ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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誤脱報告、感想ありがとうございます。

筆が乗ってアレなのでエピローグまで書きます。
1900提出予定です。


2013冬、決戦!!有馬記念(終:4/4)

『胸の高鳴りを抑えられない向こう正面、既にヒシケイジは大逃げの構え!!』

 

 正面スタンド前でスパートを開始し、第二コーナーを石破志雄曲乗りで乗り越えたヒシケイジが向こう正面を駆けてゆく。

 

 第一関門、有馬記念の大舞台で逃げを打つ。

 第二関門、正面スタンド前で大逃げを開始する。

 

 二つの関門を越えたヒシケイジに第三の関門が到来しようとしていた。

 それは向こう正面、可能な限りスタミナを維持し、最終直線に少しでも脚を残すことであった。

 

『その横にぴったりと二番手ヴィルシーナ体半分差』

 

 残りレースが終わるまで、スタミナが持つことは分かってる――

 

(この、素晴らしい瞬間が続くなら――)

 

 ヒシケイジはそう思いながら、理想の走りを越え――真に孤独になったはずの先頭の景色を往く。

 

 けれど、俺は決して孤独ではなかった。

 

 ありえない、そう表現するべき状況ではあった。

 

 後方かろうじて、ぴったりと一頭の馬が付けて来ていた。

 

 ヴィルシーナが、追ってくる。

 騎手に煽てられたのか、無茶な逃げに付いてくるというモチベーションだけで青鹿毛の馬が追ってくる。

 

『ソトから上がるゴールドシップ三番手、メイショウマンボがいて、ソトにロゴタイプのピンクの帽子』

 

(ありえねぇ――!!)

 

 ヒシケイジの脳内にあふれ出すのは困惑と、それ以上の歓喜であった。

 

 その気持ちが鞍上から伝わってくる相棒の困惑を打ち消すように、飲み込むように――

 ある程度落とさなければいけない俺のペースを、この土壇場で維持させてくる。

 

『真ん中にジェンティルドンナ、中団はエイシンフラッシュ、トーセンラー』

 

「ケイジ、無理するな――!!」

 

 いや、違うぜ相棒――!!

 俺はその言葉を口に出すことは、出来ないが表現することは出来た。

 

 俺は諦めるどころか――苦しむどころか――

 この状況を喜びを表現するようにターフを飛ぶ。

 

 そうすればきっと伝わる―― 

 

『外を通ってトーセンジョーダン打田 博士、ウチ押し上げてきたジャスタウェイ芝田 慶福と菊花賞馬ヒシテンケイ』

 

 ヒシケイジは、この有馬記念を苦闘しているつもりなどない。

 花開いた才能を、馬としての盛りを迎えた肉体を活かして――楽しんでいるのだ。

 

 少なくとも、馬主席に集った綾部オーナーと雅秀社長はその事実を理解していた。

 

「親父、見ているか――ケイジが、ケイジが楽しんで逃げている」

「ああ……ありがとう、ヒシケイジ……私の夢は、楽しんでいるんだ。凄い馬だ――この状況を寧ろ、楽しんでいる」

 

 綾部 雅一郎は確かに胸の内から、その事実を信じることが出来ていた。

 

 ヒシケイジは走りに感情が乗る馬だ。

 かつて、日高の冬の牧場でみた、荒々しく己を表現するような走り――

 石破 志雄と共に鍛え上げた、勝つために学んだ競走馬としての走り――

 凱旋門賞を勝ちぬいた時の、勝利のために全てをなげうつような走り――

 ジャパンカップから見せるようになった勝負を楽しむような走り――

 

 今日のヒシケイジの走りは、そのどれとも違う走りだ。

 

 ありとあらゆる夢と重責を背負いながら、その願いを力に変え、己の全てを使って歓喜を表現するような――

 その上で、己が“理想”を現実のものにするような走りであった。

 

『そしてウインバリアシオン、ダービー馬キズナ、ユタカはここ』

 

 だから、心配いらないんだ。

 俺は相棒にそう伝えるように向こう正面の先頭を、有酸素運動が続く限り疾駆する。

 

「そうだな――ケイジ!!」

 

 石破 志雄が手綱を扱く。

 もう鞍上として覚悟をきめるしかない。

 

 ヴィルシーナは、このノンストップの大逃げとなってもなお、礼儀を守るように追ってくる。

 プレッシャーが明滅している、既に無酸素運動に入った彼女はもう長くない。

 

 ヴィルシーナの鞍上もそれが分かっているのだろう。

 止めようとしない、むしろ彼女にしたいようにさせている。

 

 良いぜ、お前の覚悟も受け取った!!

