機動戦士ガンダム Battle of Earth 作:神谷萌
宇宙世紀0086.08.16 ────
ニューヤークシティ、ブルックリン区。
「よし……このまま下ろし……て、と……」
ビルの屋上、真っ赤に錆びついた給水タンクが傾き、落下仕掛けている。
それを、その目線の高さに捉えると、腕を伸ばして、それを掬うように、その巨大な手に持つ。軽く持ち上げるようにして、屋上の床面から離すと、その鉄の筒をそのまま下ろし、足元に止まっていたトラックの荷台に、丁寧におろした。
1つ目の、金属の巨人。
MS-05 ザク。一年戦争においてジオン公国が投入した、人形機動兵器モビルスーツ、実戦用の制式兵器としてその栄誉ある第1号である。
とは言っても一年戦争においては最初から主力ではなく、戦後、その総生産数の多さから地球連邦にも多数接収され運用された後継機、というより実用性向上のための全面リファイン型であるMS-06に対して、MS-05については連邦軍が保有し続けた期間はあまり長くなく、その一部は重機としてや、
連邦の公文書におけるペットネームは『ザクI』とされ、MS-06の『ザクII』と言い別けられていたが、戦前~戦中のジオン内部の文書では、連邦と同じ分類と、MS-05を『
そして、現在、このMS-05を保有している団体は、そのジオンのもう一方の呼称分類方法に基づき、『
『これで、よろしかったですか』
コクピットからスピーカー越しでだが、それでも低頭している姿が見えるような丁寧な口調で、そう訊ねてくる。
「はい、えぇ……」
トラックの傍らに立っていた、きれいな作業服姿の男性が、妙に感激したような、はしゃいだような様子で言いかけて、ハッと気がついたような様子になる。
単純な作業員と言うよりは、現場監督か、管理者のような風体の男性は、キャビンから電子メガホンを取り出し、それで改めて声を掛ける。
『助かりました! 一刻も早く降ろさなきゃならなかったんですが、クレーンやモビルワーカーの手配がつかなかったんですよ!』
『いえいえ、お役に立てたのなら何よりです』
「ほんと、いてくれると助かるわ」
近所の主婦と思しき中年の婦人の何人かが、野次馬と言うか、見物を決め込んでいて、そのうちの1人が、笑顔でそう言った。
それを聞こえているのかいないのか、旧ザクの乗員はその手を見物人たちに向けて振ってみせる。
──── と、その時だった。
ドォオンッ
少し離れた区画で、爆発音とともに爆煙が発生し、上空へ向かって立ち上る。
「な、なんだ?」
誰かが、というより、誰もがそれと似たような言葉を出しつつ、音源の方へ視線を向ける。
古びたビルが倒壊し、その中から出てきたのか、影に立っていたのか、モビルスーツの姿が見えた。
実際の数字上はそれほどでもないが、その用途と設計思想から、全体に対して手足が短く、ズングリしたように見える姿をしている。
「まーた、迷惑なのが出てきたわねぇ……」
うんざりしている、といった様子で、見物人だった婦人の1人が、ボヤくように言う。
『ちょっとアンタ!?』
「え、あ、ちょっと!」
一緒にいた別の中年婦人が、作業服姿の男からメガホンをひったくり、旧ザクに向かって声を上げる。男性は驚きつつ咎めるような声を出したが、婦人はそれには構わない。
『モビルスーツ同士なんだから、なんとかしなさいよ』
『そ、そう言われても、こういうのは連邦軍の許可がないと……』
旧ザクの乗員は、慌てたような口調になりつつも、当然の返答をする。
『冗談じゃないわ、連邦軍なんか待ってたら居住区や商業区も瓦礫にされちゃうわよ、瓦礫に!』
「まいったな」
コクピットで、大気圏内作業時のモビルスーツ・モビルワーカー用保護具を着けた中年の乗員が、困惑して頭を抱えかける。
すると、
ピーッ
