彼女たちから、少し離れたところにて。
ミネとスズミが抑えていた暴動も、ひとしきり収まり始めたところだった。『アウストラリス』から放たれていた攻撃や黒い稲光が、急に勢いを弱めたのだ。それを見た住人達も、次第に安心し始めた──まぁ、一部の例外は『救護』されたとして。
「どうやら・・・向こうはうまくいったのでしょうか」
「いえ、油断は禁物。ここで終わるほど、彼女の抱えるものが小さかったとは思えません」
「確かに、そうですね」
「──スズミさん。ここは私のみで充分です」
「──行っても、よろしいのですか?」
「暴動も大分鎮静化され、あとは我々救護騎士団のみで対処できるでしょう。これは私の勘ですが──彼女の心の闇を切除するには、あなたもまた必要でしょう」
「・・・そうですか。であれば、止まるわけには行きませんね」
「・・・あとは、お願いいたします!」
「委細、承知いたしました。幸運を」
そして、肝心のその場所では。
たった一人、この世界に流れ着いた星の子を助けるために──手を組んだ者たちがいた。
「じゃ・・・いくよ」
カズサの声に、残りの者たちは、目を合わせて頷く。
大人のカードと、一枚のコイン。
私たちにとっては、とっくに慣れ切ってる、コインとカードのインサート。
それをするかのように──倒れて眠る、かの世界からの来訪者の手に。
その二つを、静かにそっと当てた。
瞬間。
彼女の体が──ビクッ、と痙攣する。
「!?」
「───ゲホッ、ハッ、ハァッ、ハァッ・・・」
「やった・・・息を吹き返したわよ!」
「・・・ここは──」
「・・・あんたが流れ着いた、終着駅だよ」
「──ははっ。そうですか、ここが終わり──なら、随分と夢見心地の良い終わりですね──」
「あぁ、終わりとは言ったけど」
「・・・?」
「あんたは今から、その駅を降りて──この世界を、歩き始める。死ぬとかって訳じゃなくて──私たちの世界の、住人になるんだ」
「──え・・・?」
一瞬、困惑したレイサ──改め、レイサ*スターは──目線をそらし、諦めたように笑う。
「・・・無理、ですね。その運賃を──私は一枚も持っていませんし。無駄に続けたゲームに、全部使っちゃって。それができるための余裕なんて、もう──」
「いいや、宇沢レイサ。君が続けたそのゲームは、無駄などではない。君は、理不尽なゲームを続けた先に──我々の元にたどり着けたのだ」
「・・・あなたは確か──ナツさん」
「覚えていてくれて嬉しい限りだ、マイフレンド。君は優しいからね──今まで、自分が何かすることで、世界が変わるということはそうないと分かっていたうえで──それでも止まれなかったんだろう」
「・・・えぇ。大切な人が、黙って死ぬなんて。私には、到底耐えられませんでしたから」
「だが、だからこそ。そうした積み重ねを経てきた君に。こうして、私たちが気づくことができた。君の望みが叶うかもしれない、最後の世界にたどり着けたんだ」
「だとしたら──たどり着くまでの過程が、あまりにも残酷ですね」
「だろうね。全く、概念が擬人化した暁には、我々でロールケーキ一か月の刑に処する所だよ」
「なんで刑のチョイスがそれなのよ!?」
「あはは・・・や、レイサちゃん。久しぶりだね」
「ヨシミさん、アイリさん・・・」
「元気して・・・ううん、そうだったら、こうはなっていないものね。・・・大丈夫、私たちを信じて」
「・・・一体、どういうことでしょうか」
「宇沢レイサ。今から、君の運賃のためにも──君が不正に搾取された、全てのコインをキャッシュバックする」
「・・・!?」
「私たちは、今からあんたを助ける。助けるけど──すんごく辛い目に合う。死ぬ方がマシかも、ってレベルかも。それでも、私たちは、あんたを助けたいっていうエゴを押し通す。──恨んでも、構わないから」
「・・・!ま、待ってください!む、無理です・・・耐えられるわけ、ないじゃない、ですか・・・とっくに私はもう、死んでてもおかしくないのに。これ以上、生きてたくないほどに──諦めてたのに」
「──甘ったれたこと言うなァ!!!」
