前回を読んでいない人向けにまとめますと
皐月賞は一週間遅れの4/24東京競馬場開催となりました。
パドックでは特に何も起きず、走る所からです。
史実と違うところは、オルフェーヴルの仕上がりがちょっとおかしいところです。
あと、ウインバリアシオンがしれっと紛れ込んでいます。
「これだけの馬に乗せてもらってるんだから勝たせたい。それだけです」
――石破 志雄
「
――生添 賢治
2011年、4月24日。
府中、東京競馬場11R。
豪駿か、群雄か。
本命か、穴馬か。
そう中継で語られた皐月賞が始まる。
一番人気は堂々のヒシケイジ、2.2倍。
二歳馬として最高の栄光を得た彼に、ナカヤマナイト、オルフェーヴル、サダムパテック、ベルシャザール、トーセンラー、ダノンバラードといった群雄が挑むという青写真は、会場やテレビを見ていた競馬ファンに、わかりやすく受け入れられた。
トライアルレースとは別の舞台であっても、ヒシケイジは勝つだろう。
豪駿を信じた者と、他の馬に夢を託した者の数に開きはない。
そう思えるほどに、事実幾頭かの馬にはオーラがあった。
所詮は馬のヒシケイジでさえ感じ取れるほどのオーラを持つ馬に、気づく人は少なくなかった。
「パパ、ヒシケイジ、勝つよね……またお寿司、食べれるよね?」
「今日は、オルフェーヴルで行く――アレはマジでヤバいって……」
「いや、ヒシケイジだね。どっちにしろボックスだから全部買うけど」
「ヒシケイジ――信じるぞ。お前も、十分すごい仕上がりだった」
「ああ、『豪駿』対『群雄』って嘘じゃん……勝つならあの二頭のどっちかだよな」
「ムホッ……ムホホホホ、むずかしい……三頭目が分からない。果たして誰がほほ笑むか……」
ヒシケイジはパドックを終え本馬場へと入場する。
俺に向けられる声援は、決して少なくない。
鞍上にいる相棒である石破 志雄は、普段通り白に青地の勝負服だ。
俺も普段通りの青い馬具を身に着けて、晴れ間が見える府中競馬場で返し馬を行っていく。
芝が深い、良馬場だ。
走っていて、脚に負担のない、本当にいいコースだ。
静かだ――石破 志雄も緊張しているのだろう。
来ると思っていたオルフェーヴルと生添ジョッキーも、全く来ない。
アイツらも成長しているんだ。
だったら俺の四戦四勝という戦績も、ただの指標でしかない。
じゃあ、今の俺は、ただの挑戦者だ。
何が起きても、驚かない。
俺は、全力で戦う――
鞍上の石破 志雄は言葉を発さないまま――ヒシケイジは、返し馬を悠々と終えた。
万全だ。俺は――お前はどうなんだ?
ヒシケイジが、ぎろりと鞍上を睨みつけるが、石破 志雄は動じない。
「ケイジ、今このタイミングで、入れ込んでどうするんだよ……」
「ブルルルルッ」
石破 志雄はその日、初めて口を開いた。
だが、その口調からは確実な不安が感じ取れる。
そうか――お前も怖いのか、じゃあ俺もきっと怖がっているんだろう。
「いや、違うな。緊張してたのは俺か」
「ブヒッ」
そうだ、俺も緊張していた。
自然体じゃないのは、良くないぜ。
「今日は、先行で行く。ケイジはそれが一番強い」
「ブヒヒッ!!」
分かったぜ。
先行脚質、前のレースみたいに前につけて、いい場所からドンと飛び出す。
確かに、理にはかなってる。
俺達が一番力を発揮できるタイミングで、一番強い力を発揮する。
それが一番強い走りだ。
俺が出せる全力の脚を使うなら、逃げや差しより先行が合っている。
「行くぞ――」
「ブヒッ!!」
再び気合を入れなおし――ヒシケイジは相棒と共に待機所へと向かう。
『今年は中山ではなくて東京、クラシック第一関門皐月賞!!』
直後、ラッパの音と共に、東京競馬場が揺れた。
今まで感じたことのない轟音が会場全体で響き観客が夢に沸く。
それは、まるで昨日までの鬱憤を全力で忘れようとでもいうかのような――
人々の希望を体現したかのような、雄たけびであった。
もう迷いはなかった。
「ケイジ、行くぞ」
「ブヒッ」
ああ――相棒。
ゲートへと収まり、直後に一瞬の静寂。
直後、ゲートは開く。
『願いを力に、今年は府中――第71回皐月賞スタートしました!!』
ヒシケイジは、普段通り――いや、普段以上のスタートを切った。
加速というには余りにも圧倒的なスタートダッシュで、テン良くハナを主張していく。
『少しバラついたが、好ダッシュはやはり内枠ステラロッサにダノンバラード!!』
内枠からは、二頭の馬。外枠からは、もう一頭。
『あと外の方から、ヒシケイジ。エイシンオスマン、
後方からはもう一頭が付いてくる。
ここまでは予想通りだ。
『さらにはビッグロマンス青い帽子もついています』
ヒシケイジは、コーナーを少し速度を落として回りながら他の馬の背後に付く。
今日の被害者は君だ、ステラロッサ号。
「マジかよッ――」
なんて、騎手の蒲田ジョッキーから泣き言が聞こえてペースを速める。
石破 志雄からは、加速の指示はない――
だったら、現在位置、三番手、いや――後方から上がってくる馬がいる。
『二コーナーから各馬のその神経を使う先行争いをご覧いただいています』
直後、一頭の馬がゆっくりと前に上がってくる。
関係ない、予定通りだろう――相棒。
馬群に埋もれなければ、どうとでも出来るだろう。
『先頭に立ったのは、結局黄色い帽子、エイシンオスマン、うちから一番のステラロッサ』
それに、オルフェーヴルも、まだまだ後方にいる。
だが、気配は感じる。
果たして、あの馬のプレッシャーを感じていないヤツがこの場にいるのだろうか――
『外からじわっとベルシャザール。ヒシケイジは少し下がってこの位置四番手』
いったいどれだけの調教を、どれだけの激戦を繰り広げればあの領域にたどり着けるのか。
分からない――俺がG1レースに勝ったと浮かれている間に、オルフェーヴルは地獄を駆け抜けてきたのだろう。
(でも、俺はこの状況で負けるつもりはさらさらない。来い――俺のライバル、オルフェーヴル!!)
