機動戦士ガンダム Battle of Earth   作:神谷萌

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火蓋は切られた

 UC0086.12.25

 サザヤマ鉄工所、ブルックリン工場。

 従業員寮。

 ──── 夜。

 工場の方は一部の作業が24時間操業の為、寮もエントランスロビーには煌々と明かりが点いており、従業員が行き交っている。ロビーの片隅には、社食弁当を店舗用ワゴンに積み上げて、提供が行われている。

「いつもの、用意してあるかな」

 作業着に制帽をやたらかっちりと着込んだ、初老の管理職 ──── クラレンス・マグヌス・ホリオークは、社食弁当の販売係にそう声をかけた。

 長身で中肉。髪の毛にはだいぶ白髪が混じっている。勤務明けに、度付きサングラスをかけていた。

「あっ、はい。クラレンス部長」

 声をかけられた販売係、リサ・エイゼルが、鈴を鳴らすような声で答えながら、サンドイッチやベーグルサンドのパックが多数並んでいる中で、少数だけ積まれている箱の1つを手にとって、差し出した。

「どうぞ」

「ああ」

 クラレンスは、それを受け取ると、もう一方の手で、胸の社員証をリサに向かって押し出すようにする。リサが、ICチップの入った社員証に決済用の端末を当てると、電子音がして、決済情報が登録される。

「悪ぃな……俺の為にわざわざ米の飯用意させちまってよ」

 クラレンスが、口元で苦笑しながらそう言った。名前ではわかりにくいが、ルーツは日系人で、一年戦争前は1週間と空けずに米の飯を食べていた……──── とは、本人の談。

 クラレンスが受け取ったパッケージには、「おにぎり&いなりセット」とラベルに書かれている。

「いいえー、他の方にも好評ですからー」

 リサは、満面の笑顔になってそう言った。

「……ちょっと待て、俺の後ろにいるヤツ」

 リサと微笑ましくやり取りしていたクラレンスが、急に張り詰めた声になって、振り向かずに言う。

 クラレンスの背後を通過しようとしていた、作業服姿の若い男性が、その場で立ち止まる。

「お前さん、見ねぇ顔だな……?」

 クラレンスは身体ごと振り返り、サングラスをかけていてもわかるほど、険しい様子で問い質す。

「ああ、自分は今月から入ったばかりでして」

 若い男性は、思わずと言った様子で苦笑しながら、クラレンスに視線を向けてそう答えた。

「ほぅーん……所属は?」

「NC室です」

 クラレンスの問いかけに若い男性が答えると、クラレンスは男性の全身を一瞥した後、

「そうかい」

 と、口元に笑みを浮かべて、そう言った。

「今日は上がりか?」

「ええ、そうなります」

「そうか、それはご苦労さまだな。呼び止めて悪かった」

「いえ……お疲れ様でした」

 クラレンスが労うように言うと、若い男性は笑顔で応じてから、そそくさと、寮の個室の方へと去っていった。

「…………」

 

 

 寮の一室。

 元々は小さなレクリエーションルームだったこの部屋が、今はその後援する政治結社・『ガルミア』総帥、タラミスの個室にされていた。

 寮の1人部屋にしてはやたら広い部屋 ──── だが、豪奢な居室と言うよりは、シンプルなベッドが置かれている他は、決して豪華とは言えない簡易応接セット、事務机があり、机には複数のモニターが接続されているミニタワーのパソコンや妙に時代がかったノートパソコンが載っていた。

 室内の照明は()いておらず、暗い。窓から稼働している工場の明かりが見える。微かに、よりは強く、その音も届いてきている。

 カチャ、キィィ…………

 住居にしては無機質な扉が、そっと開けられる。

 1人の男が、断りもなく室内に入ってくる。

 足音を忍ばせながら、ベッドの傍らまで歩いてくると、着ていた作業服のファスナーを下ろし、その懐からナイフを取り出した。 ──── 果物ナイフだとかそんなものではなく、見るからに剣呑な、幅広で刃渡りの長い、あからさまな戦闘用の(バトル)ナイフ。