というコール音の後に、通信機のレシーバーに声が聞こえてくる。
『またどっかの馬鹿が近くで暴れておるみたいだが、誰か近くにいるか?』
女性、というよりは、やたら幼い少女の声で、大仰な男性言葉だが、呆れ返ったような口調で問いかけてくる。
「こちら、ニューヤーク221号機、ユージーン・バムロ。現在地、ダウンタウンの北側。モビルスーツからなら目と鼻の先です」
『住宅街のど真ン中ぁ?』
旧ザクの乗員、バムロが答えると、驚いたと言うか、呆れと厄介に感じる様子と疲労感とを混ぜた口調で、聞き返すように言ってくる。
「いえ、出てきたのは再開発区画ですんで、
『と言っても、時間の問題か……バムロ殿、武装は?』
「作業だけ頼まれてたんで、丸腰です」
『解った。馬鹿が使ってる機種は何か?』
「アッガイですね」
『どこで拾ったのだそんなもん』
どこか大仰な言い回しはそのままだが、この口調と声色には明らかに呆れたような様子が伺えた。
MSM-04 アッガイ。制海権に固執し、そのあまりのバリエーションに「ジオン水泳部」などと呼ばれる程多種多様の機種が開発されたジオン製水陸両用モビルスーツの1機種。
その見た目が可愛らしいとか、ポーズをとると癒し系だとか、一部界隈では人気らしいが、 ──── 一年戦争中も水中用モビルスーツにさして興味を示さず、量産機としては汎用型のRGM-79 ジムに水中用装備を施したRGA-79 アクア・ジム程度に留まった連邦軍は、戦後は本格的に制海権を脅かす存在もいなくなったことから、ザク・マリンタイプを含むジオンからの接収機で間に合わせ、それが足りなくなると、ジオン型のアッガイやMSM-07 ズゴックの部分改良型の再生産で済ませていた。これらの任務が本格的な戦闘より、モビルスーツの自在性を生かした各種雑役であったこともその傾向に拍車をかけた。
──── ともあれ、今となっては一年戦争の“遺物”でしかないが、それでも、今現在、この状況では厄介な要素を持っていた。
『いずれにしても
「いいんですか? 自分達でやってしまって……」
『連邦軍の到着予定は30分後。放っといたらそのあたり焼け野原になるぞ』
「確かに……」
バムロが呟いて、通信は一旦途切れた。
『聞こえているか! 重力に魂を引かれた連邦の飼い犬共!!』
アッガイの搭乗者が、スピーカーで周囲に向かって怒鳴るように声を張り上げる。
『腐敗し、スペースノイドを虐げ、富を奪い、スペースノイドの塗炭の苦しみを味わわせながら肥え太る連邦に恭順するクズども ────』
「ここの街中隅々まで見たことあるのかあいつ……」
作業服姿の男性は、トラックの傍らでそれにより掛かるようにして立ちながら、呆れたようにそう言った。
彼らの周囲は、落下しかけて撤去されたばかり給水タンクが載っていた老朽マンションといい、スラムとまではいかないものの、中流以上とも言えない収入層の住宅が集まっていた。
『これよりきさまらを粛清する! これは独立を求めながら封殺されたジオンからの怒りだ!!』
そう声が響くと、アッガイは、身体を捻りながら右腕を引く、ネイル・クローでの攻撃の構えになろうとする。
『そこまでだ!』
アッガイが手近なビルにその怒りとやらをぶつけようとした時、別の声が響き渡る。
『どこまでだと?』
アッガイのモノアイが、レール上を動いて周囲を伺う。
そのアッガイが、今、背後を向けている方、アッガイが出てきた再開発区画の、その通る際に崩してきた建物の瓦礫よりさらに区画の内側に、対照的に、スラリとした長身を感じさせるモビルスーツが立っていた。
『じゃっじゃじゃーん!!』
そのMSの操縦者は、わざわざ自分で言いつつ、MSにヒートサーベルを構えさせて、伊達がかったポーズを取らせる。7
