帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d046: 反響 6

「つまり、現状の計算機械の大きな問題の一つは扱うために特殊な専門家が必要となることです」

 

そう語るのは農業統計局(アグロスタトコム)作表機(タビュリャータ)の開発に携わるラメーエフだった。開発方針からして誰にでも使いやすく、頑丈であれという思想を持っていた彼にとって、帝冠諸邦で作られた計算機械は実に問題の多い、欠陥装置として目に写った。

 

顔を見合わせて飲み込めない様子のノヴァーク博士とケレメンを見て、彼は訛りのある帝冠諸邦語で話を続けた。

 

「熱電子管の特性を把握し、機械全体の構成を理解した技師。あるいは、いかにして命令が処理されるかを脳内で全て処理できる理論家。いずれも非常に希少であり、計算機械の開発において問題となるのは今の時点では人員と言っていいでしょう。この講義を終えてすら、開発に携わる人は相当な努力を重ねる必要があると思われます」

 

褒められているのか現状を批判されているのか理解しあぐねたノヴァーク博士は、ひとまず話の続きを聞くことにした。

 

「すなわち、入力や出力の処理、あるいは計算の時間配分の考慮といった部分を最終的に利用者が気にしなくていいようにするべきである、と考えます。命令群の制御のための命令群、とでも呼ぶべきものが求められるかと」

 

ああ、とそれを聞いていたケレメンは納得した。例えば実証機械(ベムタトーゲープ)一号においては、少し無茶をすることで二つの命令を同時に実行させることができた。時間のかかる演算を行う一方で、次の処理に必要となる二進数の桁移動を済ませておく、といったような形である。

 

これによってそこまで高速化が実現できるわけでもなかったし、少しでも周期(チークロ)信号が乱れれば計算に誤りが発生するために積極的に使っていたわけではなかったが、もしそれを使えれば便利な場合は少なくなかった。

 

「ラメーエフ先生、質問だ」

 

講義が一区切りついたところで、ノヴァーク博士が手を挙げた。

 

「……どうぞ」

 

少し怯え交じりに年下の女性を見るラメーエフに、ケレメンは同情した。

 

「具体的な構築についてはどう考える?今の時点で問題となるのは例えば入出力の遅さだろうが、これを制御するためには十分高速な処理が必要になる。そして、それ自体に多くの熱電子管を使うようであれば、その熱電子管を使って演算をしたほうが良い、などということにならないかね?」

 

「……まずは機械を人間が利用しやすいような改良をしていく事が重要でしょう」

 

理論家としての意見を、ラメーエフは技師として返した。言い換えれば、作れそうなところ以外については具体的な言及を避けた。

 

「計算機械の利用において、もっとも時間を取られるのは命令群の作成です。その次が問題の定式化。計算自体は、それに比べれば一瞬に過ぎません。例え前処理に主計算以上の時間がかかったとしても、たかだか数日でしょう。謎の処理異常で半月悩むことがあれば、たとえ高速の計算機械であったとしてもその利点は大きく削がれます」

 

「なるほど、理解した。失礼したね」

 

「いえ。ありがとうございます」

 

そう言って、ラメーエフは答えられた安堵とともに深く息を吐いた。

 

このように、計数研究所で行われた講義では多くの発案が生まれ、それらは丁寧に記録された。これらは製本され、公開されることが予定されていた。

 

これは特許関連の問題を踏まえたうえでのことである。特許制度というものは非常に強力であり。もし計算機械の能力を飛躍的に向上させる素子や回路、あるいは命令手法が作り出され、第三者にそれが握られた時、計算機械の業界自体が停止してしまう可能性があった。

 

それを防ぐため、この講義で話された、あるいはその後の議論で生まれたものが特許となった場合、それは全参加者およびその所属機関が共有可能なものであるとする、という規定が存在した。

 

この講義を寄付という形で支援したメウッチ社をはじめとする企業も、これについて同意していた。短期的に特許で製造を独占するよりも、市場を広げた上で関連製品を販売しよう、という策略である。事実、既に高安定性の熱電子管や安定性の高い電源装置の販売が決定していた。計算機械を数台作るよりも、数百台の機械の重要部品を手掛けるほうが価値がある、と考えたのである。

 

そして、聴講者の中にはそういった計算機械を製造することが困難である地域からの人々もいた。統計、科学、産業といった方面で計算機械の可能性は徐々に注目を集めており、その知識を手に入れられる機会であるとして慣れない帝冠諸邦語を片言で話す人たちの多くが、帰国後にそれぞれの国で重要な仕事を成し遂げた。また、そういった人たちによる発言や提案はその後の計算機械の発展に決して小さくはない影響を与えていた。

 

講義と並行して行われた見学や実演も、聴講者の理解を助けるとともにその後の計算機械の構築を大きく助けた。

 

「……見事なものだ」

 

特に電気技師としての背景を持つ人達は、改良が様々に施された実証機械(ベムタトーゲープ)が細かな工夫に支えられていることを見抜いていた。ケレメンの丁寧なはんだ付けの作業は熟練の工場作業員にも劣らないものであり、理論と実務の双方を理解した技師の重要性を見学者に思い知らせた。

 

「単純作業ですからね、慣れですよ」

 

「慣れ、か……」

 

そう言った大党国の技師──実際のところは軍と関わりの深い電機企業の社員であり、数学技術評議会(マテマティッシュ・テヒニッシャー・ラート)に出向中の身であった──は、自国が秘密裏に開発していた装置との差を噛み締めていた。

 

軍からの要求、技術者の目標、理論家の計画などが絡まりあった結果、彼らの作る機械はどうしてもいくつか非効率的な点や折衷的な部分が存在していた。実証機械(ベムタトーゲープ)にそのような部分がないわけではなかったが、二人という少人数で作られたこと、特に実際の設計については技師のケレメンが一人で大部分を行ったことは成功の大きな要因だろう、と彼は考えていた。

 

単純な作業を丁寧に繰り返すことの難しさは、彼もよく理解していた。自分の担当した装置が何度も故障し、その原因が自分以外には考えられないことも多くあった。そういった彼からすれば、計数研究所の環境は特殊ではあったものの一つの理想形に思えたのであった。

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