ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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2010夏、ヒシケイジ、夏休み

「にしても、やったなギョロぉ……石破ジョッキーもおつかれさまっす!!」

「はい、ありがとうございます」

「ま、予定通り、普段通り走ってくれてよかった……綾部オーナー、体は大丈夫ですか?」

「もちろんだよ。早山君……ヒシケイジの走りを見ていたら、むしろ元気が湧いてきてこまるね……早山君、土井君、何より石破君、これからも頑張ってくれたまえ!!」

 

「はい、ありがとうございます。失礼します」

 

 2010年6月27日、福島競馬場、5R、メイクデビュー福島のウィナーズサークル。

 ヒシケイジのもとに綾部オーナーと調教師の早山のおやっさん、厩務員の土井、鞍上の石破志雄が集まり記念のシャッターが切られていた。

 

 ヒシケイジは久々の写真撮影に緊張しながらも、自分が快勝したという現実がやっと実感を持ってやってきた。

 前に立つ早山のおやっさんがほっと息を撫でおろし、未だ興奮が冷めやらない綾部と土井が汗だくのヒシケイジを撫でてくる。

 

 これだけ褒められる勝利は、前世も含めて生まれて初めてのことだった。

 

(みんな褒めてくれるなら、勝ってよかったな相棒)

 

 ヒシケイジが相棒に視線を向ける中、どこか上の空な石破志雄は深々と一礼をして、そそくさと立ち去って行く。

 

「ああ、石破くん……彼も、ぜひ祝勝会に誘いたかったなぁ!!」

「まぁ、彼には家庭がありますし、許してやってください」

「家庭か、家庭じゃ仕方ない。今日は美浦に帰って割烹でも行こうじゃないか……門田くんも待たせているし、今後の陣営の話もあるしね……」

 

 それはそれで、石破志雄らしいなと思いながら――ヒシケイジはブヒヒヒヒと上機嫌なまま美浦トレーニングセンターに戻って一泊することになった。

 

 なお、当然祝勝会には取り残された模様。

 まぁ、普段よりも多めにニンジンが餌に入ったので綾部オーナーたちのことは許して寝転がることとする。

 

(いいんだ。こっちは勝利の美酒は十分味わったからな――)

 

 そして、気づいたころにはもう翌日。

 ヒシケイジは再び馬運車にのっての長い長い帰路につくこととなった。

 

 暗く静かな馬運車の中でできることといえば、変わらずラジオを聞きながら瞑想じみた思案をすることだった。

 昨日のレース以来、早山のおやっさん土井さんに会っていないのだから、今後の話は何も分からない。

 

(当然、やるべきことは――やっておかないとな)

 

 そう思いながらヒシケイジは、かつて人だった競走馬らしく思考を巡らせる。

 例え体が動かなくても、自分一人で考えるべきことはいくらでもあった。

 

 まずはマインドセットから始めよう。

 こういうとき、漫画の主人公はどうやって、自分を強くしていただろう。

 元人間だからこそ、馬として他の馬との差をつける方法が今までの記憶の中にあるはずだ。

 

 廻状の興奮を受け止めて、緊張をほぐすこと。

 次のレース、もっと人数が多くても、いちいちビビッて相棒に迷惑を掛けないこと。

 

 レースの反省、何を得て何をどう生かすか?

 練習通りゲートを抜け出て、普段通り走り切れたことを喜ぶべきか?

 

 瞳を閉じれば確かに、昨日のレースの光景はありありと思い出すことができる。

 相棒、石破志雄はリスクを取らなくても、自分を気持ちよく走らせてくれた。

 

 結果は圧倒的と言ってもいい快勝だった。

 綾部オーナーも、早山調教師も、土井さんも喜んでくれた。

 

 会場にいた門田さんや、電話越しだが故郷の田辺さんも喜んでいたとスタッフの人たちが言っているのを聞いた。

 勝つことは嬉しいことだ、それは間違いない。

 

(でも、それだけじゃ、強さには繋がらない。レースで何かを得なきゃ、ひりつく勝負をしたヤツらに追いつかれる)

 

 ヒシケイジにとってメイクデビュー福島での快勝は、確かに嬉しい勝利だった。

 だが、自分の中でこの一勝――驚くほど何も変わった気がしないのも事実だった。

 

 大して勝利の前と後で、状況が変わったようには感じない。

 まだ一勝、たかが一勝じゃ、レースを経て成長することはできないのか――

 

 あるいは、この勝ち方に問題があるのか?

