ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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誤脱報告、感想ありがとうございます。
明日からちゃんと1日1話更新に戻ると思われます。


2013冬、決戦!!有馬記念(本馬場入場)

 

 下見所から本馬場に入場する前――騎手である石破 志雄が普段通り俺に跨った。

 ぐっと、背に乗る体重を受け止めながら俺はゆっくりと相棒の負担にならないように立ち上がる。

 

 ええ……とか、うわぁ……みたいな声が後方で上がる。

 俺としては当たり前の気遣いなのだが、初めて俺を見た人々はだいたい同じような反応を返してくる。

 

「お、土井さん。ケイジ、良い感じですね」

「そうですか――なんかパドックでは終始落ち着いていました」

「ブヒ~?」

 

 相変わらず冷静な相棒はきっと、今日――俺が見てきたものを理解しているのだろう。

 俺がファンから受けた声援、それを力に変えてきたこと――きっと、全てわかってくれたのだ。

 

 そうだ、相棒がいる。

 俺は相棒と共に走って、相棒と共に勝つ。

 今日は――相棒と勝つために走りに来たのだ。

 

「ヒシケイジ、頑張れよ。石破ジョッキー――頼みます!!」

「分かりました。勝ちますよ今日のケイジなら――大丈夫です」

「ブヒ!!」

 

 そうして、本馬場へと誘導馬に連れられて俺が現れた時――

 明らかに普段より多くの人が集うスタンドは珍しく静まり返っていた。

 

『一昨年、2011年――日本を数多の災害が襲った。悲劇の年のことを覚えていますか』

 

 正面スタンド前に流れる映像を彼らは見つめていたのだ。

 俺より早く入場したオルフェーヴルとゴールドシップがターフを駆ける中――

 

『一昨年、競馬はヒシケイジとオルフェーヴルの走りは、私たち日本に勇気をくれました』

 

 スタンドに集まった人々は、目の前に流れるかつての俺達の走りを見つめていた。

 

 俺の朝日杯フューチュリティステークスでの激走。

 オルフェーヴルがその真骨頂を発揮した皐月賞、再噴射しながら叩き合った日本ダービー。

 

 ライバルたちを追い抜いてゴールに飛び込んだ2011年宝塚記念のロングスパート。

 熱狂の中、オルフェーヴルにあと一歩届かなかった有馬記念。

 

『昨年、2012年――ヒシケイジが凱旋門賞を勝ち抜いた日のことを、覚えていますか』

 

 俺が最後、ハナの差で勝った凱旋門賞――

 日本各地の大通り、ライブビューイングに集まった人たちの熱狂を俺はその日初めて見た。

 

 俺が勝って喜ぶ人が、どれだけ居るのか――俺は今、本当の意味でそれを理解した。

 

『昨年、競馬は新時代を迎え、ゴールドシップとジェンティルドンナ、私たち競馬ファンに熱狂を与えてくれました』

 

 そうして、昨年の皐月賞、日本ダービー、菊花賞を泥臭くも必死に勝ち抜いたゴールドシップの姿が映る。

 昨年の桜花賞、オークス、秋華賞を先頭で勝ち抜いたジェンティルドンナの雄姿がターフに煌めく。

 

『今年、2013年――新たなる古馬三冠、春古馬三冠を豪駿ヒシケイジが勝ち取った日のことを、覚えていますか』

 

 次に映った映像は――今年の大阪杯、春の天皇賞、宝塚記念。

 勝ち抜いて、ガッツポーズを浮かべる相棒が、これほど喜んでいたことを俺は今日初めて知った。

 

『今年、黄金のクラシック三冠馬オルフェーヴルは、圧倒的な走りで勝利によって凱旋門賞を勝ちぬき――』

 

 そして、あの2013年の凱旋門賞――オルフェーヴルが勝ったあのレース。

 生添 賢治のガッツポーズを見ていると、なんだか俺は今になって腸が煮えくり返るのを感じた。

 

