機動戦士ガンダム Battle of Earth 作:神谷萌
象徴の剣
U.C.0086 12月23日。
ニューヤーク。
サザヤマ鉄工所ブルックリン工場内、PMCガルミアMSハンガー。
元々一年戦争中のジオン軍モビルスーツ整備・部品製造拠点として整備され、戦後はその一年戦争中のモビルスーツの再生品を手掛け、ついにはアナハイム・エレクトロニクスの外部製造委託先として一部のモビルスーツ新造を手掛けるようになったこの工場だが、現在、このハンガーには、月のアナハイムの工場から来た新品のモビルスーツが4機、収められていた。
「ついに……ついに到着したのだな」
正面に立つ金属の巨人を見上げて、タラミスは目を輝かせていた。
「カタログ越しに始めて見てから、この日が来るのを一日千秋の想いで待ったのだ!」
口調こそ、彼女がいつもそうしている、年格好に不釣り合いな言い回しをしているが、その表情は、その見た目に相応しい、新しい玩具を手に入れた ──── 少女、というよりは、少年のような笑顔になっている。
「RMS-106、ハイザック!」
興奮した様子で、タラミスはその名前を呼んだ。
「そこまで嬉しい?」
缶の飲料を手に、ヘルムフロリアが、前髪以外タラミスと同じ顔で、僅かに呆れ混じりの様子で、そう声をかける。
「もちろんだとも!」
タラミスが、弾けるような笑顔のまま即答する。
「見よ!」
タラミスは、ハイザックの姿を自慢するように腕を振り上げる。
「ジオン最初にして、戦争の様相を一変させた金字塔、MS-06ザクの面影を残しながら、技術とともに、胸部装甲を中心にRGM-79 ジムの意匠を取り入れて精悍さを増したこの姿!」
興奮した様子で言うタラミスに、ヘルムフロリアの表情が僅かにひきつるが、タラミスの言葉は止まらない。
「外見だけではない! 軽快な運動性を実現しうる軽量化を施しつつも、ピーキーな操縦性にならないバランス、クセのない操縦特性、負荷のかかる関節に流体パルスモーターを使うことで耐用時間を確保しつつ、本体プロペラント搭載量の多さと相まっての連続課稼働時間の確保!」
引き気味のヘルムフロリア相手に熱弁した後、一旦息を吐きつつ、視線をハイザックの1機に移す。
「正にアースノイドとスペースノイドの融和の象徴として生まれてきたようなモビルスーツ! これを我がガルミアに迎える日をどれだけ熱望していたか!」
「ま、まぁ……すごく思い入れがあるのは理解した」
熱意冷めやらぬタラミスに対し、ヘルムフロリアは苦笑しながら言う。
そのヘルムフロリアの傍らに、シャツにコットンパンツというラフな格好のショウが、なぜかぐったりとした様子で、その上で更に何故かパイプ椅子にもたれ掛かるように座っている。
「そこまで喜んでいただけると、交渉した甲斐があったというものですな」
ヘルムフロリア、ショウの更に背後に立っていた、ビジネススーツをスマートに着こなした、初老、よりはもう少し年嵩の男性がそう告げた。
「あ、会長」
その声に気づいたヘルムフロリアが振り向き、声を掛ける。
「同志ホクソウ!」
ハイザックの足に抱きついて頬ずりまでしそうな勢いだったタラミスが、男性とヘルムフロリアの声に気づいて視線を向け、声を上げる。
総合商社サザヤマトレーダー会長、ホクソウ・サザヤマ。自らの部下でもあったリヴィア・ハーシュと共に、ガルミアの前身、E-Zeon創設に携わった人物。
タラミスは、ボールが弾むようにホクソウ達の場所まで駆けてくる。
「これほどの買い物、契約は大変であっただろう、感謝する!」
「いえいえ、これもガルミアの理想のため……」
息を弾ませているタラミスの言葉に、ホクソウは穏やかな笑みを浮かべながら答えた。
「まぁ、アナハイムは
「そこが大変だったんだがな」
