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2013年12月22日。
中山競馬場11R、有馬記念――
翌日が祝日、他の大規模イベントと被りなし。
その結果、冬の中山競馬場にはヒシケイジという歴史を作った馬を一目見ようと集まった競馬ファンが、日本二強の引退レースを見守ろうと集まった結果、文字通り人の海が出来上がっていた。
その上でJRAは今日、この日を迎えるにあたり数々の準備を努力してきた。
全国二十会場、馬券購入も可能なライブビューイング。
地上波での中継放送――
会場自体のキャパシティーの拡大、荷物などの持ち込み制限。
可能な限りの施策を行った裏には、多くの競馬関係者の努力が確かにあった。
そうして、14時50分。
ついに有馬記念のパドックが、始まった。
第58回、有馬記念。
今年行われた豪駿ヒシケイジと暴君オルフェーヴルの隆盛に泣いてきた他の厩舎が、秋のグランプリとはいえこれ程多くの名馬が出走させた理由に答えられるものは、現れないだろう。
歓声の中、ヒシケイジが歩くパドックに集っているのは、彼と鎬を削った多くのライバルたち――
新世代の後輩三冠馬たち、ヒシケイジが歩む道を作った古豪の先輩たち、そして新時代を作るクラシック戦線の勝者たち――
ヒシケイジ見ても、常軌を逸した馬がこの場には集っていた。
「ケイジ……ケイジも今日で終わりか……」
「種牡馬価値が出なきゃ、後二年くらいは行けそうだよなぁ~」
ケイジの視界の中に集まった馬たち。
その誰もが、ヒシケイジを意識していた。
「すげえ、オルフェーヴルだ……」
「噂だと、ケイジが今日のレースで勝ちに燃えすぎてまともに調教やり直したらしいぜ」
そして、誰もが今日も、二人で曳かれるオルフェーヴルを意識していた。
「ゴールドシップも落ち着いたよな~」
「な、来年は春古馬からしっかりやるって、菅生調教師言ってたもんな」
ゴールドシップ、ジェンティルドンナ――
世代最強と呼ばれる三冠馬ですら、今日のレースは挑戦者であった。
「ジェンティルドンナ、ジャパンカップのリベンジのために出るんでしょ? ヤバいよね……」
「ケイジとかいなきゃ既に最強だったんだろうけど――やっぱ、あのジャパンカップで変わった」
毎日王冠を勝ち、秋の天皇賞を好走し引退するかと思われたエイシンフラッシュであったが――
ヒシケイジとオルフェーヴルの最終決戦を聞いた陣営は、調教師の懇願を以て引退を遅らせた。
「エイシンフラッシュ、やっぱかっけぇな……」
「今日のために引退遅らせてるんでしょ? そんだけ豪駿とやりたいのか」
菅生調教師は、この大舞台に距離不十分であるとしても秋の天皇賞馬ジャスタウェイを送り出した。
その理由は、きっと菅生調教師のみが理解することが出来るのだろう。
「ジャスタウェイ、めっちゃ落ち着いてる~」
「やっぱ、違うよな……」
ヴィルシーナは、確実に有馬記念を走れる馬へと成長していた。
エリザベス女王杯において、今年の牝馬二冠メイショウマンボを下し名実ともに牝馬戦線の最前線に彼女は立っていた。
「ヴィルシーナ買う? この前のエリザベス女王杯も勝ってGⅠ三勝目だぜ」
「しっかり本格化したっていうもんな……いや~でもケイジが居るからな……」
ヴィルシーナに敗北したメイショウマンボもまたヴィルシーナへのリベンジに燃えていた。
追う立場から追われる立場へ変わる中、クラシック世代にとってはこれがヒシケイジと走る最後の機会であった。
「メイショウマンボ、悔しいよな~」
「距離は十分。リベンジする機会はあるぜ……俺は買ってもいいと思う」
故に、本年度の出走登録は文字通り“苛烈”なものと化していた。
それほどまでに優駿たちにとって、2500mをヒシケイジを共に走る“挑戦”は価値あるものとしてとらえられていた。
「ロゴタイプ、距離的に厳しそうだけど、どうなかね」
「噂だと、ヒシケイジと走ると早くなるっていうからな……でも、今日の走りで次勝てるなら出たいよな」
まことしやかに囁かれた噂が本当に真実であったかは分からない。