 男はそれを手に、歪な笑みを浮かべると、そのナイフを逆手に振りかぶって、ベッドに突き立てた。

「!?」

 その、ナイフを通して手に返ってきた感触に、男は目を剥き、一瞬仰け反るように交代する。その時、ナイフは抵抗もなく抜け、その刀身には何も付着していなかった。

 男が、ナイフを刺したことで穴の開いた毛布をバッ、とまくり上げる。

 すると、そこには人間ではなく、枕が置かれていた。ナイフが刺さった跡がある。

「誰、探しとんの?」

 この部屋の主のものとは違う、若い男性の声がする。

 驚いて男が振り返ると、出入り口の脇、扉で影になる部分に、若い男 ──── ショウが壁に寄り掛かるようにして、腕組みをして、男の方を見ながらニヤニヤとしている。

「くっ!」

 ナイフの男が、ショウに向かってそのナイフを構えかけた時、

「おらーっ! 突貫ーッ!!」

 何故かハリセンを持った、工場の従業員の若い男が10人程、入口から駆け込んでくる。

「は、話せばわかる!」

「問答無用!!」

 男が思わずそんな言葉を上げながら、慄くが、従業員達は数に物を言わせて迫る。持っている凶器の剣呑さでは明らかにバトルナイフの方が上だが、男がそれを振るう前に無数のハリセンで頭を四方八方から(はた)かれ、尻も叩かれ、さらに数人の従業員が圧しかかって男を床に押さえつけた。

「若」

「ん」

 (Young Boss)、と、ショウの事を呼んだ男性から、ショウは襲撃者の身分証を受け取った。

「まぁ、偽物の可能性もあるっちゃあるわけだけど」

 地球連邦軍、それもティターンズのマークの入った身分証を見ていたショウは、そこまで言ったところで、視線を、数人の従業員に潰された襲撃者に移す。

ガル()ミア()も情報ネットワークって意味ではそれなりのもん張り巡らせてるんでね、他所さんが動いてるかどうかぐらいは解ってるんだわ」

 ショウは、ヘラヘラ笑いながら言う。

「いやー、MS搬入を襲撃するドサクサにヘッドショットまで狙ってくるとは、流石ティターンズらしいやり方だねぇ。でも残念ながらそっちの情報もこっちに流れてくるんでね」

 そう言って、ショウはベッドの上に向かって身分証を放り投げる。

「さて、と……総帥のお目付け役に行かないとなぁ」

 少しだけ疲れたような苦笑になり、ショウはその場から歩き出そうとする。

「若、こいつはどうします?」

 男を取り押さえていた従業員の1人に聞かれ、ショウは一旦立ち止まって振り返る。

「…………南極条約違反で」

「どっちの?」

 ショウが僅かに逡巡してから答えると、従業員は更に訊ねる。

「季節限定の方で」

「クリスマスケーキですか」

 至極真面目な表情で、従業員は再度重ねて訊ねた。

「そー」

 

 ブルックリン区西側、アッパー・ニューヨーク湾の港湾施設。

 サザヤマ鉄工所倉庫施設内、PMC『ガルミア』MS用倉庫。

 資材・製品倉庫の方は、少ないながらも人や車両が出入りし、フォークリフトが出てきて荷役作業をしていたりするが、こちらへの人通りはなく、ひっそりとしていた。

 ──── が、そこへ3人程の、従業員の作業服を着た男性の集団が、やってくる。

 流石に、中に収めるものが収めるものだけに、扉にはロックが掛かっていた。サザヤマ鉄工所従業員、PMC『ガルミア』職員、政治結社『ガルミア』、いずれかの、それも一部の限られた人物しか、中に入ることはできない。

