翌日、石破志雄は朝の新幹線で美浦へと帰っていった。
早山のおやっさんは、速筋を鍛えるメニューに関しては目標の数字に達したと判断したのか、ヒシケイジの基礎体力の向上中心のメニューに切り替え、世紀の豪駿の肉体的ポテンシャルを引き出す方向に舵を切る。
時は過ぎて、2010年、5月。
風の噂で石破志雄が乗っていたコスモネモシンは桜花賞で三位に入る大健闘を果たしたと聞いた。
勝ちきれなかったが、誇らしげにインタビューを受ける声を聴くなかで――
ヒシケイジは飼い葉を15kgしか食べられない生活が続いていた。
あ~、相棒、来ないかなぁ……そう思うと、食が進まない。
「ぶふ~~~っ」
「ギョロ、しょうがないぜ~、石破ジョッキーは、六月ごろには一度来るって話があったからよ!!」
「そのはずだったんだけどな……」
相変わらず、くよくよとしているヒシケイジを励ますために、土井がラジオのダイヤルに手をかけたとき――
二人の前に現れのは、石破志雄であった。
驚愕、ニンジンのような甘い言葉で慰められていたら、目の前に石破志雄がいる状況は――
「うわわ~~~~~~~っ!!」
「ぶふ~~~~っ!?」
当然のように二人を驚愕させた。
「……」
だが、特別人間の専門家ではないヒシケイジが見ても分かるほど、石破志雄は酷く意気消沈していた。
無言でその場所に佇んでいる姿に力はなく、普段の美男子振りからは想像できないほど顔を赤らめていた。
というか正直どころでなく酒臭い――目尻は赤く、充血しており、正気ではないことは確かだ。
(相棒、泣いてたのか……?)
つい先日、彼と相棒の契りを交わしたヒシケイジも、その有様には正直驚きを隠せなかった。
当然、ヒシケイジが耐えられないのに、土井さんが耐えられるわけもない。
ラジオに手を掛けた状態で、土井はわなわなとしながらも、かろうじて口を開いた。
「石破ジョッキー、お、お早い到着ですが、何があったんです!?」
「その……土井さん。俺、コスモネモシンの鞍上、外されちゃった……俺じゃなきゃ勝てそうだから、オークスは、外国人騎手でやるって……」
鞍上交代。
それは、ヒシケイジでもわかる事実上のクビ宣言だった。
開いた口がふさがらないヒシケイジ。
当然、ヒシケイジが耐えられないのに、土井さんが耐えられるわけもない。
ガシャンと子気味良い音を立てながら、土井さんが俺のラジオを床に落としていた。
日高町から傍に在った俺のラジオ……なんということだ――土井さんとはいえ許されないギルティ……
でも、正直、目の前に立つ相棒の悲壮感に比べれば――
ラジオはまた買ってもらえばいいさと、思わざるをえなかった。
「もう、俺にはケイジしかいない……夏のメイクデビュー、頑張ろうな……ううっ……」
薄幸。
石破志雄といえば、薄幸。
頑張れば頑張るほど、何故か鞍上が入れ替わる漢、石破志雄。
その場で、男泣きをした石破志雄を土井が支える中、流石のヒシケイジも相棒へと掛けるべき言葉が見つからなかったが――
おかげで夏までの調教の間、彼を幾度も鞍上に迎えることで、ヒシケイジの斜行癖は長らくの間、鳴りをひそめることとなる。
かくして「葦毛の豪駿」は、比翼連理の片割れとして石破志雄を鞍上に迎える。
本能と理性、その両方を備えた怪物がついに、人々の前に姿を現わす時が来たのであった。
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明日も1800投稿予定です。
次回、レースです。