『これ以上の狼藉はこのオレ、「ガルミア」サザヤマ鉄工所ブルックリン工場親衛隊のヘルムフロリアが許さないぞっ』
公然の場で、いいトシしてたら小っ恥ずかしくなるような大見得を切る。
作業服の男性は、ぽかーんとした様子でその光景を見ている。
「ヘルムフロリアちゃんも年頃だねぇ……」
その側にいた婦人達は、自分達の子供の世代に対して言うかのように、呆れ半分生温かさ半分に、そのような言葉を口にした。
『な、なんだお前、そんなけったいなモビルスーツに乗って、妙なこと言ってんじゃねぇぞ!!』
アッガイの搭乗者が、律儀かつ器用にアッガイでリアクションを取りながら、戸惑いつつも荒い声を返した。
「?」
それを聞いて、ヘルムフロリアと名乗ったティーンエイジの人物は、コクピット内、ヘッドギアと呼ばれる大気圏内用の搭乗員保護具を被った顔で、キョトン、とした。
『さっきジオンって名乗ってたけど、ギャンを知らないとか、まさかパチモンじゃないよね?』
RMS-015F ギャン。
戦後、ジオンの技術と生産施設を接収し、後にそれらを正式に買収した地球連邦とアナハイム・エレクトロニクスが、技術の導入・継承と、一年戦争中にソーラ・レイで大打撃を受けた連邦軍の再建に必要なMSの確保とを目的として、ジオン型MSの再生産を行った。
この目的には、高性能を担保するため全身、補助ジェネレーター兼用熱核スラスターだらけとなったMS-14 ゲルググより、流体パルスモーターの高性能化技術である流体パルスアクセラレーターを搭載した、ジオンでは試作機扱いで終わったYMS-15 ギャンの方が、後々連邦型ジェネレーターを搭載する事を考えても有望とされ、RMS-015E ギャンとなった。
ゲルググの方もRMS-014Eとして少数が生産されたが、連邦型MSの生産体制が整うにつれて、コストの優位性がないゲルググが生産終了となったのに対し、ギャンはPMC向けの機体として生産体制が残ることになった。
ジオン型ジェネレーターの生産終了のため、ジムと同型のタキム社製の物をメインジェネレーターとし、スペック上、不足する分をRX-75R量産型ガンタンクのハイブリッドジェネレーターのタービンエンジンを追加して補っている。
RMS-015Eの時点で、装甲パーツの一部はジムのものと共通となっていて、特に腰回りは曲線の強いツィマッド純正ギャンとは印象が異なる。また、シールドは一年戦争中に実際に製造されたツィマッド純正ギャンのものではなく、ツィマッドのプランの中にあったローダー付ロケットランチャー4門のものに、グリップと一体となった35mmガトリングガン2門を追加したものになっている。
RMS-015Fでは更に、搭乗員負担の低減のため、座席は直接機体に固定されない、磁気浮揚式のリニアシートが採用された。ただし、現在主流になりつつある全天周型モニターは採用されていない。
そして、実際の生産は、元々アナハイム・エレクトロニクスの下請けでありながら、戦時中、ジオン占領下でジオン型MSの部品製造や整備を請け負っていた、サザヤマ鉄工所ブルックリン工場で行われた。
──── とは言うものの、結局ギャンは、ザクやジムはもとより、ジオン時代からの通算製造数ではゲルググよりも少ない事から、あまり知名度の高くない機種であることには変わりはないのだが、 ──── ジオンを名乗っていてギャンを知らないというのは片手落ちに過ぎる。
ヘルムフロリアのそれはRMS-015Fであり、本来であれば手持ち武器はビームサーベルだ。だが市街戦が想定されているため、ビーム粒子を飛び散らせるわけにはいかないため、オプションでMS-09仕様のヒートサーベルを装備している。
『う、うるせーッ!』
アッガイの搭乗者は、あからさまに開き直りの声を上げた。
