バビル2世は、地面にめりこんだ敵の体が動かなくなったことを確かめながら立ち上がる。
焦げた臭気が一面に漂っている。
久々に全力を振り絞ったな。きもちよかった。
CIAのザコ相手にこんな充足感は味わえない。手加減してやってもすぐ死ぬし、2世の相手をさせられたくないからと強くなろうとしない小狡い輩も最近はすこぶる多いからな。
さて。
この男、心臓はまだかろうじて動いているが……
いったい何者だ?
「なあ、ヨミ。教えてくれ。誰なんだコイツ」
樹の陰から、老人がおそるおそる顔を出した。
豊かな白鬚に負けないくらい、顔面も蒼白だ。
この少年に勝てるわけがないと、すっかり観念している風である。
無理もなかろう。
自然と、ふたりは岩場に並んで腰をおろした。
まるで何十年かぶりに再会した兄弟であるかのように、穏やかな対話が始まる。
「彼は、バビル3世だ。バベルの塔から正式に承認されたと言っていた。
たしかに実戦経験は未熟だったな。
殺さないでいてくれたことを感謝する」
「バベルの塔ってまだ生きてるのかい。イスラム国を叩き潰したついでに空爆で完全に吹き飛ばしたと思っていたんだがなあ。
僕は資格を剥奪されてたのかあ。無理もないね」
「あの大空襲は、おまえがやらせたのか。
バベルの塔を破壊させたかったがために。
なんと……なんと、おそろしいことを」
「人類の、より正確には偉大なるアメリカ合衆国のテクノロジーは、バベルを超えた。だからもう、あんな旧式コンピューターには用が無いんだ。
しかし中東はまだまだ戦乱が続くだろうから、反米勢力が見つけて利用しないとも限らない。
だったら消し去っておこうと考えたまでさ。
単純な計算だよ」
「3つのしもべは、バベルの塔が中枢となって無線で制御しているのではないのか?
バベルの党が無くなれば、3つのしもべも動かなくなるだろう。そうは考えなかったのか?」
「3つのしもべかあ。最後にあいつら使ったのって、いつだったかな。
ロデムは別格として、ロプロスとポセイドンは21世紀の水準ではローテクすぎるよ。ステルスだってついちゃいないし、あれだけ目立つんじゃあジャーナリストにつきまとわれてしまう。
だから動かなくなってくれるとしたら、その方が好都合ではあるね」
「ロデムは、今も傍にいるのか?」
「とっくにお別れした。
あいつは知能を持っていたろ。僕のやることを全肯定してくれやしないからな。
だからコマギレにして、核のゴミとブレンドしながら鉛容器に詰めて、各地の処分場へ投棄した。さすがに復活は無理なんじゃないかねえ。
映画で似たような液体金属怪人を殺すときは溶鉱炉に突き落として始末したみたいだけど、僕にはあれがひどく雑な処理方法に見えたから、もっと徹底したんだ」
「なあ……おまえの最終目標は何なんだ?
そこまで徹底的に……邪魔者を排除して、その先にいったい、何をするつもりなんだ」
「永遠平和の樹立だよ。
地上からテロリストを撲滅し、健全で良識的な人間しかいない世界をつくる。
あとちょっとで夢が叶いそうなんだ。
ああ、この一帯なら放置しておいてあげてもいいよ。僕に逆らいさえしなければ、元・テロリストでも、元・世界征服志望の野心家でも、自由に生きていればいいさ」
「元・世界征服志望の野心家……とは、わしのことか」
「もちろん」
「世界征服か……おまえが今していることは、それとは違うのか?」
「アハハ。似てるかもしれないね。
でも、世界征服をたくらむ者が2人いたら争いごとが生まれちゃうじゃないか。
ヨミ、僕と初めて会った日のことを覚えているかい?
あのとき君は、初対面の僕に、世界征服が夢なんだって明かしたんだよ。失言だったね。
その瞬間、僕はこいつを排除しておかねばって決意したんだ。
なつかしいねえ。こんな長いつきあいになるなんて、想像もしてなかったけど」
「今更だが……ほんとに今更なんだが、納得がいったよ。
口は災いの元か。まったくだ。
わしがあのとき口を滑らせさえしなければ、何もかもが、違った展開になっていたわけだな」
「政治の世界で致命的な失言はよく在ることだし、歴史にイフは無いんだよ。そして、結果は力が決めるのさ。
ところで、ひとつ頼みをきいてもらえないかな。
この……3号だっけ。息を吹き返したら、僕への憎しみを焚きつけてやってほしい。
今日の悔しさをバネにして、もっと力をつけて僕を殺しに来るよう仕向けていってほしいんだ。
どうだろう。それなりの謝礼は用意しておくよ」
「なん……の冗談だ?
おまえを殺したいと思うように仕向けろだと?
何のつもりなんだ」
「わからないかな。僕は退屈してるんだ。
CIAの幼稚園児ども相手にウンザリしてるんだよ。
世界中が偉大なるアメリカ合衆国にひれ伏している。この先、強い敵なんて、ますます出て来なくなると思う。
平和って実に、つまらないものだねえ。
そこで、この、三等兵だっけ、こいつを鍛えてやってほしいんだよ。僕は刺激が欲しいんだ。
できれば全盛期のヨミよりも強い男に成長させてほしい。そして不意打ちをかませに来てくれれば最高だね。
僕はいつでもラングレーにいるわけじゃないけど、まあ、行方探しもゲームの一要素ということで。どうだい」
「断る。……と言いたいところだが、わしにそんな選択権を与える気も、どうせ無いんだろうな」
「ものわかりがよくてありがたい限りだね。
もちろんヨミも老師として本気で僕に挑みかかってきてくれていいよ。手下もいくらでも使ってくれ。
ああ。ほんとうに、そのくらい心底退屈しているんだよ僕は。
じゃあ、待ってるから。
また会おうヨミ。しばしのお別れだ」
バビル2世は、どこへともなく去っていった。
毎度のことだ。こいつは用が済めばさっさと消えていくのだ。
すぐに次の獲物を探すのだろう。休む間もなく。
ああ。もとをただせば5000年前、頭のイカれた宇宙人が地球へ不時着したのが諸悪の根源だったといえよう。だが今更とりかえしのつく話でもない。
ヨミは考えた。
この邪悪な連鎖を断ち切れるのは、自分だけかもしれない。
3世を死にものぐるいで鍛え上げよう。バビル2世を斃すのだ、次こそ。確実に。
奴のつくろうとしている、こんな世界征服が、あってたまるか。たまるものか。
ヨミの心に、いま新たなる野望が生まれた。
それはやがて、アメリカ合衆国国民を除いた人類すべてにとって希望の灯となってくれるはずだ。
間に合ってくれればよいけれどね。
(おしまい)