 

「ケイジ――頼む!!」

 

パァン――!!

 

 石破 志雄の鞭が入る。

 徐々にペースを上げる合図を受けて俺は、相棒の絆を信じてゆっくりとペースを上げていく。

 

『その後ろにオルフェーヴルと──生添 賢治、三年半共に戦ってきた間柄』

 

 ヴィルシーナがそれに合わせて再度加速する。

 それはある意味で、その場に居る全ての騎手と競走馬の発破となった。

 

『かけがえのないパートナーです』

 

 ヒシケイジがスパートを駆け始めた。

 大逃げの上で、緩やかに上げるところが出来るタイミングまでペースを上げるつもりだというアピール。

 

『昨年の香港の覇者ギュスターヴクライ、そして最後方から行くのがショウナンマイティという形――』

 

 本来であれば、失笑と共に逆噴射が訪れると誰もが確信している状況――

 すべての騎手の判断がワンテンポ遅れる中で、ヴィルシーナとピエタ騎手はヒシケイジを信じていた。

 

 既に先行する馬は一杯一杯ともいえるほど早い競馬で前を進んでいた。

 これ以上は、馬に何が起きてもおかしくはないという自覚のある状況――長く長く伸びた隊列の最後方。

 

『既にヒシケイジ石破志雄、セーフティリードじみて20馬身差、すぐ後ろを二番手ヴィルシーナが徹底マーク!!』

 

 ヒシケイジは背後からプレッシャーを感じた。

 

 何時かと同じように感じたプレッシャー。

 誰よりもマイペースで、甘えん坊で――無邪気で、負けず嫌いで、一生懸命で――

 

 どの馬よりも必死にレースに挑み、どの馬よりもその瞬間を楽しんできた気高く強い。

 俺の友達、俺の親友、俺が勝つべき最高のライバルが來る――!!

 

『そして、オルフェーヴル動いた!! ここで動いた!!』

 

 ヒシケイジはもう、脚を止める理由が何一つとして存在していなかった。

 

 第三コーナー、駆け抜ける。

 最もインコース、出来る限り近く、速く――飛翔しながら曲がる!!

 

 相棒が再び体を内に入れるように、無理やりに俺を曲げていく。

 

 とっさの判断ではない。

 予測した上で、訓練されたモーメントの移動による荷重制御――

 本来であれば、削る必要など一部たりとも存在しない安全マージンを削ってヒシケイジがコーナーを駆け上がる。

 

『ショウナンマイティも上がっていく、三コーナーカーブ!!』

 

 一度目は奇跡だ。

 二度目は衝撃だ。

 三度起きてしまえば――それはもう、確信に変わる。

 

 ヒシケイジはその日、世界で最も早くコーナーを曲がる馬となっていた。

 

『赤い帽子、オルフェーヴルが少しずつ上がっていく!!』

 

(だからって、諦める理由に成るか――!?)

 

 だが、それは――有馬記念に参加したすべての競走馬が走ることをあきらめる理由にはならない。

 

『オルフェーヴル、初対決、キズナを抜き去りジェンティルドンナをパス!!』

 

 既に各馬は一斉にスパートを駆けていた。

 

 その奥から、オルフェーヴルが上がってくる。

 既に後方、伸び切った三十馬身ほどのヒシケイジとの差は半分に詰まっていた。

 

 キズナを抜き去り、先行していたジェンティルドンナを抜き去っていた。

 

『ヒシテンケイ、メイショウマンボをかわす!! つれて上がってくるゴールドシップ!!』

 

 一歩遅れてヒシテンケイがメイショウマンボをかわし――

 事前の予定は崩れたものの、ゴールドシップがその余力をすべて前に向けるようにスパートを駆ける。

 トーセンジョーダンとジャスタウェイが、併せ馬の経験を活かすように躍進する。

 

 勿論、オルフェーヴルに抜かれたジェンティルドンナは諦めていない。

 最後方ギュスターヴクライが大外を、ウインバリアシオンが馬群の中央のわずかなスペースを加速したまま突き抜けていく。

 

『エイシンフラッシュ!! 今日が最後の対決だ!!』

 

 最前線、エイシンフラッシュが前方のヒシケイジを追うように加速していく。

 黒い馬体が、残されたトモを振り絞り剣のように駆けだしていく。

 

