ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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 毎度、誤字脱字報告、感想ありがとうございます。

 長いです。
 でも、分割もアレなのでご容赦下さい。


2013秋、凱旋門賞(終:4/4)

 ヒシケイジって馬の第一印象は――まぁ、悪くはなかった。

 負けたのは悔しいが、オルフェーヴルも良くなついていた。

 

 何も言わずとも良くハミを嚙む、いい馬やけど、いい馬なんやけど。

 ワンテンポ、どこか騎手の反応を待つような、怒られ慣れた子供みたいな馬やと思った。

 

 自分から走るっていうよりは、誰かのために走る馬は苦手や。

 ボクの騎乗っていうのは、自分からハミを噛む馬がいい。

 

 分からんか、この差。

 兎に角、そういう馬やないといかんのよ。

 

 だから、ヒシケイジには石破 志雄が合っていたって分かる。

 一旦は、理屈として――分かっていた。

 

 まぁ、面識ないわけじゃないから、初対面じゃなかった。

 ただ、スかした野郎だなとは思っていた。

 

(意固地になって、成長しない頑固な姿がカッコいいとかまさか思ってないよな?)

 

 無愛想で、友達が少ないなんて、ボクとは正反対――

 

 その上で、よく叩いて曲げないように走る騎手。

 似ているようで、実態は真逆に近いアイツは正直眼中になかった。

 

 だって、アイツ“へたっぴ”やったもの。

 

 素質はあるが気性が悪い馬を、教本通りに走らせる技術って、何?

 マイナスをゼロに戻して、どないするん――それで勝てる?

 

 だから、アイツは下手やった。

 

 厩舎所属で馬が回ってきて、オープンや特別でマイナス同士で走る分にはええよ。

 素質の分のプラスでどうにかなる――でも上は、そんな甘くない。

 

 馬が奇跡を起こして、誰かのために走ろうとでもしない限りは――負けないと、思ってた。

 

 だから、芙蓉ステークスで負けた時は結構堪えたわ。

 ケイジは素質馬だったとはいえ、オルフェーヴルはそれ以上だと思ってた。

 

(騎乗技術の差はない、馬の差? 何の差やったのか――)

 

 まぁ、答えのない問いです、と。

 明らかではないことに、思考を割くのは無駄。

 

 だから、朝日杯で勝ったアイツらを、皐月賞で差し切ったときは――ただ嬉しいだけやった。

 

 けれど、日本ダービー。

 男子三日会わざれば、刮目してみよ――的な?

 

 理不尽な加速で差し返されそうになったとき、正直何って思った。

 ここで負ける? まさか――なんて。

 

 でも、オルフェーヴルは応えて、勝って叫んだ。

 交通事故で記憶喪失になるまで、一生忘れないレースやった。

 

 だけど、ケイジの恐ろしいところって、学ぶとこにある。

 宝塚記念、見てたから分かる。

 

 ヒシケイジはあの理不尽な加速という“技術”を使いこなせるようになっていた。

 

(こりゃ、あかん)

 

 ――と、思った。

 

 石破 志雄、ヒシケイジ――もう無視することは出来なくなっていた。

 

 菊花賞、降着とはいえ一度はオルフェーヴルを抜き去った

 

 話してみれば、何や――可愛いもんですわ。

 ガッツのある、良い後輩やん。

 

 良い馬との出会いは騎手を変える。

 ヒシケイジに出会って、石破 志雄は明らかに変わっていた。

 

 いい方向に働いた。

 有馬記念、最高やった。

 

 だからこそ、オルフェーヴルが燃え尽きるのはある意味仕方ないことやったわ。

 二人が羨ましかったか――そんなの当然ですわ。

 

 兎と亀――

 血統が作った天才vs努力し続ける才能――

 

 オルフェーヴルに欠けていた意思を、ヒシケイジは持っていた。

 

 だから、五月――オルフェーヴルが復活したことが分かって、六月、宝塚記念で勝ったとき――達磨に目が入ったんだって、思っとった。

 

 ま――悔しかったわ。

 凱旋門賞、出れないって分かって、タケさんとシバタさんが残念会やってくれたあと――

 

 泣いた。

 久々に声出して泣いたわ。

 

 泣きはらした日の朝に石破 志雄が電話かけてきて――

 

