ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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朝6時ごろ、事前の更新作業をしていた際、誤って来週の更新分を流してしまったようです。
混乱された方がいらっしゃいましたら、誠に申し訳ございません。

重ねて誤字報告、感想ありがとうございます。
本当に励みになります。


2010秋、芙蓉ステークス(前:1/2)

【おまえ、おまえ、シカトしたっ、ゆるさんっ】

 

「石破クン、まーじ、ゆるしてな、レース前なのにごめんなぁ」

「別にいいっすよ、生添さん」

 

 本場場入場の後、順調に返し馬を終えたヒシケイジであったが――

 最後ゲートに入場する目前となって、ついにオルフェーヴルに捕まってしまった。

 

 オルフェーヴルの鞍上に座っているのは、誰だっけ。

 そうだ、黒赤のツートンの勝負服を来た童顔の騎手「生添 賢治(いけぞえ けんじ)」だ。

 

 彼が、「石破 志雄」に人を食ったような態度でダル絡みする傍で――

 俺はリングハミを付けたオルフェーヴルに首をこすりつけられている。

 

 多分、オルフェーヴルとしてはスキンシップのつもりなのだろう。

 このくらいじゃ、メンタルを折れない自信はあるが、いや、しかし、ちょっとウザさを感じなくもない。

 

 何となく鞍上の石破 志雄も、相手の騎手にウザさを感じているようだが、共感もあるのだろう。

 癖馬の折り合いの大変さを知っているから、オルフェーヴルの好きなようにさせてやろうという彼なりの優しさなのだ。

 

(まぁ、結果として俺が大変なのは、恨むぞ~相棒!!)

 

「いや~、オルフェーヴル。兄貴と違って、もっと聞き分けのいい馬って聞いてたのにね……兄貴共々、困ったもんですわ。も~レース前になったら、結局ドリームジャーニーと一緒、このまま走らせてたら絶対、ボク、もう一回ぶん投げられてましたわ」

「ああ、まぁ、これで気が晴れるならいいんですけど――ヒシケイジもウザがってるから、程々にお願いします」

「そうやね。石破クンやヒシケイジにも悪いな~。いやもう、ひと夏過ぎたけど――オルフェーヴルはまだまだ、自立には程遠いガッキやなぁ……逆にヒシケイジは大人すぎ!! ほんとは、古馬なんちゃうの?」

「いや、そういう馬でも、早く乗れるの尊敬しますけどね」

「そう? 男に褒められてもあんまり嬉しくないけど、ありがと!! でも、今日はヒシケイジが一番人気だから、負けたら恥ずかしいから、石破クンも、頑張ろうね~!!」

 

【はっ、いけぞえ。もういくの? じゃあ、またね!!】

 

 ああ、やっと行ってくれた。

 軽いノリでナハハと笑って去っていく生添と、未だ不満そうなオルフェーヴルを見つめながら――

 

 ヒシケイジと鞍上の石破 志雄は酷く深いため息をついた。

 

「はぁ……」

「ぶふ~」

「まぁ、気にするな。あの人、年下には基本ああいう感じだから――」

「ブヒッ」

「まぁ、でも競馬は上手いし、オルフェーヴルも強いから……今日は、フツーにお前の力に頼るわ」

 

(じゃあ、見てくる人のためにも頑張らないとな――)

 

 始まる前から疲れた顔をした相棒「石破 志雄」を余所に、ヒシケイジは中山競馬場のスタンドへと目を向ける。

 自分が、これ程メンタルが不安定になっているのは、何もオルフェーヴルから追われ続けたからではない。

 

 先ほどから感じる気配人間、人間――中山競馬場には人が溢れている。

 まだレースが始まっていないから、熱狂こそ控えめだが、今日集まった人間の数は前回のメイクデビューの比ではなかった。

 

「気にするな。どうせ客はこの次のG1が目当てだし、クラシックはもっと増えるぞ。慣れていこうぜ」

 

 鞍上の石破 志雄に、緊張が伝わっていたのだろうか――

 相棒はいつも以上に淡々と、ヒシケイジに語り掛ける。

 

(やっぱ、相棒は全部分かってくれる。相棒が居れば大丈夫だ――)

 

 そうだ、今日の本命はG1レース、スプリンターズステークスが本命だ。

 次は、次の次はもっと人が集まるかもしれない。

 

(なら、こんなところで平静を失ってる暇はない)

 

 ヒシケイジが一息ついたところで、ゲートへの誘導が始まり開会のファンファーレが鳴り響く。

 気づけば曇が目立ち始めった空模様の中、九頭の馬の内、最も大外の九枠九番にヒシケイジは収まった。

 

 他の馬が少し不安そうにゲートの内側で、ヒシケイジは一切動かず時を待つ。

 右側のゲートが自棄にうるさいが、オルフェーヴルのことはもう気にならない。

 

 大事なのは俺だ。

 俺が、期待されている。その期待に応えてこそのレースだ。

 

 事実、ヒシケイジ、一番人気、2.2倍。

 オルフェーヴル、二番人気、2,5倍。

 前走大差、オルフェーヴルの入れ込み、大外枠という区分がヒシケイジへの事前評価に現れている。

 

『中山競馬第九競走――芙蓉ステークス二歳のオープン芝1600m九頭で争われます』

 

 期待と不安が入り混じっている。

 なら、今日の走りでその評価を期待一色に塗り替えてやる。

 

『一コーナーのポケット地点からのスタート。枠入りは進んでいます――偶数番号の各馬続々と入ります。二番のホエールキャプチャが今収まりました』

 

「おい、ヒシケイジ」

 

 ヒシケイジが集中する中、相棒がぼそりと聞こえるくらいの声でヒシケイジに語り掛けた。

 ヒシケイジは耳を後方に向けた。

 

