励みになると同じく頭の下がる思いです。
2011年、皐月賞のトライアルレースである弥生賞が繰り広げられる中――
ヒシケイジは逃げ切りが予想されるレースで先行をとり、脚を貯める競馬を展開していた。
前方にいる馬は疲弊し、最終直線で失速する状況が完成している――
ならば警戒するべきは、後方の馬だ。
『ヒシケイジ、今日は本命馬。ハナを譲りましたが、作戦通りか』
ヒシケイジは向こう正面の直線を駆け抜けながら、背後からの圧力を感じていた。
サダムパテック、朝日杯では追った相手だが――今日は、俺が追われる立場だ。
『ルーズベルトが続いて、六番サダムパテック、鞍上、
良い――悪くない。
俺は先行のレースも好きになれそうだ。
今はただ、前の連中に遅れないようについて行けばいい。
前を往くプレイにしっかりと圧力を掛けつつ、西日が射すターフを駆けていく。
『外から少しずつポジションを上げた
石破志雄の指示は、セーブしろと単純なものだ。
馬も人も、互いに今は体力を温存するタイミングである。
いいぞ、お前の仕事はもっと後だから、今悠々と風を感じてくれ。
そう思いながら、俺も今は風になる。
中山の声援は向こう正面には届かない。
この場所に響くのは馬の足音だけだ。
けれど、俺はさっき聞いたぞ――今日の俺は一番人気、単勝は1.4倍だ。
支持率で見れば55.2%、二人に一人は、俺の夢を応援してくれている。
『少し持ってかれてるかな、十一番のギュスターヴクライがついています』
そうだ、俺は多くの人達の夢のために走っている。
綾部オーナーに、早山のおやっさん、厩務員の土井さん。
それと、最近――門田調教助手が増えた。
相棒、きっとこれからも俺が背負う夢は増えていく――
俺たちは、もっとデカいレースで走るんだ。
「パパ、今日勝ったら――お寿司行けるんだよね?」
「ヒシケイジ、今日は先行か?」
「ああ、パドックも凄い良かったしG1は間違いないだろうな」
「ムホホホホ、流石にサダムパテックでは荷が重い……万が一を想定して買った馬券が火を噴くか……』
「その割に、複勝には入れてるじゃねえか!! じゃあもう一頭は……』
『後方は九番のトーセンマルスがいて、外に八番ウインバリアシオン、最後方差なく、一二番のショウナンマイティです』
そのためにも、今日負けるわけにはいかない。
俺は誰だ、そうだ、ヒシケイジだ。
『1000m通過タイムが61秒というペース、なんとか落とし込んだか』
馬群は中山の坂を駆け上がる。
ヒシケイジは、すこしプレイのペースが落ちたのを見て――併せてぺースを落とす。
『先頭はターゲットマシン、しかしまだアッパーイースト、
石破 志雄はプレイを可能な限りスクリーンに使いたいのだろう。
実際、俺は今この場にいる誰よりも注目されている。
『それを見て三番のプレイ、どのあたりで動き出すか、ヒシケイジはまだ虎視眈々――』
そろそろレースも中盤を過ぎたころだ――後方の馬が動けばいつでも反応できる。
ヒシケイジがそう見積もったタイミングで、石破志雄が俺をすっとコースの内側へと向けた。
併せて、送られてくるのは前へ行けという合図――相棒、分かったぜ。
実況のアオジマには悪いが、タイミングってのはいつ来るか分からないもんだ。
今が俺にとっては仕掛けるべき時だ。
『オールアズワンがポジションを上げている。六番のサダムパティックよりも少し前に出ています』
ヒシケイジは背後から上がってくるオールアズワンにふさがれる前に、すっと前に抜け出す。
前にいた、プレイも併せて前に出ようとするが、俺がペースを崩した影響をモロに受け、苦しそうに順位を落とす。
『ウチ、ルーズベルト、後位集団も火花が散っている。そこからウインバリアシオン、外々少しずつ押し上げてくる――ギュスターヴクライも来ている」
前にいる馬は二頭――最終コーナーに入って、坂は上り坂から下り坂に入る。
ぐっと加速するヒシケイジの上で、石破 志雄はまだ動かない。
いいぞ――お前を信じる。
馬群がぐっと横に広がる中、俺達は最も内側にいる――スペースは開いている!!