 ま、騎手のよしみで、色々教えてやって。

 で、オルフェーヴルが負けてまた泣いた。

 なんで教えといて泣くんやと言われると、もう覚えてない。

 

 だから、今――理由を付けるなら、多分ボクはオルフェーヴルが好きだったんや。

 好きなものが、悔しそうな、あんなに悲しい顔をすることに耐えられなかった。

 

 ボクが乗ってれば――もっとやりようはあった。

 そう思いながら乗った、ジャパンカップは最高やったな~

 

 イワタさんが、突っ込んできてどーなるかと思ったけど、オルフェーヴルも、ヒシケイジがいたから最後まで勝つために走った。

 

 日本二強ってレッテル貼られて、暴君と豪駿と並んで書かれて――

 ヒシケイジさえ居なければ、オルフェーヴルが一人世代の頂点に立てたかもしれない。

 

 そう思うことはある――でも違うわ。

 ヒシケイジが居なかったら、オルフェーヴルはきっと大切なこと何も知らずに走ってた。

 

 だから、やっぱりヒシケイジ、石破 志雄。

 お前ら二人、嫌いにはなれん。

 

 オルフェーヴル、お前もきっとそうなんやろうな――

 目の上のたん瘤にしてはデカいアイツらと走ると――なぜか心が躍る。

 

 無限回見返したか分からない去年の凱旋門賞の録画を見て――

 ボクの頭が狂ったかと思ったが、そうではないらしい。

 

 そうか、タケさんも言ってた通り――馬にはボクたちの気持ちが伝わる。

 ボクたちの熱意が伝わる、逆はもう言うまでもない。

 

 オルフェーヴル、感じてるで――お前は楽しんでいる。

 楽しむことを思い出して走っている、でもまだ、それが勝つことと結びついていない。

 

◆◇◆

 

 オルフェーヴル、お前は今――最高に楽しんで走ってる。

 

『その前にトレヴが行っています。フランスのオークス馬トレヴ後ろにつけている』

 

 今だってそうだ――と、生添 賢治は手綱を強く握った。

 オルフェーヴルを宥めながら、ゆっくりと位置を上げて、トレヴの後ろに付けてながら思ってた。

 

 前走、フォワ賞では、微妙に反応が悪くて苦労したわ。

 ヒシケイジは、今日みたいにガンガン逃げて――

 結局、折り合いが付かずに負けて、ボクのプライドはズタズタになった。

 

 でも、今ならわかる。

 新しく覚えたフローの感覚が“馴染み”過ぎて、勝つための走りに意識を切り替えるのに苦労したんやろ。

 

(逆に言えば、ヒシケイジは初めからスイッチが上手くいってたってことで、アレはマジで化け物って感じです)

 

『ケイジは前に前に、ここでテンを取って、速度が落ちない、むしろ上がっていく!!』

 

 オルフェーヴル、ケイジに何を吹き込まれたのかと思ってたけど――ああ、ほんと――今になって、やっとわかった。

 

 そうか、ヒシケイジ、お前はオルフェーヴルに楽しんで欲しかったんか。

 楽に走るのと、楽しく走ることは似ているようで、まったく違う。

 

(ま、ハミを噛まないって意味じゃ同じやけど――)

 

 競馬は耐えて、競って、勝って負けてを繰り返す苦しいスポーツじゃない。

 走ることは楽しいんだ、生きてるだけで儲けものだと――オルフェーヴル、ただ走れ――と。

 

 お前は、バカなりに、そう伝えたかったんか。

 残り短い競走馬生活で、悔いなく走ってほしいって思ったんか――

 

 本当に、ありがとな――ヒシケイジ。

 お前がオルフェーヴルの友達で、本当に良かったわ。

 

『さぁ残り600、四コーナーカーブから直線だ、いよいよここからが勝負だ凱旋門賞!!』

 

 オルフェーヴルはこの1800m――ずっと、楽しんで走って来た。

 

 完全に走りのモチベーションが違った。

 体への負担は最低限に、競争自体へのボルテージを上げたうえで、脚をずっとずっと貯めるような走りになっていた。

 

 それでも、ハミを噛まないのは、闘争心よりも楽しさが勝っているからだ。

 今此処から、勝つために走ろうっていう気さえ、起こせばいい。

 

 出来る、出来る、ボクなら出来る!!