有馬記念が、当年度のクラシック戦線の最終決戦となることは珍しくはない。
「やっぱダービー馬に勝ってほしいよ――キズナ、勝てるかな」
「凱旋門賞回避した分、こっちで頑張ってほしいよな~」
勿論、そんな彼ら新時代の優駿の脇を固める馬達も、一筋縄ではいかない名馬が集っていた。
ヒシケイジが後ろに視界を向ければ、そこには変わらぬ栗東のボス馬、トーセンジョーダンが居た。
「トーセンジョーダン、いいよね。めっちゃ復活してるし!!」
「距離もあるけど、良い馬なハズなんだよね……ああ、勝ってほしいなぁ……」
ヒシケイジやオルフェーヴルとクラシック戦線を競った馬達から現れたGⅠ馬達も――
最後の花道を彩るように、あるいはその手でリベンジを果たすために会場に集っていた。
「おっ、トーセンラー!! 今年のマイルチャンピオンじゃん――」
「ギュスターヴクライ、二年連続の香港ヴァースを蹴って今年来たらしいぜ……」
「ウィンバリアシオン、俺応援してるんだよな……今日、どれくらい行けるんだろう」
そして、今年の古馬三冠を彩った名馬にとって、今日は最後のリベンジの機会であった。
「フェノーメノ、勝ってほしいよ。ほんと、コイツ絶対いつかGⅠ取れる馬なんだって……」
「ショウナンマイティ、やっぱケイジと一緒に走るのがまずいよな~GⅡはいい感じに勝ってたし」
そして、今年のクラシック戦線を見届けた競馬ファンにとって――
ヒシケイジとヒシテンケイの公式レースでの兄弟対決は、一年間待ち望んだビックイベントであった。
「ワンダー・龍神!! 今日も頼むぞ!!」
「テンケイ!! こっちみて~!!」
そんな大舞台でも、俺はいつも通り――
競馬ファンたち一人一人の顔を見ながら、姿勢よく、静かに目を伏せて歩いていく。
「すげえな――ケイジ、俺、やっぱ慣れないぜ」
「ブヒ?」
俺を曳いて歩く土井さんが――普段より緊張した面持ちで俺を曳く。
「そうだな、今日は――お前の晴れ舞台だもんな」
「ブヒ!!」
俺はそんな土井さんを鼓舞するように、一層入れ込みもなく淡々とパドックを歩んでいく。
そうして視界に映る人の波を見つめていく、自分を応援して夢を託した人――他の馬に願いを託す人――
そんな彼らの表情を見ていくたびに、ふと、今日は見知った人が多く居ることに気が付いた。
「うおおおおおおお、ヒシケイジ――関東だから久々に見れたぜ……」
「ま、ヒシケイジとオルフェーヴルは確実として……どっちが勝つかって話だよな」
「そらもうオルフェーヴルっしょ。五馬身差で勝ったオルフェーヴルしか勝たん……」
「俺はどうしようかな……いっそ逆張りせずにヒシケイジ買ってみようかな」
俺の目に止まったのはある家族だった。
普段から、白いぬいぐるみを持って会場に来る小さな女の子は見るたびに背が伸びていた。
「見て、パパ、ママ!! ヒシケイジがこっち見たよ!!」
ついで俺の目に止まったのは、まだ若いのにスーツを着た一人の少年だった。
なぜかは分からないが、俺は彼が去年と今年、俺に乗ったあの日高にいたジョッキーの卵だと気づいた。
(ヒシケイジ、あなたのような馬に乗れる日を目指して――俺は日々がんばっています)
そして、もう一人、頭にバンダナを巻いた中年の男性がこの場に居ることに気づいた。
思えば、彼は関東でも関西でも関係なく――俺の応援に来てくれる人であった。
「ムホホ……ヒシミラクルの産駒と聞いて、伝説のあの人のことを思い出し――自分も彼のような馬券師に成れるようにと、推して来た豪駿ヒシケイジ、ついに引退か……思えば順風満帆ではあったが、思うようにいかない悔しいレースを走る日も多い馬だった。だから今日は、今日だけは――勝ってくれ、ヒシケイジ!!」
ヒシケイジは思い出す。
そうだ、その場に集まる多くの人々が自分に夢を託してくれる。
俺は彼らのために走る。
馬達と共に走る、相棒と勝つために走る。
ヒシケイジの前向きな願いに推されるように、その日集まった人々はヒシケイジを一番人気に推した。
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。