【完結】ゼーンゼン・ツラクナイツ 作:タサオカ/@tasaoka1
20話 アークナイツ
目が醒めた時には、自然と俺は彼女の姿を機内に探していた。
ドクター、CEO、エースさん、ニアールさん、オペレーターの人びと。
けれども、その中に、半分欠けたウサ耳は何処にも見当たらない。
さっきまでずっと傍にいたような気がするのに。
首を巡らせても、彼女は見当たらない。
呼吸をする度、現実の風景が、いまだ眠りの中にあった認識を塗り潰していく。
『さようなら』
彼女の声が、耳の奥でリフレインする。
末期の姿、肌に浮かんだ憎たらしい病巣、埃の匂い、血の味。全てを思い出していく。
呼吸が乱れそうになって、自分の顔を、震え始めた手がいつの間にか覆っていた。
──俺は、置いて行かれたんだ。
寒々しい現実から一刻も早く遠ざかりたかった。
それで何か現実が変わるわけではない、ただの逃避に過ぎないというのに。
しばらくそうしていると誰かが話しかけてくるのが聞こえ、俺は顔を上げた。
茶色の、コータス特有の長い耳が目に入る、CEO……アーミヤさんだった。
今から考えれば一時もドクターの傍から離れたくなかっただろうに、わざわざ席を立ってくれていたのだ。
「タイヨウさん、大丈夫ですか……」
俺は大丈夫だった。
理不尽な、意味のない、形容するのが憚れるような怒りが少しだけ顔を覗かせそうになった。
そして、そんな自らの余裕のなさにすら嫌気がさした。
ドクターを救出できたとはいえ、今回の作戦でロドスは無傷ではいかなかっただろう。
今回の作戦を決行し、同僚を失った人びとの、トップに居るアーミヤさんが立場的に一番辛いというのに。
「はい、血だらけで見苦しいですけれど、怪我もしてないんですよ」
「…………スー、さんは」
「スーは……Bigearsはおそらく亡くなりました」
そう言ってからすぐに後悔した。
彼女が死んだことを認めるような気がして、耐え難い物が胸の奥を満たし始める。
それに喋れば喋るだけ、アーミヤさんを傷つけるような気がした。
俺はスーがアーミヤさんと、詳しくどんな関係であったかを知らない。
親しげに話していたことはロドスで何度か見かけていた。
スーがアーミヤに対してお姉さんマウントを取ろうとして失敗した話を聞いたぐらいで。
古くからの顔見知り以上の関係であったろうに。
「沢山聞きたいことがあるかと思います、ですが彼女は最後までロドスのために働きました、どうか……」
自分で何を言っているのかわからなくなっていた。
なんと説明していいかわからない。
細やかな事柄を濁しながら、それだけを伝える。
「……タイヨウさん、今は休んでください」
「すいません……CEO……事情は、ロドスに着いてから……必ず……」
言いきらない内に、涙が出そうになって目を拭う。
嗚咽だけは漏らすまいとして歯を食いしばると、口の中で鉄錆の味がした。
鼻水まで出てきて、目の前がぼやけて仕方がなくなり、上を向いた。
何時もであれば任務が終わると、彼女の待つロドス・アイランドに到着することが待ち遠しかったのに。
今は、帰るのが恐ろしかった。
彼女が居ないとわかりきっている部屋に戻ることが、とても。
ストレッチャーで運び出されるドクターを見送って、俺はロドスへと足を降ろした。
作戦中はあれだけ焦がれた場所だというのに、寒くて仕方がなかった。
その後、慌ただしい中でもすぐに俺への事情聴取が行われた。
俺と彼女は、ただの旅行に出たことになっていたからだ。
色々な疑問点を解消するために、俺は必要とされた。
当然の事だ。俺は、理解されないであろうことを除いて、全てを正直に話す事にした。
あのアーツを使う彼女がこの場に居なかったために、より説明には時間がかかった。
本来の計画であれば……ああ、今思えば帰還後の事が詳しく練られていなかったのも頷ける。
彼女は……きっと最初からこうする事を決めていたのだった。
俺たちはあまりにも独断専行が過ぎた。
組織としては許されない動きであることは理解していながら。
個人的感情によってあの地に出向き、そして、彼女を失った。
何度か、同じ話を繰り返すたびに、彼女の最後の姿を思い出し続けた。
使っていた防刃着や山刀に付着した夥しい血液が、物的証拠になった。
聴取の最後には今までのメンバーではなく、ケルシー先生が来た。
俺は言葉もなく土下座した、床に頭を擦り付けるように。
それがこの人にとって何の意味もない、自己満足的な行為だとわかっていても。
俺は、ケルシー先生の目を直接見ることができなかった。
散々人を殺したくせに、俺は先生の目を見ることをより恐ろしい事だと思っていた。
自惚れているかもしれない、だが俺は結果的に彼女を救うことができなかった。
何かが蠢く音がした。
言葉はない、形容しがたい獰猛な唸り声。
背筋が粟立つ様な存在が俺を見下ろしているのが、見なくても分かった。
きっとこれが、彼女から聞いていたケルシー先生の力、Mon3trだろう。
ああ、ここで殺してくれるのなら。
それは、一番楽になれる手段のように思えて。
……違う。
彼女はそんな事を望んで、俺を置いて行ったのか?
