ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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誤脱報告、感想ありがとうございます。

(12/24:2/2)


ヒシケイジ、有馬記念を前に

 

◆◇◆

 

 そうして翌日、俺の元を訪ねてきた相棒と共に、一本のニュースが日本全国を駆け巡った。

 

 綾部オーナー、記者会見。

 ヒシケイジ、引退レースが決定。

 

 2013年12月22日――第69回、有馬記念!!

 

「ケイジ――最終追切までに、あの走りを完成させるぞ!!」

「ブヒィ!!」

「明後日から、おやっさんも来る。十一月は信楽で調整追い切りだ!!」

 

 やっぱり、やっぱり――

 相棒は最高だ。

 

 だったら、俺に出来る恩返しは一つしかない。

 

(勝とう、絶対に勝って――有馬記念を終えるんだ)

 

 そう決意したヒシケイジは、来る日も来る日も休養しながら走り続けた。

 その日から、俺の元に多くの馬がやってくるようになった。

 

 十月二十一日――

 

「ぶへ~!!」

「ブヒ!!」

 

 菊花賞を勝ち抜いたヒシテンケイが、休養のために信楽ノーザンファームにやってきた。

 

 どうやらテンケイは、いい騎手に巡り合ったらしい。 

 数日、体を休めた後は、俺と同じメニューを只管こなしている。

 

 十一月五日――

 

「馬鹿共が……ケイジ、お前は本来こんな本気の調教は御法度な馬なのに――マジになりやがって」

「ハハハ――見ないうちにヒシケイジ、大分仕上がっているようだ。おかげでテンケイのモチベーションも上がって調教師としては、これ以上の喜びはないといえるでしょう」

 

 久々に早山のおやっさんと、門田調教助手――いや、調教師が信楽ノーザンファームを訪ねてきていた。

 

 今日は二人で俺とヒシテンケイの追い切い調教をやるつもりでいたのだがが――

 

「いやぁ~!! 豪駿ヒシケイジ道場も、十二月で終わりと聞きまして!! この菅生!! ご協力させていただきますよ!!」

「クソッ、ケイジの様子を見に来たと思ったら、これだ――いい機会だから走ってやれ!!」

 

『どうしたどうした? もっと喜んでいいんだぜ!? ケイちゃん先輩が困っていると聞いたので、ゴルシ様が来てやったぜ!! ありがたく思えよ!!』

 

 フランスでGⅠ五勝目を掴んだゴールドシップ、秋の天皇賞を勝ちぬいたG12勝馬ジャスタウェイ――

 信楽ノーザンファームで保養していた馬達が、有馬記念前の調教として俺達と一緒に走ることが決まった。

 

 だったらいい機会だ――お前たちも俺の手で叩きなおしてやる!!

 

 そうして、ヒシケイジは追い切り調教の舞台で、ウッドチップコースを先に先にと逃げていく。

 容赦なく、ヒシケイジが逃げる中――他の馬は、調教師は何も言わず馬たちにヒシケイジを追わせた。

 

 残り三ハロン、相棒の鞭が飛ぶ――!!

 

 見えている――

 俺の真の理想の影が視界の奥に見えている。

 

 俺は奴に追いつくために、逃げながら追うように走っていく。

 本気を出す、出した上で楽しむ――その上で本気の上を目指す。

 

『やっべえええええ!! なんだアレェ!! ケイちゃん先輩、理解不能の領域に行っちまった!! この電波キャラが、絶対ぶっ飛ばす――ゴルシ様はァ、何度負けたってゴルシ様だぞォ!!』

 

『はは、ボス。なんか、楽しくなってきました――』

 

 残り二ハロン―ー俺は、一杯一杯のゴールドシップとジャスタウェイを遠く遠く引き離す。

 ヒシテンケイ? アイツはゴールドシップとジャスタウェイのさらに後ろに居る!!

 

 そうだ――俺を追ってこい――!!

 お前たちが居るからこそ、俺はもっともっと強く、速くなることが出来る。

 

 いいんだ、すぐに理解なんて出来ない。

 出来るはずがない――本気で走ることは一朝一夕で見に付くものじゃない。

 

 残り一ハロン。

 

 ヒシケイジの目の前に再三追いかけた理想の姿が迫る。

 もう片足がとどきそうなのに、追いつかない。

 

 それでも――それでも――

 俺はこの瞬間を、楽しんでいる。

 

 最高に楽しんでいる!!

 

「あの早山のおやっさん……」

「なんだ、菅生……」

「ホントに、ケイジは引退するんですか? 有馬が、ラストラン? あと一年あったら――」

「ハッ、今ですら、限界なんだ……ケイジは幾つも爆弾を抱えてる。それでも、最後に勝ちたい一心なんだ……俺がッ、どうこう言える立場じゃあねぇ!! ダメならダメだ!! それでいい!!」

 

 俺が帰ってきた後、クールダウンして戻ってきたとき、早山のおやっさんは――いつものように喚き散らしていた。

 けれど、その場に居たゴールドシップ、ジャスタウェイ、ヒシテンケイ――その騎手、門田調教師、菅生調教師。

 

 誰一人、言葉を発することなく口を一文字に結んでいた。

 ただしくは、感じ入っていたのだろう。

 