「!?」
「宇沢ァ!?」
「あなたは私、宇沢レイサですよ!?みんなを明るく照らし、世の迷える人々の道標とならん者!トリニティのスーパースターなんですよ!?それが何ですか、このありさまは!!!」
「・・・何が分かるんですか、あなたに・・・!?私が、一体、どれだけの世界で失敗して、失敗して、失敗して──みんな死んでしまって。同じ状況で、あなたは立てるとでも言えるんですか!?」
「無理ですッ!!!」
「「ハァッ!?」」
「いや独りでそんなことできたら、そんなの神様ですよ!?人間じゃないですよ!?無理に決まってるでしょうが!!!」
「そう、独りなら無理です──独りなら」
「・・・!」
「そう、独りで無理なら、2人になれば良い。2人でも無理なら3人。3人で無理なら4人。なんなら──世界中の人々でも」
「それでも──駄目だったら」
「そうですね・・・その時は。他の世界とも、タッグを組んじゃいましょう!!!」
「!?!?」
「いえ、大真面目な話です。世界を旅して、ここまでやってきたあなたがいるのなら──別の世界とのコネクションが、できている可能性は大いにあるんです!それを繫げば、良いじゃないですか」
「・・・そんな、無茶苦茶な、現実的じゃない理想論で変わるなら──」
「理想を語らずして、何がヒーローですかァ!!!ヒーローっていうのはですね。──泥臭く、醜く、それでも諦めずに、最後まで足掻くものでしょうが!!」
「─────ははっ。あなたは──ホント、カッコいいですね」
「何を今更。それに──例え、実を結ばなかったとしても。例え、救われずじまいだったとしても──彼女たちは覚えているはずです。たった独りで、救おうと、前に進むことをやめなかった、孤高に戦ってきたヒーローのことを」
「・・・え?」
「全く──あなたは、私より、ずっとずっと、カッコよく見えてるのに。それに本人が気づいてないなんて、とんだお馬鹿さんですね」
「ば、馬鹿とは何ですか・・・!?」
「そんなんだから、こんなところまで独りでやってきちゃったんですよ、ア〇さんマークの引っ越し屋のおっちゃんじゃあるまいし!!!バーカバーカ!!!」
「・・・この・・・!!!」
「やめんか!!!収拾がつかんわ!!!」
何故か煽りだしたこちら側のレイサを、ヨシミが拳骨で止める。どうしてこうなるのか。
「・・・そうですね。その世界の私たちも、きっとあなたの助けを聞きたかったはずです」
「・・・スズミさん」
「向こうが上手く行きそうだったので、こちらに来ました。恐らく、私が必要になると。」
「・・・お久しぶりですね」
「えぇ。随分と長く、走ってこられたようですね。独りで続けてきたのは、正直、幾つか叱らないといけないところですが──まずは、ここまでお疲れさまでした」
「・・・あなたほど、上手くはいきませんでしたけどね。恥ずかしい限りです」
「いえ、立派だと思いますよ。同じ自警団として、こんなに誇らしい人がいること。とても、嬉しいです」
「・・・ははっ」
「そうだね。・・・うん、心配しないで、レイサ」
「・・・この世界の先生、ですね」
「そうだね。でも──これからは、君にとっても先生だ」
「・・・ごめんなさい。いくつも、いくつも渡った世界で、最後として──あなたを、守れたことは無かった。私が、不甲斐ないばかりに──」
「・・・そうだね。
いいかい、レイサ。確かに、君には欠点が無いとは言えない。
周りの声に耳を傾けるのに、少し時間がかかったり。逆に、周りに自分の思いを伝えるのが苦手だったり。──実は、かなりナイーブだったりね」
「・・・手厳しいですね」
「先生だからね。叱るところは叱らないといけないから。
だけど──数多の世界で、救うことは出来なかったというけれど──きっと、それは君がいたから、まだ救いがあったと、僕は信じてるよ。何も、助けられるだけが、救いではないからね」
「・・・何も、できずに、無駄に終わったとしても・・・?」
「うん。君は確かに──ありとあらゆる世界の。どこかの誰かにとっては──まぎれもなく、ヒーローだったんだよ」
