また、ルーキーランキング一位もありがとうございます。
気を入れなおして頑張ります。
2010年12月19日――
ヒシケイジは中山競馬場のパドックの中で歓声を浴びていた。
いまになって言うことではないが、とんでもない場所に来てしまった。
自分の足音が聞こえないほどの喧騒が周囲から聞こえてくるのは初めてだ。
「やっぱりサダムパテックでしょ」「ディープ産駒で硬くいかね?」
「リベルタス、
「グランプリボスぅ~? バクシンオー産駒だぜ?」「それいったらヒシケイジもミラクル産駒だ」
「やっぱりルモワーヌ騎手買いじゃない?」「東スポ信用するのかよぉ~」
中山競馬場には、人、人、人の海だ。
曇り空の元、土井さんに曳かれる自分の姿を多くの人が見つめている。
もちろん、自分の評価は高ければ高いに越したことはない。
入れ込みや体調不良ではないことをアピールするために、リラックスしているように見せて歩くのだが――
「いや~、ヒシケイジ、信用する?」
「葦毛でステイヤー、零細血統の上に大外枠じゃなぁ」
「それよりやっぱりディープ産駒じゃないの?」
「いや、ディープ産駒はフジキセキ産駒と一緒、早熟とみたね――」
ヒシケイジは、ここでは葦毛で目つきの悪い凡庸な一頭に過ぎなかった。
あまり、期待はされていない……それだけ他の馬が強いってことだ。
流石G1、流石朝日杯フューチュリティステークス。
このレースは今まで走ったレースとは格が違うらしい。
オープンのレースから一足飛びでここまで来た俺と違い、既にグレードが付いたレースに勝利している馬も多い。
それに、周囲へ目線を向ければ、俺より体が大きい馬も増えている。
他の馬も今年の一年で、大人として成長しているのだ。
何より、このデカい舞台に立ってなお、明らかな緊張を見せている馬が少ない。
同年代で栗東のトレーニングセンターでデカい顔をしているのを見た顔も多い。
つまり、こいつら皆、走り慣れている。
一頭、一頭が皆強敵なのだ。
(そんなの最高に面白いに決まってる!!)
ヒシケイジは、決して逆境に弱い馬ではない。
むしろこういうアニメのような展開には燃えるタイプである。
「ヒシケイジはねぇ、やりますよ!! 葦毛の馬が走らないなんて幻想なんです!!」
耳を傾ければ、パドックの中央で綾部オーナーが記者たちへ朗らかに力説している。
そうだ、今日はスポーツ漫画で言うなら、予選を勝ち抜いてきた猛者が集う全国大会の決勝だ。
ラノベならこうだ。
主人公である俺は、最初はバカにされるんだ。
最初は元の仲間しか褒めてはくれない。
それでいいんだ。
戦いの中でライバルを蹴散らして――最後には栄光を掴むのがいいんだ。
なんなら、今までが出来過ぎていたんだ。
メイクデビュー福島も芙蓉ステークスも、周り全てが強敵なレースではなかった。
つまり、今日、このレースで得られる経験値は前回の比ではない。
その事実にヒシケイジは心の中で燃える闘志の勢いがより一層高まるのを感じていた。
「ねぇ、今日はあの怖いお馬さん、勝つ? パパのお小遣い増える?」
「あの葦毛、歩行リズム、まったく崩れていない……」
「まぁ、ボックスに入れといていいんじゃない?」
「ヒシケイジ、凄いな。見てわかるほど集中してる。アスリートかよ」
「やっぱトモの張り、ヤバくね? 古馬でも、ああはならないよな……」
「ムホホ、トーシロー共が……最終追い切りの結果を見れば勝つのはヒシケイジで明らかなのに……」
そんな、ヒシケイジの闘志を当てられたのか――
パドックを歩む若馬たちを見に来た人の中で、ちらほらと彼に夢を託す人は増えていく。
『父のミラクルを背負い駆けるはG1の大捕り物、ヒシケイジと――石破 志雄!!』
パドックを終え、相棒を鞍上に乗せ――
中山の地下馬道から本場場へと入場して歓声を浴びる。
ヒシケイジは八枠一六番――体重489kg(+4kg)。
3番人気、倍率7.2倍。支持率10.5%。
オープン上がりの零細血統という下馬評は既に覆っていた。
そう思えるほど、今日のヒシケイジの姿には、雄弁な自信が宿っていた。
「この面子で三番人気とか、いい方なんじゃねえの」
その意欲を知ってか知らずか――
ヒシケイジの鞍上で「石破 志雄」が独り言をつぶやいた。
普段通り白地に青二本輪が入った勝負服を纏う甘いマスクの相棒だが、ここ二カ月会わなかった間に、ちょっとやせたような気がしなくもない。
それに普段通りの返し馬であるが、我が相棒、普段と比べてどうにも硬い。
俺の胸のうちでは、こんなに情熱が燃え盛っているというのに、相棒が委縮していては勝てるものも勝てやしない。
(まったくしょうがないヤツだ――)
ヒシケイジはまるで威嚇するようにディクタスアイを見開き、耳を伏せて振り向く。
この表情を見れば、分かるはずだ相棒――俺の闘志の炎を感じ取ってくれ!!
