機動戦士ガンダム Battle of Earth 作:神谷萌
12月26日 ──── それは、政治結社・ガルミア総帥、タラミス・ザビ・エッシェンバッハの、公式上の誕生日である。
それは政治的な理由に基づいて決定された日付だった。 “母” と設定されているイセリナ・エッシェンバッハの死が確定する ──── 実際にはこれ以前にイセリナは死亡しているのだが、当初弔った当時の『ホワイトベース』クルーはそれがイセリナだと理解していなかった。後に遺体は一旦ジオンが回収し、最終的に連邦がその死を認定するのは講和に向けた停戦の後である。…………と、それらから逆算して、ギリギリ矛盾が出ない日付として設定されたわけである。
今一度説明するとタラミスの実際の生誕はU.C.0081以降だ。ただクローン促成技術で3年分ほど成長を早めてある。
ただ、そのような動機で設定されただけに、この誕生日はとある悲劇を起こすことになった ────
サザヤマ鉄工所ブルックリン工場、従業員寮。
夕刻。大食堂。
テーブルにいくつかの卓上コンロが置かれ、その上に大容量の浅鍋が置かれている。
室内には、香辛料の匂いが漂っていた。
上座に当たる部分に置かれたテーブルの上の鍋の、その蓋に、タラミスの手が伸びた。鍋の蓋が開けられると、中からより強い香辛料の香りを伴った湯気が解放され、出汁の入ったとろみの少ないカレースープの中で、鶏肉やネギ、ジャガイモ、切れ込みの入ったシイタケ、そしてその下で、うどんが、グツグツと煮込まれていた。
「んー、いい匂い」
その香りを嗅いで、タラミスは嬉しそうな笑みでそう言った。
「同志達、それに参加の従業員の皆、いただくとしようではないか」
「だ、そうだ」
タラミスに続いて、クラレンスがそう言うと、
「おおっ!」
と、ほとんどが作業服、私服の者も混ざっているが、食堂に集まっている人間が声を上げ、やはり自分達に近い鍋の蓋を開ける。
「いただきまーす!」
そう言いながら、自分達に割り当ててられている鍋から、うどんすくい棒で自分の鍋取り鉢にうどんを取り、お玉でスープや具材を掬ってそれにかける。
「おい、肉取りすぎるなよ」
「芋くれ芋。俺好きなんだから」
カレー鍋焼きうどんにジャガイモを入れるのは一般的ではないが、タラミスの要望で入れるようになってから、いわば “サザヤマ鉄工所ブルックリン工場風カレー鍋焼きうどん” の特徴になっている。
「ずずすず……んー……」
早速ひとすすりして、幸せそうな顔で咀嚼するタラミス。
「卵欲しいやつで行き渡ってないの居るか? 大丈夫か?」
そのタラミスの傍らで、ショウが自分の分をよそいながら、食堂全体に声をかけるように言う。
「そう言う若さんこと、要りません?」
生卵を手に持ちながら、ショウやタラミスと同じ卓についていたアルマが、ショウを覗き込むように身を乗り出して訊ねる。
「俺あんま卵好きじゃないの」
ショウがそう答えると、アルマはどこか、キョトン、とした表情になってから、椅子に深く座り直して、自分の鍋取り鉢によそわれた、まだ熱いうどんに、器用に片手で卵を割りながらその中身をかけた。
その後、少し箸を進めたアルマだったが、
「聞いてもいい?」
と、隣に座っているヘルムフロリアに声をかけた。
「なんです?」
ヘルムフロリアが聞き返す。
「誕生パーティー代わりがこれって言うのは解るんだけど、なんでカレー鍋焼きうどん?」
アルマは、静かな口調でヘルムフロリアに問いかけたが、そのヘルムフロリアとはアルマを挟んで反対側、卓の中央に当たる場所の席についていたタラミスが、一瞬で凍りついたかのように動きを止めて固まった。
「あー……まぁ、タラミスの好物っていうのはあるんですが……」
ヘルムフロリアが、すごく言いにくそうに苦笑しながら、濁した言葉を発した。
「総帥に言うのはアレかもだけど、女の子の好物って言うには渋い気がするなー……私は1年戦争の頃だと、こういうイベントのときは甘いお菓子ばかり食べてた気がするなー……」
「甘いお菓子が嫌いなわけではないんだが……」
