デュアランド・ライン。
1行で説明するなら、パキスタンとアフガニスタンの国境。
地図上では1600マイルに及ぶ。
もともとは19世紀の末、大英帝国が勝手に策定した境界線。先祖代々暮らしていた住民にとっては知ったこっちゃない話だ。
知識人たちは言う。文明国の民衆ならば政府の定めた法律を遵守し、各種届出を怠ることなく納税もきっちり果たすべきであるぞ。そう説教を垂れながら、この無法地帯を世界最大級紛争地のひとつに数える。
とくに2001年以降は、国際テロ組織が好き勝手に出入りしてありとあらゆるものをロンダリングする闇マーケットになった。
混沌を憂える人々はモニタ越しに祈る。世界最強のアメリカ軍様、どうか平和がもたらされるまで撤退しないでください。
住民たちは、砂糖水も肉挟みパンも要らないからヨソ者はとっとと帰ってくれないかとイライラしながら今日も、何百年前から変わらぬ生活に精を出す。
いろんな民族が山や森のそこかしこに集落をつくっていて、細々した仕事を融通しながらお互い様の精神で生きているのだ。
村同士ならどこだって仲良くもない間柄だけど、頭のおかしな文明国人に対しては無条件で団結する。貧しい者が逃げてきたなら匿ってやる。あたりまえのことだ。
私たちはすでに秩序を持っている。そこに余計な不条理を持ちこむんじゃないバカモノどもめが。
デュアランド・ラインを500字かけて説明してよいなら、そういう土地だ。
この10倍の文章量でも語り尽くせないところだけど、そろそろ先へ進もうか。
ある若者が、たったひとりで、デュアランド・ラインの中でもとりわけ奥地の村へやって来た。
ヨミという人物に会いたいらしい。
ただちに噂は当人のもとへ届く。
ごく少数の側近としか接触せずに暮らしていた大長老ヨミ様は、これを聞いて顔色を変えた。
「そいつは人の心を読むことができる超能力者に違いない。
わしのことを知らない村民をさしむけろ。できる限り正体をさぐってこい。なるべく穏便に帰すのだ。
会えば、わしはその場で殺されてしまう。
どうか察してくれ。
わしは、あいつが、おそろしくてたまらない」
この指令はすぐ実行に移された。
しかし若者と接触した村人は皆たちまち彼の虜になってしまう。それほど魅力的な好青年だったのだ。
名は、バビルという。
敬虔なイスラム教徒で学識も豊かだ。
疑われるような人物ではありませんよと、そんな噂もたちどころに広まる。
そのうちやがて、ヨミ様に引き合わせようと言い出す者まで出てきた。
もうおしまいだ。ヨミは死を覚悟した。
バビル2世め。おまえはどうして、わしをつけ狙う。なぜそこまでわしを憎む。
3つのしもべも連れてきているのだろうな。
わしの命ならくれてやるが、村人たちに危害は加えず、そのまま帰ってくれまいか。
ヨミはそれだけを懇願しようと決意して、いざ会見に臨んだ。
若者はきわめて礼儀正しかった。
イスラム流の最高の儀礼で、ヨミに敬服の態度を示す。
……何のつもりだ?
ヨミは面喰らう。
若者の心は読めない。まちがいなく超能力者ではあるようだが、バビル2世とは別人であるように感じられる。いったいどういうことなのだ。
ヨミの困惑した表情を読みとった若者は、さっそく正体を明かした。
「ヨミ様。私はバビル3世と申します。
100日ほど前、イラク北東部ホラサン地方の砂漠でバベルの塔に惹き寄せられ、後継者に指名されました。
コンピューターから、ひと通りの教育を受けました。そしてヨミ様にお会いするようにとの指令を受け、ここまでやってきた次第です。
どうぞ、私の師として、なすべきことを御教授くださいますよう、お願い申し上げます」