帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d045: 反響 5

その講義のために、計数研究室からほど近い講堂は貸し切られていた。

 

講師として呼ばれたのは、暮州(オクシダ)を中心とした各分野の専門家たち。そしてまるまる三ヶ月の間続く夏の集中講義を聞くために、大陸の端から、あるいは大洋を超えて人々が集まった。

 

講師への報酬や宿泊費、旅費は、いくつかの企業から大きな援助がなされた。講堂では若手を中心とした三十人ほどの学生が、彼らと同年代か年下であるヤンカ・ノヴァークの講義を聞き漏らすまいと必死に記録を取っていた。

 

「これで証明は完了する。以上でこれらの機械が相互に等価であり、同等の性能を持つことが示された」

 

長時間録音のため回る針金録音機(ドラートトンゲレート)を横目に、ノヴァーク博士は白墨を置く。そうして、講堂には拍手が響いた。

 

「以上で午前の『万能計算機械』の講義を終了いたします。質問は昼食後に」

 

司会を担当しているケレメンは伝声器(ミクロフォノ)に向かって言ってからその電源を切った。まだ開始二日目であるというのに、学生たちはかなり疲れているようだった。

 

「いやぁ、一度君に教えたのもあってかなり効率良く進めることができた」

 

ノヴァーク博士は楽しそうにそう言って、届けられていた昼食の入った紙箱を取った。

 

「この後もかなり大変な講義が詰まっていますけどね。素子の特性とそれぞれの機械の構造、そして応用可能性のある新技術に計算対象となる分野……」

 

「とはいえ、これで我々の優位性は消失するわけだ」

 

「なにせ回路図まで配るわけですからね、特許を申請しないことと引き換えに」

 

そう言ってケレメンは、この計画の恐ろしさに震えていた。

 

話は半年ほど前に遡る。計算機械を完成させ、反応器(リアクター)のための計算を終えたノヴァーク博士とケレメンは予算をはじめとする諸々の申請を済ませ、計数研究所の扱いを確固たるものとした。これによって、ノヴァーク博士は終身の研究者という扱いとなったのである。

 

一方でケレメンもなんとか論文を書き終え、審査に挑んだ。結果、彼は学士号ではなく手違いから修士号を得ることになった。これについては、いくつかの誤解が重なったためであった。

 

一つは技師として働いていたケレメンを多くの大学職員が知っていたためである。その間休学していたとはいえ籍はずっと帝立大学にあったため、就学年数から逆算して彼が既に学士号を取っているのは当然だろうと見なされたのである。

 

また、学位取得に関してノヴァーク博士がその指導を行ったことも問題を悪化させた。彼女自身も然り、彼女の指導教官であるヘルブランド教授も然り、若くして博士号はおろか教授資格まで手にした二人はその過程でいくつかの特例を利用しており、それを当然のことだと勘違いしていたのであった。

 

また、ケレメンの知識と技術が高かったことも関係者が疑う余地を無くしてしまった。計算機械科学の周辺分野に関していえば純粋な理解のみであれば帝立大学で首席とまでは行かなくとも優秀な成績で修めることができるほどの知識を持ち、かつノヴァーク博士が発表して共和科学院が大いに活用した反応器(リアクター)に関する報告書に名を連ねたとなれば、面接官も博士とまでは行かなくとも修士には十分である、と考えるのも無理はなかった。

 

そうして手違いも含めて修士号を手にいれたケレメンは、それなりの待遇で計数研究所に雇われ続けることとなった。少なくとも、昼食を食べるか食べないかで悩むほどではなくなった。

 

さて、問題はそれからしばらく経った頃である。計数研究所にある弁護士がやってきたのである。彼の差し出した名刺を見て、ノヴァーク博士はわずかに表情を歪めた。

 

それは戦後に統一都市同盟を技術的に発展させた一因、すなわち特許による独占と訴訟において最強と呼ばれた法律事務所からの来訪者であった。彼はかつて無線電信社(テレグラフィア・センツァ・フィリ)の法務部門に所属していたが独立し、無線機に関するいくつかの特許紛争で勝利を重ねていた業界の有名人であった。

 

彼の雇い主はメウッチ社の子会社として設立された計算機械専門の企業であり、ノヴァーク博士が開発した機械の販売権を手に入れるべく彼は送り込まれたのである。

 

問題となっていたのは、実証機械(ベムタトーゲープ)一号が既存のいくつかの特許を利用している、ということである。もちろん研究目的の機械であれば特許は問題ないのだが、それを他の機関が作るとなると話が微妙にややこしくなってくる。

 

ノヴァーク博士はこれに対し、自分一人では解決できないと遠慮なくその分野の専門家を呼んだ。共和科学院のクフィニャル副総裁に計算機械が大企業に独占されようとしていると言えば、彼はすぐさま共和国の誇る暮州(オクシダ)における競争法の専門家を呼んだ。

 

クフィニャルは計算機械については開発より購入を考えていたのだが、一社あるいは数社でこの種の機械の生産が独占された場合には価格のつり上げが起こることを読んでいた。それを看過できない彼は、いかにしてそのような体制を作らせないかを考えたのである。

 

各国の制度の違いや条約を乗り越え、三人が議論を重ね、ひとまず権利が切れないうちにノヴァーク博士とケレメンは特許を書き上げ、そして将来の市場への影響なども考えた結果、当時としては珍しい形での解決が図られた。

 

計算機械科学の理論分野については特許の範囲が及ばないこと、計算機械を支える技術や特許が各国に散らばっていること、そして今現在、十分高速な計算機械を作り上げられそうなのが計数研究所のみであることということをまとめ、計算機械のための特許管理を含む事業を行う国際的合弁団体を設立するということになったのだ。

 

同時に、各国の計算機械開発に対してある程度の規格化を促すことも決まった。特にこれについては人民主義国が作表機(タビュリャータ)関連の技術を多く持っていたこともあり、既存のものをある程度は組み合わせる形で落ち着いた。

 

しかしながら、このような話をしたところで計算機械を作る人がいなければ利益は出ない。そのため、後に「計数研究所講義」と呼ばれた一連の授業が開催されることになったのである。

 

メウッチ社の社長、アドリアーノ・メウッチは計算機械への注力を株主に対して既に発表していた。その一環として、計数研究所が主宰する講義への大規模な寄付を行ったのである。大洋を横断する飛行機代まで出るとなれば、文字通りに世界中から参加者がやってきた。

 

とはいえ、未だ計算機科学の業界は狭かった。企業、大学、研究機関、あるいは政府や軍からやってきた学生たちは、この講義を通して友好を深め、技術で競争し、同時に協力していく関係を築いていった。

 

それこそが、ノヴァーク博士が描いていた策謀だったのである。

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