帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d048: 反響 8

リリエンフェルトという帝冠諸邦の発明家が、戦後しばらくしてある素子の理論を提唱し、特許を取得していた。高純度の半導体(セミコンドゥットレ)に、微量の添加元素を追加する。これによって素子内部の電荷を制御できるようにし、三極管(トリオド)でいうところの格子極(グリーヤ)に相当する端子の電位によって電流の通過を制御できるようにする、というものだ。

 

電流制御素子(アーラムサバーヨゾー)と名付けられたその素子は、しかし実際に作られることはなかった。当時の技術ではそれだけの高純度を実現できなかったためである。そのため、この発想はあくまで机上のものに終わるはずであった。

 

このいわゆるリリエンフェルト特許が広く知られるようになったのは、奇しくもその特許が切れた後であった。一説によれば、一部では知られていたものの特許が存在するために製品に結びつけられるほどの利益が出ないだろうと研究が進められなかったという話もある。

 

とはいえ、この素子が実用化されるまでは決して少なくない試行錯誤が必要であった。最初に作られた電流制御素子(アーラムサバーヨゾー)は、鉱石検波器にも似た不安定で微調整が求められるものだった。

 

この発明は、暮州(オクシダ)の外で発展した。すぐさま特許は計算機械標準化組合によって管理されるようになったが、発明者たちに払われた対価はこの素子を用いた試験的な計算機械を作ってみようと思わせるには十分なものであった。

 

東洲公司(トンチュー・コンス)のいくつかの企業は、一躍電流制御素子(アーラムサバーヨゾー)の生産で知られるようになった。三府連合帝国(イェーシュカーン・トラットーローヤーン)中央天文台が作成した最初の電流制御素子(アーラムサバーヨゾー)のみで構成された小型の計算機は、今までの計算機械よりも小さく、消費電力も少なく、そして回路が単純であった。

 

もちろん、信頼性の問題は残っていたが、それは数年のうちに技術発展によって解消された。構造を変えることにより、より安定性を高めた素子は徐々に、しかし歴史的な視点から見ると急速にその使用範囲を増やしていった。

 

この時に、帝冠諸邦の計数研究所のノヴァーク博士とケレメンは連名である特許を取得している。これは半導体基板上に回路を印刷する手法であり、彼らが作った実証機械(ベムタトーゲープ)で用いられていた石炭酸樹脂を用いた印刷基板から発想を得たものであった。

 

ノヴァーク博士とケレメンが計算機械に挑んでから、十年が経過していた。

 

計数研究所は、少人数体制を維持していた。学生や留学生の受け入れは決して積極的とは言えず、ノヴァーク博士の発案を実現するためにケレメンが様々な技術を使う形になっていたのである。

 

「つまり高周期対応のためには、半導体(セミコンドゥットレ)内の添加元素拡散を制御する必要があるわけだ。その拡散は比較的簡易な方程式で示されるから、理論的には可能なはずだ」

 

そう言ってノヴァーク博士は白墨を置いて、黒板に書き連ねられた数式を見た。

 

「やっとわかりましたよ、いきなり式を渡されてなにかと思いました」

 

「とはいえ、式自体はかなり簡略化された模型の上で作られたものだ。これがどこまで機能するかは正直わからない」

 

「とはいえ外れたとしてもそれはそれで実験成果となる、ですか」

 

「その通り」

 

ケレメンは息を吐いて、計算過程を示した用紙を取って階段を降りた。

 

「あ、ケレメンさん!ちょっと継電器が動かなくて見てもらいたいんですよ」

 

そう話しかけてきた学生は、ケレメンより一回り年下だった。ケレメンが視線を上げると、何人かの学生と研究者が彼ら独自の計算機械の開発をしているところが目に入った。

 

「わかった。あともし手隙の人がいたら、これを確認しておいてくれ。ノヴァーク所長が作ったものだ」

 

その言葉に人々が集まって議論を始めたのを満足そうに見つつ、ケレメンは問題の箇所を見た。

 

その装置は、文字を扱うことを前提に設計されていた。とはいえ、それまで数字のみを扱っていた計算機械の設計に大きな変更があったわけではない。全ての「文字」は二進数に変換される以上、結局は数字と同じように扱うことができるのだ。

 

ただ、その新しい設計によって計算機械はより人間にとって扱いやすいものとなった。暗号のような命令表ではなく、より自然な言語に近い体系で作業を指示し、そして何を計算しているかを出力できるようになった。

 

これが実現できれば多くの事務作業をより容易に代替できる、と設計者たちは考えていた。既に統一都市同盟などでそういった機械が導入されていたが、その扱いにはまだ特殊な技術と知識を持った専門家がある程度必要だった。

 

「結局はこの問題は保存則と勾配に比例する移動が起こる系ならある程度は適用可能なのでは?」

 

「特殊な例については解がありましたよね、それを定数として保存しておいて参照するのは?」

 

「いや今回は単純な処理でどこまで行けるかが本題だろ、その方面で……」

 

様々な背景を持った人々が議論を重ねるのを見て、ケレメンは息を吐いて工具をいくつか取った。

 

「あとこの継電器が動かない理由がわかった、配線がずれていて逆起電力を抑えるための保護が効いていない。壊れていないのはかなり幸運だと思う」

 

「えっ本当ですか?」

 

横から顔を突っ込んだ学生のために半歩横にずれながら、ケレメンは配線を丁寧に指でたどって示した。

 

「あー本当だ……なんで私わかんなかったんだろ……」

 

「僕も実際に指摘されるまでわからなかった事も多いから。そういうものだよ」

 

「はい……」

 

落ち込む学生を横目に、ケレメンは計算機械の稼働予定表を確認した。幸い、今夜は誰も使わないようだ。

 

「今のうちに作ってしまうか」

 

そう言って、彼は専用の印字機(シュライプマシーナ)の前に座った。頭の中で組み上げていた命令工程を、丁寧に、かつ間違いのないように打っていく。

 

もちろん、ここで誤りがあっても修正は可能だ。打った内容は穴と文字の双方で穿孔紙帯(リュバン・パフォレ)に記録され、この後計算機械に通すことで「文法」上の誤りが無いかどうかが確認される。

 

ノヴァーク博士の理論により、完全に誤りがないかどうかを確認するための機械式手順が存在しないことは証明されていた。ただ、それでもよくある過ちや明らかな問題については検知できる。その確認は人間だけでは難しいものであり、機械との共同によって初めて認識されることも少なくなかった。

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