「────そう、ですか。先生が、そう仰られるなら。そう、考えることにしましょう」
「それがいいよ。君というヒーローにも──救いは、必要だ」
「・・・分かり、ました。杏山カズサ──信じて、良いんですね・・・?どうなっても、知りませんよ?」
「うん、信じて。というか、アンタに迷惑かけられるのは、慣れっこだからね」
「はは・・・・・・いつも、私がすみませんね」
「・・・いいよ。あとは、帰ってから続けよう。スイーツでも、食べながらさ」
「・・・はい」
「では、改めて──恥ずかしながら、お願いを聞いて下さい。
──どうか、私を助けて下さい。私の──ヒーローたち」
「「「「「「了解!」」」」」」
そうして、レイサ*スターが目を閉じ、集中し始める。彼女の手に持ったカードとコインが光り始める。同時に、黒い星が嘶き始める。
キャッシュバックが──締結された。
「見て、ヘイローの罅が・・・少しずつ修復されて言ってるわよ!?」
「まずは上々。向こうも、この取引を呑んだようだね」
「頑張って・・・!」
しかし──それは、同時に彼女にとっての、永遠にして一瞬の、地獄の時間の開始を告げる、鐘の音でもあった。
「あ・・・あ・・・あぁ・・・あああああああああああああっ!!!!!!!」
黒星のヘイローが、バグったかのように揺れ始める。同時に、彼女が頭を押さえて絶叫を始める。うなされ、泣き叫び、転がりまわる。
「いや、いやだいやだ、いやだぁ──杏山カズサ──起きて、起きてくださいッ、また私を置いていくんですか・・・また私は助けられなかったんですか──う、うぁああ、ああああああああああ」
「・・・始まったが──思った以上にスピードが、早い・・・!?」
そうして、ナツがレイサに近寄った。その顔には、明らかに今までとは違う焦りが見えた。
「ナツ、レイサは!? 今どうなっているんだ!?」
「キャッシュバックが始まって、神秘の返還は始まったが──長い時間をかけることなく、ダムの放水の如く凄まじい勢いで、記憶を送り込んできている!」
「!?」
「せんせ、先生、先生ッ──駄目です、行っちゃ駄目、行かないで、側にいてください、そっちに行っちゃ──あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!なんで、なんでなんでなんでなんで─────」
「クソッ、容赦がなさすぎるわよ!?こっちの都合なんか知らんってこと!?」
「ひ、酷い・・・」
「何か、私たちにできないんですか!?ただ、私が苦しむのを、見てるしかないんですか!?」
「この試練を乗り越えるためには、彼女一人で歩かなければ。我々が彼女の記憶に介入すれば、脳にダメージが入るだろう。
かといってここでやめれば──永久に、記憶の牢獄に捕われる」
「・・・なんて、非情な」
「・・・レイサッッッ!!!」
その時、カズサが彼女の手を握る。
「記憶に干渉しなければ良いんでしょ!?なら──外から、呼びかけ続ければいい!!!」
「「「「「!!!」」」」」
「宇沢・・・ここに、いるよ。あんたが帰ってくるまで、私たちはここにいる。だから信じて、私たちを!あんたは───トリニティのスーパースター、宇沢レイサ!!!私の──『友達』でしょ!?」
それを見て、他の者たちも彼女の手を握り、声をかける。未だ開けない夜空に、独りぼっちの少女を一人にさせまいと叫ぶ、道標とならん合唱が響き渡る。
「レイサ!戻ってきなさい、あたしたちが待っているから!!!」
「頑張れ、頑張れレイサちゃんッ!!!」
「宇沢レイサ。戻って来たまえ、ここが、君の世界だ」
「レイサさん、あと少しです!どうか、どうか!」
「レイサ、僕らがついてる!大丈夫!信じるんだ!」
「宇沢レイサ、あなたは私!!!乗り越えてください、スーパースター!!!」
「「「「「「「レイサッ!!!!!」」」」」」」
「う、うぁあ、ああああああああああああ───────ッ」
長い永い、二度と戻らない者たちとの別れの濁流に揉まれながら。
彼女の意識の舞台は──夢の中へ移る。