帝冠諸邦の計算屋   作:小沼高希

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0d049: 反響 9

計算機械科学の黎明期に大きな貢献を残し、様々な分野で名を残したマルギッタイ・ヤンカ・ルドゥミラ・ノヴァークという人物について、後世の人々はその扱い方に悩んでいると言ってもいいだろう。

 

万能計算機械という模型の提唱、最初の電子式計算機械の開発、ノヴァーク式と呼ばれることもある計算機械の構造、複数分野での計算機械の活用というのが、ノヴァークの成した功績の一般的理解である。

 

あるいは、今日の潮流の一つである女性学の方面から言えば、彼女は当時の社会制度に対して変革ではなく突破を選んだ人物であったと見なされている。貴族という社会的背景や帝立大学における特権的地位の獲得は、よく言われる「戦う女性」という像とは異なっている。そのため、この分野における彼女の評価はかなり分かれている。

 

そして、当時を知る人物の一部はノヴァークの貢献の少なさを指摘する。

 

例えば、万能計算機械の発想自体は記号論理学の分野に強く依存している。彼女が成したのはそれまで散らばっていた知識をまとめただけであり、決して新しいものを発明したとは言えない、と言う指摘がある。

 

計算機械の設計についてもそれが言える。彼女が書いた教授資格審査論文である「機械による計算の実装」は現代の水準から見れば具体的な構築と言うには程遠く、論理式を回路図風に書き直しただけだという見解もある。このような見方をすると、彼女の教え子であり技師であったユージェフ・ケレメンこそが計算機械史において彼女を凌ぐ偉人であるとされる。

 

また、二人が作り上げた実証機械(ベムタトーゲープ)一号が最初の電子計算機械であったという意見にはいくつかの反論がある。電気を利用した計算機という点では人民主義国がいくつかの試作を行っていたし、近年機密解除された大党国の資料に基づけば実証機械(ベムタトーゲープ)一号が公開される一年前に試験運用が行われた装置が理論上万能計算機械と呼べるだけの能力を備えていた可能性があることが指摘されている。

 

また、この実証機械(ベムタトーゲープ)一号については資料が少ないことも問題視されている。今日知られるこの機械の能力は「計数研究所講義」でノヴァークとケレメンが語った内容に基づいているが、当時の写真記録と照らし合わせると合致しない点が多い。

 

一部の人は、最初に公開された実証機械(ベムタトーゲープ)一号は未完成品であり、二人は成果を求めて能力を過剰に見せかけた可能性を指摘している。二人が働いていた当時の計数研究所の予算区分が当時は一時的なものであり、数年での廃止が前提とされていたとしてもおかしくないことがこれを裏付けている。

 

また、計算機械の部品の多くは既存の製品を流用したものであった。もちろん中心部である演算機構や制御機構はケレメンの手によって作られたものであるが、その機構の能力については未知の点が多い。

 

今日ノヴァーク式と呼ばれることもある計算機械の構造、すなわち記憶装置に書き換え可能な形で命令を保存するという処理も初期の実証機械(ベムタトーゲープ)では性能の問題からされていなかった可能性が高い。一部以外は定数回路と呼ばれる部分によって保存されていたため、ノヴァークの提唱したのはあくまで理論的側面であり、その構築を担ったその後の技術者たちこそがその栄誉を受け取るべきだという見解もある。

 

そして、ノヴァークの名前が計算機械関連の論文で不正に使われた可能性も指摘されている。当時の慣習として、協力者として彼女が多くの論文に名を連ねたものの実質的な作業をしていたかどうかが怪しまれている例がある。これは今日の基準では忌まれるものであり、このためにノヴァークへの評価が差し引かれるべきであるという研究者もいる。

 

それでもなお、ヤンカ・ノヴァークが計算機械科学において重要な役割を果たしたことは否定できないものである。

 

例えば、ある経済学者は、今日における彼女の最大の功績を計算機械標準化組合の設立であると断言する。これによって計算機械の開発において正常な競争が促されたとともに、新しい発明が広く応用され、また次の発明へと繋がる環境が整えられた。

 

これは世界的な協力と規格化を促し、最初の実証機械(ベムタトーゲープ)ができてから二十年後には世界中を繋ぐ計算機械専用の電信網が構築された。この通信を制御できるようになったのも、計算機械の性能向上があった。これは今日、我々が触れる端末が繋がっている巨大な通信網の起源の一つである。

 

熱電子管はその役目を終え、半導体(セミコンドゥットレ)によって作られた電流制御素子(アーラムサバーヨゾー)が主流の論理素子となった。奇しくも、それはノヴァークが「機械による計算の実装」で想定していた理想素子の構造に近いものだった。

 

これらは小さな結晶の上に印刷されるように成形され、今日では部屋一つを占領していた実証機械(ベムタトーゲープ)以上の性能を持った回路が指先に乗るほどになっている。

 

もちろん、人類にとって計算機械という技術が過ぎたものであったという意見も極端ではあるが存在する。「世界戦」の惨事の大きな要因である分裂兵器および融合兵器は、おそらく電子式の計算機械なしでは作ることのできないものであった。この点においては、ノヴァークは百万の死者に対する責任があると言えなくもないかもしれない。

 

ただ、それ以上に計算機械が世界を良くしたことが疑いようがない。今日の貿易と経済の速度は通信の発達のみならずその通信でやり取りされる情報への深い理解なしには実現できないものであったし、医学や薬学、あるいは建築に至るまで多くの科学と技術の分野にとって計算機械は不可欠なものとなっている。

 

今日、計数研究所はもともとあった建物から移転し、その跡地は付属計算機械史資料保存所として用いられている。ここには膨大な量の書類、図面、資料、講義記録、そして機械が保存されているが、その分析に必要な人員は十分とは言えない。

 

実証機械(ベムタトーゲープ)は改造を繰り返され、その主要機構はほぼ残されていない。ただ、資料保存所には「実証機械(ベムタトーゲープ)一号」と刻まれた軽銀製の銘板が保存されている。

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