帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d043: 反響 3

「ようこそ、アドリアーノ・メウッチ様」

 

そう語りかけた守衛に礼をして、上等な背広服を着たまだ若さの残る男は扉を開けた。胸に煌めく社章は彼が暮州(オクシダ)有数の電気部品製造企業であり、統一都市同盟に本社を置くメウッチ社の二代目社長であることを示していた。

 

「重要な話、だったな」

 

入ってきた彼を見て、その部屋の主である白髪の老紳士は座るように目で促した。

 

「そうだグアリーノ、この件について我々は手を取り合うべきだと考える」

 

そう言って笑顔を浮かべるメウッチに、相手──無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)の社長は息を吐いた。

 

「何が望みだ。熱電子管の販売経路か?今度の多色映像無線通信に一枚噛ませろというのか?」

 

「ヤンカ・ノヴァーク」

 

メウッチの言葉に、グアリーノはゆっくりと眉を上げた。

 

「その様子を見ると、知っているようだな」

 

「帝冠諸邦が作り出した計算機械に、手を出そうというのか?」

 

「ああ、君のところの研究所が協力しているのも掴んでいる」

 

「……正直なところ、あれにそこまで価値を見いだせん。確かに多くの熱電子管を使う。複雑な機構も持つ。小さくない販路にはなると思うが、この対話をわざわざする必要があるほどかね?」

 

「彼らは出力装置に我が社の印刷電信機(テレスクリヴェンテ)を使っていた」

 

「ほう」

 

「つまりだ、計算機械は電信網に組み込める」

 

「……無線網にも、か」

 

「その通り。そしてお前のところには、電信会計機械の計画があっただろう?」

 

グアリーノはあくまで老獪な経営者であり、実業家であった。しかしながら、自らの扱う分野について何も知らなくともやっていけると考えるほど傲慢ではなかった。そのため、彼の頭脳には過去に彼が関わってきた多くの事業の情報が詰まっていた。

 

電信会計機械は無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)が作ろうとしてあまり成功しなかった機械である。基本的な構造は自動電話交換機と同じで、電話回線を使って数字をやり取りしようというものであった。

 

銀行や企業の金融資産取引を円滑にしようと開発が進められていたが技術的問題が多くあったこと、そして無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)が放送分野に注力しているせいで決して重視されていた事業ではなかった。

 

「ある。あれを流用して、熱電子管式の電信会計機械を作ると?」

 

「近い。ノヴァーク博士の計算機械は、おそらく入出力を完全に通信に組み込むことができる。つまり、手元にその機械を置いておく必要がなくなるわけだ」

 

「……修理をする専門家を散らばらせなくていい。顧客をどこからでも集められる。そういう利点があるのか」

 

「それに、この分野ができる企業は我々以外にない。おそらく発想すら出てこない。必要であれば、こちらが『大連合(ラ・グランデ・アッソチァツィオーネ)』に掛け合って合弁企業の話を立ててもいい」

 

グアリーノはその名前を聞いてわずかに顔をしかめた。統一都市同盟は、まだ結束から二十年と少ししか経っていない若い国家である。もともとは分かれていた諸都市を団結させたのは、大陸戦での荒廃から復興するべく組まれた「大連合(ラ・グランデ・アッソチァツィオーネ)」の貢献が大きかった。

 

もともと秘密結社の側面が強かった大連合(ラ・グランデ・アッソチァツィオーネ)は、よく言えば有力者たちの社交界、悪く言えば犯罪組織の代表だろうが構わず引き込む影の調整組織として古くから今の統一都市同盟の地域一帯を支配してきた。

 

会員となっている人の幅は広く、政治家、芸術家、軍人、実業家、科学者などが多く属していた。事実上、統一都市同盟の影の政府と言ってもいい。もちろん、メウッチもグアリーノも会員であった。特にグアリーノは大連合(ラ・グランデ・アッソチァツィオーネ)の産業界代表として長らく力を持っており、メウッチについては競争者であるとともに協力者であると考えていた。

 

「そこまでのものなのか?」

 

「ここだけの話、大党国も同様のものを作っていた。ただ、ノヴァーク博士が作ったものはおそらくそれと同程度の機能を持ち、かつ十分の一の熱電子管しか使っていない。逆に言えば、まだあと十倍は改善の余地があるということだ。ただでさえ恐ろしい速度で計算ができるのに、だよ」

 

「できるのは計算だけだ。技術的には面白いが、君はそれに賭けるのかね?」

 

「そうだ」

 

アドリアーノ・メウッチは父であるカミロ・メウッチを半ば強引に引退させ、会社の方針を熱電子管を中心としたものに切り替えた。これはまだ無線通信機が発展していなかった時代のことである。

 

そして、会社の資産の多くを投じた賭けに彼は大勝利した。結果としてメウッチ社は急速に成長し、安価で汎用性の高い熱電子管の市場を握ることとなったのである。

 

その彼が独自の嗅覚で計算機械に目をつけたことを、グアリーノは悪くない、と考えた。

 

「いいだろう。やってみたまえ。ただし、条件がある」

 

「何でしょう」

 

「美術品のように作れ。たとえそれが直接人の目に触れることがなくとも、いや、ないからこそだ」

 

「……なるほど」

 

グアリーノは統一都市同盟でも知られた美術収集家であったし、メウッチも製品の美的感覚の重要性についてはよく理解していた。事実、メウッチ社の主力製品の一つである「襲歩(ガロッポ)」は、その意匠を名のある建築家が仕上げたものだった。

 

「宝物というのは隠しておくからこそ意味を持つ時もある。考えてもみたまえ、託宣というのは秘技とともに行うからこそ価値があるのだ。自分の通信先が単なる電気的な機械ではなく、神殿に置かれた人知を超越するものだと顧客が思うようにする必要がある」

 

「……そこまでやりますか」

 

「私ならそうするね。技術者にはわからないかもしれないが、それをまとめ上げるのが経営者の仕事だ。これを理解する人は少ないが、君はわかっている方だと思っているよ」

 

「……技術者側の意見として、同意します。父は苦しんで経営をしていましたし、あなたにその分野では勝てる気がしません。だからこそ、助言に感謝します」

 

「構わないさ、我々は協力者であるし、秘密を共有する仲だ。他国に負けるわけには行かない」

 

そう言って、老紳士は矍鑠とした様子で立ち上がって戸棚を開け、小さな酒の入った瓶を取り出した。

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