帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d039: 実証機械 9

視察団に囲まれながら、穿孔機(ピェルフォラタ)は音を鳴らし終えた。

 

「……四十三秒、作業完了です」

 

ケレメンは手元の秒時計を止めて、時間を読み上げた。

 

「本当に計算できているんですか?」

 

機械の説明を受けて、眼の前で動いているところを見て、吐き出された穿孔紙(ピェルフォカルタ)を見ても、信じられないような声で計算手の一人の女性が言った。

 

「乱数を使っているので手計算と一致するとは言えませんが、十周ほどさせたら確認してみましょう」

 

そう言ってケレメンは穿孔機(ピェルフォラタ)から吐き出された穿孔紙(ピェルフォカルタ)の束を整え、入力側に流し込んだ。

 

「つまりは、全部で百分の一秒分ということ?」

 

そう言ったスタインドラー博士にケレメンは頷く。

 

「実際の物理実験に比べれば、非常に遅いわけです」

 

「爆発して研究所一帯が汚染されて研究者が数十人死ぬか大火傷を負うよりよっぽどいいわ」

 

そう言うスタインドラー博士に、ケレメンは苦笑いしかできなかった。発出性(エマナティヴィターシュ)の物質によって起こる健康への問題は次第に明らかになっていたが、その利便性や魔法的な力によって制限された研究よりも商業化と乱用のほうが多くなっていたのだ。

 

「確かにこれが故障しても、せいぜい研究室一つが小火で無くなる程度だ」

 

笑って言うノヴァーク博士に、視察団の面々は少し不安そうな顔をした。

 

「一応消火設備は用意してありますからね」

 

「……あの、高圧二酸化炭素容器と書いてあるように見えるのですが」

 

安心させるように言うケレメンに、研究者の男性がおずおずと聞いた。

 

「この部屋の広さなら窒息はないでしょうが、使用者以外はできるだけ外に逃げてくださいね」

 

残念ながら、そのケレメンの言葉と笑顔は質問者である彼を安心させるには不十分であった。むしろ逆効果と言っても良かったかもしれない。そういった会話をしている裏で、二周目の計算が完了していた。

 

「本当はこの後の穿孔紙(ピェルフォカルタ)の解読の手間なしに直接結果を表示できればよかったんですがね」

 

入力側から回収した紙の束を広げながらケレメンは言った。二進数を十進数に変換することなしに直接出力しているため、計算結果を分析することは少し面倒になっていた。

 

「……静かだな」

 

ノヴァーク博士は穴の配置を脳内で具体的な数字に置き換えて言った。

 

「どういうことです?」

 

覗き込む計算手に、ノヴァーク博士は無言で数枚の穿孔紙(ピェルフォカルタ)を引き抜いて並べてみせた。なお、後で順番がわからなくなることがないように全ての穿孔紙(ピェルフォカルタ)には番号印が押されており、束の状態で鉛筆で線が引かれていた。きちんと整列されていれば鉛筆の跡が斜め一直線になるが、抜かれているものや順番が違っているものがあるとそれが狂う、という仕掛けである。

 

「……この数字が変化していると中性子の数が変わっていることになるはずだけど、それがほとんど変わっていない、ということですね?」

 

穴を指でなぞりながら言う計算手に、ノヴァーク博士は満足そうに頷いた。

 

「もう少しやってみないとわからないことも多いが、少なくとも今の時点で暴走した反応器(リアクター)が数千分の一秒のうちに大惨事を引き起こす、ということはなさそうだ」

 

ノヴァーク博士は頭の中で軽く計算をして言った。

 

「実際には数秒でも足りないのだけれどもね。眠りこけているか大暴れするかどうかという微妙な状態の境目をどれぐらい維持できるか知りたいわけだから」

 

「……とはいえ、中性子の速度を考えればこの方法でこれ以上の速度を出すのは難しいですよ」

 

スタインドラー博士にケレメンは言う。処理一周で行われる中性子の動きの計算は、一億分の一秒単位の動きを示す計算を数十万回繰り返した結果に基づいたものだった。

 

「ああ、それについては私がどうにかする。幸い、この種の統計力学と呼ばれる分野は少し触ったことがある」

 

自信有りげに言うノヴァーク博士を見て、ケレメンは確認するかのような視線をスタインドラー博士に向けた。

 

「大丈夫よ、私よりノヴァーク博士のほうが数学的な腕は上だから」

 

「スタインドラー博士は実験を中心とした人でしたっけ、専門分野をきちんと確認できていなくてすみません」

 

「大丈夫。そうね、実験に測定、最近は組織管理だのが専門になりつつあるけど……理論はそこまで得意じゃない」

 

スタインドラー博士がそう言うと、視察団の面々からは疑義の声が次々と挙がった。

 

「私が苦手だからみんなにはしっかりやってほしいのよ。計算機械で具体的な処理が一瞬でできるようになっても、そこに入れるための式はしばらくは私たちが作る必要があるから」

 

「ノヴァーク博士、式変形とかってこれで処理できないんですか?」

 

計算手は縋るような目をして質問をした。

 

「記憶装置の容量が百倍になったらできるぞ」

 

これを聞いた計算手はがっくりと肩を落とした。

 

「しかし、やはり実用のためにはどうしても効率的な記憶装置は欲しいですよね……」

 

ケレメンの言葉に、スタインドラー博士は少し何かを思い出すように唸った。

 

「履歴効果を持った物質を使えない?磁石とか」

 

「確かに熱電子管よりは楽でしょうけど、一つ一つの磁石に導線を巻いていくのは辛い気がします。印刷基板のように大量生産できれば一番なのですが」

 

そう言いながらもケレメンは可能性を考えていた。現状では記憶管(ムネモトロン)と名付けられた大型の装置を使う予定ではあるが、これはどうしても作るのが職人技となってしまう。

 

どうしても、組み立てが作業の限界になっていた。印刷基板は大量生産の方向に重要な示唆をしているという直感はあったものの、具体的に熱電子管を印刷できるような方法についてはケレメンが思いつける範囲にはなかった。

 

「難しそうね、とはいえ今の能力でもしばらくは十分だと思うけど」

 

「速度と容量が向上すれば、質的に異なるものも扱えるようになる。音声や画像を処理することができれば、例えば計算結果を映像蛍光管に映し出したり、あるいは音楽を奏でさせることもできるだろう」

 

ノヴァーク博士はそう言って、手元の紙に万年筆を走らせた。

 

「ひとまずどうにか自動で出力の穿孔紙(ピェルフォカルタ)を入力に回せるようにしたいですね、今のところは人が歩いて作業することになるので」

 

ケレメンは九周目の紙束を移し終えて言った。

 

「なんていうか、喜劇的な絵図よね……」

 

「確かに、人間が便利なのは頭脳ではなく手足がついている事かもしれないな」

 

呟いたスタインドラー博士に言ったノヴァーク博士は、積み上げられていた穿孔紙(ピェルフォカルタ)に目を通していた。

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