-全体視点-
「───杏山──カズ、サ」
人影の靄は消え、彼女の全貌が明らかになる。
そこにいたのは、杏山カズサの知る宇沢レイサの姿で──杏山カズサがよくは知らない、宇沢レイサのあり方だった。
いつもなら、二つにまとめているはずの後ろ髪は、そんな暇もなかったと言わんばかりのストレートに。
抱えられたショットガンの鮮やかな色合いは消え失せ、機能性に特化した、完全なる武装用の黒色に。
彼女の着る服の上には、私のと同じ──だけど、ぼろぼろに焦げたりほつれたりした、ジャージが羽織られ。
瞳にあった光は、ほとんど消え失せてしまい、今にも瞼が落ちてしまいそうなほどに、細目になっていた。
それでも──彼女は、宇沢レイサは笑顔だった。
あぁ、そういえば。
もう一つだけ、違うものが。
彼女の、凛々と輝いていたあのヘイローは──黒く澱んた星になってしまっていた。
それだけは、そのヘイローだけは──不可逆なことが、見て取れた。
「・・・ん。いるよ、ここに。先生も、ほら」
「うん。お帰り、レイサ」
「・・・・・・」
彼女は、静かに笑う。笑っているだけ。
それを見て──杏山カズサが、口を開く。
「──そういうところだよ、レイサ。隠しても、私には分かる」
「あんたの笑顔のその奥で──あんたが、本当は今にも泣きだしそうなことが」
それを聞いた瞬間──何かが、切れる音がした。
笑顔が、消える。
苦悶が、現れる。
慟哭が──溢れだす。
「・・・違う」
それは──彼女が、この世界の住人ではなかったということを証明する──そんな、声だった。
「違う、違う、違う、違うッ!!!違うんですよッ・・・!!!!!」
「貴方たちは、私の知っている人じゃないんです!!!私の知っている杏山カズサも、私の知っている先生も、私の知っているみんなも──もう──」
そこで、彼女の身体が、震えだす。がくりと、膝が折れる。
両手を地面について、彼女の視線が下がる。その下の地面に──ぽたり、ぽたりと。
何かが、零れ落ち始めた。
「みんな・・・みんなどこへ・・・行ってしまったんですか・・・・・・なんで私だけ連れて行ったんですか・・・・・・どうして──どうして私だけ置いて行って──置いていかせるんですか──」
「なんで、私の周りだけ──誰一人、救われないんですか」
そして──黒い凶星は──終わりを迎える。
ヘイローに入っていた罅がつながり──パキリと。
折れた。
折れて、しまった。
流浪の『アウストラリス』は、宇沢レイサは。
全ての力と神秘を使い果たし。
こと切れて、しまった。
「────あ────」
「・・・あ、あぁ・・・」
杏山カズサ。彼女の言葉は、その言葉は。確かに、その時放たれる必要のあった言葉だ。
彼女の固く閉じた笑顔の扉をこじ開ける、真に親しきものからの言葉の鍵。
間違ってはいない。鍵は確かに、固く閉ざされた箱を開けたのだ。
同時に──その脆い箱が、崩れ落ちてしまったとしても。
「宇沢・・・う、ざわ・・・」
亡骸を、抱き起こす。反応は、無い。
「お・・・起きてよ。私に、あんたを、殺させ、ないでよ・・・」
起きはしない。死人に口はない。不可逆性の力を取り戻せるのは、彼らのルールを破りでもする、強大な力か、知恵のみ。
「───レイサッッッッッ!!!!!!」
杏山カズサは──吠えた。
独りぼっちで臣下を救い続けた、孤独な騎士王。その成れの果てを抱えた獣は──吠えるしかなかった。
「──あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」
「──カズサ」
そこで発せられた、大人の声。いつだって優しい、それでいて時に厳しい、彼の声。
先生と──後ろには、4人の人影。
「レイサ、ちゃん・・・」
「そんな・・・駄目だった、っていうの・・・?」
「──私は、終わってしまったのですか」
その3人の声に、カズサは亡骸を抱える。
何ができるというのだ──この死体に。
報われなどしなかった、この子に──
その時。
「先生───あれを、持っているのだろう?」
”あれ”。
ナツの発したその声に、彼女は振り返る。
先生は──”あれ”を、手に持っていた。
「カード・・・?」
「・・・今が、その時だろうと思ってね」
まさか──先生は、何か秘策を──
いや、このタイミングで出すということは──
「──駄目、先生。それを使ったら、先生が──」
「いや、生徒のためなら、僕は命を張れる。ここは、大人の僕の出番なんだ、カズサ──」
「先生ッ──」
「いや、先生。君は、何か勘違いをしていないか?」
──え?