『オルフェーヴル届くのか!! あと400、ヒシケイジはまだ前だ!!』

 

 かくしてヒシケイジが再度、ホームストレッチに駆け込んだ時――

 オルフェーヴルとヒシケイジの距離は十馬身ほどまで縮まっていた。

 

 後方、馬群はほぼすべての馬が横並びとなり――前方に逃げる二頭の馬をただ只管に追っていく。

 

 落胆の声はない。

 最早、すべての声が、歓声に変わる。

 馬群は、一頭誰も欠けずに、ヒシケイジについてきている。

 

『これがラストラン、どう飾るのか日本二強!!」

 

 躍動を感じる。

 俺の後方――ヴィルシーナのプレッシャーを感じる。

 

 オルフェーヴル、ゴールドシップ、ジェンティルドンナがやってくる!!

 

 エイシンフラッシュ、トーセンジョーダン、ジャスタウェイ、上手く脚を残している。

 

 ロゴタイプ、キズナが、テンケイが諦めずに追いすがってくる。

 

 ウインバリアシオンとギュスターヴクライが無理を通して道理に変えようとしている。

 

 トーセンラー、ショウナンマイティ、メイショウマンボが逆転を狙ってくる。

 

『先頭ヒシケイジ果敢に逃げる。二番手ヴィルシーナも懸命に粘る』

 

 最高だ――!!

 

 俺は幸せ者だ。

 ラストランで、このメンバーを前に逃げることが幸せでたまらない。

 

『来た来た!! オルフェーヴル!! ゴールドシップ!! ジェンティルドンナ!!』

 

 俺の背後から、これ以上ないプレッシャーを感じる。

 すべての馬が“本気”で、追ってくる。

 

 その感情を受け止めるように――俺がぐんとトモに力を籠める。

 まだいける!! まだいける――!!

 

 そう思った直後、俺の視界の前にあの景色がもう一度広がった。

 

『前に迫るトーセンジョーダン!! ジャスタウェイ!!』

 

 高い高い入道雲が広がる。

 永遠のターフ、その上を俺は今確かに理想の翼と共に飛んでいる。

 

 稲妻の蹄で、白い弾丸となり、既に奇跡はこの身に降りている――

 何が來る――これ以上、俺に何が出来る!?

 

――パァン!!

 

 その瞬間、俺は相棒の鞭を感じた。

 直後、俺の体を未知なる躍動と、あふれ出んばかりの力が包んだ。

 

『キズナが来た!! テンケイが続く!! ギュスターヴクライ!!』

 

 戸惑う俺の体が背後から感じる太陽を受けて、さらに速く遠くへと飛んでいく。

 ひたむきな奇跡と悲嘆を越えた勇気が、俺を引っ張り上げた瞬間、俺の目の前に現れた天啓を聞いた。

 

『追いすがるショウナンマイティ!! メイショウマンボ!! ロゴタイプ!! 中を割ってウインバリアシオン!!』

 

 そうか、こうやって俺が走って来れた理由は――俺一人の力じゃない。

 俺は再び、後方から迫るプレッシャーに身を任せた。

 

 あの日と同じように――俺は、自らの挑戦に身を任せる。

 行くべき道は目の前に広がり、理想の姿は既に身に宿っている。

 

 トリプルティアラを駆け抜けた貴婦人のように強く――

 クラシックを駆け抜けた不沈艦のように大胆に――

 

 そう感じた時、俺の背中から一頭、俺は今まで自分の背を追ってきた“彼女”が遠ざかっていくのを感じる。

 

『三番手は横一線!! ケイジのリードは5,6馬身!! ヴィルシーナはここで一杯になったか!!』

 

 ヴィルシーナ、いいぜ――最後に見せてやる。

 一杯一杯になっているのは俺も同じだ!!

 

――パァン!!

 

 相棒の鞭を受け、俺は残った黄金の輝きをトモから蹄に伝えるように――飛ぶ!!

 俺の肉体は今――永遠のターフから先に駆けだすように飛翔するんだ――

 

『ここで抜け出したオルフェーヴル、今日もケイジを捕らえるか!!』

 

 ヒシケイジはその瞬間、最早残っては居ないすべての力をトモに込めて、再度もう一段だけギアをあげた。

 すべての人々が固唾を飲んで、日本二強を見守る中、残り100m、オルフェーヴルが來る――!!

 

 




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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