算を指示するものであれば、必要な記憶の想起を行う。出力がもし低速記憶装置のほうに入るのであれば、それなりに時間を置いてから作業を再開する。ただし、次の計算に時間が長くかかるようであればそのまま続けてもよい。

 

これらを、一定の周期(チークロ)信号の指示のもとで行う。曲に合わせて足を動かす舞踏のようなものだ。ケレメンはあいにくそういった上流の嗜みはなかったが、ノヴァーク博士は下手ながらも経験があった。

 

そして難しい足取りを要求されているのにもかかわらす激しい曲が流れると、足が絡まって転んでしまう。そうなればおかしな結果が出るのでわかりやすいが、実際は転びかける程度で済んでしまうことが問題の一つだった。

 

「やはり、周期(チークロ)を早めすぎると問題か」

 

「遅くしたほうが安全です。計算速度が半分になっても、追加で二回確認処理を動かすよりは時間がかかりません」

 

「なるほど」

 

試験的に回しているものはノヴァーク博士が慎重に選んだもので、解析的に数式を変形することで厳密解が出せるものの、数値的に解くとなると難しいものであった。逆に言えば、答えが既にわかっているためにどの程度の計算誤差が出るかを判断するのには適したものだった。

 

「一応は予備計算のつもりでもいたのだがね、ここまで扱いにくい機械だとは」

 

「定期的にこういった検査用の計算を入れておかないと、どこかが故障していた時に困りますね。今のところ故障を発見したら十分程度あれば問題を発見して、熱電子管の交換ならすぐに行えますが配線の問題だと相当大変です」

 

「……追加の人員は、必要かね?」

 

「……難しいところなんですよ、それが」

 

ケレメンはそう言って、書き込みが多くされた図面の方を見た。

 

「清書の時間も惜しいとおもって作業を進めているのですが、この機械全体の構成を理解できている人でないと怖くて特にこの制御装置は触らせられません」

 

「それ以外の部分であれば?」

 

「入出力や記憶装置であれば、まだ。ただ、その場合でもそれなりに腕利きが欲しいところです」

 

「君の知り合いで、そういう人材は?」

 

「いないわけではないですが、大抵がどこかに職を持っています。そこから引き抜いて雇うにしても、短期間助力を求めるにしても、僕たちに出せる対価がありません」

 

「給与」

 

「悪くはないんですが、わざわざ来るかと言われると微妙ですね……」

 

そう言ってケレメンは給与の額を思い浮かべていた。学士を持って大学を卒業した人が企業の研究所で働いた時の額に比べれば少し低いが、学生生活と並行して受け取れる額としては十分なものだった。

 

「個人的な意見ですが、この装置の設計を学ぶ機会と引き換えに企業や他国の研究所から人を募る、のは一つあるとは思います。問題はそれに見合う人材がいるかですが……」

 

「具体的には、どの水準を?」

 

農業統計局(アグロスタトコム)のラメーエフさんか、無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)のライヒマンさんであれば」

 

「……私はこの手の人を見る目に自信があるわけではないが、両者ともかなり優秀な人物だと思うのだが?」

 

「だからですよ、そのくらいは必要です」

 

ケレメンは自分の能力を過剰評価しているわけではなかったが、過小評価しているわけでもなかった。実際に、当時の技師の能力を並べた時に、彼の電子計算機械の設計・製造能力は暮州(オクシダ)でも五指に入っていたであろう。

 

「……よく考えると、君がここに来たのは必然のようなところがあるな」

 

「偶然ですよ、本当に」

 

ケレメンは彼の師であるエクスナーからの話がなければここで働くことはなかっただろうし、ノヴァーク博士がちょうどその時に教授資格を得たことはたまたま重なったに過ぎないものであった。

 

「問題の認識が違う。私が言いたいのは、もしここで計算機械が作られたとしたら、そこには君がいただろうということだ。私はともかく」

 

「……それはないと思いますよ、もし僕がこの種の機械を作るとしても、もっと煩雑で、巨大で、そしてつまらないものになっていたと思います」

 

高速の計算は常に求められていたし、それは様々な方法で実現されようとしていた。そこで熱電子管という素子を強く推奨し、速度を重視した構成を作れることを最初から示したノヴァーク博士がいなければ、とケレメンは考えていた。

 

「それは……そうかもしれない。そもそも、帝立大学というより帝冠諸邦の人物がこの手の実際の機械の作成に興味を持つ可能性も低い。技術的には大党国か統一都市同盟、それより弱いが可能性があるのは人民主義国といったところか……?」

 

「民主共和国はどうです?技術もありますし、物理学的計算のためにこういう機械は欲しがるかもしれません。依頼をしてきたスタインドラー博士もあそこの所属ですし」

 

「あそこは難しい気がするな、電気装置はそこまで得意ではない」

 

「なるほど……」

 

そう考えると、もし帝冠諸邦で計算機械が作られたとしたらノヴァーク博士のような異才が不可欠だったのではないかとケレメンは思いながらノヴァーク博士を見た。

 

「ともかく、早く計算をできるようにしてしまおう。必要ならスタインドラー博士に技師なり計算手を借りればいい」

 

「民主共和国語まで話せるようになれと?」

 

「君ならそう時間もかからないだろうさ。それに、基本的に共通言語は数式だ」

 

「理論的にはそうですがね。あと実際にそうするなら宿泊場所も手配する必要がありますよ、女性の生活に必要なものは詳しくないのでノヴァーク博士に一任される形になるでしょうが」

 

「……おや、私は男性を中心にと考えていたのだが」

 

「今の時代、雇用先が変わっても影響の少ない女性の方が短期間の仕事には向いているでしょう。頭脳と腕については性別が関係ないことはよく知っていますが」

 

「知り合いに、そういう人がいたのかい?」

 

「古い電話交換手であったり、あるいは女性の通信士で僕より腕の良い技師だった人は何人もいました。……彼女たちの給与が低いのは、個人的にはあまりいい思いはしませんが」

 

「同権主義者かい?」

 

「能力に見合った報酬を、ということです。ノヴァーク博士のように突出した頭脳があれば話は別ですが、多くの人はそうではないのです」

 

「……なるほど、給与表は調整しておこう」

 

そう言って、ノヴァーク博士は計数研究所の予算の追加申請をそろそろできるのではないかと考えていた。

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