ヒシケイジさえ居なければ   作:ハシダ シュンスケ

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総合評価500ポイントありがとうございます。
これからも、頑張ります。


2011春、弥生賞(前:1/2)

 2011年3月6日。 

 ヒシケイジは少し肌寒い晴れ間が広がる中山競馬場のターフに立っていた。

 

 中山競馬場11Rは報知杯弥生賞。

 皐月賞と同じ舞台で同じ距離を走るトライアルレースだ。

 

 東西移動も慣れたものだ。

 普段通りのパドック、普段通りの返し馬を終えると鞍上には変わらず、相棒の石破 志雄が座っている。

 

 3月に入るまで、門田調教助手のサポートの甲斐もあって、調教は実に順調に進んだ。

 寧ろ調教が順調に進み過ぎて――2月の記憶があんまりない。

 

 食べて寝て、走る。

 ラジオを聞いて、アイドルと追い切りの相手を追う。

 

 3DSとかいうゲームが発売されたと聞いて、3が付いたら何が変わるのかについて思いをはせる。

 そんな毎日を過ごしていると、気づけば3月、久々の中山競馬場だ。

 

「今日は、先行で行くから……」

 

 今日、ヒシケイジが石破志雄から与えられた指示は実にシンプルな物だった。

 今後のクラシック戦線について早山のおやっさんや門田調教助手と協議を繰り返した結果――

 

 いろいろと無茶ぶりをされたらしい石破 志雄であったが――

 俺の上から感じられる彼の気迫や、意志に陰りは見られない。

 

 ヒシケイジ、G2レースのファンファーレが流れ、待機所からゲートへと向かう馬たちの列の中――

 じっと、脚を止めて意識を集中させて、闘志を燃やす。

 

 二歳戦線では見たことがない馬もチラホラいる。

 何よりも、今日の相手は12月の朝日杯で鎬を削ったサダムパテックだ。

 

 奴の鞍上が変わっているからと言って、別に奴が変わったわけじゃない。

 背後から感じるヤツ闘志は確実に、それでいて明らかに練り上げられている。

 

 いいぞ、お前も凄い馬だった。

 俺を意識しろ――俺はプレッシャーに負けるつもりはない。

 俺は一人じゃない。今だって相棒が背中に座っている――

 

 ただ、他の馬が必ずしもそうとは限らないのが競馬だ。

 

 ヒシケイジの目の前で、一頭の馬がものすごい駄々をこねてゲートへの移動を抵抗していた。

 

【やだ~~~~~~~~~~!! やだ~~~~~~~~~~!!】

 

 みたいな駄々のこね方をした――えーと、七枠九番ターゲットマシンくんが、鞍上に太中(たなか)騎手を乗せたまま、これはもう見事な駄々をこねていた。

 

 仕方ない、後方から協力してやろう。

 奴が、此方を向いた直後に、俺は威嚇するようにターゲットマシンへと視線を送った。

 

 群れのボスが、不安になっている馬にするようなアプローチだ。

 直後、ビクついて大人しくなったターゲットマシンは、すごすごとゲートへと入っていく。

 

「協力していこー」

 

 はい、協力しました。

 競馬場のスタッフさんをそんなに困らせるんじゃありません。

 

『これで――収まります。後は他の各馬ご覧の通り、残り六頭ですギュスターヴクライ、あとはトーセンマルス――その向こう側に六番のサダムパテック、七番は一番人気ヒシケイジ、注目はヒシケイジ――距離は違いますが同じ中山の舞台での去年の暮れ、朝日杯フューチュリティステークスは三番人気で、圧巻の一着。単賞は1.4倍』

 

 ゲートへと入ると、生まれるのは静寂だ。

 ヒシケイジが鞍上へと意識を向ければ相棒はやれやれといった様子で、言葉をつづけた。

 

「ケイジ、お前、余裕だな? ま、スタートからいい位置付けて、後は楽に行こう」

「ブルルルルッ」

 

 相棒には悪いが、プレッシャーを感じないのも練習だぜ。

 これから、今以上に緊張することも増える。

 

 俺はクラシック戦線、全部、勝つつもりでいる。

 

 早山のおやっさんや、門田調教助手は何か懸念を感じているらしいが――

 問題があるからって負ける前提でレースを進めるようなやつはいない。

 

