帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d038: 実証機械 8

エリーゼ・スタインドラー博士を代表とする技術視察団という名目で共和科学院から派遣された七名は、計数研究所に到着して早々に荷物をケレメンの指示のもとで運ばされていた。

 

「これが終わったら掃除ですね」

 

毛ばたきを準備しながら、ケレメンはてきぱきと働く人達を見た。休憩室や教室として使うための部屋を確保するためだけではなく、建物の問題を洗い出し、同時に来訪者へ感覚を掴ませるための歓迎であった。少なくとも、彼にとっては合理的な判断のつもりである。

 

「……客人への応対ではないだろう」

 

ノヴァーク博士は呆れながらこめかみを抑えた。一応は彼女の名義でこの視察団は受け入れられているので、一応責任を持つ立場にある以上あまり変なことはさせられないのであった。もちろんその効果については理解はするつもりであったが、それでも下級とはいえ一応は貴族として育てられた体験がその対応を飲み込めなかった。

 

「構わないわノヴァーク博士。私たちが提供できるのは今のところ専門知識より人手のほうが多そうだし」

 

そう笑って軽々と発電機を持ち上げて言うのは代表のスタインドラー博士。ケレメンは齢五十を超える女性がこのような力を維持するために日頃から積極的に体を動かしているだろうことを見抜き、感心していた。一方でノヴァーク博士にとっては、異分野とはいえ先人にこのようなことをさせるのは心苦しいところがあった。

 

技術視察団は共和科学院から七名が選ばれていたが、うち四名が女性だった。三人の研究者のうちスタインドラー博士と、四人の計算手のうち三人である。さらに、計算手の枠で来ていた人の中には留学生も混じっていた。

 

「ところで、全員基礎的な数学と物理学についての理解はあると考えていいんだな?」

 

思考を切り替えて、技術視察団の名簿を確認しながらノヴァーク博士は言った。簡単な経歴がついていたが、それを見る限り全員が学士を持っており、計算手であっても二人は博士号を持っていた。

 

「もちろん。計算手についても、実際には研究助手に近い扱いだと考えてもらっていいわ。とはいえその……計算機械科学、については私を含めて理解できている人はあまりいない」

 

「仕方のないことだ。必要ならそこのケレメン君にでも講義を頼むといい。彼はなかなかいい教師になれる」

 

そう言ってノヴァーク博士は荷物をどう運ぶべきかを少し拙い民主共和国語で指示するケレメンを見た。

 

「……計数研究所で唯一の技師でしょう?そんな暇があるの?」

 

スタインドラー博士は計数研究所の小ささに驚きながらも、二人の連携と能力の高さからある種の納得を覚えていた。

 

「誰かに教えるのは、彼にとっていい経験になるだろう。私もそうだった」

 

「ああ、教育の機会って逃すとなかなかないものね……」

 

スタインドラー博士は帝冠諸邦で博士号を取得した後に民主共和国で当時発見されたばかりの発出性(エマナティヴィターシュ)の研究を始めた。そしてそう時間が経たないころに、「大陸戦」が始まった。

 

帝冠諸邦と民主共和国の戦争により、彼女は敵国人として扱われることになった。共和科学院は彼女を様々な手段で守ろうとしたが、その過程で彼女は民主共和国への忠誠宣言を余儀なくされた。

 

この時の問題のせいで、戦後彼女は難しい立場に置かれた。とはいえ、発出性(エマナティヴィターシュ)の研究において帝冠諸邦と民主共和国の間を取り持ったこともあり、現代では両国とも彼女を自国の誇りとして扱っている。

 

「ノヴァーク博士、しばらくしたら実証機械(ベムタトーゲープ)一号を見せながら具体的な話をします。もしよろしければ、スタインドラー博士もご一緒に」

 

熱電子管の詰まった箱を移動させながら、二人の前を通ったケレメンが言った。

 

「もちろん。前に見たときよりも強化されていると聞いたけど」

 

「ええ。未だ完全な状態ではありませんが、繰り返しの計算がしやすいように穿孔機(ピェルフォラタ)でも出力をできるようにしました」

 

「出力をそのまま新しい入力に使えるように、ということ?」

 

「ええ、かつ記録が保存しやすくなります。紙代は嵩みますが」

 

「共和科学院は吝嗇ではないわ、安心して」

 

そう言うスタインドラー博士に、顔を見合わせたケレメンとノヴァーク博士は扱われ方の差をどうしても感じてしまった。

 

もちろん、帝立大学が計数研究所に投じている予算は決して小さなものではない。所員わずか二名の組織に対するものと考えれば、大盤振る舞いとも言えるだろう。

 

しかしながら、ノヴァーク博士にとってはそれでも足りないものは多かった。多くの事務作業は不慣れなケレメンには任せられず、専用の人員を雇えばそれだけ計算機械に投じることのできる予算は少なくなる。

 

彼女個人の資産が潤沢にあるわけでもなく、投じられるのは頭脳と手間のみ。そういった中で、技術視察団という形で七人もの人手を一時的とは言え送り出すことのできる共和科学院の余力を嫌でも感じさせられたのである。

 

もちろん、共和科学院とて何も考えずに送り出したわけではない。ゆくゆくは自国で同様の機械を持つことができるよう、研究者のうち二人は技師としての側面が強い人物が派遣されていた。ノヴァーク博士もケレメンも、その事については理解していた。

 

「ところで、通訳をする必要があると思う?」

 

『私は民主共和国語であれば多少は話せる。そちらが合わせてくれる分にはありがたいが、翻訳に余計な頭脳を割くべきではない』

 

少しだけ訛りがあるものの流暢に言うノヴァーク博士に、スタインドラー博士は頷いた。

 

「私も故国の言葉を話せる機会があれば話しておかないと忘れるから、あまり気にしなくても大丈夫よ。あと技師のケレメン氏は、少し難しいところがあるでしょう?」

 

「わかるのか?」

 

「教え子たちの早口の会話を聞き取れていなかったはず。同じ卓を囲む人がわからない会話をするのは失礼に当たる、と伝えていなかった私の不手際ね」

 

「別に気にするまでもないさ、必要なら彼が怒るさ」

 

「怒りませんって」

 

かつてケレメンとスタインドラー博士の共通の師であったエクスナーが使っていた教材にも似た、木の板の上に作られた回路を運びながらケレメンは口を挟んだ。

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