『新たなる世代のサラブレッド達が、私たちの未来に新たな希望を与えてくれました』

 

 映像は変わる――

 皐月賞で勝利したロゴタイプ、ダービーを制したキズナ、そして菊花賞を実力で勝ち取ったヒシテンケイ。

 牝馬戦線で二冠を取ったメイショウマンボ――秋古馬戦線を戦った多くの馬達の一着の映像が流れる。

 

『今日――日本二強、ヒシケイジとオルフェーヴルが、ラストランを飾ります……』

 

 その輝かしい瞬間を見つめる多くの人々が涙を流していた。

 本来であれば、俺や相棒、ライバルへのコールが起きて居ても仕方ない状態なのに。

 

『今日、この場に、一つの世代に、GⅠ八勝馬が二頭居る』

 

 何時までもこの時間が続けばいいのに――

 いつまでも彼らが走る姿を見続けていければいいのに――

 

『競馬ファンの皆様にはその事実、その快挙説明するまでもない、その両馬が、本日、有終の美を飾ります」

 

 如何に綺羅星とも呼べる競走馬達とはいえ、時代を走り抜けることは、あまりにも難しい。

 過酷な調教、年齢による衰え、次世代の馬産を担うものとしての重責――

 

 非情にも明暗が分かれる“競争”という舞台。

 

『現在、国内における中央競馬のGⅠ競争の数は二十二個』

 

 だからこそ、今日――世代を跨いだ、優駿という星がこれ程集まったという事実にきっと感謝するべきなのだろう。

 

『本日集まった優駿達の持つGⅠ勝ち鞍の総数は倍の四十四個となりました」

 

「行くぞ、ヒシケイジ!!」

「ヒヒーーーーーーン」

 

 俺は静まり返るスタンドを鼓舞するように嘶き――相棒の扶助を受けて飛び出す。

 その瞬間、まるで感情の堰を切るように、大歓声が俺達を包み込んだ。

 

『今日、この奇跡のレースを――どうか、目に焼き付けよう。第五十八回、GⅠ、グランプリ有馬記念!! 本馬場入場です!!』

 

◆◇◆

 

『一枠一番、春の好走、秋の勝利――今日こそ大舞台で錦を飾りたい。ショウナンマイティ 真中 裕』

 

「ショウナンマイティ、お前と走るのもこれが最後かな……だったら、勝って終わりたい!! 行くよ――ショウナンマイティ!!」

 

『一枠二番、エリザベス女王杯を連覇したシンデレラ、ヴィルシーナ。今日は王子役を務められるかジャン・ニコラ・ピエタ』

 

Principessa , |anche oggi(お姫様、今日も俺がお前を) ti porterò dove vuoi(望む場所に連れて行ってやるぜ!!) Arima Kinen vince e fa un ritorno trionfale(有馬記念、勝って凱旋だ!!)

 

『二枠三番、凱旋門賞を勝ちぬきGⅠ八勝、日本が誇る勇気の象徴、黄金の三冠馬、オルフェーヴル。ラストランも生添 賢治』

 

「オルフェーヴル――約束、忘れとんちゃうやろな……今日、負けられん理由があるのは――俺も一緒や!!」

 

『二枠四番、臥薪嘗胆という言葉はこの馬にこそ似合います。ブロンズコレクターが今日上がってきた。ウインバリアシオンと伏名 久一』

 

「ウインバリアシオン――今日が最後のチャンスだ、豪駿と暴君――彼らに我々で勝とう!!」

 

『三枠五番、記憶に新しいジャパンカップ優勝馬、牝馬三冠は伊達ではない、春の対決の悔しさはグランプリで晴らそうジェンティルドンナ、磐田 家康』

 

「ジェンティルドンナ、確かに俺達も世代の頂点に立った……だが、最後に倒すべき相手がいる。ヒシケイジ、勝負だ――!!」

 

『三枠六番、帰ってきた。日本のタケが帰ってきた。秋の競馬、グランプリを掴みたい。キズナは日本のタケ』

 

(ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!! ユタカ!!)