何とか立ち上がって、ケルシー先生の目を真っすぐに見据える。
翠色の瞳は、どのような感情によるものか、暗く沈んでいた。
俺は、伝えるべきことを伝えてないかった。
Mon3trに例え殺されるとしても、その後がいい。
「……彼女は別れ際に悔やんでいました、貴方に嘘をついて出てきたことを」
先生は俺の言葉を目を閉じ、聞いている。
「俺は許されなくてもいいです、けれども、どうか彼女を赦していただけませんか……」
そのまま頭を、命ごと捧げるつもりで腰を深く曲げた。
隣からケルシー先生の声が聞こえる。
「私は彼……いや彼女の事を共犯者として理解できたと思っていた、それがただの思い上がりであった事を今、痛感している」
「……ケルシー先生」
「彼女が旅行を提案した時、予感はあった……スーは、どこまで君に語った?」
「彼女が知る限りの全てを……この世界の未来を……」
「そうか」
Mon3trから威圧感がなくなる。
「計画したのは、スーだな」
「はい」
「……」
痛々しい沈黙の後に、窓を見ながらケルシー先生は俺に聞いた。
「君やスーが以前居た世界と比較して見た場合、この大地はどう思う?」
「……最初は酷く残酷だと思ってました、今は違います」
「……」
「この大地を残酷とするのなら俺の元居た世界も等しかったでしょう、俺たちは、たまたま運が良かっただけの迷い人だと思っています」
ケルシー先生と、視線を共にする。
荒涼とした風景、源石クラスターがポツポツと点在する大地を見ても、そう思う。
恵まれていたからこそ、気にならなかっただけで。
角や尻尾、獣の耳、天使の輪、悪魔の角が生えていて、魔法が使えたとしても。
海には怪物が、体を脅かすような不治の病があったとしても。
きっと世界が特別に醜くなってしまうのは、その大地で生きる者に責任の一端がある。
それは前の世界でも変わらないものだと感じ始めている。
楽園を築くというのなら、その当事者たちがスーのように努力しなきゃいけないことも。
「タイヨウ、現時点をもって君への聴取は終了した、退出し、係の者に指示を仰げ」
「はい」
「それと、しばらくこの部屋に誰も入れないよう伝えてくれ…………少し、疲れた」
俺たちの戦いは、全てが荒唐無稽な事柄だと判断されかねなかった。
だがそれらは認められた上で、正式に葬り去られることになった。
物的証拠、加えて俺の証言やスーの備品の購入記録。
ウルサス避難民たちの間で語られていた怪談やレユニオン捕虜の証言によって多角的に確認されたためだ。
本来の作戦に関係のない、大量の戦闘行為に関わっているとバレたら、ロドスの体面的にもよろしくない。
俺と彼女も基本的に所属を隠していたため、バレる事はないだろうが秘匿された。
俺も、それでいいと思っている。
後々、ウルサス学生自治団の子たちと一緒に授業を受けた際に、ヴィカという子からも俺たちのものと思われる話を聞いた時には少し冷や汗をかいた。
そして、俺へと下った処分はお咎めなしというものだった。
あの戦いは公式的に無くなった、ということだ。
だがその後の作戦について、指導役といった形でエースさんやスカウトさんの監視を受ける事にもなったが。
きっと、ケルシー先生が手を回したのだろう。
彼女の意思を無駄にしないためにも。
今回、一連のチェルノボーグ事件に於けるロドス側の犠牲者は10名にも上った。
読み上げられる犠牲になったオペレーターたちの中に彼女の名前はない。
彼女は、作戦とは別の所で病死したことになる。
だけどケルシー先生と俺だけが知っている。
彼女が、30名ものオペレーターの命を救ったと。
「……」
長い休暇が明けた俺の手元にはペアの指輪が遺っていた。
銀色の、貴金属を加工して作った、同じデザインの大きな指輪と小さな指輪だ。
三か月分の給料というほどではないが、それでも結構したから残業にも身が入った思い出がある。
あの作戦が終わって、本来のハネムーン先である龍門に行ったときに渡そうと思っていた物だ。
それが行き場をなくしてしまって、どうしようかと俺はずっと考えていた。
一度は彼女が亡くなったあの地に赴き、せめて小さな指輪を捧げようと思ったがやめた。
ヴィクトリアで事件が起きつつあると知っていたからだ。
そして今回、ロドスから俺へと任務が下りてきている。
ヒロック郡への偵察任務だ。
ややこしい事態が起きかねないために、現地武装勢力への監視を。
また現地オペレーターや感染者たちへの助力も許可されている、裁量の広い物だった。
何が起こるかのあらましは知っているが、それが現地でどうなるかは誰にもわからない。
だから、俺が行こうと思う。
ヴァルカンさんに繕ってもらった頑丈なチェーンを取り出す。
俺は大きい指輪を自らの指に、小さい指輪をチェーンに通して首に掛けた。
ちょっと重いかもしれないな、色々な意味で。
だが、それでどこか気持ちがスッキリした。
俺はこれから彼女の居ないこの世界を生きていくんだと、覚悟できたような気がして。
淫夢語録を返してくれる相手が居なくなって、寂しいけれども。
日本語が聞けなくなって、これからどんどん言葉を忘れていくだろうけども。
でも、これから俺は、スーの見ていなかった未来へと向かう。
それにしばらくこっちで、いろんな人の手助けをしたいと思ってる。
だから、スー。
もう少しだけ、向こうで待っていてほしい。
笑顔で、君に向き合えるように努力するから──。
ゼーンゼン・ツラクナイツ 完
「オペレーター、タイヨウです、ドクター、あらためてご挨拶を
どうかこの世界を救う手伝いを、私にさせてください」
誤字脱字を報告してくださった皆さん、本当にありがとうございます。
皆様の応援のおかげで無事、二次創作で初めて完結することができました。
特に感想に励まされ、ここまで来ることができました。
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応援、ありがとうございました!
あとがきのあとがきです
ふわっとしたエグめな設定やふざけたタイトルの理由やコンセプトの裏話です
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