 だって、オルフェーヴルは、勝つために本気で走れる馬なんだから――!!

 

『さあ、最ウチから抜け出したのは白地に青のアクセント、豪駿ヒシケイジ、既に三馬身リード!!』

 

 ああ――仕組みが分かれば、やりようがある。

 フォワ賞は、機嫌悪いんかと思って、馬に任せたのが良くなかった――

 

 ボクが本気出して、勝ちに行けばいい。

 馬に、ジョッキーが本気で気持ちを伝えればいい。

 

 こっから――ボクは、オルフェーヴルお前のリズムと一つになる。

 ただ、オルフェーヴルのペースに合わせて、ボクの“本気”をオルフェーヴルに伝える。

 

 簡単や――練習した!!

 騎手として、馬をゾーンに入れるためには、基本的には馬がやる気を出したとき扶助しながら自分をゾーンに入れる必要がある。

 

 ボクはもう、フローに入ってる。

 何故ならオルフェーヴルに乗るってこと、それ自体がボクにとっては“挑戦”だから。

 

 フラッシュの閃光が脳天を突き抜け――ターフの緑が遠く感じる。

 そうして、ボクはただ一心不乱に――目の前の馬を追わせる。

 

 どうや、オルフェーヴル――お前が一番好きなシチュエーションやろ。

 楽しい追いかけっこの始まりや――

 

 前菜はフランス産、無敗のオークス馬。

 メインは春古馬三冠、GⅠ八勝のライバル。

 

 最高ォ――誰が見ても、これ以上はない。最高のシチュエーションやん。

 

『二番手はトレヴ、ティエリア・シャルネン。ヒシケイジ突き放す、連覇なるか』

 

 目の前で気持ちよさそうに逃げるヒシケイジ――お前を今日こそ喰う。

 

「オルフェーヴル、楽しみながら!! 本気出せや!!」

 

 そう――ヒシケイジ、石破 志雄、このバカ共が――才能ナシの凡才野郎共が――

 なんで、なんで、おまえらは馬が楽しんでいる素晴らしさに気づかない?

 

 ええよ、分からないなら手本を――見せてやる。 

 修羅場を楽しんで奔る馬は――こうやって乗ればいい。

 

「オルフェーヴル、さぁ、行け!!」

 

 生添 賢治が、闘争心を全開にして手綱を扱く。

 すると、オルフェーヴルがズドンと爆発するように、びゅんと風を切って前に進んだ。

 

 オルフェーヴルはみるみるうちにトレヴのソトを駆け上がる。

 まるで大人が子供を抜き去るような、それが当たり前の自然現象かのような理不尽な加速でトレヴの外を抜き去っていく。

 

『いや、オルフェーヴルが上がる!!』

 

 再度の加速、余裕をもってトレヴを抜き去る。

 

 そうだ、いいぞ、オルフェーヴル――これを待っていた。

 お前が本当の意味で、完全に“出し切れる”日が来るのを待っていた。

 

 なんで、馬のテンションをあげる技術が貴ばれるって、思ってる?

 

 本来、馬は、本気を出すのが嫌な生き物だ。

 ガチで走るのが本質的に好きな馬なんていない――

 

 どれだけボク達が頑張っても、馬が“本気”を出す時点で、馬は無理をする――

 けれど、今、オルフェーヴルは自分から楽しもうとしている。

 

 自分からテンションをあげて、喜んで走ってる。

 

『さあ、オルフェーヴル来た、オルフェーヴル来た!!』

 

「なぁ、分かるか? この意味が――」

 

 馬が自分から喜んで走ることの意味が――分からんなら、教えてやろうか。

 

「なぁ、お前、本気で楽しんでるか――?」

 

 オルフェーヴルが――全身で歓喜を表現しながらも、勝利に意識を集中して邁進する。

 

 当然、後方で豆粒になったトレヴは騎手も日本語分からんから、答えは返ってこなかった。

 返す必要もない。

 

 才能だけで、ここまで来た奴らには、ボク達の覚悟は分からん。

 真の天才が、生まれながらにしての王者が、血のにじむような努力の先にたどり着いた――この領域が分かるのは!!

