ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

111 / 112
誤字脱字報告、感想ありがとうございます。


エピローグ

――我らが豪駿ヒシケイジ、石破志雄騎手です。おめでとうございます。

 

「ありがとうございます!!」

 

(歓声)

 

――場内、先ほどは騒然とした場面もありました。その上でこの歓声、どのような気持ちでしょうか。

 

「皆様に心配をおかけするような走りをしてしまい。すみませんでした!!」

 

(石破志雄、頭を下げる)

 

「ヒシケイジのギリギリを自分でも見極めていたつもりだったのですが、思った以上に白熱してしまい(菊花賞と)同じようなミスを繰り返してしまいました。ただ、そんな中、ヒシケイジの走りが多くの人の心を射止めていたことを、本当に嬉しく思います」

 

――きわめてハイペースな競馬となりました。テンを取って進んだ最初、どんな思いで走っていましたか。

 

「はい。今日のレースはスタートから逃げることを決めていました。他の馬と競り合うと負けるって気持ちだったのですが――ヴィルシーナとピエタ騎手がガンガン迫ってきて本当にキツかったんですけど、ヒシケイジがいけるとハミを噛んでくれていいリズムで逃げることができました」

 

――つまり、あのスタンド前のロングスパートと、コーナーの曲乗りは予定通りであったと。

 

「はい、ヒシケイジが有馬記念で大逃げ出来るんじゃないかって思いは、一昨年ヒシケイジが有馬記念を走ったときからありました……」

 

(歓声)

 

「だから今日、ラストランでそれが証明出来て良かったです。あのコーナリングは凱旋門賞あたりからやっていたので、今日もケイジの調子が良ければ使う予定でした」

 

――最終直線では、最後叩き合いになりました。豪駿ヒシケイジの鞍上として彼に感じたことはありましたか?

 

「オルフェーヴルが来ることはもう――只管に感じていましたが、ヒシケイジはもっと広く後方の馬を感じているようでした。オルフェーヴルが並んだときも、そんなに――彼自身は動揺せずに、普段通りゴールだけ見て走っていた感じでしたね」

 

――ゴールした瞬間、勝ちは分かりましたか。

 

「並んでグンと伸びたのは分かったのですが、急な加速にリズムを合わせていくのに精一杯でした――もっともっと、騎手として目指すべき先があると、競馬を教えてもらっているように感じました」

 

――今日有馬記念を駆け抜けた、率直な感想をお聞かせください。

 

「今日こうやって、最高の場でラストランを走れたこと……そのために、大逃げを許してくれた早山先生と、綾部オーナー、厩舎の皆と、(調整に)協力してくれた他の厩舎、競馬関係者、ノーザンファームの方々には、本当に感謝の言葉しかありません」

 

(歓声)

 

「その上で、ヒシケイジに一言、ただありがとうと伝えたいです」

 

(大歓声)

 

――では最後に、この奇跡のラストランを見届けたファンの皆様に一言お願いします。

 

「はい、本日はこんなに寒い中、多くの方に会場に来て――ヒシケイジとオルフェーヴル、ラストランを見届けていただき、誠にありがとうございます。最初、ヒシケイジがGⅠを勝った日も、こんな風に寒い冬の日だったことを覚えています。あの日から、ヒシケイジが2011年世代の馬達と競った日々が、多くの思い出――全部、まだ自分は思い出すことが出来る。皆さんも覚えてくださっていると思っています」

 

(石破 志雄、感極まる)

 

「ヒシケイジは期待を背負って多くの夢と思い出を、沢山競馬ファンの皆様と作って行けた馬でした」

 

(石破 志雄、勝負服で目をこすり前を向く)

 

「そんな豪駿ヒシケイジが、日本競馬で達成したことのない九冠を取ったこの瞬間を――どうか、この場に居る人、この光景を見てくれた人に覚えていて欲しいです。これからも人生で辛いことがあったとき、頭の片隅にヒシケイジっていう凄い馬がいたという思い出が少しでも支えになったなら――きっと今日、この場所に来たことが、何時か人生の何処かで“意味”を持つんじゃないかと思います――」

 

(大歓声)

 