 その男達は、スマートロックの、本来カードキーをかざす部分に、何やらケーブルの生えている箱を押し当てた。そのケーブルのもう一方は、キーボードのあるハンドヘルドコンピューターに接続されている。

 ハンドヘルドコンピューターを持っている男が、トラックポイントを操作して何らかのソフトを走らせると、ピッ、と音がして、スマートロックの鍵と、同時にセキュリティ用のセンサー類が解除される。

 男達はお互いの顔を見て、にやりと笑う。

 そして、通用口の扉に手をかける。

 音を立てないように、そっと扉を開け、倉庫の中に入る。

「おぉっ」

 倉庫の内部には、向かい合わせになるように4機のMSハンガーがあり、そこにモノアイ仕様と思われるモビルスーツのシルエットが、夜間の暗い倉庫の中、明かり取りの窓から差し込んでくる、外の施設の照明の光で浮かび上がる。

「よし」

 男達は再度視線を合わせ、1人が右の親指を立てたが……────

「いや、ま、待て……」

 別の男が、戸惑った声を上げた。

 その言葉で、男達は再度、MSのシルエットを凝視する。

 そして、立ち尽くした。

「ち、違う!?」

 よく目を凝らしてみると、その姿は、 …………置かれていたのは、MS-05『(エルダー)ザク』だった。

 男達が驚きと戸惑いの声を上げた次の瞬間、バチッ、と、倉庫内の照明が点灯された。

「ぐっ?」

「そーれっ!」

 ザバーッ!

 男達が、視界を()かれて一瞬、目を抑えて惑っていると、高い掛け声とともに、男達に何らかの液体がかけられた。それは、蛍光成分を含んでいるオレンジの塗料だった。

「あーっはっはっは、こっちが情報漏洩対策してないワケがないだろー!」

 男達を見下ろせる位置のキャットウォークに、ヘルムフロリアと、サザヤマ鉄工所の作業服 ──── ではなく、PMC『ガルミア』の制服を着用した若い男性2人が立っていた。

「くそっ、舐めやがって!」

 思わぬ反撃を食らったからか、それとも子どものヘルムフロリアに煽られたからか、塗料まみれの男達は、憤りの感情を見せながら、拳銃を抜いて、キャットウォークの上のヘルムフロリア達に向かって撃ちかける。

 タンッ タンタンッ

「どわっとっと」

 ヘルムフロリアが慌てた声をだし、男性の1人と共に、射線に入らない位置に退避する。だが、もう1人のガルミア兵男性は、携えていたドラムマガジンのサブマシンガンを、逆に侵入者達に向ける。

 フォアグリップとその為のレールがついているため、トンプソン・コピーと呼ばれるが、実際にはPPSh-41の弾種変更型レプリカ ──── サザヤマ鉄工所、ただしこのブルックリン工場とは別の工場で大量…………ではないが生産しているそれが、.357マグナム弾を侵入者達に向かって発射する。

「うわわわわっ、くそっ」

 今度は、侵入者達の方が着弾から逃げ惑い、キャットウォークからの死角に隠れる。

「くそっ」

 侵入者の1人が、手早く、通信機のインカムを耳につけた。

「破壊は失敗、強襲だ、強襲!」

『了解』

 

 ズ……ザザ……ザサザ……ザザン……

 港湾施設の海中から、水面をかき分けるようにして、それが姿を表した。

 首が独立していない、ずんぐりした格好。それでいて、同用途の他機種よりは遥かに洗練されているようにも感じられ、力強そうにも見える姿。

 RMS-M007G『ズゴック』。

 仮想的に水中目標がいないため、新規開発を避けている連邦軍が、MSM-07Eをベースに一部仕様変更を行った、「連邦型ズゴック」である。

 初期型の頭部マルチランチャーを対水上・対水中目標を意識して魚雷発射管としたズゴックEに対し、再度マルチランチャーに戻す…………と言うより、連邦型の水密型マルチランチャーに変更している。

