ある少年が、たったひとりで、デュアランド・ラインの中でもとりわけ奥地の村へやって来た。
穏やかそうな笑みを浮かべているが違和感だらけだ。
こんな秘境で、誰にも頼らず。
疲れている素振りも見せない。
目的地をしっかりわかっている風で、足取りに迷いがない。
村人に遭遇すると、会釈を交わす。
このとき村人の側は一瞬、催眠術にかかったようなトロンとした目つきを示す。
複数人いても全員が同じタイミングで静止し、すぐに、何も見なかったかのように歩き去っていく。
これも超能力だ。
少年は村人の心を読み、自分と会った記憶だけ消し去って直ちにリリースしてやるのである。
現住民と呼ばれているが、いろんな地方から流れ着いた難民の比率がかなり高いんだな。ことに最近は、イラクから多国籍軍の空爆に追い立てられて逃げてきた者が多いようだ。国連が推計している人口の何倍もが、この一帯に隠れ住んでいるみたいだぞ。……ククク、面白いな。
そう心の中でつぶやいて、少年は微笑する。
ヨミ。おまえも流れ着いてきたんだな。
ここは住みよいか。
おまえの知恵は全住人、老若男女から頼りにされていることと思う。
さて、そんなヨミを命懸けで守ろうとする民兵が、どのくらいいるものかな。
過去幾度もそんなゴミどもに群がられて苦戦したことがあった。
エネルギー衝撃波の最弱モードで軽く始末できるとはいっても、さすがに何十匹何百匹と束になってかかってこられると、うざい。
そっちに気をとられているとヨミに逃げられてしまうのだ。
今回は、何ラウンドの戦いになるだろうか。
地形は起伏に富んでいる。どこだと追い込みやすいだろう。どこへ逃げ込めば隠れやすいだろう。
考えるべきことは、いくらでもあった。
それでも時間を無駄にすることなく、バビル2世はまっすぐヨミの居場所へ向かって躊躇いもせず歩を詰めてゆくのだった。
ひとりの若者が現れた。
バビル2世は怪訝な顔をする。こいつ、心が読めない。超能力者か。
装束はアラブ風だ。CIAのメンバーではない。
ヨミも自分の顔を自在に変えられるが、ヨミ本人ではないようだ。
殺気を身にまとっている。
それはすなわち、こいつが実戦慣れしていないことを示している。
歴戦のツワモノならば殺気は消しておくものだ。相手に警戒されてしまうなんて、ちょっとオツムが足りないね。
若者の姿が消えた。
ほう。素早いジャンプだな。
風の動きから着地点を推定する。
2世も瞬時に動いた。
若者、すなわち3世が着地する真下で待機する。
驚いたのは3世だ。
2世の背後に回るつもりで跳躍したのだが、目の前で2世が構えている。
両腕を広げて、俺を受け止めようとしている。
すかさずショックに備えた。
着地寸前、強烈な電撃に全身を貫かれた。
服が勢いよく焼けて飛び散る。なんてパワーだ。
ひるんだ一瞬後には、足をつかまれていた。
ひっくり返される。地面に顔がめりこむ。ぐふう!
背中を押さえつけられ、身動きがとれない。
これが2世の実力か。手強すぎる。どうやって……
3世の心に怯えが生じた。
その空隙を、第2弾・第3弾の衝撃波が襲う。
内臓がちぎれ裂けたかと思った。
激しく嘔吐する。真紅の滝が飛沫をあげる。
耳鳴りが脳を突き刺した。
頭蓋骨まで叩き割られた気がする。
何に喩えたらよいのだろう、この苦痛を。
鋼鉄製の足で何度も何度も何度も踏みつけられながら死ぬことをゆるされない、そんな責め苦だ。
ポセイドンは来ていないよな。バビル2世ただひとりだ。
それで、これか。
……かなわない。
若者は、血涙をほとばしらせながら、気絶した。