「まだもうちょっと今年の競馬が続きますけれど、皆さん今日は馬達に多くの応援を下さり、ありがとうございました!!」

 

――石破 志雄騎手でした、ありがとうございました。

「ありがとうございました!!」

 

◆◇◆

 

 2013年12月22日――

 ヒシケイジの引退式は、オルフェーヴルの後に行われたときいた――

 

 俺は口取り式の後、そのまま中山競馬場の病院で治療を受けていたから、すべての事情は聴くことは出来なかった。

 

 石破 志雄が、ただヒシケイジという馬への感謝を述べていたこと――

 綾部オーナーが、普段通り爛々とヒシケイジの勝利を喜んだところを――

 土井さんが、滝のような涙を流して泣いていたこと――

 門田調教助手が、ヒシケイジには馬として多くを学ばせてもらったこと――

 生産者の田辺さんが、これほどの馬を世に出せたことに感謝を述べていたこと――

 

 そして、早山先生がヒシケイジという馬の歩みを淡々と連ねたうえで、時代はきっと馬の未来を考える時代に移っていくと語っていたと聞いた。

 

「JRAがステッキの使用についてルールを国際規格に合わせようという話を聞きました。凱旋門賞を勝った私たち日本競馬が、率先して国際化していくこと、その流れ、過度な調教や、一杯一杯のレースをせず馬と馬産の未来を守ること――きっとそれは、正しいことだと思います」

 

 「老将」早山が節くれになった腕で、語った言葉は――

 自身の調教師人生を歩む中で感じてきた、生の感情であった。

 

「ただ、ヒシケイジという馬が血統や、自らの資本だけで勝てた馬ではないことは、誰が見ても明らかだったと思います。けれど、その上で――彼が自ら走る意味を求め、日本競馬界が目指す夢に“本気”で向き合った馬であったこと――私たちがそれを後押しできたことを、本当にうれしく思います」

 

 何よりそれは、自分が積み重ねてきた祈りが本物であるという証でもあった。

 

 栗東トレーニングセンターに戻ってきたヒシケイジが、ラジオでその言葉を聞いた時――

 俺は初めて、早山先生の本音を聞くことが出来たような気がした。

 

(よかった、俺が生きた“意味”はあった……)

 

 そうして、痛むトモを抱えながら、ヒシケイジはその日――星を見上げながら、眠りについた。

 

 眠った俺は夢を見ていた。

 入道雲が立ち上がる永遠に続く青々としたターフを駆ける。

 

 最高の時間だ。

 俺の脚はどんどんと軽くなっていく。

 

 俺が生きた意味は――きっと言葉にすることは叶わない。

 それは、一言で言い表すことは出来ないものなのだろう。

 

 俺自身、すべてにかかわってきた人々、相棒、共に走ってきた仲間――

 そして俺から連なる次の世代の競走馬達―― 

 

 意味はある。

 だから一人一人、一頭一頭が、俺が必死になって走ってきた日々に意味を「言葉」にしてくれる。

 

「それでいいんだ」

「はい、競争馬鹿の割に合格と言ったところでしょう……」

 

 気づけば俺は有馬記念の理想の走りのまま高く高く舞い上がり――

 目の前にはあの日と同じように、馬の頭の仏様が現れた。

 

「酷っ……」

「ですが、その愚直さが――あなたの美徳でした」

 

 そうだ。

 自分の欠点が分かっているからこそ――俺は誰かを信じて走ることが出来た。

 

「もう、あなたの役目は終わりました――体を、“ヒシケイジ”に返す時が来たのです」

 

 そうだな――そう思った瞬間――

 俺は自分の中に、既にヒトではない何かが産まれていることに気づいた。

 

 すまない相棒――代わりに俺は、“ヒシケイジ”を遺していく。

 何時かまた、何処かで――お前と会えたなら、その時は――!!

 

◆◇◆

 

「ケイジ、行ったんだな……」

「石破ジョッキー、ギョロは居ますよ。社台ファームに種牡馬としていくのは今からです」

「いや、そうじゃなく――ああ、まぁそうですね」

 

「今までありがとう、ヒシケイジ……」

「ブヒ……!!」




最終回まで、応援誠にありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。