帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d047: 反響 7

「大陸戦」から二十五年。実証機械(ベムタトーゲープ)の発表から三年。既に世界では十台を超える電子計算機械が稼働を始めていた。

 

帝冠諸邦の帝立大学計算研究所、大党国の航空防衛軍中央開発局、民主共和国の共和科学院新動力委員会、人民主義国の人民評議会統計総局。あるいは、暮州(オクシダ)以外の場所でも。たった二人でも計算機械を作ることができるという事実は、発展を目指す国々が希望を見出すことができるものだった。

 

それぞれの国がそれぞれの目的で開発した計算機械は、しかしいずれもノヴァーク博士が提案し、いわゆる「計数研究所講義」において要素技術の確立と全体構成の調整が行われた方式に基づくものだった。

 

もちろん、細かな改良は各地で多く行われていた。読み取りの光学化や電話線との接続による遠隔操作、あるいは鋼線を用いた記録装置は、既存技術の延長線上にあるものとして比較的早く導入された。また、内部処理様式の規格化や命令の共通化などによって、多少の差異はあるもののこれらの機械はほぼ同様に扱われるようになっていた。

 

統一都市同盟は、おそらくこの計算機械の開発競争においてもっとも重要な地位を占めていた。当時使われた真空管のおよそ七割が統一都市同盟に本社を置く企業によって作られたものであったし、多くの規格が統一都市同盟に本部のある計算機械標準化組合の提言によって定められた。

 

計算機械標準化組合への参加者は、他の参加者が持つ特許を安い価格で使うことができた。さらに小さな研究機関への援助や技術講習などもあって、各国間の技術差はそこまで拡大せず、そして技術の発展の恩恵を同様に享受できるようになっていた。

 

「……それにしても、やはり非効率的な気はするのですけれども」

 

出力として使われる印刷電信機(テレスクリヴェンテ)から吐き出された文章を見てケレメンは呟いた。

 

「技術的実証段階ということなんだろう。便利だとなれば普及するだろう、という考えだ」

 

ノヴァーク博士はそう言いながら文面を見た。この計算結果は、暮州(オクシダ)各地にある計算機械を連結することで算出されたものだった。

 

通信速度の問題、同期の不完全さ、あるいは各地の計算機械の仕様の差異によって、それはあくまで技術的検証以上のものではなかった。ただ、それが実現できると示されたことにはある程度の意味があった。

 

「電話回線を使えることに利点はありますが、もっと効率がよくできるはずです」

 

「具体的には?」

 

ノヴァーク博士は使い込まれた軽銀製の沸かし器から二人分の珈琲を注ぎながら言った。

 

「今の方式は、手紙をやり取りするために専用の輸送車を走らせているようなものです。郵便局を作ればいいのですが」

 

「電話交換機がそれに当たらないかい?」

 

「そうなんですが、どうしても機械制御ですから電子素子と同じ速度では動かないんです」

 

「つまり、電話交換機の電子化かい?」

 

「いえ、単純な電話回線の代替では不足です。冗長性を考える必要があって……」

 

「ああ、それなら面白い論考が最近あった。大党国のセルビウスという人物が作ったものだが、戦争で国土が大規模な被害を受けた際にも通信を維持できるように、とのものだったはずだ」

 

「セルビウス……あの暗号機の?」

 

「おそらく、その」

 

それを聞いて、ケレメンは今の世界情勢を考えていた。計算機械は、今までとは桁違いに高速な処理によって本来ならば発想に過ぎなかったものがどれだけ実用的かを分析可能な水準にまで到達してしまった。

 

民主共和国の報告書では、それは「分裂兵器」と呼ばれていた。十分な量の発出性(エマナティヴィターシュ)を持つ物質を集めると自発的に反応が進む可能性は指摘されていたが、具体的にどの物質をどれだけ必要とするかについては誤差の問題からはっきりとはしていなかった。

 

ただ、計算機械がそれを変えた。反応器(リアクター)を作る過程で得られた様々な測定値をもとに導出されたのは、ヤヒミウム235のみを高濃度で抽出することができれば、連鎖的な反応が起こせるという結論であった。

 

通常の反応器(リアクター)より精密かつ短い時間間隔で計算されたその威力は、単純に放出される電磁波と粒子のみで街を一つ滅ぼせるだけの力があるとされた。これはその後の熱と爆風、そして残存する発出性(エマナティヴィターシュ)を一切無視してである。

 

この結果を、民主共和国は公にした。それは研究者の倫理的信念に基づく情報公開であったし、あるいは民主共和国政府によるある種の抑止効果を狙った示威行為でもあった。

 

この追試結果は、当時公式の計算機械開発計画がなかったはずの大党国からもたらされた。ノヴァーク博士の試算によればその計算能力は実証機械(ベムタトーゲープ)一号の十倍。あくまで理論的検証としてこの発表はなされたが、「分裂兵器」を作る試みが始まったことを疑う人は殆どいなかった。

 

「この兵器には二面性がある。一つはそれを使うことによって非常に短時間で敵国の中心部を崩壊させられること。もう一つはそれを使われることによって同様に短時間で自国の中心部が崩壊すること」

 

「それを防ぐための分散型通信経路、ですか……」

 

「考えることは同じというわけだ。君の能力も、今では陳腐なものとなってしまったわけだろう?」

 

「否定はしませんけどね」

 

ケレメンの計算機械設計の技術は、講義や図面の共有を通して世界中に広がった。熱電子管以外の素子を用いた機構の開発や小型化の試みなども進められており、それはケレメンの理解できる範囲を超えていた。今のケレメンは計数研究所が持つ計算機械の整備よりも、そういった新技術に追いつくためにさいている時間のほうが多い。

 

「まあ、私の頭脳についてもそう遠くないうちに追い越されるだろう」

 

「……しばらくは、無理ですよ」

 

「それはどうかね。たった三年で、計算機械は大きく発展した。その商業化も始まっている」

 

「構造的限界です。新しい素子だって今のところ熱電子管に比べたらその喧伝されている利点もほとんどないに等しい。発展する可能性は否定しませんが……」

 

「十年前は、誰もこういった機械が作れるとは思っていなかった。五年前は、君でさえできるとは思っていなかった」

 

「……疑っていたの、まだ覚えていたんですか」

 

「もちろん、あれは私にとっての勝利で、君を私の方に引き寄せたという意味で私たちの勝利につながったのだから」

 

自慢げに言うノヴァーク博士の前で、また追加の結果が印刷されていた。それには計算結果のみならず、電信線の向こうからのちょっとした冗談の一文が添えられていた。

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