2010年12月。
朝日杯フューチュリティステークスを勝ち抜いたヒシケイジは、馬運車で運ばれ東名高速を南下した。
普段通り、馬運車で考え事や居眠りをしていたら、目的地への到着はすぐだった。
あまりにも到着が早かったからか、土井さんはいないようだが、俺には分かる。
ここは栗東トレーニングセンターじゃない。
「ヒシケイジ~、暴れないでくれよ~」
「こっちオッケーです。ミニラジオも忘れずに……」
幾人かのスタッフが甲斐甲斐しく動いていると、合図があったのでヒシケイジはポクポクと歩きだす。
外にでると駐車場は既に真っ暗で、白い息がもくもくと立ち上るほど寒かった。
俺はこの場所を知っている――そうだ、信楽ノーザンファームだ!!
思えば今年の夏、メイクデビューの後に、この場所でしっかり休養できたのは良い経験だった。
幾月かぶりに厩舎に戻ると、以前に比べてもさらに多くの馬たちが各々の馬房で体を休めていた。
何頭かの馬は、俺に気づいたのか目線なんかで挨拶してくるから、俺も併せて返す。
というか、普段通り皆ほとんど栗東トレーニングセンターで見たやつらばかりだ。
「いやー、綾部オーナー。ありがたいよなぁ……」
「な、おかげで、忙しくてたまらないぜ」
スタッフ達が、談笑するのを聞きながら、ヒシケイジはその日はゴロリと寝藁に寝転んだ。
早山のおやっさんや厩務員の土井さんが訪ねてきたのは翌日の夕方頃、丁度放牧が終わった頃だった。
「おお、ギョロ……G1勝利、おめでと~!!」
「ブヒッ……」
えっ、酒くっさ!!
「へへっ、悪いなギョロぉ……こっち来るまでの新幹線でも飲んじまった」
「ブヒヒ……」
あっ、早山のおやっさんまで、凄いことになってる。
「ギョロぉ、綾部オーナーと話し合って決めたけどぉ、来年はぁ、弥生賞から走るからな~~!!」
「ブヒッ」
ヒシケイジは、相変わらず言葉が通じていなくても語り掛けてくれる二人を余所に、では実際いつ走るのかについて思慮を巡らせていた。
えーと弥生賞っていつだっけ、弥生って二月か、じゃあ――二月か?
「おい、土井ぃ、酒を飲んでるからって、ヒック……ギョロが困ってやがるぜ」
「ああ、ごめんよギョロぉ……とにかくぅ、冬の間は休んで!! また来年頑張ろうな~!!」
「ブヒヒッ」
ヒシケイジは、思った以上に気が抜けていた二人からの伝言を受け取ったのち――
彼らが転んでけがをしない様に、彼らの背中が見えなくなるまで見守っていた。
(やっぱり、人間、酒は良くない……)
でも、アニメだと大人のキャラクターは、カッコよくお酒を飲んでいたわけで――
俺も人間に戻れたら、お酒って奴を嗜んだ方がいいんだろうか……
ヒシケイジは、その日は苦悩の中で馬房へと戻ったのであった。
◇◆◇
かくしてヒシケイジは、久々にレースのことはすっかり忘れて、休養に専念することになった。
積もった雪を見ない冬は初めての事だったが、ラジオから流れる新しく結成された48や探偵っぽいアイドルグループの曲を聞いていると時は過ぎ――
2011年1月、ぬぼーっと馬房で飼い葉をもぐもぐもぐもぐ――と噛み潰していたヒシケイジは、スタッフ達の雑談から、自分が2010年度のJRA賞最優秀2歳牡馬を獲得したことを小耳にはさんだ。
正直以前は、腹の足しにならない賞状やタイトルをとるよりレースに勝ちたいと思っていたころもあった。
だが、今は綾部オーナーや早山厩舎の皆が喜んでくれるならと思うと――諸手を上げて喜んでもいいくらいだ。
何より、相棒である石破 志雄にとっては、俺のタイトル獲得は彼の箔にもなるわけで。
おかげで、今日も18kgの飼い葉を食べる口が止まらない。
そろそろ休養も終わりが近い。
今年のクラシックが始まったら、再びライバルたちと鎬を削る生活が始まることだろう。
そうだ、ライバルといえば――
オルフェーヴル、アイツ、今頃何をしているんだろう。
休養中もラジオで競馬情報をチェックしているが、1月9日の京都3R、日刊スポーツ賞シンザン記念(確かGⅢ)ではアイツは2着だった。