『ウチ、デボネア――さぁ、各馬の思いがはじけようとしています』
「おい、ケイジ。ターゲットマシンが下がるぞ、行けッ――!!」
直後、ヒシケイジが見ている前でターゲットマシンが泡を吹いて下がっていく。
ありがとう、おかげでアッパーイーストにもう体力は残っていないだろう。
『上位三着までに皐月賞への夢が叶います』
ヒシケイジの体に鞭が入る。
じゃあもう我慢する必要は、ない――
ヒシケイジは一気に息を入れ“勇迅一閃”にスパートをかける。
その切れ味は来ると分かっていても鞍上の石破 志雄が一瞬、姿勢を崩すほどの加速度だった。
『さぁ、皐月賞トライアルレース制するのはどの馬か、どの馬か、アッパーイースト、まだ粘っている――』
おいおい相棒、ちょっとヒヤッとしたぜ。
ああ――今日先行を試しておいて、本当に良かった!!
ヒシケイジがそう思うほど、目の前のアッパーイーストの差はみるみるうちに縮まっていく。
俺の加速は止まらない。アッパーイーストに鞭が入り確かに加速するが、俺はそれ以上の速度で奴を追い抜いていく。
ヒシケイジの正面から、アッパーイーストの姿は消える。
そして周囲から、すべてのライバルの姿が消える。
「クソッ……」
アッパーイーストを追い抜くとき、鞍上である海老名が発した噛み潰すような一言は人々の歓声に紛れて消えた。
『ヒシケイジが先頭、さぁ、サダムパテック、グリーンの帽子は追いつくか!!』
歓声、大歓声。
中山のスタンドからは歓喜と共に後方で巻き起こった名勝負への歓声で湧き上がっている。
どうやら――俺を除いた状況は混戦の様相を呈しているらしい。
サダムパテックがぐっと伸びて、プレイがそれに続く。
その背後から、ウインバリアシオンが迫って――ギュスターヴクライが食いついてくる。
『ヒシケイジ、ヒシケイジ、悠々と飛ぶ。飛ぶように伸びる、もう競り合えない、競り合いは起きないッ!!」
(だが、一着は――俺だ。相棒、今日のレースも悪くなかったな……)
ヒシケイジは、普段通り飛ぶようなストライドのまま、ゴールへと駆けこんでいく。
後方、三馬身差――
このレースでは、俺は結局本気になることは出来なかった。
俺のライバルになれる馬は――何時か現れるだろう。
それは今日じゃない。
悪いが、サダムパテック、お前でもなかった――だが、予感はある。
オルフェーヴル、奴はもう一度俺の前に現れる。
そしてもう一度、俺は勝って、皆に夢を見せてやる!!
「ヒシケイジが制したッ!! ヒシケイジ圧巻の走りで皐月賞へ名乗りッ、JRA最優秀2歳牡馬の名は伊達では無いッ!! 二着は六番サダムパテック、三着は八番ウインバリアシオン!!」
「ッシ!!」
鞍上で石破 志雄が慣れた様子で腕を振り上げる。
そうか相棒も、嬉しいか。
ひり付く勝負とは言い難かったが、俺も初めての2000m、悪くなかった。
先行脚質も問題なさそうだ。
逃げでも、先行でも、差しでも、お前と一緒ならきっと走れる。
だから――これからも戦おう。
お前となら、どんなレースでも走っていくことが出来る。
「ケイジ、とりあえず皐月賞――勝つぞ。心配しなくてもお前の鞍上は、俺だ」
「ブヒッ」
(そうだ、中山のレースなら俺は負けないぞ。お前と一緒なら百人力だ!!)
ヒシケイジの思いが通じたのか――石破 志雄はヒシケイジへと語りかける。
歓声が会場に響く中、一人と一頭の物語は、これからも順調に続くと思われた。
だが――その日は、急に訪れた。
2011年3月11日、その日は確かに多くの馬の運命を変えたのであった。
◇◆◇
――弥生賞を制しました石破志雄騎手です。おめでとうございます。
「ありがとうございます」
――非常に強い勝ち方でした。
「そうですね。厩舎から、こういう走りをしてくれと頼まれていました」
――今日のレースどういうことをポイントに乗ろうと思っていましたか?
「セオリー通りいくことだけを考えていましたね。はい、ヒシケイジは頭がいい分、結構周りを見てしまうので――馬自身が不安にならないように、前で出れるポジションを確保して――って感じですね」
――最終直線、痺れるような走りでした。手ごたえは如何でしょう。
「うまく脚を生かすような調教を、厩舎で行ってくれているので――これからも折り合いさえつけば、って思っています」
――このメンバー、この舞台で勝ったことで四戦四勝、春の夢も膨らむと思いますが、いかがでしょう。
「そうですね。朝日杯でも思ったのですが、ヒシケイジは大きいレースの方が闘志を見せられる馬なので――今年はいい競馬が続くんじゃないでしょうか」
――最後に、稀代の豪駿を応援するファンに一言お願いします。
「冬を越えて、ヒシケイジは間違いなく成長しています。皐月賞に向けたいい競馬が出来たので、次走もチャンスがあると思います。これからも、応援よろしくお願いします」
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。