 

「ウフフ、今日も負けるわけにはいかない――キズナ、頑張ろう。頑張ろうねっ!!」

 

『四枠七番、春古馬三冠を勝った昨年の凱旋門賞馬、日本が誇る熱狂の象徴、白銀の豪駿ヒシケイジ、鞍上は競馬王子、石破 志雄』

 

「ケイジ……」

「ブヒ?」

「あの走りはまだ完全じゃない。今日で完成させて、勝つぞ――!!」

 

『四枠八番、昨年の香港ヴァースでGⅠ勝利、涙の一着で今年は締めくくりたい。ギュスターヴクライ、鞍上は沙希 啓人』

 

「この大舞台で、ギュスターヴクライ……いいね、勝ちきれる馬だ。今日はヒシケイジやオルフェーヴルだけが主役ってわけじゃない……見せつけてやおる」

 

『五枠九番、我々は覚えています。この馬が走ってきた苦難の道のことを。好走の果てに掴んだマイルチャンピオン。距離適性は十分、トーセンラーは海老名 政義!!』

 

「トーセンラーが怯えていない――リベンジの舞台は、直ぐそこだ……!!」

 

『五枠十番、啓示を受け奇跡(ミラクル)を起こしたのは兄だけではない。菊花賞馬ヒシテンケイ。鞍上はワンダー・龍神』

 

「ヒシテンケイ、ケイジがどれだけ強くてもお前はお前だ!! 兄貴に勝って世代交代と行こうぜ!!」

「ブヘ!!」

 

『六枠十一番、黒き閃光は、グランプリのためだけに今日此処に立っている。引退延期、エイシンフラッシュ。鞍上はリュミエール!』

 

「エイシンフラッシュ、嬉しいカイ。そんなに――そんなにヒシケイジと決着がつけたかったのかい……ならば、走ろう!! 頂点は君にふさわしい!!」

 

『六枠十二番、その末脚の切れ味は本物だ。ハーツクライ産駒の血を受けて、今日も往け、ジャスタウェイは芝田 慶福』

 

「芝田ですッ……ジャスタウェイ、ナカヤマナイトの分まで、君の力を振るって走ると誓います!!」

 

『七枠十三番、ツインティアラの女王はエリザベス女王杯のリベンジなるか、有馬記念で舞踏するメイショウマンボは、武 幸次郎(タケ コウジロウ)

 

「フフ……俺もいい馬に乗ってチャンスをつかんだんだ。メイショウマンボ……全力で走ろう」

 

『七枠十四番、世界最長GⅠを勝ち抜いたGⅠ五勝馬ゴールドシップ。覇道を往く不沈艦、三冠馬の鞍上は、有馬レコード、ゼンノロブロイのレオン・マイアーム』

 

『うおおおおおおおっ!! 誰だか知らんが、ゴルシ様は今日――ケイちゃん先輩に勝つ!! いい位置に付けねば勝てねぇ――!! 頼むぜジョッキー!!』

 

『七枠十五番、不屈の挑戦者、距離は挑まない理由にはならない。昨年度の最優秀二歳にして皐月賞馬、ロゴタイプ。鞍上は兄の方、ミルコ・ディムロス』

 

Logotipo,(ロゴタイプ)la corsa di oggi sarà un'esperienza di apprendimento(今日の走りは勉強になるよ……)

 

 

『八枠一六番。札幌記念一着。天皇賞秋四着。ジャパンカップ三着。強者は何度でもよみがえろう、復活のトーセンジョーダンは、打田 博士!!』

 

「まったく、ゴールドシップの鞍上を降ろされるとはネ、それでも――負ける気はないよ。トーセンジョーダンは、今が最高の走りをできるように――努力して来たからね!!』




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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