ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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誤脱報告、感想ありがとうございます。

クリスマス忙しすぎる。
ちょっと分割します。

(12/24:1/2)


ヒシケイジ、相棒と走る。

 2013年10月17日。

 その日から、ヒシケイジは調教を再開した。

 

 午前、軽い曳き運動から始まり、体が温まったところで、信楽ノーザンファームのダートコースをキャンタ―で流していく。

 俺は何も言わず石破 志雄に従うままにコースを走った。

 

 秋晴れの信楽は涼しく、速度を上げれば上げるほど吹き抜ける風の感触が気持ち良い。

 時にゆっくりと、時に石破 志雄の扶助に合わせてペースを上げ――俺はただただ走ることを楽しんでいた。

 

 幸いにしてここ一週間ほどの葛藤は肉体にとっては適度な休養として作用していたらしい。

 久方ぶりの調教は、思いのほか滞りなく進んだ。

 

 そうして、思う存分に体を動かし――

 存分にトモを温めたところで、俺は相棒に促されるままに一八〇〇mのウッドチップコースを駆け抜けていく。

 

 土井さんに見守られながら――たった一頭、正しくは、一人と一頭の道行だった。

 

 初めはゆっくりと、信楽の日が傾くなか――

 ぐっとトモに力を入れて、高い雲の下をのびのびと駆け抜けていく。

 

 ここ二カ月の間、当たり前になるくらい相棒と一緒に走ってきた。

 俺は後何度、この当たり前の日々を過ごすことが出来るのだろう。

 

 そう考えると、俺は今、自分の走りに手を抜くことは出来なかった。

 走ろう――ただ走ろう――思うがままに、走る。

 

 ヒシケイジ、誰のためでもない。

 自分のために走るんだ。

 

 そうして――日の光が傾くくらいに相棒と共に走って、走って、走って――

 丁度今日の調教が終わるところで、俺がゆっくりとクールダウンするように走る中――

 

「なぁ、ケイジ」

 

 鞍上の相棒は、やっと口を開いた。

 

「ブヒ?」

「オルフェーヴルに、あの走り方教えたのお前だろ?」

「ブ、ブヒ~~~~!」

「別に怒っちゃいない。お前はそういう馬だからな……」

「ブヒ……」

「ま、つまりバカってことだよ――バカなヤツだよ!!」

「ブヒ!?」

「ちょっと走れるようになったからって、なんでも出来るんだって思い込みやがって――」

 

 あ、相棒――言うに事を欠いてそれかよ――でも、否定は出来ない。

 俺が馬鹿な馬って言うのは、もう嫌というほど分かった。

 

 それでも――それでも俺は――

 

「そうだ、それでも、出来ないことを出来ない理由を知らないで足掻こうするお前が変わっていなくてよかった」

 

 そうだ、相棒――俺は、変わっていない。

 いや、正しくは何も変わっていなかったって思い出したんだ。

 

「天狗になっていた俺達が、あんな酷い負け方をしたんだ――」

「ブヒ~~~~」

「本当は今日、お前がさもう走る気が無くなってたら、オーナーはお前を引退させるつもりだったんだぜ!!」

「ブヒ!?」

 

 そうか――

 

「でも、お前もバカなりに、諦めるつもりがないなら――」

「ブヒ……」

「大丈夫だ、俺もバカなりに一緒に走ってやるよ」

「ヒヒーーーーーーーン!!」

 

 そうか――

 

「そうだ、俺はお前を信じる。ヒシケイジ、お前はまだ終わっていない――だから、俺の騎乗を信じろ!!」

「ヒヒィ~~~~ッ」

 そうだ、ここで諦めたら、積み重ねた敗北は本当の失敗になってしまう。

 

 最近、勝ったレースが重なっていたから忘れてしまっていた。

 俺は相棒と一緒に、自分より強い馬に“挑戦”して、“挑戦”して――そうして、ここまで来ることが出来たんだ。

 

 だから――もう一度、挑戦する機会をくれ――相棒!!