『石破志雄は余裕の競馬か、この舞台で華開くかは神のみぞ知る』
相変わらず、相棒である石破 志雄はこの戦況を冷静に判断している。
手綱を握る手は相変わらず、俺に現状維持を要求している。
「当分は、このままいくぞ――」
『先頭から見ますと十番のエイシンオスマン、ステラロッサ、ベルシャザール――』
了解だ――相棒。
返事は返さなくても伝わっている。
『そして一番人気ヒシケイジ。サダムパテックはウチウチ、このゼッケン四番、好位集団、少し後ろを進んでいます』
後ろから迫る馬たちの気配を感じながら、好位置を維持し続ければいい。
安心しろ――相棒、今日のレースはスローだ。
スタミナだけは切れる心配はしなくてもいい。
『風が強い中、カメラも揺れる東京競馬場です』
ヒシケイジ達はコーナーを曲がり、向こう正面を駆け抜ける。
先頭のエイシンオスマンが緩やかにペースを上げるが、どうせ失速するだろう。
『さあ、向こう正面先頭十番のエイシンオスマンが少しリードを広げました』
だったら、影響は少ない。
ベルシャザールがマークしてるんだ。
圧倒的な大逃げとはいかないだろう。
それでも、ジョッキーは、サラブレッドを信じている
俺と相棒がそうであるように――
◇◆◇
『思い切って距離の壁、
「頼む~~~~ッ、エイシンオスマンッ、今頑張らなくて、いつやるんだ!!」
『そしてその後ろ二番手にベルシャザール、
「梧桐ジョッキー頑張りますなぁ……でも、そうは問屋が卸しませんよ」
『一番のステラロッサがついています。
「ごめんよ~、ステラロッサ……石破さんにマークされるなんて思ってなかった……」
『四番手には、一番人気、豪駿ヒシケイジが続いています』
「現状維持、現状維持」
『うちから二番のダノンバラード、日本のタケ』
「ダノンバラード、頑張ろう、頑張ろうねっ!!」
『その後ろ二頭並んで、ウチ、ビッグロマンス。ソトから行くのがカフナです。
「信じてくれた、厩舎の皆のためにも負けられないんですよ……」
『そしてウチ、サダムパテック、ソトの方から、赤い帽子はダノンミルが続いています、
「キツイレースだけどネ、やり方次第ではひっくり返せるヨ」
『真ん中からナカヤマナイト。このあたりは中団の少し後ろ目、フェイトフルウォーのオレンジと帽子』
「ナカヤマナイトの
『後ろに十二番――二番人気、オルフェーヴル!!』
「……いくでぇ、オルフェーヴル」
『さらには十五番ウインバリアシオンは
「ウインバリアシオン、会場にいる皆さんに恥じない競馬をしようね」
『ロッカヴェラーノがついて、ソトから十六番のトーセンラーがいます。後方は十三番のリベルタスがいます』
ヒシケイジは向こう正面を、ベストな位置取りで駆け抜けて最終コーナーへと飛び込んでいく。
我ながら、こんなに上手に競馬が出来たのは初めてだ。
このままのペースなら、3000mだって走り抜けられる自身がある。
この脚を全部出しきって、最終直線で爆発する。
前の馬、エイシンオスマン、ベルシャザール、ステラロッサ――前部抜き去れば――。
後は、もう一頭しか俺に迫れる奴はいない。
『ソト上がっていくのがオールアズワン。そして最後方から三番のノーザンリバーという形、
エイシンオスマンは、苦しそうだ。
向こう正面の途中じゃ、大分開いたマージンが、もうほとんど残っていない。
『1000m通過が60.3秒、少し遅めすでに良に回復しているターフです』
後は、弥生賞と同じようにやればいい――
ヒシケイジがそう算段を立てる中で“最も早い馬が勝つレース”は、最後の直線を迎えようとしていた。
誤字脱字、感想お待ちしております。
明日も1800投稿予定です。