 

「お前らだけや!! 石破 志雄……ヒシケイジ!!」

「ケイジ――オルフェーヴルが來るぞッ!!」

 

『ケイジ逃げる!! オルフェ追う!! 豪駿対暴君、日本二強、世界の大舞台で、!!』

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 凱旋門賞、パリ・ロンシャン競馬場。

 

 その最終直線、オルフェーヴルが一年ぶりの舞台で、天に誓った復讐を果たそうとしていた。 

 

 普段は満身の毛穴が、心をよそに、敵へ対して、針のようにそそけ立つようなオルフェーヴルの走りが今日は違った。

 まるで、心が、天地と共に澄みきろうとするような――嵐の中に、自分だけは快晴であるかのように、その馬は駆けだしていく。

 

 オルフェーヴルのピッチがさらにさらに上がっていく。

 走りへの歓喜が、脳内を埋め尽くすフローの熱が、熱狂が、オルフェーヴルという馬のポテンシャルを120%まで引き出していく。

 

『さあ、残り200を切ったケイジ先頭だ、差は一馬身!!』

 

 ピッチはさらに、さらに上がっていく。

 

 オルフェーヴルは前に、前に、ヒシケイジを追い抜こうという意識と共に前に、心底楽しみながら前に駆けだしている。

 後先考えない“本気”とはワケが違う――楽しんでいるからこそ、肉体が引き出せるリミッターの外れ方が違う!!

 

 辛いことも、集中していれば出来る。

 けれど、楽しんでるやつは、辛いことを辛いと思わず出来る。

 

 なぁ、石破クン、わかるか?

 楽しんでいるやつが、楽しむままフローに入ったらどうなると思う?

 

――パシィ!! とステッキの音が響く。

 

 石破クンが逃げようと、ヒシケイジを急かす。

 技術がないゆえの、お祈りステッキ――なんて情けない。

 

 ヒシケイジは既に出来ることはだいたいやっとる。

 残ったのは、気力だけ――その気力をオルフェーヴルの全力で粉砕する!!

 

『日本二強一騎打ち、石破 志雄、叩く!!』

 

――パシィ!! とステッキの音が響く中、オルフェーヴルのピッチが上がる。

 

 重馬場のはずの芝が、まるで良馬場みたいにオルフェーヴルを前に進めてくれる。

 ヒシケイジは速度を維持しながらも、何とかマージンを維持しようと、可能なら広げようと頑張ってる。

 

 さぁ、来るやろ――ほら、加速や!!

 ヒシケイジが、ワンテンポ遅れて加速するのに合わせて、オルフェーヴルの手綱のリズムをワンテンポ早く!!

 

 すると周囲の景色がもう、見えないほどの加速が來てオルフェーヴルは、外から一杯のヒシケイジに並んでいく!!

 

『来た!! 来た!! 来た!! 来た!! ソトからオルフェーヴル来た!! ヒシケイジ一杯だ!!』

 

 何やコイツ!! 来世はスプリンターも行けるんと違うか?

 最高や、もっと――もっと走りたかった!!

 

 オルフェーヴル、お前を見て、本当に走る馬がどういうものか教えてもらった。

 

 ありがとな――!!

 

 そう思った直後、ボクの意志が伝わったように、オルフェーヴルが真に躍動した。

 さらにピッチのペースを上がり、視界からヒシケイジが消える。

 

『ソトから捲った!! オルフェーヴル先頭ォ!!』

 

 会場が悲鳴と歓喜に塗り替えられた。

 オルフェーヴル、尾花栗毛の美しい馬体が、圧倒的な速度で残り50mを駆け抜けていく。

 

 その日のオルフェーヴルの走りは――悠々と、優雅に、それでいて気品と暴力を形にしたような走りだった。

 クラシック戦線を魅了したあの頃よりもずっと雄々しく――何よりも、生の歓喜を形にしたような走りだった。

 

 黄金の王者、オルフェーヴル、一頭の王の走りが、今ここに完成した。

 

 鞍上の生添 賢治の視界に、ゴールがどんどんと迫ってくる。

 この期に及んで、まだ加速を続けるオルフェーヴルが、最後まで一切期を抜かずにゴールを駆け抜けていく。

 

「オルフェーヴル、お前本当に最高や!!」

 

『オルフェ先頭!! オルフェ先頭!! オルフェ先頭ォ!! 圧勝!! オルフェーヴルが圧倒的圧勝ォ~~~~~~~~~~~~~~!!』

 

 はは、まぁ、当然の結果やね――

 ボクは、出し切って嬉しそうに走っていくオルフェーヴルの脚を緩めていく……!!