『ジンだのディンだのバクゥだの、ジオンのMSは種類が多すぎるんだァ!!』
「聞いたことない名前しかないけど、多すぎるってのは同感」
一旦スピーカーをOFFにして、ヘルムフロリアは、小さなため息交じりにそう呟いてから、
『つまり、とりあえずMS手に入ったしムシャクシャするから暴れようってつもりで、その正当化の為にジオンの名前と口上を使ったと』
『やかましいっ!』
と、再度スピーカーをONしたヘルムフロリアが呆れ返った物言いをすると、図星を突かれたのを誤魔化すように声を荒げる。
『そんなキザなモビルスーツ、スクラップにしてやる!』
そう言って、ビームガンの内蔵されているアッガイの右手をヘルムフロリアのギャンに向ける。
「っと!」
ヘルムフロリアは、先程の威勢の良さとは裏腹に、後ろに下がるようにして射線を回避する。
…………と、咄嗟にできるヘルムフロリアの反射能力と操縦技能はそれなりに高いと言えるのだが、それ以上にアッガイの搭乗者は、明らかに、多少、作業用のモビルスーツかモビルワーカーを扱った程度の拙い操縦だった。
2発、立て続けにビームガンの着弾が発生する。いずれも、明後日の方向、とは言わないまでも、掠りもしない。
── これでビーム兵器を振り回すのは、周りの被害がデカいからやめてくれないかなぁ……
ヘルムフロリアは脳裏でそう考える。
再開発中の無人ビルを背に、反応の遅い相手が再照準するタイミングを見計らってギャンを回避させる、を3度ぐらい繰り返す。
『このっ、避けるんじゃねぇっ!!』
── かかった。
更に激情を昂らせたのか、アッガイは、ヘルムフロリアの狙い通りに再開発区画に飛び込んでくる。
障害物が増えて射界を確保する事が難しくなっているにも関わらず、少しでも照準にギャンが入っただけでトリガーを引いている、そんな射撃を繰り返している。
『てめぇ、ちょこまかと逃げやがって! 卑怯な!!』
アッガイの搭乗者は、ムキになった様子で怒鳴る。
ヘルムフロリアは、呆れてしまって言い返す気にもなれない。が、 ────
アッガイは、何度目かの照準で右手をギャンに向けるが、それにもかかわらず、ビームが発射されない。
「お!」
ヘルムフロリアは、それを見て、軽く舌なめずりをする。
『じゃあ、決着をつけようじゃないか!』
ヘルムフロリアは、ギャンにヒートサーベルを構え直させると、一気にアッガイに向かって間合いを詰める。
『ま、待て、待って……』
アッガイの搭乗者は言うが、ヘルムフロリアがそれを聞く理由はない。
少し低い位置から抉るようにヒートサーベルを振るい、アッガイの頭部を首のあたりの高さで切り飛ばした。
「!」
そのまま活動を停止するかと思ったが、アッガイは、身体を振り乱すようにしながら、間合いをとる、というよりは、とにかくギャンから離れたかったのだろう、ふらつきながら、数歩後退していく。
ガッ!
「なっ!?」
ズシャァアァァッ!!
「ぶべっ!!」
首なしアッガイは、横から飛び出してきたそれに蹴っ躓いて、うつ伏せにひっくり返った。
「バムロさん!」
モニターの中で、廃マンションの影から姿を表した旧ザクの姿を捉えて、ヘルムフロリアが弾んだ声を出す。
アッガイが蹴っ躓いたのは、バムロの旧ザクの脚だった。
搭乗者の稚拙さ故か、アッガイはすぐには起き上がらなかったが、
『くそっ……2機がかりなんて卑怯な、こうなったら!』
「!」
ヘルムフロリアの緩んだ表情が一瞬にして緊張する。倒れ込んだ状態のまま、アッガイは左腕を上げた。
水中用MSとして取り付けられている、ロケットランチャーの耐圧水密扉が開く。
『みんなみんな、壊れちまえ!』
「まずい!」
皮肉にも、背中へ向けて倒れ込んだことで、ヘルムフロリアのギャンと間合いが広がってしまっていた。
── 間に合わな ──── !!