 いいぞ相棒、指示をくれ。

 今日、走るのは自分だが、どう走るのか決めるのは相棒だ。

 

 相棒は指示を待つヒシケイジに対して、言葉が通じると分かっているかのように、言葉を続ける。

 

「ホエールキャプチャと頭を取り合うぞ。もう一回、ガッツリ逃げる」

 

(わかった、逃げだな―― 逃げは俺の得意分野だ。前みたいに、ガッツリ逃げてやる)

 

『これで九頭前馬ゲートの中体制完了スタートしました』

 

 すべての馬がゲートに入り、周囲には一瞬の静寂。

 ヒシケイジは既に覚悟を決めていた。

 

『これで九頭前馬ゲートの中体制完了』

 

 直後――ガコンと音が鳴り、ゲートが開く。

 

『スタートしました』

 

 揺れる地面をものともせず、ヒシケイジがゲートを飛び出した。

 地面に蹄鉄が突き刺さり、芝を踏みしめた衝撃でさらに肉体を前へと進める。

 

 自身の右側から同じようにサラブレッドが地鳴りと共に飛び出す中で、ヒシケイジは迷わず加速した。

 迷いはない。相棒は逃げるぞと言った ああ、分かった。即座に頭を取りに行く。

 

 当然、内枠、ホエールキャプチャも同様についてくる。

 枠順的には、こっちがアウトコースで不利――だとしても、ヒシケイジには自信がある。

 

『ほぼ揃いましたが、スタートで飛び出した、先頭九番九枠ヒシケイジ』

 

 ヒシケイジは悠々と、馬群を抜け出し頭を取る。

 

 トモの速筋が、はち切れんばかりのバルクで今自分の体を支えてくれている。

 パドックでヒシケイジを見た人間が、皆、初めはヒシケイジを古馬だと勘違いするほどに――

 間違いない。今日の俺は仕上がっている。

 

 日々の、練習は裏切らない。

 同世代の馬にそうそう負けるはずがない。

 

『ホエールキャプチャ、半馬身後ろで追走します』

 

(だが、お前は違うぜ。オルフェーヴル……お前は違うんだ)

 

 ヒシケイジは悠々と競り合って位置を取り、鞍上「石破」の指示の元で馬群の真ん中に陣取った。

 この状況を維持し続ければ勝ちだが、今日はそうはいかない――オルフェーヴルがいる。

 

 奴が来るときまでに脚を残さなきゃ話にならない――って、ラジオでも言っていた。

 それに、アニメなら、ライバルとの直接対決で何も起きないなんてことはあり得ない。

 

(だからまずは、オルフェーヴル以外と決着を付けないといけない……)

 

『外から三番手、レッドエレンシア、それに迫っていきます』

 

 とはいえ、ぐんぐんとのびるヒシケイジと共に走るサラブレッド達は、決してヒシケイジに遅れをとっているわけではない。

 背後に迫るホエールキャプチャは、何時だってヒシケイジの前に出ようと虎視眈々と機会をうかがっている。

 

 他の馬もそうだ。圧力がある。そうだ、こいつらは早い。

 前走よりも高いペースで走っているにも関わらず、全然振り切れている気がしない。

 

『後は一馬身。ちょっと首を上げたニシノクエーサー。それを回避してカトルズリップスが四番手です』

 

 ヒシケイジは後続への認識を改めると共に、わずかに心に残った慢心を消し去った。

 

 これがマイルか、確かに早い。

 でも、このペースで走るのは嫌いじゃない。

 

 これがオープンか、悪くない。

 強い相手と戦うのは、面白い。

 

 だって俺はもっと早い。

 だって俺はもっと強い。

 

 適正距離がなんだ――早山のおやっさんが、厩務員の土井さんが俺は速く走れるように鍛えてくれたんだ。

  

『一コーナーのカーブ、直後にフレンドサンポウがつけて、そのうちに一番ニシノクエーサー』

 

 ヒシケイジは、遠心力で体が外側に膨れると分かるほどの高速コーナーを駆け抜けながら、石破の指示で速度を維持する。

 現状、スタミナ、全く問題なし――速度、重ねて問題なし――

 

『その後ろは二馬身差オルフェーヴルがつけています。後方の三番手――』

 

 オルフェーヴルは、以前背後に構えている。

 気配は感じるが、今は無視だ。

 

『ヒシケイジ先頭で向こう正面に入ります。後は、二馬身と差を詰めて四番のトウシンイーグル。最後方で一馬身を追走、ワイルドジュニアという隊形です』

 

 ヒシケイジは、向こう正面を馬群全体を、引き込むようなちょうどいいハイペースで駆け抜ける。

 必死に追走するホエールキャプチャの首を抑えるようにリズムを保ちながら、早い巡行速度でスタミナを削っていく。

 

 実に、クレバーな展開だ。相棒も派手な大逃げにはならないと判断したのだろう。

 でもその方が、俺も楽しい――馬群の先頭で追い立てられている方が、俺も走りのイメージに合う。

 

『各馬はこれから第三コーナーのカーブへと入ってまいります』

 

(作戦はハマった――余裕のある石破 志雄は最高だぜ)

 

 ヒシケイジが相棒に感心しつつ余裕そうにスピードを維持していくと、中山の短い向こう正面はすぐに終わりを迎える。

 ペースを落としたおかげで、多少他の馬との差は縮んでいるがその分脚はしっかりと溜まった。

 

 第三コーナー、位置取りの関係で内側を取っているホエールキャプチャが、隣に並ぶ。

 苦しそうな息遣いだけが聞こえてくる、明らかなオーバーペース。

 

 ヒシケイジはただ前だけを見つめて、来るべき決戦のために先頭の景色を邁進した。




誤字脱字報告、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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