 

 だが、きっとこのまま勝ち続ければ――この状況は変わるのか――

 あるいは、生きる意味を見つけるためには、勝ち方も重要なのか――

 

 軽快なアイドルソングがかかるラジオを聞きながら、頭の中でぐるぐると考えを回してみるが――

 やはり、馬の頭で大したことに気づくことはできそうもなかった。

 

(また走りたいな――もっと試したい。次はもっとヒリヒリするレースがしたい)

 

 そう思いながら、ヒシケイジは馬運車に揺られていく。

 だが、行きと同じくらいの距離を経てたどり着いた場所は、栗東よりも少し涼しい見知らぬ牧場であった。

 

(あれ、栗東に帰ってくるんじゃないのか?)

 

「おおっギョロ~、昨日ぶりだな~!!」

「ぶふ~?」

「美浦のスタッフさんもおつかれさまでした。ヒシケイジ、確かに預かりました」

 

 ヒシケイジの困惑を余所に現れたのは、普段通り明るい厩務員の土井であった。

 昨日から一回り大きくなったんじゃないかと誤解するくらいつやつやとした彼に手綱を曳かれ、ヒシケイジは見知らぬ牧場を歩いていく。

 

 ヒシケイジの目に入るのはぴかぴかの新しいコースと、馬と馬と馬だった。

 この牧場、栗東トレーニングセンターほどではないが、馬が多く、放牧地含めて様々な馬が思い思いに闊歩している。

 

 それはそれとして、土井さん。

 そろそろ説明してくれよ――と思っていると、土井、期待を裏切らない男。

 普段通り彼は、言葉が通じないはずのヒシケイジに相手に、色々なことを語り掛けてくれる。

 

「ごめんなぁ、何も言わずに知らないとこ送っちゃってなぁ……」

「ブヒ……」

「そう、怒るなよぉ……これもオーナーと早山のおっちゃんが決めたことなんだぜ」

「ブヒヒ」

「ギョロ~、許してくれてありがとな~」

「ブヒヒヒヒ」

「ていうか、トレセンほどじゃないけど、ここはめっちゃ馬いるな~」

「ブヒン」

「ここはな~、信楽ノーザンファームって言って、最近できた牧場なんだぜ~」

「フフ~ン」

「それも、綾部オーナーが出資して、ギョロのために予定より早くオープンさせたんだってよ」

「ブヒ~」

「ま、ギョロにはこの『外厩』でしっかり休んでほしいんだってさ~、夏は早山のおっちゃん、他の馬のレースで忙しいからな~」

「ブヒ」

「ま、次のレースは秋らしいから、気楽にやろうぜ」

「ブヒヒヒヒ」

 

 相変わらず人並みに話しかけてくる土井さんの態度に、気づけばヒシケイジの不機嫌も収まっていた。

 ガイキュウという言葉の意味はよくわからないが、夏の間休める保養地みたいなものなのだろう。

 

(冒険の後に休息って考えると――漫画って感じでいいかもな)

 

 ヒシケイジが転生馬として、身に起きたことを解釈している間にたどり着いた馬房には実際多くの馬が入厩していた。

 それにしても見まわせば、誰も彼も栗東トレーニングセンターにいる先輩ばかり。

 

 見知った顔が多すぎて、新天地じゃないみたいだ。

 漫画の合宿パートかな?

 

「それじゃノーザンファームの皆さんよろしくお願いしま~す。ギョロはラジオがあると、基本いい子なんで!!」

「ぶふ~」

 

 土井さんが、普段通りヒシケイジを馬房へと送り届け、駆け足で帰っていく。

 早山のおやっさんが忙しいということは、なんだかんだ土井さんも忙しいに違いない。

 

(次に会う時までに、万全にしておくのが俺の仕事です、か……)

 

 思えば、本州で過ごす夏は初めての経験だ。

 今まで、日高という冷涼な土地で過ごして来たヒシケイジにとっては、エアコンと扇風機があるとはいえ厳しい季節になるのかもしれない。

 

 それでも、自分に課された目的が分かっている以上、全力で回復に取り組むのが、筋だということは分かっている。

 流石に痛み始めた軽いコズミに顔をしかめつつも――ヒシケイジはその日も、横になって深い眠りに落ちた。

 

「あの馬、横になって寝てますよ……」

「初戦で大逃げやるような馬は、キモの座り方が違うよ……」




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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