「なんだよ、お前……その顔――馬鹿にしやがって」
ヒシケイジの必死のアピールが通じたのか――
石橋 志雄は少し不機嫌そうに口元をゆがめて、ため息をつく。
「言ってもわからないだろうから、隠さず言うけどな」
「ブヒッ」
ああ、分かってるぜ。
アップの間――愚痴の一つでも聞いてやるよ。
「今日はさ、嫁が見に来てるんだよ……」
「ブヒッ!?」
おいおい、相棒!?
それは頑張らないといけないヤツじゃないか!!
「それと、一番人気の馬にクリストファー・ソロモンが乗ってる。アイツ、俺からコスモネモシンの鞍上を奪いやがった」
「ブルルルルッ!!」
そりゃ許せないぜ。
俺は覚えてる。
本当に、心の底から悔しがっていた。
あの時、泣きはらしたお前は本当に見ていられなかった。
「その癖して着外に沈みやがって……おい、ヒシケイジ。一番人気のサダムパテックぶっ飛ばして、絶対勝つぞ」
「ヒヒッ」
もちろんだぜ相棒。
サダムパテック君に恨みはないが、全殺しの刑に処す。
今日のG1、絶対に俺が勝つ。
「にしてもお前、ホントは俺が言ったこと、全部わかってるんじゃないか?」
「ブフッ……」
「冗談だよ。今日は何が起きても、ビビらずいこう――だが、俺の指示には従え」
「ブヒヒヒヒヒ……」
ヒシケイジは余りにも石破 志雄が自然に話しかけてくるおかげで――
久しく忘れていた馬が人間の言葉が分かることは可笑しいという事実を思い出して身震いした。
(相棒……恐ろしいヤツ、でも、まぁなんかの機会でバレたら、大人しく謝ればいいか――)
ヒシケイジが浅い考えを巡らせながら待避所で待つ中、G1のファンファーレが高らかに会場に鳴り響く。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
ヒシケイジは直後に上がる歓声を聞いた。
空気が震える――今からレースが始まるのだと嫌でも分かる。
(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!)
ヒシケイジも心の中で、熱狂に合わせて叫ぶ。
ああ、このラッパ――競馬中継で、何度も聞いたアレが聞けるなんて!!
ハッキリ言って――最高だ。
『中山競馬場11レースは、第62回朝日杯フューチュリティステークス。G1芝の1600m戦一六頭によって争われます』
この最高の気分で、G1レース。
悪いが、負ける気がしない。
『上空は雲が広がっています中山競馬場、先ほどまで吹き抜けていた冷たい風は今は収まっています』
(さあ、俺は何時だっていいぜ――いいんだぜ)
ヒシケイジは不敵にゲートの外で時を待つ。
だが、鞍上の石破 志雄は、余裕綽々の愛馬に反し、辺りに漂う不穏な空気を察するかのように手綱を握った。
「おい、ヒシケイジ――何があってもビビるなよ」
『ゲートインは非常にスムーズで、最後に一六番、ヒシケイジ収まりました』
石破 志雄が念を押す中――
ヒシケイジが感じるのは、普段通りも短い一瞬の静寂。
『スタートしました!!』
直後、バタンと開いたゲートから、一六頭の馬が飛び出した。
蹄鉄が芝を踏みつけ、一直線にそろった若馬たちが暴風雨のような足音が地面を揺るがしていく。
『ほぼ揃いました。全馬ほぼそろっての先行争い』
ヒシケイジも普段通り、好調なスタートを切る。
だが他の馬も遅れを取ってはいない――そうじゃなきゃ面白くない。
ヒシケイジは視線をただ前に向けて、前へ前へと加速していく。
前へ、とにかく前に出る――頭を取って、ペースを作る。
そうすれば俺が、こいつらにスタミナで負けることはない。
芙蓉ステークスと同じ展開で、石破 志雄がレースを作りに行ける。
『まず内からオースミイージーが飛び出して――』
だが、好スタートを切ったヒシケイジが、ぐんと前に出た直後――
内側から桃に紫の勝負服を着たサラブレッドが更なる速度でヒシケイジを抜き去る。
『リベルタスがすっと二番手につけます』
(こいつら、流石に早いな――!!)
直後、内側から飛び出した黒に黄色の勝負服の馬が内側を塞ぎ――
『が、外からこれを躱してシゲルソウサイが上がっていきました――』
ヒシケイジが外へと進路を取ろうとした直後、さらに一頭の馬が強引にかぶさるよう進路を取り――
『一番人気サダムパテック、外側をスーっと進んで四番手』
水色に赤の勝負服、サダムパテック。
クリストファー・ソロモン含めた四頭がまるで、蓋をするようにヒシケイジの前を往く。
これじゃ、逃げは使えない。
俺の力不足か――いや、初めから、俺を逃がさないつもりだったのか!?
「やっぱ、意識されてたか」
石破 志雄が冷静にヒシケイジの手綱を引き絞り、脚を貯めるように指示を出す。
(今日は何が起きても、ビビらずいこう――だが、俺の指示には従え、か)
その指示にヒシケイジは雄弁に答えた。
他の馬とペースをそろえて中団に下がり、追走してチャンスをうかがう。
(ヒシケイジっ、お前さんにボクが競馬ァの一番大切なこと教えたげるからなっ――)
生添ジョッキー、感謝するぜ。
生憎――後方からの末脚勝負はぶっつけ本番じゃない。
だからこそヒシケイジには、このG1の土壇場で上手くことを運ぶ『自信』があった。
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。