皮肉っぽい苦笑交じりに言うショウに対し、ホクソウは、視線をタラミスの方に向けたままそう返す。
そして、その姿勢のまま、何枚かの書類をショウの目の前に出した。
「何だこれ?」
ショウは、それを受け取り、反射的につぶやきつつも目を通す。
「この前のアッガイを、シリアルナンバーで配転記録を追っているうちに出くわした情報よ」
ホクソウが説明する間にも、ショウはそれを読み進めていったが、
「ブッ」
と、吹き出す仕種をした後、驚愕に目を向いた表情でそれを凝視する。
「どしたん?」
ヘルムフロリアが、ショウに訊ねつつ、その書類を自分の手に取ろうとする。ショウはそれを渡し、ヘルムフロリアが目を通す。その傍らにタラミスが来て、ヘルムフロリアの手が持っているその書類を覗き込んだ。
「ちょっと……アナハイムがザルなんてレベルじゃないじゃんこれ。連邦軍本体はこれ知ってんの!?」
ショウは、呆れ返った様子でホクソウに訊ねる。
「承認はしている。だが、事実上の事後承諾だ」
「断定口調なわけね……」
ホクソウの言葉に、ショウは辟易した様子で声を出す。
「水陸両用型が主体ということは……」
目を通したヘルムフロリアが、険しい視線になって言う」
「我々が想定敵と言うことか!?」
その意味するところに気づいた様子で、タラミスが、先程までとは一転、憤ったかのような険しい表情になって、そう言った。
「まぁそう言うことになるんだろうな」
ショウは、疲れたような口調でそう言うと、パイプ椅子から立ち上がり、ハイザックを見上げる。
「4機か……次がすぐ到着するならいろいろ考えられるんだが」
やれやれと言った様子で、頭を掻く仕種をしながらそう言った。
「するぞ」
「そうか……それなら……」
ホクソウの言葉を聞いて、ショウは流すように言いかけて、途中でバチッ、と目を見開き、
「すぐ来るぅ!?」
と、素っ頓狂な声を出した。
「アナハイムのセールスが意外に良かったのでな……この契約に関しては私に一任されていると考えていたが?」
ホクソウは、動じた様子もなく言う。
「いや、それはそれでいいけど、輸送はどうするのさ? 今回の
「『ハーミース』が迎えに行っている……いや、すでにこちらへ向かっていると聞いているが?」
ショウがさらに突っ込んで聞くと、ホクソウは、身体ごとショウの方を向き直して、聞き返すように言った。
「ちょっ、俺、一応副総帥で取締役ってことにもなってんのよ!? なんで俺が知らないところでフネ動かしてんの?」
「『ハーミース』のフォン・ブラウン行きなら、私が許可した」
ホクソウに対して食って掛かるように言ったショウだったが、背後でタラミスがそう言うと、そのままの勢いでつんのめってコケかけた。
「ったくもう……」
ため息交じりに言いつつ、ショウは、姿勢を立て直すと、再度ハイザックを見上げる。
「今からだとメンバーを選抜している暇はないな……」
呟いてから、その視線をヘルムフロリアに向けた。
すると、ヘルムフロリアはにっと笑顔になって、
「オッケー、任せといて!」
と、そう言うと、コクピットへのタラップに繋がるキャットウォークへの階段を上がっていく。
「ショウ!」
僅かに
その視線の向いた先に、何か期待しているような、好奇心旺盛そうな目が、ショウに向けられていた。
「まぁ、いいんじゃないかと」
「よし! 感謝する!」
そう言って、タラミスがタラップを上っていった。
コクピットハッチを開く。最低限の稼働準備はされた状態だったが、まだ剥がされていなかったシートのビニールを剥ぎ取る。
公称の生年から見ても、やや早熟で成長が早いように見える、とは言えモビルスーツコクピットの想定のサイズからはかなり小さな身体をシートに収める。リニアシートのディスプレイ類を操縦時の位置に起こす。
「行くぞ、我がハイザック!」