俺が聞いていても惜しいレースだった。
ヤツの末脚は明らかに、切れ味を増している。
それにオルフェーヴルだけじゃない。
朝日杯での一戦で、共に走ったライバルたちも成長しているに違いない。
クラシック戦線が始まるまでのレースで、新たなライバルが上がってくる可能性は大いにある。
そんなのやっぱり漫画じゃん……ダークホースみたいな奴がめっちゃ強い展開が燃えるのだ。
そいつらと走りたい。
そいつらに勝ちたい。
勝って勝って、俺はもっとたくさんの人に夢を見せたい。
(うおおぉぉぉおおおおおおお、早く走りたいッ――でも我慢だッ)
ヒシケイジは心の中で闘志を燃やしながらも、今は目の前の飼い葉を食べることに集中した。
事を急いても仕損じるだけだ。
ここはドッシリと構えて休養と放牧に努め、ベストな体調でまた調教を受けるのだ。
(大丈夫だ。俺には皆がついている――)
もし、俺がまた壁に当たっても――
みんなと一緒なら乗り越えられるに違いない。
その日ヒシケイジは、久々に故郷である日高町の夢を見た。
幼い自分が、母であるスウィートエルフに見つめられながら一杯の青草の上を跳ね回る、幸せな幸せな夢だった。
◇◆◇
時は戻って2010年12月19日。
ヒシケイジの快走の影響をモロに受けた馬が、ここに一頭いた。
北海道は静内町にあるレックススタッドの厩務員室で、幾人かのスタッフがテレビに食いついている。
初めは、へなちょこすぎるテレビ中継の実況の杜撰さばかりが気になっていたレースだった。
一番人気のサダムパテックが好位に着け、レースはセオリー通りの展開。
ああ、また外国人騎手と主要血統が勝つレースか――なんて誰もが思っていた。
だが、3コーナーを抜けたあたりから葦毛の馬が、ぐんぐんとのび――
最後は一番人気のサダムパテックを躱して一着で滑り込む。
『真っすぐ伸びたのは、ヒシケイジッ!! 最後は豪駿ヒシケイジッ、イケメン石破ガッツポーズ!!』
「はぁ~、まさかあの葦毛が勝つとはなぁ……」
「ヒシミラクルの子ですよ、アイツ……その綾部さんから、用途変更を待つように言われていた」
「今年の種付け数一頭だっけか、やっぱG1馬が出たから改善されるのかな……」
「そうかもな~、めでたいし、ちょっとニンジンやりにやろうぜ」
厩務員たちが立ち上がり、思い思い伸びをしながら準備をしているとき――
当のヒシミラクルは、ぬぼーっと気の抜けた顔で飼い葉を食べていた。
「お~い、ミラコー。おめでと~」
「お前の子がG1勝ったぞ~!!」
ぞろぞろとやってきた彼らに、馬房にいたスタッフもどよめいたが――
気づけば一転、お祭り騒ぎでヒシミラクルを囲み、彼へとニンジンを食べさせる会が始まった。
「えっ、そうなんですか? え……ヒシミラクルの子がマイルG1で勝ったんですか?」
「そうだよ~、なんか距離関係なく走る馬らしいよ? 騎手から見たら本質はステイヤーなんだと」
「ほーれ、ミラコー……ニンジンだぞ、美味いか~?」
「ブヒッ……」
何が何だか分かっていないままに、ヒシミラクルは縦に四等分されたニンジンをもしゃもしゃと頂く。
良く分かっていないがもらえるものはもらったヒシミラクルは2011年――20頭程度ではあるが種付けの頭数を持ち直し、それからも細々とではあるが、自らの血統を残していくことになる。
かくして、ヒシケイジは自らの走りで多くの馬に影響を与えながらも――
来るべき2011年のクラシック戦線へと身を投じることとなった。
後年、苦しい戦いをしたと評価される一方で、ヒシケイジの「稀代の豪駿」の価値はこの一年で磨かれたとされている。
そんな、数奇な運命に翻弄されるともつゆ知らず、2011年1月のヒシケイジは文字通りの寝正月で幕を閉じた。
明日から、ヒシケイジ苦闘編です。
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。