アルマがどこか呟くように言うと、ヘルムフロリアの方を向いていたアルマの反対側で、タラミスが重い口調で言い始める。
「大量のケーキやアイスクリームを見ると、鳥肌が立つ……」
「鳥肌!?」
タラミスの声に気がついて振り返ったアルマが、そのタラミスの言葉を聞いて、軽く驚いて声を上げた。
「どうして……」
困惑した表情のアルマが、タラミスに訊ねるようとすると、そのタラミスの傍らまで来たショウが、
「それには、聞くも涙、語るも涙の事情があってな……」
手拭きナプキンをハンカチ代わりに目元に当てながら、言う。
──── が、他のジオン残党軍と異なり、テロで政治的主張を通そうというやり方ではないため、年がら年中武力が必要かと言うと、最近まではそうではなかった。
なので、モビルスーツを持て余していても勿体ないし、あまり動かさないでも機械の寿命を縮めるということで、 ──── モビルワーカーが急に入り用になるシチュエーション、事故が起きた、あるいは起きそう、となった時、ボランティアでホイホイモビルスーツを作業に出したりしている。なんなら各拠点の近所の土木作業など
その結果、誰が呼んだか「近所の奥様方に評判のPMC」。
しかし、タラミスの誕生日については、それが仇になった。
「これ、よろしかったらタラミスちゃんのバースデーケーキに。いえ、お代は結構です、いつもお世話になっているお礼だと思ってください」
12月25日の午後頃から、そう言って届けられてくる、好意という名の不良在庫処分。
正式名称、「クリスマスを過ぎたクリスマスケーキ」。
ブルックリン中のケーキ屋やらパン屋やらスーパーマーケットやらから集まってきたそれを、しかしまだ食べられるものを処分するというのも気分が良くなく、結果 ────
25日の夕食から26日いっぱいにかけて、従業員総掛かり、もちろんタラミス自身やショウ、ヘルムフロリアも参加して、ひたすら黙々とケーキを食い続ける ──── 物心ついてからず━━━━っとそんな誕生日を過ごしていたら、流石にトラウマになる。
ケーキの連続でくっそ重くなった胃と甘みに鈍化しきった舌に、刺激がありつつも極端ではないメニューで精神ともども回復させる…………そんな事をやっているうちに、タラミスがたどり着いたのがカレー鍋焼きうどんだった、わけである。
ちなみに、別にタラミスはケーキやアイスクリームの類が嫌いというわけではない。むしろそれなりに好物ではある。が、それが大量に並べられている光景を見ると、身体が軽い拒絶反応を示すようになってしまっているわけだ。
「──── と、言うわけだ」
「は、はぁ……」
ショウの説明を聞いて、アルマは後頭部にジトッと汗をかいたような感覚になった。
ショウは説明した後、タラミスの目の前にある鍋から、自分も鍋取り鉢にうどんとスープ、具材を掬って、いくらか箸を進めたが、途中で一旦、手を止めた。
「…………」
タラミスを挟んで反対側に視線を向ける。そこには、私服、と言っても非番の従業員が着ている部屋着の類でもない、白い背広姿の、明らかにこの場で毛色の違う男性がいた。
ショウは、行儀悪くも鍋取り鉢を持ったまま立ち上がり、タラミスの背後を通って、その人物の傍らに近寄る。
「ご気分はいかがですか?」
ショウは、意識的に多少のケレン味を出しつつ、見た目には自身と同年代の年格好のその男性に、声を掛ける。
「──── カイ・シデンさん」
「そうだなぁ」
カイ・シデン、と、ショウが呼んだ人物は、明らかにショウと異なり、自然にケレン味がかった口調と苦笑で、答える。
「いつバチカンに呼ばれてもいい格好のつもりでいたけど、ふさわしくない場所ってのもあるんだなと気付いたわ」
自分の白い背広を強調するような仕種をしつつ、そう言った。
「ジャーナリストだったら特ダネでしょう、アポの日の前夜に、ジオン残党とティターンズがドンパチとか」
「取り上げてくれる
目を細めて言うショウに対し、カイは肩を竦めてそう答える。