「ナツ・・・?」
「別に、私は先生に、『カードを使え』とは言っていない。早とちりしないでもらいたいね」
「先生──カードなら、あるだろう?『番号』が」
「『番号』?」
「取引のための個人情報。そのものが持つという証明のための鍵。それは──一つの媒介たりえるのだよ」
「いいかい、先生、皆の集。これからするのは、『借入』でも、『決済』でも、『支払』でもない。これからするのは、神秘の返却要望──」
「『払戻』──キャッシュバック、だよ」
「最初に彼女を見た時、聞こえた音がある。アーケードゲームにおける掛け金。いつかは不足する、誰もが欲するリソース。──コインの音が、彼女からした」
「彼女の神秘とは、『再始動』──自らの身体をコインとした、ゲームのコンティニュー権限──彼女は、ありとあらゆる『世界』というゲームで、欲する体験を得るために、コインを消費し続けたのだろう」
「でも・・・それなら、レイサちゃんは、もうその力を使うお金なんて・・・」
「いや。取引とは、両者が納得して初めて為される。この場合は──片方が、納得などしていない。それでも彼女には、ゲームを続ける選択肢しか与えられていなかった」
「──ナツ、それはもしかして・・・『体験』かい?」
「流石だね、先生。そう、ゲームとは、『体験』を与える娯楽。求める体験がしっかりと果たされてこそ、そのゲームの価値は認められる。だが、彼女の続けたゲームに──彼女の求める体験など一ミリもなかった。そのゲームに、コインを支払うだけの価値はない。つまり──」
「納得がないから──神秘を使う取引が、成立しない──!」
「如何にも。この取引そのものが、一方的に不利なゲームを押し付けた、概念側による不正なものであった──故に、取引に使用したコインは、持ち主に返されるべきであると」
「彼女は、本当はちゃんと『世界』というゲームをプレイしている段階ではない。際限なくコインを消費したそのゲームは──ただの『体験版』。払う必要は本当は無かったんだ」
「だからこその──キャッシュバック・・・」
「なんというか…無茶苦茶な理論というか…ある意味暴論ね…」
「彼女の生きた世界の人々を否定するわけではないのだが──この宇沢レイサに至っては。そこに大事な思いこそ、記憶こそあれど。彼女が守りたかった人々はいれども。それは──その世界の中で、完結するはずだったものだった。
彼女は未だ──『人生』というゲームに、コインをインサートしていないのだ」
「だから。この「世界」というゲームに──彼女の、最初の神秘というコインを入れれば──」
「彼女の、この「世界」というゲームが、始まる──」
「ただし。これで神秘が帰ったからと言って、無事で終わるわけではない。神秘を使うたびに彼女が見てきた、世界の記憶。それが、神秘が返ってくるたびに、フラッシュバック──ぶり返すことになるだろう」
「・・・つまり」
「──これが、彼女自身にとっての、自分を賭けた一世一代のギャンブルゲーム。痛み、苦しみ、哀しみ、怒り──記憶からくる、激情の津波を、彼女が越えられるかの、命がけの綱渡りだ」
「その結果は、彼女次第ではあるがね。はぐれ者に終わるか──勝利して、世界に居場所を残すか」
「無論──それを手伝うのが、我々の役目であるとしても。結局は、彼女自身の戦いだ」
「これから、彼女にカードとコインを充てる。あとは、彼女の体が、勝手に払戻を始めるだろう。それが上手くいくかは──私にも不明だが」
「杏山カズサ。君は、その負担を彼女に強いる勇気があるかい?その先に彼女が行けるまで、その手を握り続ける覚悟があるかい?」
「────」
これだけ、頑張ってきて。必死に、抗い続けて。それもすべて──失敗して。
あと少し──それも、恐らくこれまでで一番の試練を、彼女に与える覚悟が、自分にあるのか。
ナツは──そう、言っている。
「──ある」
答えは、決まっていた。
「私を、幾重にも助けようとしたレイサが、このまま黙って楽に死なせるのが希望──なんて、私は納得できない。私は、私の『助けたい』というエゴのために──宇沢レイサを苦しめてでも、許されなくとも、最後まで救うために足掻きたい。その責任を、私は持つ」
「だから──これは私の独断だから──アンタたちに迷惑は──」
「ばっかじゃないの!?!?!?」
「!?」
「こんな大事な場面に、アンタ一人に任せて帰れっていうの!?こんなんで帰ったら、スイーツどころか飯もまともに食えないわよ!!」
「独りで責任抱え込まないでよね。あたしたちは──同じ部活の、仲間でしょ」
「・・・・・・」
「私も、ですよ。カズサちゃん」
「私にも、その責任、持たせてください。そういうのを一緒に持ってこそ、友達だもの」
「言い出しっぺの法則というものがある。言ったからには、私もその責務を果たさねばならない」
「アンタら・・・」
「杏山カズサ」
「うわっ・・・宇沢、あんた起きてたの・・・」
「私が私を助けるのに、理由なんていりません。そして、その責任は、今から奪い合いっ子です。──さぁ、挑戦状を受け取ってください、杏山カズサ!!!」
「こんなときまでそのテンションなのアンタァ!?」
「カズサ。僕も手伝うよ。大人の僕には──子供の選択を見守り、時に庇う責任が、あるからね。──信じよう、レイサを」
「・・・先生」
「~~~~~~あぁ~~~~もう!!!好きにして!!!なら行くわよ!覚悟は良いのよね、みんな!?」
「はい!」
「うむ」
「えぇ!」
「はいっ!」
「あぁ」
「頼むわよ、宇沢レイサ・・・・・・私たちの世界に、やってくるまで」
「アンタの手、離さないからね」