「ふん!」
バムロの旧ザクが、手にしていたヒートホークで、アッガイの左肩を切断する。
天を向けられていたアッガイの左腕が、荒れた舗装路に転がった。
「今ッ」
ヘルムフロリアのギャンは、一気に間合いを詰めると、倒れ込んでいるアッガイの、右の脚の付け根にヒートサーベルを突き立てた。
『くそっ、くそっ、お前らなんか、お前らなんか!!』
スピーカーをONにしたまま、アッガイの搭乗者は、コクピットで言葉になりきらない呪詛を吐いている。
ヘルムフロリアは、アッガイがこれ以上動かないよう、ギャンの左足で胴体を踏みつける。
『モビルスーツで憂さ晴らししようとしてたやつが、どこまで自分のこと棚に上げてるんだか……』
ヘルムフロリアは、まずスピーカーを通して呆れ返った言葉を言ってから、マイクを今度は通信機の方に切り替え、
『バムロさん、丸腰だったって言ってませんでしたか?』
と、バムロに問いかけた。
『持ってきてくださったんですよ』
バムロの旧ザクの背後、少し離れたところに、車体に「SAZAYAMA IRON WORKS Brooklyn」と書かれたトラックが停車していた。
サザヤマ鉄工所ブルックリン工場、PMC「ガルミア」用MSハンガー。
ヘルムフロリアのギャンと、バムロの旧ザクが、整備用のデッキに載せられた状態で、停止している。
ギャンのコクピットハッチが開き、そこから出て、タラップからキャットウォークへと降りる。そのヘルムフロリアの、オレンジに近い明るい髪を短くしつつ、耳の前だけ少し長めにした髪をもつ小柄な容姿は、どこか違和感があった。
まず明らかにローティーンがMSのコクピットから出てくる時点で、強烈に違和感があって然るべきなのだが、ヘルムフロリアの容姿の違和感の本質はそこではない。
まだ、性徴期途上であるために、はっきりとはしないところもあるのだが、特に胸部が、男性らしい発達をしている胸部で、乳房が形成され成長しつつある。そう言う体型をしているのが、ボディラインをあからさまにする、大気圏内用のパイロットスーツに身を包んだその肢体に見て取れた。
それでいて、顔はあどけなさを多分に残す、美少女と言って差し支えない顔つき、と、全体的にチグハグさがあるのである。
「よっ、おっつかれさん」
キャットウォークから降りてきたヘルムフロリアを、その階段の下で待っていた、1人の青年が、ヘルムフロリアに声をかける。
ショウ・ハーシュ。ガルミアの前身E-Zeonの創設者であり前総帥である、リヴィア・ハーシュの息子であり、現在は政治結社としてのガルミア副総帥、兼、PMCガルミア取締役である。
そして、ヘルムフロリアを
カジュアル・フォーマルの衣装を着崩したその姿は、先程、バムロの旧ザクにヒートホークを運んできたトラックの、運転席にいた姿だった。
「市街戦はやりたくないのは本音だけど、どうせだったらもう少し根性あるのに当たりたいよ」
「まぁ……100%同意はしかねるけど、まぁ、あのみっともない言い種聞いてたら解らんでもない」
苦笑しながら言うヘルムフロリアに、ショウもつかれたような苦笑でそう返した。
「お疲れ様です、副総帥、それに、ヘルムフロリアさん」
「お疲れ様です、って、あ、邪魔だったかな」
続いて降りてきたバムロが声をかけると、その階段を塞ぐかたちで立っていたヘルムフロリアが、慌てて身体を寄せる。
「いえ。大丈夫ですよ」
バムロは、自然体で穏やかな様子のまま、言う。
「少尉はどうでした? 初陣ってやつ」
「少尉はよして下さい。私が階級で呼ばれていたのは、あなたがまだ学生だった時の話です」
ショウの問いかけに、バムロはまず、穏やかながらもくすぐったそうな表情でそう言った。
「ああ、すみません、つい、クセが抜けなくて」
ショウは、笑って誤魔化すように言う。