 

 呆然としてる石破クンと、悲しそうなヒシケイジがロクに減速せずに脇を抜けていくから――寄ってやって、拳を出す。

 

 石破 志雄は静かに此方を見ずに拳を合わせる。

 

 悔しいでしょうねぇ。

 ヒシケイジも、まるで人間みたいにヘコむやん。

 

 でも、悔しくても負けは負けや――

 死ぬほど、苦しいやろうけど――

 

 反省して、次で捲るしかない。

 お前らはそれが出来るって信じてる。

 

 だから行け――お前らは先に行け。

 

『生添 賢治――凱旋門賞!! 今年は五馬身で一着、オルフェーヴルッ!!』

 

 そうして、ボクらは豪駿を送り出して、ターフで一人と一頭になった。

 

 勝った、まぁ、勝ちますね――勝ちますよ、そりゃ――勝ちますよ。

 オルフェーヴルが1800mまで脚を貯め切ってた時点で、レースの勝敗は決まったようなもので……

 

『2013年、第三次競馬ブームの隆盛、ここに極まった~~~~~~~~~~~~!! またしても日本馬が夢を果たしました!!』

 

 それでも、オルフェーヴルが勝った。

 

 勝った――!!

 

 勝った、勝った――勝った――!!

 

 凱旋門賞、ボクの手でオルフェーヴルが――勝った!!

 

「うわあああぁぁぁーーーーーーーーーッ!! 勝ったあああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

『夢を掴んだ生添 賢治、今ゆっくりとガッツポーズ!! オルフェーヴル、今日はヒシケイジを追い落とした!!』

 

 

 気づけばボクの手は、天高く上がっていた。

 ガッツポーズのように突き上げられた拳に、機嫌を悪くしたのか――

 

 オルフェーヴルがそっぽを向く。

 

 あれ、そういうタイミングですか?

 

『最終直線、三度は伸びて日本二強が二年連続連対独占!! 二年連続のワンツーフィニッシュです!!』

 

 もう少しお前も喜んでいいんやで――

 だって、今日お前は本当の意味で世界最強になったんだから――

 

「おろ」

 

 そんなこんなでボクが感慨にフケる暇を与えてくれないのがオルフェーヴルという馬なわけです。

 世代の王者オルフェーヴルは、喧噪を嫌ってか、まだまだ走り足りないかのようにポクポクとスタンドから離れるように歩いていく。

 

『勝ったのはオルフェーヴル!! 春のドバイ以来、三戦ぶりの勝利は!! 世界最高の舞台!! 凱旋門賞を制しこれでGⅠ八勝目!!』

 

 ボクはオルフェーヴルを何とかなだめながら、ゆっくりと陣営の皆が待つスタンドの方へと歩かせていく。

 澄んだ青空を見上げながら、ボクは晴れやかな気持ちでスタンドにゆっくりと一礼した。

 

『運命は、世代に王を二頭並び立たせることを選んだ!! 豪駿と暴君、GⅠ共に八勝!! 暴君と豪駿の圧倒的な競い合いに健闘をたたえる拍手鳴り響く!! 着順掲示板には一着八番オルフェーヴル、二着十一番ヒシケイジ。二着ヒシケイジに五馬身差をつけての勝利となりました』

 

◆◇◆

 

 日本二強、二年連続ワンツーフィニッシュ。

 そのセンセーショナルなニュースは、その日、日本中を最高の熱狂に湧き上がらせた。

 

 オルフェーヴル、凱旋門賞。

 オルフェーヴル、GⅠ八勝、レーティング140は確実か。

 

 誰もがその日、日本競馬は躍進の果てに一つの隆盛を迎えたことを理解した。

 日本が競馬という領域で間違いなく世界の頂点に立った。

 

 三日後、日本に帰国した生添 賢治は昨年の石破 志雄同じように羽田空港でインタビューを受けた。

 

――皆さん、大変お待たせ致しました。凱旋門賞で劇的な圧勝をオルフェーヴルで果たした。生添 賢治ジョッキーです。おめでとうございます。

 

「ありがとうございます」

 

(生添 賢治、晴れやかな面持ちでファンに一礼、空港に集まったファンからの歓声)