少年の好奇心に、少々の闘争心を加えた表情で呟きながら、起動スイッチを入れる。サイドディスプレイにOS起動画面が表示され ────
グポォオン ────
────────
────
──
地球連邦首都 ダカール。
連邦刑事警察機構本部。
「3日、サイド2、21バンチ。自動車事故。死者はカイナ・ヴィレル、デイラン・ヴィレル」
自動車による単独自損事故の現場写真が、高輝度プロジェクターによって、スクリーンに映し出されている。
プロジェクターに接続されているパソコンが操作されると、自動車事故とはまた違う事故現場が映し出された。
「13日、ダブリン。地下配管からの漏出ガスによる火災事故。死者はカリーナ・シュタインベルグ」
パソコンを操作している人物がそう説明すると、僅かにおいて、画面はまた、別の事故現場を映し出した。
「そして、つい先日の22日。ベルファスト。建築資材の転落事故。死者はナディア・オルステッド、ダンテ・アルステッド。今月に入ってからの、関連性の疑われる事件は以上です」
「フン」
会議室の中、報告を受けた特捜部長は、鼻を鳴らす。
「見事に場所も事故原因もバラバラだな。しかも1件はコロニーだ。実際に関連性があるのかどうか…………」
「部長」
苦い顔で言う部長に対し、特捜第6課に属するカズマ・ハリントンが言う。
「以前から言っている通りです。一連の事件の犠牲者は、全員が連邦軍の家族か親族、あるいは友人、恋人。そして ────」
「それは声に出さないでくれ」
カズマがそこまで説明した時、部長は、大きな声にわざとらしい程硬く高圧的な口調で、その言葉を遮った。
「まぁ、確かに事情がそうだとするなら、これらの事故が特定の集団による ──── 暗殺行為である可能性は高いわけだ。そしてそうであれば、間違いなくそれはジオンの残党、あるいはそのシンパだという事もな」
「部長、そこまで解っているのでしたら……」
「だが」
カズマは、若干の批判混じりの言葉を上げかけたが、それを更に遮り、部長はカズマの方に視線も向けずに、続ける。
「そうだとして、その集団を特定する事はできん。なにせ犯行声明が出ていないからな」
部長の言う通り、カズマが関連性のあると結論付けて操作している、一連の“連邦軍将兵家族・親族連続不審死事件”は、それをテロとして、犯人が犯行声明を出しているわけではない。
被害者が一定の属性を持っている以上、これがテロであるとするのなら、自身(達)の正当性を高め、相手を萎縮させ、要求、信条を通し易くするため、犯行声明を出すのが普通だ。
その意味で部長の主張は間違っていない。
一年戦争において、ザビ家率いるジオン公国は敗北したが、その際、相当数のジオン公国軍軍人が、ザビ家排除後のジオン共和国には戻らず、いくつかの、非合法武装組織、テロリストとして、地上、宇宙の各地に散っていった。いわゆるジオン残党である。
ただ、これが一枚岩には程遠く、ある程度公然の存在である、
したがって、もしこの一連の事件がジオン残党の犯行であるとするなら、連邦と連邦市民のみならず、他の残党組織に対してのパワープロジェクションの目的もあって、まず間違いなく犯行声明を出すだろう。
またそうしなければ、犯行の意味が半減してしまうとも言える。
「無数にあるジオン残党集団のどれが犯行を実行しているのか、まずはその見当をつけなければ、軍に掛け合うことすらできんよ」
部長は、口調と表情に呆れを混ぜて、投げ出すようにそう言った。
「ですから、それに該当するのは……」
「カズマ君!」
主張しようとしたカズマに対し、部長は、先程より更に強い語気で、その言葉を遮った。
その先を言うな ──── カズマに向けられた、睨みつけるような視線だけで、言葉には出さずにそう言っていた。