「戦闘となると緊張しましたよ、これが無人の平原や宇宙なら話は別なんでしょうが。ほぼ無人の区画と言っても、無闇矢鱈に振り回したらどうなるかは怖いですし」
「やっぱりそうですよね~」
バムロがショウにそう答えると、ヘルムフロリアが、腕組をした姿勢で唸るようにそう言いながら、こくこくと頷く。
バロムは一年戦争当時、ジオン公国軍正規兵として参加した人間である。ただ、そのほとんどの期間、固定翼機搭乗員であり、モビルスーツパイロットとしては基礎的な訓練は受けたものの、終戦まで実戦は経験せずじまいだった。
「おお、ショウもここにおったか」
3人が僅かな間、駄弁っていると、別の声 ──── ただし、ヘルムフロリアのそれによく似た声が、かけられる。
「
その、やや大仰な言い回しとは裏腹に、扇子を手に持ちつつ、ヘンに愉快そうな、しかし年格好の割にはどこか大人を見透かしたような笑みで言う、その姿は、ヘルムフロリアと同じぐらいの少女のものだった。
なにより、顔立ちや髪質も、ヘルムフロリアそっくりである。ただ、前髪が、一部だけ髪色が明らかに違う、いわゆるメッシュヘアのようになっている。
政治結社「ガルミア」現総帥、タラミス・ザビ・エッシェンバッハ。
無論、神輿、傀儡である。そもそも、その為に人為的に作られた生命だった。
1年戦争後、アクシズに渡ったミネバ・ラオ・ザビや、姿を消したが確実に何処かで生きていて、再起を望まれているシャア・アズナブル ──── キャスバル・レム・ダイクンに匹敵する、ジオン公国を源流とする組織・団体としてのガルミアの象徴として、リヴィア・ハーシュと、その同志であり、サザヤマ鉄工所の資本上の親会社であるサザヤマトレーディングの会長、ホクソウ・サザヤマが伝手を辿って
ジオン公国が製作に取り掛かっていた、とある量産クローン体を元に、その受精卵生成時に、一部の遺伝子を、親になるべきとされた2人の人物のものと置き換えた、 “ゲノムインプランター” 、それがタラミスだ。
“父となるべき人間” はガルマ・ザビ。
“母となるべき人間” はイセリナ・エッシェンバッハ。
タラミスの生年月日は、公式にはU.C.0079. 12月26日とされているが、実際の生年はもっと遅い。
とはいえ、大人しく担がれている
「時にショウ。今回の犯人の背後関係だが」
そのタラミスが、ショウに視線を向けて、問いかけると言うか、報告を促すかのように言う。
「あー……本人は大したことじゃないですねー。行き詰まったヒキニートが偶然MS手に入れて暴れたろ、ってところみたいです」
「偶然って、どうやったらヒキニートがMSなんて……」
「つまり、問題は
呆れたように言いかけたヘルムフロリアの言葉を遮り、タラミスが、扇子の一端を口元に当てつつ、そう言った。ヘルムフロリアはどこかキョトン、とした表情になる。
ショウは苦い顔をしながら、答える。
「ええ、まぁ……アクシズとか他の武闘派ほどではないとはいえ、最近はうちに対するティターンズの動きもきな臭いものがありますし……」
一年戦争。
一般には、「スペースノイドの地球連邦からの自立か賭けた戦い」と言われるこの戦争だが、ザビ家に感化されたのはスペースノイドだけではなかった。
コロニー落としはアースノイドにとって非道の所業である、とされるが、実際には多くの地上居住者にとって、シドニーへの直撃は数千km彼方の出来事でしかなかった。太平洋岸以外の居住者にとっては尚更だ。
その一方、特に北米においては、ジオン軍の降下作戦時の戦禍こそ激しかったが、占領軍の責任者としてガルマ・ザビが融和的な軍政を敷くと、特に都市部においては一定の平穏な期間が訪れた。
この状況を背景に、北米、特に東海岸の都市部住民の間で、宇宙世紀開闢以来の、犠牲を伴いながらの半ば強制的な宇宙移民政策への疑問が顕在化。