 

――ドバイシーマクラシックで世界の頂点を掴んだ後、オルフェーヴルには悔しい競馬が続いていました。そんな中、昨年の覇者豪駿を退けての凱旋門賞一着でしたが、率直な気持ちをお聞かせください。

 

「そうですね。悔しくなかったかと言われると嘘になります。でも、当日走る時には昨年のこともあるし、(陣営がオルフェーヴルを)しっかりと仕上げてくれましたし、何としても、勝たなければという気持ちだったんですけど――走っているうちにオルフェーヴルの調子が良いことが分かって、それを活かしきれたので、人にも馬にも、皆さんにも本当に感謝しています」

 

(歓声)

 

――レースなんですけれども、三コーナーを回ったあたり、フォルスストレートから少しずつ前に出す形でした。あのあたりは想像通りだったのでしょうか。

 

「そうですね。道中は、とにかくオルフェーヴルって感じなので宥める感じで折り合ってレースを進めていきました。坂を下ったあたりで、ちょっと馬のリズムが思った以上にノっていたので、ポジションだけでもあげていこうと、トレヴが出て行ったのを見て――動かしていった形になります」

 

(行き当たりばったりかよ!! などとヤジが飛ぶ)

 

「いや、そこからは、もう……そうですね。オルフェーヴルが、すごい走りたがっているのは分かったので、とにかくヒシケイジと叩き合う形に持っていきました」

 

――直線、抜け出してからは、オルフェーヴル。一切、他の馬を寄せ付けませんでした。

 

「そうですね。もう(ヒシケイジを)抜いたところで、今日は追いつかれないだろうなって分かっていたのと――オルフェーヴルが前に前に行きたがって、ボクもそれに合わせて必死に合わせていたら、気づいたらゴールしていたので、来ないとは分かっていたんですけど――オルフェーヴルが本当に、頑張ってくれて……頑張ってくれたと思います」

 

(大歓声)

 

――オルフェーヴル、ついにGⅠ八勝ということですが、ドバイシーマクラシックからの凱旋門賞の勝利、世間では種牡馬入りの声も上がっています。生添騎手の口から、何か我々競馬ファンに語れることはありませんか?

 

「いやー、難しいですね。ボクの口からは何とも……」

 

(ブーイング)

 

「でも、生枝さんからは後に乗れるところは全部、最後まで乗ってほしいって言われています。ヒシケイジとの対決は避けては通れないと思っていますので――覚悟しています。次回も勝てるように頑張ります」

 

(オオーという声)

 

――では最後に、本日は生添騎手とオルフェーヴルを応援するファンの皆様が羽田空港の会場へと集まっています。どうか集まったファンの皆様に是非、一言お願いします。

 

「オルフェーヴルは、2011年、あの震災があった年にクラシックで三冠馬になって、みんなに夢を届けられた馬でした。有馬記念を勝って、天皇賞で負けて――宝塚記念勝って、去年の凱旋門賞で負けて、オルフェーヴル自身、思うがままにならないことに苦しんでいた姿を覚えています。ボクにもう騎乗が回ってこないんじゃないかと思う日もありました。それでもオルフェーヴルは、毎日毎日、ひたむきに――今日のレースに勝とう、凱旋門賞を取ろうという意志を持って、皆さんの応援を受けて走ってきました!!」

 

(生添 賢治、感情が高まる。会場から歓声が上がる)

 

「オルフェーヴルは最高の馬です。そんなオルフェーヴルが、やっと凱旋門賞に勝ちました!! 本当に、オルフェーヴルを勝たせてあげたことを、この場に居る皆様や、全国の競馬ファンと一緒になって喜べることが、今嬉くてたまりません!! そんな走りが凱旋門賞で出来たのも、ひとえに皆様の応援のお陰です!! これからも競馬関係者は、騎手は、馬は、勝利の喜びを競馬ファンの皆様と分かち合えるように出来るように頑張ります!! 」

 

(生添 賢治、深く一礼する)

 

「これからも応援よろしくお願いいたします!!」

 

(一礼の後、歓声と共に拍手が30秒ほど続く)

 

――まさに圧倒的な王者の走り、世界最高の騎乗でした、おめでとうございました。

 

「ありがとうございました!!」




 誤字脱字、感想お待ちしております。
 明日も1800投稿予定です。
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