 

「ブヒッ、ヒヒッ」

「何だよ、ケイジ――調教はもう終わりだぜ――!?」

「ブヒッ、ブブヒヒッ!!」

「その目、まだ走りたいのか――いいぞ、じゃあ最後一本だ!!」

「ブヒッーー!!」

「その代わり走り方だ!! 挑戦しろ……凱旋門賞で、オルフェーヴルが見せたアレをお前もやるんだ!!」

 

 分かったぜ――相棒――!!

 俺は、その言葉に併せるように猛然に加速する。

 

 相棒がステッキを取り出し、俺に合図を入れた直後――

 俺は、俺の脚は猛然と加速を始める。

 

「ギョロ!? 石破ジョッキー!?」

 

 その光景を見ていた土井さんが、予定にない全開に驚く中――

 

 加速する思考の中で、ターフの先にはっきりと見える理想の自分は――

 より早く、遠いところを走るようになっていた。

 

 そうだ、俺の走りが高みに辿り着いて――

 それでもあきらめずに挑戦を続けているから――

 

 自分の中の理想が高くなったから、あの影は先に行くんだ。

 

(そうだ、オルフェーヴルーー俺もお前のいるところに行こう!!)

 

 俺はあの日のオルフェーヴルの姿を思い出していた。

 あの日の走りあの走り――あの走りは俺の理想の先の先を行く走りだった。

 

 走法の差じゃない、意識の差だ。

 

 そうだ、思い出せ、すべてのヒントは今までの走りの中にある。

 

 宝塚記念――俺が初めて、全開で本気を出し続けたときの感情を思い出せ。

 クラシック戦線――俺が、たどり着くべき場所まで挑戦を続けた時を思い出せ。

 凱旋門賞――あの全てをねじ伏せようとした勝利への渇望を思いだせ。

 

 ジャパンカップ――俺が初めて、楽しく走ることを意識したあの瞬間を思い出せ。

 春古馬三冠――俺が俺のままで、勝つことが当たり前になるくらい「理想」へと近づいた時のことを思い出せ。

 

 今――俺は楽しんでいるか、オルフェーヴルよりも走りを楽しんでいるか!?

 

「ケイジ――そうか、分かった!! 楽しみながら本気で挑め!!」

 

 相棒が鞭を入れた瞬間――俺の思考が切り替わったのを感じた。

 一日中、動き回ったお陰で疲弊した俺の全身から驚くほど苦しさが消えていく。

 走りへの意欲が、高まって高まっている今こそ――前に行くんだ。

 

 前に、前に――足を出して。

 トモで大地を踏みしめて、飛んで――飛んで――

 もっと綺麗に、もっと早く、もっともっと頭をバカにして――走りを楽しみながら没頭する。

 

 見える――見えるぞ――

 あの凱旋門賞で見えた、高い高い入道雲が――俺の理想の走りが――どんどんと俺に近づく。

 

 行ける――!?

 

 そう思った瞬間、ヒシケイジは気づけば自分が予定された一周を終えて土井さんの前に戻っていたことに気づいた。

 

(ダメか――!? ダメなのか)

 

「やり過ぎだ。駄目だ……今日はこれで終わりにしよう」

「そうだぜ、ギョロ、すげえ走りだけどさ――今日は、これで終わりだ……」

「ブヒィ~~~~!!」

「土井さん、俺は今からオーナーの所に行きます。ギョロのことを頼みます!!」

「ブヒィ~~~~~~~~~~~~~!!」

 

 相棒――土井さん――!!

 

 俺はその時、自分が馬で二人に一言も言葉を伝えられないことを心から呪った。

 けれど、そんな気遣いは必要ないかのように、土井さんと相棒は俺に走る理由をくれた。

 

 俺にもう挫ける暇なんてなかった。

 また一回り痩せた代わりに、どんどんと生気に満ちる土井さんのシャワーで体を洗い、その日は競馬情報を聞きながら早めに眠りについた。

 

 俺は高く上る月を見上げながら、コズミが痛むトモを庇うように寝藁へと寝転んだ。

 冷静に考えて、次で引退が決まってるのに、今更――何をやっているんだろう。

 

 ああ――俺はバカだ。

 お陰で――俺は今、馬生で思い描く限り最高に充実した日々を過ごすことが出来ていた。

 




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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