「大手の報道企業や出版社は、ティターンズに迎合するか圧力に屈するかで、反連邦勢力の言い分が含まれる記事は載せてくれない。かといってアングラ系は金払いがよくないし、それにコロニーのアングラ系にはおたくはウケが良くない」
カイは、それまでの飄々とした態度から、口元から笑みを消し、淡々とした口調でそう言った。 ──── のだが、
「あれっ」
と、ショウは、意外そうな表情をして、軽く驚いたような声を出した。
「てっきり、
「…………なぜ?」
ショウの言葉に、今度はカイの方が意外そうな表情になる。
「だって、
目を
「アナタは『ホワイトベース』元搭乗員でしょう?」
「心外だなぁ」
カイの表情に、飄々とした笑みが戻ってくる。
「ジャーナリストに必要なのは公平性ですよ」
「そぉかなぁ……」
ショウは、わざとらしく胡散臭そうな苦笑を作って、そう言った。
「むしろ自分としちゃあ、それを知っててアポとらせてくれた方が以外に思ってたんだけど」
「それは……」
「それは、我々の目標が和解であって、どちらかを屈服させるための闘争ではないからだ」
答えかけたショウの声を遮って、背後のタラミスが、はっきりとした口調でそう言った。
「和解が目的ねぇ……」
カイは、含みがあるような言い方をしつつ、ちらりと窓の外を見てから、視線をタラミスに向けた。
「我々にとって武力闘争は本意ではない。今まではあくまで自衛の為に銃をとったに過ぎない。PMCとしての活動も警護主体で、侵攻作戦に参加する意図はない」
「本意ではない、ね」
タラミスの年格好に不相応な発言を聞いて、カイは軽く息を吐き出すようにしながらそう言った。
「言いたいことは解っている。ティターンズは話が変わってくる。我々の目標が『アースノイドとスペースノイドの和解』であるからこそ、ティターンズ
「…………」
淡々と、しかし明らかに自身が確信を持っている表情で言うタラミスを見て、カイは、それに対し、怪訝そうな表情で険しい視線を向けつつ、奇妙な沈黙をした。
「
食堂の扉が開き、袋詰されたうどんを山程載せた配膳用ワゴンを、リサが、もう1人の女性と2人で押しながら、食堂の中に入ってくる。
タラミスとカイの間で微妙な空気に包まれていたショウが、半ば反射的にそちらへ視線を向ける。
「うぉーリサちゃんこっちこっち!」
「俺達ンとこも頼む!」
「慌てなくても充分ありますから大丈夫ですよ」
上がる声に、リサは、苦笑しつつ、彼らを宥めるようにそう言った。
「ミハルちゃーん」
ショウが手を振りながら、もう1人の女性の方に声をかける。
「こっちの鍋にも頼む、俺まだあんま食ってないんだわ」
それを聞いて何か思うところがあったのか、何故かヘルムフロリアとアルマが慌てたように身体を跳ねさせる。
「ミハル……?」
カイが、その名前を呟きながら、ショウが声をかけた方を向いた。
「マジ……か……」
絞り出すように言いながら、呆然としたカイは、その直後、鍋取り鉢を持ったまま駆け出し、ミハル、と呼ばれた女性のところへと向かっていた。
「…………」
「あ、あの……どうか……しましたか?」
不躾にジロジロと見るカイに対し、ミハルは、困惑気な表情で視線を伏せがちにしながら、問い返すように言う。
「あ、あの、シデンさん」
突然のカイの行動を見ていたヘルムフロリアが、その傍らまで走ってきて、問いかける。
「ミハルさんが……何か?」
だが、カイは、ヘルムフロリアの問いかけには直接返答せず、僅かの間、呆然とミハルを見ていた。
「やっぱり……そうだ……」
「へ?」
カイの呟くような言葉に、ヘルムフロリアが聞き返す。
「間違いない! 生きてたんだ、生きてたんだな!? ミハル!!」
「!?」
「あ、あの……誰ですか……アナタは……」
カイは声を僅かに弾ませたが、それに対し、ヘルムフロリアが驚愕に目を円くし、言われたミハルは、困ったように視線を伏せがちにしたまま、問い返すと言うより拒絶するように言った。
「俺だよ、ホワイトベースのカイ・シデンだ。覚えてないのか!?」
「あ、あの……」
「ま、待ってください、シデンさん!」
前のめりになるカイを、反射的にヘルムフロリアが制する。