「とりあえず方針として、アクシズからのカネや人の流れを追いたまえ。地球圏にいる組織だけでは、これ程広範囲の活動を表沙汰にせずにする資金と人脈は確保できん」
── そりゃあ、
カズマは、胸中で毒
解っているのだ。部長も。いや、もっと上、警察刑事機構どころか、連邦政府のもっと上澄みまで。
「今回の報告はここまででいい。それとも、より
「…………いいえ。以上になります」
「よろしい」
「先輩、大丈夫ですか?」
カズマが会議室の片付けをしていると、あまりに憮然とした態度でいたためか、彼の部下であるジュリア・フェリス捜査官が、心配そうに声をかけてくる。
「ああ……ああ、大丈夫だ」
カズマは、そう言って軽く手を振る。
「すごい顔していましたよ」
「そんなにか」
ジュリアの言葉に、カズマは、そう言うと、息を吐き出して、眉間と鼻の間を摘むようにして指で解した。
「…………あの報告内容で良かった、とは思ってないですよね、その分だと」
「当たり前だ」
声を抑えたつもりだったが、どうしても語気が強くなってしまう。
「一山いくらのそのへんのジオン残党に、連邦軍の人事情報をホイホイ抜かれてたまるか」
「でも ────」
ジュリアは、声を顰めつつ、険しい表情をカズマに向けて問いかける。
「仮に班長の言う通りだとして、それでも、犯行声明を出さないっていうのは不自然じゃありませんか?」
「ないね」
「どうしてです?」
素っ気なく答えるカズマに、ジュリアは再度問いただす。
「やつらのやっていることが、
「え、それはどういう……」
「少なくとも今は、暴力で連邦政府を倒そうとしているわけじゃないからだ。現状は、あくまで、いわゆる平和的手段ってやつで連邦政府に自分達の意見を通そうとしている。しかも、その中身は、建前上は連邦政府が無碍にできないものだ。ジオンの継承者を名乗っていてもな」
政治結社としてのガルミアは、表向き思想家とその支持者の集団に過ぎない。
しかも主張している事が、合意に基づいた人口流動管理という、
創始者がアースノイドの有力財界人だから、急進的なティターンズですら、今までは、表立っては批判することしかできなかった。
「じゃあ、なんの為に……」
「そんなもの簡単だ。純粋な報復だよ。グローブ事件のな!」
「はんちょっ……声が……っ」
思わずといった様子で声が大きくなったカズマに対し、ジュリアが慌てた声を出す。
ただ1度だけを例外に、徹底的に事故に見せかけ、犯罪性を隠匿している一連の事件を、事件であると判断させる唯一の共通点が、「被害者がグローブ事件に参加した連邦軍将兵の家族・親類、
「純粋な報復だから犯行声明が出ない、と。ですが、それだと、それでも他のジオン残党にも動機はありますし、敢えて班長がガルミアと断定する根拠はあるんですか?」
「ある。何より、俺達がこの捜査をやらされている事が何よりの証拠だ」
「え…………」
断じるように言ったカズマの言葉に、ジュリアが呆気にとられたように言う。
「だってそうだろう、これは明らかに軍内部を狙った犯罪だ。おまけにモビルスーツが使われたものもある。本来なら軍内部の警察組織だって関わってくるはずだ。それが実際は刑
「それでも……班長は捜査を続けると?」
「如何なる理由があろうと、犯罪は隠されるべきではない……なんて、刑事の
カズマの答えを聞いていたジュリアは、途中で気の抜けたような表情になる。
「ただ…………」
苦笑交じりになったカズマだったが、再度表情を険しく引き締めて、言う。
「これも刑事の勘……そう言ったらおかしいとは思うが、この事件はなにかの大きな動きの前兆のような……気がするんだ……」
「大きな動き、ですか」
「ああ……いや……ひょっとしたらもう動き出している、手遅れの気もするんだが、とにかく、最後まで足掻いてみないと納得はできないからな」