『デボネアが収まります。さぁようやく体制整います。皐月賞トライアル弥生賞です。最後一番外枠、マンハッタンカフェ産駒ショウナンマイティ――花開く予感を胸に伸び盛りの十二頭!!』

 

 すべての馬がゲートに収まり、一瞬の静寂。

 

『さぁ皐月賞トライアル弥生賞スタートしました」

 

――バタン! とゲートが開く。

 

 ヒシケイジは直後、張ったトモのエネルギーをドンと地面に伝えて飛び出した。

 芝が沈み、即座に加速した体は、他の馬を視界から消す。

 

『ヒシケイジ余裕のスタート!! サダムパテック少し遅れたか』

 

 どうやらまた少し、ゲートが上手になりすぎたようだ。

 このまま、逃げに転じても勝つことは出来るが――

 

 漫画でもアニメでも、慢心するのは負けフラグだ。

 鞍上の石破志雄も、追ってくる馬を待つことにしたようだ。

 

『ごらんのとおりちょっとバラバラなスタートになりました』

 

 幸いに、今日のレースは少しばらけたらしい。

 2000メートル、長丁場のレースで――テンを取りに来る奴らが消耗するなら思い通りだ。

 

(いいぜ、俺は待つ――今日のレースは、先行で行く)

 

『アッパーイースト、それとプレイが続きます、三番手と言いますか、ターゲットマシンは前の集団に取り付くのか――」

 

 俺の内と外を逃げ馬たちが抜けていく。

 予定通り、ペースを落として、前の馬に合わせて進む。

 

『ぴったり横に並んで先行三頭、その後ろにヒシケイジ。ウチをウチを進んでいく』

 

 そう、ここまでは予定通りだ。

 

 丁度柵が見えるインコース――

 今日は、ひたすらに省エネにコースを取りつつ――

 

 状況に応じて、いい位置を取って、相棒の石破志雄から合図があれば前に出る。

 

『その直後、外に六番のサダムパテックです。さらにデボネアが続いて最ウチ、ルーズベルト』

 

 それにしても馬の一か月は、大きいというが――

 周囲の馬のサイズは朝日杯に比べてもさらにデカい馬が増えている。

 

 現在のヒシケイジは体重495kg(+6kg)。

 奴らと比べて、体格の面でのアドバンテージはもうないといってもいいだろう。

 

『あとは十一番のギュスターヴクライが中段といった位置』

 

 だが、俺自身、自分を辛口に評価するだけじゃない――

 

『三番人気オールアズワンは、中段のやや後ろ――黄色い帽子は後ろから四頭目を進んでいます』

 

 ヒシケイジは馬群の中で、じっくりと息を整えて脚を貯めていく。

 周囲の馬と比べても明らかに余裕がある。

 

 思うに俺の最大の強みとは何か――

 

 それは、調教に調教を重ねて得たスピードでもパワーでもない。

 血統から受け継いだスタミナだけじゃない。

 

 それは頭と根性だ。

 サラブレッドに転生したからこそ得られた知恵と根性だ。

 

『最後方からショウナンマイティという攻め、先頭から後方までこちらの隊列になりました十二頭です』

 

 すべての土台があるからこそ、俺は毎日の努力を最大限に発揮できる。

 

『2000m皐月賞と、本番同じコース、同じ距離!!」

 

 俺に勝てる奴がいるとしたら――

 それは、俺と同じように転生してきたか――

 

 あるいは、“アイツ”みたいに

 俺以上に速くて、強くて、運のいいヤツだけだろう。

 

『さあ、弥生賞前に行ったのはターゲットマシンですが、しかしまだアッパーイーストと微妙なつばぜり合いと言う感じ』

 

 ヒシケイジの眼前にいる馬たちは、彼の目から見て予定通りスタミナを消費しながら走っていた。

 

 決して早いペースではない。

 解説者の多くはヒシケイジ達がどう走るかに注目していた。

 

 彼を除いて、早いペースを作る馬は居ないだろう。

 そのペースの中で、どう、自分の馬をヒシケイジより早く走らせるか――

 その目論見は、相棒の手によって既に破壊されている。

 

『その後ろ、少し控えた格好で末岡花見(まつおかはなみ)と、石破志雄』

 

 ヒシケイジは眼前のプレイの後方にぴったりと付いて――レースを見守る。

 弥生賞の趨勢は最早、この時点で決していた。




誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。
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