「シデンさん、ええと……どう説明したらいいのかな……」
ヘルムフロリアは、一旦逡巡してから、続ける。
「ミハルさんは記憶喪失……なんです。一年戦争以前の記憶がなくて……」
「記憶喪失……?」
「はい」
鸚鵡返しに聞き返すカイに対して、ヘルムフロリアが返事をする一方、
「リサちゃん、悪いけどミハルさん連れて出てくれる?」
「あ、はい、解りました」
と、鍋取り鉢を持ったままのショウの指示で、リサがミハルを連れて、食堂から出ていく。出入り口をくぐる時に、一瞬だけミハルが振り返ったが、その表情は怯えているように見えた。
「当時のジオン軍水中部隊が回収したんですが……生還したことが奇跡と言えるほどの脳挫傷を負っていて……それが原因で、記憶は事実上喪失しているそうです」
カイの正面に回りながら、ショウが説明する。
「医師に言わせると、それ以前の彼女を知っている人間にとっては、死んだと同義だと思ってもらった方が良いと。それだけ回復が絶望的だそうです」
「そんな……」
ショウの説明に、カイが落胆の様子を見せた。
「身体にも、さっきの今ではわからない程度ですが、障害も残っていて……それに、大気圏脱出の衝撃が致命的になる可能性があるので、サイド3に送り出すことも出来ず……ここで匿うことになったんです」
ヘルムフロリアが説明した。
「そんな……いや……そうだったのか……」
「シデンさんは、彼女の事を御存知で?」
ショウが訊ねる。
「あ、あぁ、……いや、知っていると言うほどの相手じゃないんだが……」
「! そうか、彼女は連邦軍の兵士だった。さっきのシデンさんからの反応からすると、ホワイトベースと関わりがあったということですか?」
ヘルムフロリアが気付いて、問いかける。
「連邦軍の兵士!? ミハルが!?」
カイは、驚愕の表情でヘルムフロリアに迫るように聞き返す。
「ええ、当時の連邦軍の制服を着ていましたし、身分証も……彼女の名前をすることが出来た唯一の手がかりだったと……」
「そんなば……────」
反射的に言いかけて、カイはその自身の口を押さえる。
── そうか、あの時ミハルは確かに連邦の制服を着ていたんだ……
カイは、そう考えてから、表面上だけでも落ち着きを取り戻してから、
「それは、連邦軍には照会はしなかったので?」
と、手振り混じりにショウに訊ねた。
「いえ、……実際にやったのは私の父なので聞いた話ですが、該当なしと……ただ、一年戦争前後の連邦のデータベースはムチャクチャになってますから……」
「なるほど」
── 身分証もジオンが用意した偽造品だろうな……
ショウの答えに、カイは納得の声を出しつつ、胸中で言外の言葉を付け加えた。
「シデン殿」
背後からの声に、カイが振り返る。
「不都合がなければ、ミハルの情報を聞かせてもらえないだろうか?」
「あ、いや……」
タラミスに言われて、カイは反射的に言い澱む言葉を出してしまった。
「すみませんが、あなた方にどこまで話すべきか、今は整理がつきません」
急に丁寧な言い回しになるカイに対し、ショウが、その視界の外で怪訝そうな表情をするが、すぐに、
「そうですね、ジャーナリストにとって、己の持ち得る情報はどんなものであっても、軽々に出すべきではないでしょうから」
と、理解したような言葉を告げた。
「まぁ、実際には、俺も知らない事が多いので……少し追加の調査をしてから、あなた方に教えられる事は教えましょう」
「それは助かる!」
タラミスが言い、ヘルムフロリアと2人で表情を明るくする。
一方、ショウは顔を仕掛けながら一旦振り返る。その視線の先でクラレンスが首を左右に振ったのを見てから、カイに視線を向け直す。
「それで、見返りはなんです?」
軽くため息を
「見返りが欲しい訳じゃないが……ただ、おたくら……アナタ方に厄介事を押し付けることにはなるかも知れない」
「厄介事?」
ショウが、意外そうな表情になって聞き返す。
タラミスとヘルムフロリアが、顔を見合わせる。
「ああ……」
カイは、険しい表情でそうとだけ返事をした。