 2機のズゴックがコンクリート岸壁から陸上に上がると、サザヤマ鉄工所の倉庫施設へと歩み寄る。

「なっ、なんだぁ!?」

 段ボールに入った何らかの部品製品を運んでいた男性従業員が、突如現れたそれを見て、素っ頓狂な声を上げながら凝視する。

「も、モビルスーツ……?」

 一方、そのズゴックのコクピットでは、モニターの中で()()を伺っていた。

「目標は、一般倉庫の反対側か……回り込むのが大変そうだな」

『構うもんか』

 もう1機のズゴックのパイロットが、通信越しに言う。

『どうせジオンのシンパのたまり場なんだ。ついでに潰しちまえば、バスク大佐のお褒めがあるかもしれんぞ』

「違いない」

 妙に楽しそうに言う僚機のパイロットの言葉に、そのパイロットも笑いながら言う。

「それじゃあ、さっそく……」

 ビームガンを内蔵しているズゴックの右腕を、MS倉庫、ではなく視界の手前側に設置されている製品倉庫に向ける。

「わ、うわーっ!?」

 ズゴックがとった行動を見て、モビルスーツに造詣のある何人かが、荷物を放りだし職務を放棄してその場から駆け出した。

「えっ、なんだ、なんだ?」

 自体が理解できず、キョロキョロとしてしまっている者もいたが、

「逃げろーっ、そいつの手には、メガ粒子砲が仕込んであるんだ!!」

「なっ、うわーっ!!」

 と、理解できている者から知らされて、残りの従業員も蜘蛛の子を散らすように、狙われた倉庫から逃げ出そうとする。

「へへ……」

『お、おい! ロブ!!』

 ズゴックのパイロットが腕ビームガンの照準を合わせていると、僚機のパイロットからの慌てた声が入ってきて、その直後。

 グシャッ

 ズゥウゥゥゥン……

「な…………?」

 そのズゴックの右腕が、上腕のシーリング部で切断され、倉庫敷地のトラック待機場に落下した。幸い、今は車両は停車していなかった。

 そのズゴックの腕を切断したヒートホークを持ち上げ、胸部にガルミアのマークを入れたハイザックが、倉庫とズゴックの間に割り込み、構え直す。

『ティターンズの者共! 私は政治結社「ガルミア」総帥、タラミス・ザビ・エッシェンバッハである!』

 スピーカーで張り上げられる声に従業員達は立ち尽くして、ハイザックを見上げてしまう。

「あちゃー、言っちゃったよ……」

 大気圏内用のMS搭乗者保護具を着けたヘルムフロリアが、「あちゃー」という感じで、顔を手で覆う。

『ヘルムフロリア、準備に手間取ってるのか?』

 通信機越しに、ショウの声が聞こえてくる。

「あ、いま出る、出る」

 カムフラージュ用のシートを自ら払い除けて、もう1機のハイザックが姿を表した。

 一方。

「な……情報ではついさっき納品されたばかりのはず、どうして……」

 彼ら、ティターンズは、ガルミア向けのハイザックは、タラミスの誕生日に合わせて、12月25日の夕刻以降に搬入される、という情報を得ていた。

 実際、当初のスケジュールではその予定だった。だが、ティターンズがガルミアのハイザック納品を襲撃し、破壊を企図している、という情報を、今度はガルミア側が掴み、第1陣の納品を3日、前倒しにしたのである。

 ホクソウが言っていた「そこが大変だった」とは、これのことだ。お互いアナハイム・エレクトロニクスを利用しているため、情報が双方向に漏出しやすい。

 ズゴックのパイロット達が、ズゴックを立ち尽くさせてしまっていると、そこへタラミスが、更に声を張り上げる。

『アースノイドは本心からスペースノイドとの確執を望んでいるわけではない! ジオン掃討を大義名分に掲げスペースノイド弾圧を進める愚か者ども、ここにお前らの居場所はない! 大人しく引き上げるが良かろう!!』

 

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