帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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反響
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その大机の置かれた部屋には、葉巻の煙が渦巻いていた。閉ざされた窓からは大党国の首都近郊の街明かりが覗いており、室内には十人ばかりの人が集まっていた。

 

半分と少しが軍服、そうでなくとも背広服という姿の人々は、時折手元の資料に目を落としながら扉に一番近い人物を見ていた。

 

「……結論から言わせていただければ、我々の機械は大きく遅れを取っています」

 

そう語った末席の男性に、冷たい視線が周囲から刺さった。

 

「セルビウス君、我々は君とその部隊に相当な投資をしてきたわけだ。その結果がこれかね?」

 

口を開いたのは、神経質そうに机を指で叩く軍服の男だった。

 

「最初の試みはどうしても手探りになります。帝冠諸邦がそれを成し遂げたのは、決して一般化できない事例であると」

 

「向こうではほんの数人で完成させたと言うではないか!」

 

セルビウスと呼ばれた彼の弁明を、彼は机を叩いて止めた。

 

「まあ、落ち着きたまえ」

 

叫んだ男より肩に示す星が多い男性が、諌めるように言った。

 

「今更叫んだところで結果は変わらない。ところで、我々は敗北したのかな?」

 

「……定義にもよります」

 

今日の主役、あるいは被告であるセルビウスは重々しく口を開いた。

 

「電子回路技術における基礎的な知見を得たという意味では、我々は勝利を手にしつつあります。最終目的である計算を重視するのであれば、その機械を誰が発明しようが同じことです。しかしながら、開発競争という点であれば、我々は負けています」

 

「なるほど、なるほど」

 

満足そうに質問者は呟いた。

 

「まもなく党首戦です。党が軟弱者の支配下に移れば、このような計画も解体されかねません。何らかの成果を早いうちに示すべきではないですか?」

 

「そうするとむしろこの計画を公に出してしまうのもいいかもしれない。帝冠諸邦のほうは特に機密も何もなく、純粋に技術的な計画としてそれをやったのだろう?」

 

「全く、秘密を秘密のままにすることの意味をわかっていない奴らですな、彼らは結束というより妥協で皇帝を担ぎ上げているだけだと言うのに」

 

そういう声が飛び交い、小さく笑い声が起こる中で何人かはじっと黙って思考を巡らせていた。

 

数学技術評議会(マテマティッシュ・テヒニッシャー・ラート)は、公的には党とも軍とも関係がない、民間の団体である。

 

ただその実態は、軍内部のある派閥が作り上げた秘密の計算機械構築計画の隠れ蓑であった。航空機開発、弾道計算、あるいは暗号理論について数学が果たす役割を重視した人々、あるいは「新しい戦場」の価値を見出した人々が、密かに会合を通してこの計画を支えていた。

 

とはいえ、その主任となっていたセルビウスにとってはこのような政治は若い頃から好きになれないものであった。

 

「ともかく、現状ではセルビウス君を過度に責めるべきではないですな」

 

「むしろ、我々の方針が間違っていなかったと言ってもいいだろう。むしろ敵がわかったからこそ追い越すのも容易となるはずだ」

 

議論が落ち着いたのを見て、セルビウスは気が付かれないようにゆっくりと息を吐いた。

 

彼の評価は、軍内部でも独特のものであった。軍人の家系に生まれるも軍ではなく工学の道に進み、しかしながら「大陸戦」では志願兵として通信兵となり塹壕に潜った。

 

そして、戦場で彼は自軍の暗号が容易に解読できることを示してしまった。敵基地にあった燃やされなかった紙片を分析し、その内容が通信の傍受と復号の結果であることを示してしまったのである。ただ、その事実は士気低下を防ぐために伏せられることとなった。

 

戦後、彼は解読が困難となるような改良をいくつか施した新型暗号機の設計を知り合いの上官に見せた。数年後、彼は士官学校の教諭となっていた。

 

数学、工学、電気技術、通信理論、暗号学などの教育と研究を一手に引き受けた彼は、その非典型的な昇進経路から軍の主流派から疎まれることも多かった。戦場で一兵卒に過ぎなかった若造が、戦争の何を語るのだ、ということだ。

 

とはいえ、彼の開発した暗号機「謎々(レーツェル)」は大党国では広く使われ、劣化改造版が輸出されるようにもなっていた。再軍備が警戒される大党国において表立った軍事行動が取れない以上、このような静かな強化が重視されるようになったのである。

 

その時勢の中で、熱電子管を用いた計算機械の発想は自然に湧き上がった。機械式計算機での作業をまるまる電子回路で置き換えることは困難であるとされたが、しかし成功した時の計算速度は劇的なものであった。

 

事実、大党国は帝冠諸邦で実証機械(ベムタトーゲープ)一号が完成するより早く電子機械による四則演算に成功していた。それはノヴァーク博士が非効率的と判断した十進法に基づく構成だったが、それでもなおそれまでの機械よりも高速であった。

 

「とはいえ、完成形の一つは既に示されたわけだ。我々の方の機械もそう長くはかからないだろう」

 

「……そのはずです」

 

セルビウスは質問に答えながら、本当にそうだろうかと考えていた。彼の調べた限り、ノヴァーク博士は技師としての腕があるわけではなさそうであった。会った時の細い腕と指は、数千本の熱電子管をはんだ付けしたものとは思えなかった。

 

技師のほうはきちんと観察できる余裕はなかったが、才媛と呼ばれるノヴァーク博士と同じ程に若い青年であった。上層部からの干渉なしに、議論が少なくて済む少人数で、かつ理論と制作の役割分担をしているのであれば、それは理想の形の一つかもしれない。

 

ただ、セルビウスが求められているのは別であった。数十人の専門家を率い、全体の計画の遅れをどうにかして補う必要のある、しかし一度決まったことは高速で進められる体制を、彼は持っていた。

 

「我々の強みを活かすべきです。計算機械はそれ単体では意味がなく、それで何を計算するのかが重要なのですから」

 

セルビウスがそう言うと、部屋の面々は頷いた。特に軍事分野では求められる計算が山積していた。だからこそ軍の予算や人員の一部が彼の下へ回ってきているのであるし、彼が特殊な地位を続けていられるのであった。

 

ただ、計算機械を作る理由が周辺諸国に先んじるためではなく、遅れないようにするためになる日も近いだろうと考えたが、セルビウスはそれを口にはしなかった。

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