そこへ、地球環境の継続的な回復が実現可能になるまで、地上での権益を拡大するべきではないと考える環境思想が混ざりあい、ジオン ──── スペースノイドの自立を強く全面に押し出したジオン・ズム・ダイクンではなく、ジオン公国の独立とともに現状の地球連邦による支配体系の転換を最終目標とする、 “ザビ家率いるジオン公国” へのシンパシーを生む結果となった。
ガルマ・ザビが戦死、ジオン公国の敗北への転落が確定的になると、その思想の継承者となるべく、ガルマの軍政の恩恵を最大限受けたニューヤークにおいて、アースノイド・ギレニスト結社「
コロニー落としは彼らの主張の矛盾とされることもあるが、
「今後1世紀現体制が続くことによる環境悪化を考えれば、ジオン公国が独立の芽を活かす為には一瞬の必要悪」
「そもそも、ブリティッシュ作戦はジャブローへのピンポイント攻撃であり、意図した無差別攻撃ではない」
と評価する。実際にその後、独立戦争の大義をもたないデラーズ・フリートによるコロニー落としは「ジオンを騙った、破滅主義者、破壊主義者、テロリストの愚行」と断じ、彼らにとってエギーユ・デラーズは「テロリストに身を落とした敵前逃亡者」でしかない。
このデラーズ事件後、ダイクンの名を持ち出してはテロを繰り返す他のジオン残党勢力とは一線を画し、
「ガルマ・ザビの理想を継承し、我々アースノイドとスペースノイドの和解の上での民主的な合意に基づく人口流動管理による地球環境の回復を目指す」
という理念に基づき、宇宙世紀0084. 1月1日に組織の名称を
「ガルミア」
と改めた。
彼らの思想は、富裕層参加者による財界ネットワークを介しての伝播、同時にスペースノイドの想像とは裏腹に地上に現に存在する格差の、その下位に位置する層の連邦政府への不信感を原因としての現状打破への期待感が合わさって勢力を拡大。
宇宙世紀0085初頭にはデラーズ事件後の、中小規模のジオン残党軍の衰退とともに、あくまで規模の指数に順位をつけた場合の結論ではあるものの、ジオン後継を自称する勢力としては、アクシズに次ぐ規模になっていた。
この背景に、参加者の財界人とアナハイム・エレクトロニクスとのつながりが存在する事は、純然たる事実として記述しておくべきであろう。
一方でその活動といえば、E-Zeon初期から続く旧ジオン公国軍将兵の保護・帰還活動、あくまで武力を伴わない範囲での連邦政府に対する政治的主張・要求が主であったが、その早期のうちに相容れない過激主義のジオン残党軍のテロの標的となったこと、またその際にあまりに緩慢な、連邦政府、連邦軍の動きを目の当たりにしたこととで、モビルスーツを含む武装化の機運が高まり、最終的に、参加財界人が拠点として提供しうる施設を中心にテロからの防御兵力として、独自のPMCの創設につながった。
その
ガルミア側が元々よくなかったティターンズへの悪感情を増大させる一方、連邦内部、それもその意思決定層にもコネクションがあるゆえにアンタッチャブルだったガルミアに対して、ティターンズ、特にそのNo.2と目されるバスク・オムの一派は、排除の意思を固めつつあった。
ガルミアとティターンズの状況は、一触即発の状況になりつつある。
工場敷地内の講堂での定例会合で、タラミスは、満で7歳でしかない少女とは思えない気迫を伴い、声を張り上げる。
「我々は地球連邦政府を武力で滅ぼす意図はない。だが、連邦の権威を着たパブリック・テロリスト集団、ティターンズの所業はすでに穏健な手段を以って解決を待つ段階を超えた! 有志諸君! 間もなく我々は念願の、我が父ガルマ、我が母イセリナの理念の象徴となるべき剣を手に入れる! その後、我々は次の段階へと進むだろう! 奮起せよ有志諸君! ジーク・ジオン、ジーガン・フォン・ガルマ!!」