「そういうことならお任せください!! この須貝、厩舎をあげてケイジのラストランをサポートさせてもらいます!!」

「ハハハ、おやっさん!! 水臭いことは無しです。私、門田厩舎……思いっ切り勉強させてもらいましょう」

 

『ケイちゃん先輩、菅生のアンポンタン――ゴルシ様は、後300周は行けるぜ……』

『ボス、もう無理です……』

「ブヘ!!」

 

 それからというもの、俺達はインターバルを挟みながら週に一度のペースで追い切りの調教を行った。

 初めは1/2馬身は離れていた理想の姿に、俺は確かに追い付きつつあった――クビ――ハナ――

 

 差は確かに確かに縮まっていた。

 それでも、俺は理想の姿に追いつくことは出来なかった。

 

 十一月30日。

 翌日、栗東トレーニングセンターに帰ることが決まっていた日。

 

 俺は、ヒーターに当たりながら満身創痍で寝藁の上に寝転んでいた。

 

「ブヒ……」

 

 もう、蹄一つ、動く気がしない。

 

 俺はここ二週間、走って、走って、走って――走り切って、寝藁に倒れる日が続いていた。

 傍目から見たら、本当にバカをやっているのに――最高に充実している日々を過ごしている。

 

 じゃあ初めから――俺は自分のために走り続ければ良かったのか――

 いや、違うぜ。それは絶対にないと、心の底から断言できた。

 

「ギョロ……大丈夫か?」

「ブヒ……」

 

 俺が倒れていると、動かない俺を心配する土井さんが俺に語り掛け始めた。

 大丈夫だ……俺は大丈夫だ……

 

「ああ、分かってる。ギョロ――お前が大丈夫なことは分かってるんだ」

「ブヒ……?」

「それでもさ、俺はお礼を言いたいんだ!! ギョロ、ありがとな!!」

「ブヒ……」

「俺、フランスに行ったとき――これで最後だって思ってさ、凱旋門賞まで頑張ろうって思ってた」

「ブヒイィ……」

「でも、お前がさ、すげえ頑張って毎日走ってるのを見てるとさ――!! 俺がここで、何もしないなんてありえないよなって思ったんだ!! なぁ、ヒシケイジ!! 最後まで戦おうぜ――きっと、石破ジョッキーが目指してるところまで――お前は行けるよ!!」

「ブヒィイィ……」

 

 俺は土井さんの声を聞きながら、気づけば涙を流していた―― 

 

 ああどうしてこの人は、こんなに俺のことを想ってくれているのだろう。

 

 俺は、土井さんに凱旋門賞のことを、まだ謝っても居ないのに――!!

 あんなに頑張って、それでも俺のせいで勝てなかったのに……

 

 今さら本気で頑張る俺のことを見捨てずに――応援してくれている。

 俺は――だからこそ俺は――勝たないといけなかった。

 

 そうして、十二月がやってきた。

 がらんとしてしまった馬房の中、幾らかいたスタッフは皆門田さんの方に行ってしまったらしい。

 

「ギョロ……寒くないか……」

 

 けれど俺はさみしくない。

 俺の側には土井さんがいるから――

 

 そうして十二月五日――

 

「別に、早山厩舎の熱に当てられたわけではありません……」

「またまたァ!! 八割の仕上げでいいって言ってた、生枝さんが――ケイジの仕上がりを見て焦ったところはみてましたわ!!」

 

 栗東の坂路コースで行われた追い切りの場に現れたのは、普段通り芝居がかった生枝調教師と二か月ぶりの生添騎手。

 

「うひ~」

 

 そして、普段通りのオルフェーヴルの姿であった。

 その日は、まるで吸い込まれるような晴れた冬の青空が広がっていた。

 

「生添さん。よろしくお願いいたします」

「なんや、石破クン……男子三日会わざれば、刮目してみよ――かい」

 

 相棒と生添旗手が拳を交わす――

 そうして、俺達の追い切り調教は淡々と始まった。

 

 俺とオルフェーヴルの二頭が坂路に蹄鉄の音を轟かす中――

 

 残り三ハロン。

 

――パァン!!

 

 相棒から合図の鞭を受けた時、俺は目指すべき場所を完全に理解していた。

 

――パァン!!

 

 残り二ハロン。

 

 背後から、オルフェーヴルが迫る。

 そんな中で、俺の前を進む理想の影――その影に向かう中――俺は、無我夢中で楽しんでいた。

 

 残り一ハロン。

 

 ああ――そうだ、この感触だ――!!

 俺の本気だけじゃない、相棒と一体になるような、相棒の本気を感じて走るような走りがいい――!!

 

「石破クン……やるやん……流石はボクらのライバルってだけはあるッ!!」

「そうだ――その走りだ……行けるぞ、ケイジッ!!」

 

 十二月二一日。

 そうしてヒシケイジは、約一年ぶりの中山競馬場に脚を踏み入れていた。

 

 今――ヒシケイジの心の中を埋め尽くすのは、ただ只管の感謝であった。

 

 多くの人と馬の思いを背負って――

 その日、確かにヒシケイジは、馬として生を受けたいついかなる時よりも強く“再起”を果たしていた。




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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