心を開いた若者の一途な想いを、たちどころにヨミは理解した。
バベルの塔。
5000年前に地球へ不時着した異星の調査員バベルが、当時の人類に造らせようとして失敗した、巨大なコントロールセンター。
バベルは自分の遺産を継承する人物選びを、塔の中枢コンピューターにまかせた。
今から数十年前、ヨミに白羽の矢が立った。
しかし不適格の烙印を押され、ヨミは超能力を手に入れたまま野に放たれる。
次いで、日本人の少年が抜擢されてバベルの塔へ招かれた。
彼はバビル2世を名乗り、コンピューターにそそのかされてヨミを殺しにくる。
執拗にして冷酷だった。
ヨミは何度も殺されたが、同じだけ、忠実で有能な信徒たちの手によって復活を果たした。
永き戦いを通して見えてきたものがある。
バベルの塔は致命的なバグを発生させたと思われる。
バビル2世を殺人マシーンのままにし続けておくことが目的化してしまったのだ。
ヨミは復活のたび、彼なりの世界平和を実現しようと人材を集めて事業展開を始めるのだが、塔と2世はヨミと話し合って協調関係を築いていこうとかは試みすらせず、いきなり問答無用で攻撃開始するのが常だった。
過去にヨミが調べてきた限り、バビル2世が社会活動に貢献した実績は無い。旺盛なのは破壊衝動だけ。2世には文化や経済を発展させていく素養が絶望的なまでに欠如しており、独断で敵認定した相手を暴力で粉砕することでしか存在意義を示せない。世界平和になくてはならないどころか、いる必要の全く無いシリアルキラーなのだ。
ヨミはバベルのコンピューターが狂ったことを納得して以来、バビル2世に立ち向かう気力を喪失した。
何をしてもメチャクチャに壊されるだけだから、ひっそり隠れて静かに暮らそう。わしを受け容れてくれる村があれば身を寄せさせてもらい、ささやかな知恵で報いよう。
そうして、この秘境へとやって来たのだった。
「ヨミ様の生涯かけて味わってこられた苦難と心痛、私には受け止めきれぬほどの重さです。
しかし朗報もございます。
バベルの塔は、バビル2世の称号を剥奪しました。ヨミ様の言われるバグは自己修復された模様です。
私はバビル2世を斃せと塔から指令を受けております。
そのためにヨミ様の協力を仰げと。
コンピューターいわく人類史上最悪の殺人鬼であるあの男を永遠に葬ったあとで、あらためて世界平和樹立のために行動せよと。
これが、私たちにとっての最新版ロードマップになります」
「な、なんと。なんと、まことか。
塔が……正気を、取り戻したのか。
こんな嬉しいことはない。
3世よ、さっそく作戦を練ろう。
我々の知恵と力を結集させれば2世を斃すことは不可能ではないかもしれぬが、あいつは信じられぬほど手強いぞ。決して侮ってはならない」
ヨミはバビル2世について知っている情報を3世に伝えた。
2世はCIAからコードネームを与えられ、現在はその手先となって合衆国の世界支配に貢献している。
2世から定期的に輸血を受けた者は、彼と同じ超能力を持つようになる。ビルからビルへ跳び移り、エネルギー衝撃波で触れた相手を感電死させ、読心術やテレパシーまで使いこなす。
CIAではそんなヴィラン/ヴィラネスが何人もつくられて、世界中で暗躍しているのだ。
ちなみに、かつて2世はCIAと不仲になり、自らの血より生み出された超能力者を片端から粛清していくという暴挙に出たことがあった。
CIAが事前に血液の用途を説明していなかったため、あとから2世に知られて逆鱗に触れたことが原因だ。
一時的とはいえ深刻な機能不全状態に陥ったCIAは2世に全面降伏した。
それ以降は2世に全情報へのアクセス権を与え、超能力者の選定から育成まで全過程を2世の承認を得た上で行い、作戦内容と結果報告・評価まで一切の監督責任を2世に委ねるという契約に更新。
事実上CIAを背後から牛耳る立場となった2世は、ラングレーに大邸宅を構え悠々自適に暮らしている。
生来の殺人衝動が高まってくると、配下の超能力者から成績の悪い者を選び出し指導と称して体罰を加えるなどの評判も聞く。
さすがにそんな鬼畜をいつまでも後継者にはしておけなくなったのだろう、バベルの塔も。
「おそろしい話です。
際限なく肥大化し、自分たちの利益追求に沿わない相手はすべて敵と見なす、あんなキリスト教徒どもの帝国に、我々の兄弟が手を貸しているなんて耐えられません。
それからヨミ様。3つのしもべについて教えてください。
塔は私にロデム・ロプロス・ポセイドンを操る能力を授けてくれましたが、かれらがどういったものなのか、名前以外よく知らないままなのです」
ヨミは3つのしもべについて教えた。
怪鳥ロプロスと人型兵器ポセイドン。この2体は巨大ロボットで、どちらかだけでも大概の軍事施設なら1時間で瓦礫の山に変えてしまえるだろう。
ロデムは人間と同じくらいのサイズで、普段は黒豹の姿をしている。体をまるごとアメーバのように変形させることができ、壁や床に薄く張りついてあたかもその場から消えてみせたり、外見だけなら人間に化けることだって可能。ある程度の肉片に分離してもへっちゃらだ。
常にバビル2世の傍にいて影武者を演じたり、知恵を授けたりもする。
こんなテクノロジーを人類はまだ映画の中でしかつくりだすことができない。ロプロスやポセイドンとは区別して、警戒を怠らないことが重要だ。
「言葉も出ません。1人でも世界を滅ぼせる力を持つ暴君に、そんな家来が3匹も忠誠を尽くしていたら、人類に希望など持てるわけがない。
私たちは子々孫々までこの悪党に搾り尽くされ、いいように弄ばれるだけで終わってしまいます。
どうしてだ。なぜなのだ。
私はいま、胸も張り裂けんばかりに悲しんでおります」
「バビル3世よ。まだ、あきらめるべきではない。
君こそが人類にとって最後の希望なのだ。
諸悪の根源、バビル2世を斃すのだ」
ヨミは涙をうるませながら、3世の手を握った。
皺だらけで罅割れていて、しかし大きく温かい掌だった。
若者の手にも、まぎれもなく苦労のあとが刻みこまれていた。
お互いを深く知り、尊重しあうには、これだけでも充分ではないかと思われた。
「ヨミ様。3つのしもべは、2世にも我々にも同等に従うはずなのですよね?
ならば2世がやつらを使ってくる時こそがチャンス。2対1で返り討ちにしてやりましょう。
ロプロスとポセイドンをデスマッチさせてもよい。こんな大量破壊兵器、人類が持っておく必要なんて無いのです。2世とともに、海の底へ葬り去ってしまうべきなんだ」
白熱した議論が続けられた。
やがて、ヨミの存在をCIAにリークして、デュアランド・ライン片隅の山岳地帯へバビル2世をおびき出す作戦が展開される。